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13 現実

 

「感謝するぞリベルタ」

「いえいえ、こちらが勝手にやったことです」

「あの間抜け面を見られただけで今回の交渉の席を作った甲斐があるという物だ」


 今回の呼び出しは、エスメラルダ嬢と相手側の決闘での互いの要求のすり合わせ。


 参加者は公爵閣下とエスメラルダ嬢で、向こうはバカ息子とシンの組み合わせだったようだ。


 礼を失したのにもかかわらず、当主が出てこないことはどういうことだと憤慨してもいい話であるが、公爵閣下としては青二才のガキをボコボコに言い負かして、相手の家にとってはかなり問題になる条件を呑ませたというので上機嫌だ。


「それほどですか?」

「ああ、目を見開いて交渉中だというのにも関わらず何度もエスメラルダを見ておったわ」


 おまけに俺が魔改造用の美容アイテムを用意し、公爵家のメイドさんたちが魔改造して美貌に磨きをかけたエスメラルダ嬢は、天女かと思わせんばかりに異性同性問わず魅了する女性へと昇華した。

 この場を護る兵士たち、脇に控える使用人たち、交渉を見届ける立会人たち、その全てを非の打ち所のない美しさで魅了し、これがお前が捨てた元婚約者のスペックだと相手に知らしめていた。


「後悔していましたか?」

「ああ、アレは必死に隠していたが心の中では後悔していただろうな」


 ちょっとした仕返しは大成功を収めたようで何より。


「本命の交渉の方は?」

「向こうからは、決闘で勝てば今回の件をすべて不問にすることを要求された」

「まぁ、妥当というかそれくらいしか要求できませんよね」

「そちらは予想通りだ。だが、ここで負けようものならエーデルガルド公爵家の名誉に傷がつくのも事実。負けるわけにはいかんな」

「でしょうね。ちなみにネルの方は俺ができるだけ指導して対人戦に関しては一流の戦士に仕上げたつもりです」

「報告は聞いている。私の配下の兵士が誰一人として勝てなかったとな。まったく、これが表に出れば別の意味で面目丸つぶれだぞ」


 その顔を俺も見たかったと思うが、相手側には会いたくない人物がいるので公爵閣下にはできるだけ万全の状態で交渉に赴いてほしいと願っておいた。


 交渉の場所、入れる人物、そして護衛。


 あの狂楽の道化師がいるのだから、交渉の席で両家ともに暗殺なんてこともしでかしかねない。

 護衛についても良かったんだけど、さすがに俺では子供過ぎた。


 小人族と言うことで誤魔化してもいいけど、それ以降も小人族と名乗るのは面倒くさい。


「ですけど、兵士の皆さんたちにもいい経験になりましたよね?」

「ああ、それはそうだ。だが、少女に負けたと自信を失った兵士も少なくはないぞ」

「完全に基礎能力の差ですね。今回の相手は、腐ってもA級冒険者の皮をかぶれる存在です。こっちも万全の用意をしないといけません」


 成長したら嘘だとバレる上に、さらに面倒事も降りかかるのは予測が難しくない。


 並行作業で進めていたネルの強化の総仕上げということで、俺以外の公爵家の兵士たちとひたすら模擬戦をして、百人抜きをしたことを公爵閣下に嘆かれたがそこはご了承いただきたい。


「組織の勢力関係的にさすがに教会所属のクローディアさんを代理決闘人に選ぶわけにもいきませんしね」

「それは、そうだがな」


 これが、相手がクローディアとかであればまだ公爵家の面目は保っているんだけど、生憎とそれを行ったのはネルという狐系獣人の美少女。


 日々訓練している大人の兵士たちが、少女にボコボコにされるのは中々ショックだったかもしれない。


「一部・・・・・いや、先日の遠征に参加した兵士たち全員がお前に指導を頼めないか陳情してきてな。ネルとの戦いでその声が周囲の兵士にも伝播しておる」

「さすがに無理ですよ」

「であろうな。私としても了承されるとは思っておらん」


 だが一部の兵士はイナゴ将軍と俺たちの戦いを見ているがゆえに、強くなりたいという希望を持って前向きになっている兵士もいる。


 少女でも強くなれる。であれば大人の自分たちが強くなれないわけがないと奮起しているわけだ。


 その中にはやる気を滾らせ上司に陳情する人もいるわけだが、俺を巻き込まないでほしい。


「ただでさえ今回は面倒な相手がいるんですよ?」

「……本当にいると思うのか?」

「状況的に引っ掻き回すのが好きな人物ですので、こんな美味しい場面にいない方が不自然です」


 アレスの正体の件に関しては公爵閣下には伝えた。

 可能性の話であり、そして確固たる証拠もない。


 あくまで憶測の話ではあるが、それでも状況証拠は揃っていると思っている。


 十中八九いる。

 そんな確信の情報を黙っている方が後々面倒なことになる。


 公爵閣下は渋面になり、ため息を吐く。


「であれば、本来ならこんな決闘騒ぎを起こすのは愚策であるのだがな」


 何かあるとわかっているのにもかかわらず、決闘を受けざるを得ないのは貴族であるからだ。


 決闘を挑まれたのなら、全身全霊で応えなければ貴族の世界では逃げたと思われるのだ。

 それと同じくらいに、決闘の場を汚すのは貴族では禁忌とされる行為になる。


 だからこそ、事前に決闘の勝敗時の条項を決める交渉が行われる。


 と言っても、互いに言いたいことを言って、それじゃそれを賭けあって決闘しましょうねと第三者立ち合いのもと調印するだけのこと。


 要求内容が釣り合わないという時はそれに調印せず、交渉して調整するのが習わしだそうだ。


「大変ですね貴族も」

「ああ、だが、その代わりに引き出せるものは引き出してきた」


 今回の件であれば過失は完全に向こう側、要求できる内容は不問がせいぜい。

 これでもかなり厚顔無恥な要求であるのだが、それを要求できるのが家同士の名誉を賭けた決闘と言うことだ。


 引き分けはない。そして勝ったら要求を呑んでもらう。

 代わりに負けたらどんな要求でも呑みこむその覚悟で、向こうはエーデルガルド公爵に決闘での決着を吹っ掛けてきたと言うわけだ。


「ちなみにお聞きしても?」

「なに軽い物だ。東の大陸にある向こうの管理する貿易港の権利、そして小僧と小娘の南および東の大陸からの永久追放だ。最初は港ではなく二人の首を要求したのだが、代理交渉をしていた忠臣であろう小僧の部下に免じて港一つで手を打った」

「港ですかぁ。それはかなり向こうの家からしたら痛手ですよね?」

「ああ痛手だな」


 その代償はずいぶんと高くついたわけだ。


「ちなみに小さな漁村の港ではなく」

「東の大陸にある、四つの主要貿易港の一つだ。カカカカカカ!それが手に入ったら向こうのメンツは丸つぶれだ。向こうの家紋を使った調印も済んでおる。引き渡せないと言い訳する余地もないな」


 勝てばいいとばかりに、とんでもない物をベットしたものだ。

 普通に負けたらこちら側じゃなくて、身内から首チョンパ案件ではなかろうか。


 悪い笑みを浮かべる公爵閣下は、この決闘自体に不安は残るが前向きだという感じで受け止めている。


 権利を奪い取るというのは何とも貴族らしいなと思ってしまう。


「相手側の当主はなんで出張ってこないんですかね。こんな失態をしたら一族追放!とか言い出しかねないと思うんですけど」


 そんな状態でまで失態を繰り返すボンボンの行動原理が俺には理解できない。

 仮に俺が貴族で息子がこんなことをしたら、堪忍袋の緒が切れてそいつは身内ではないと絶縁宣言をしても無理はない。


「ふん、奴が角持ちだからだろう。東の大陸では角は貴族の象徴だ。貴族の中でも子供が絶対に角を生やして生まれてくるわけではない。そして角がない者は貴族としてみなされぬ。ゆえに角を持つ男児を大事にするのだ」

「あー」


 だけどそれはあくまで東の大陸側の摂理。

 南の大陸には南の大陸の摂理がある。


 公爵閣下の説明にFBOでもそんなことがあったなぁと思い出す。


 クエストイベントではお約束のそれ、無能な角持ちと優秀な角無しに関してお家トラブルがあるのだが、今回の元婚約者もその手の輩なんだろうな。


「それにしてもひどすぎませんかね?」


 だけど、普通に考えればそれはダメだとわかる物だと思う。

 いかにアレスが強力な手札だとしても、決闘に負ける可能性は十分にある。


 ましてや俺から云わせれば、いつ裏切るかわからない地雷のような男だ。


 そこに全幅の信頼を置くというのは、命知らずと言わざるを得ない。


「リベルタよ」

「はい」


 国として重要な拠点を賭けるなんて馬鹿げた行為を容認すること自体がおかしいと言わざるを得ない。


「この国、いやこの世界でそういう損得勘定ができるのは稀だ」

「え?」

「ステータス至上主義。これは貴族である私が言うのもなんだが、かなり歪な政治体制を作り上げている」


 その疑問を抱いている俺に対して、同意するように公爵閣下は頷いてしまった。

 俺の疑問はもっともだと認めてしまえば、この世界の貴族の本分がおかしいことを認めてしまうことになる。


 それは本来は避けなければいけないことだ。


 そしてこれから語られる内容に対して、俺はずっとFBOはそんな世界だから当然だと常識に思っていた。


「レベルという概念はわかりやすい力だ。クラスが上の人物の方が強いこれは神が与えた摂理だ」

「はい」

「そしてその強さは様々な経験から得ることができ、職人であっても農民であってもある程度の強さを得ることはできる」

「そうですね」


 レベル制のVRMMORPGであれば常識のような内容。

 レベルイコール強さ。

 俺にとっては今さらと言わざるを得ない情報だ。


「だが、一番強くなりやすいのはモンスターを倒すことだ。危険度という要素が組み込まれているからか、神は人の敵であるモンスターを屠ることこそが人を一番成長させるようにこの世界の理を定めた」

「その通りですね」


 勉強や生産、そんな人としての営みでも経験値は得られるしレベルも上がる。

 だが、やっぱり一番効率がいいのはモンスターを倒すことによるレベリングだ。


「問題、といえばおかしいかもしれないが、その方法が最も効率が良いということでモンスターを倒せるということが正義だと思う輩が多い」


 おっと?なにやら話の雲行きが怪しくなってきましたぞ。


「神が認めたレベルを上げる最も効率が良い方法。それゆえに戦ってレベルを上げられる人物の方が偉いという価値観がすでに全世界で出来上がっている」

「そうなんですか?」


 困った事だと眉を顰め自分自身ではどうしようもないと言わんばかりに俺に語り掛ける公爵閣下。


「となればどういう輩が国家の運営の舵を取ると思う?」

「……まさか」


 そしてここまでの説明を加味して、最後の公爵閣下の質問を考えて一つの答えにたどり着き、俺はハッとした。


「レベルの高い人が、レベルの低い人を支配している?」

「その通りだ。より細かく言うのであれば国家運営をするために勉学に励み、モンスターを倒す回数が少ない者が、モンスターを倒し強くなったが国家運営の勉学を怠った者に使われているという現実だ」


 この世界は一種の脳筋世界ということか。

 なんと言うことだ。

 俺たちプレイヤーはこういう世界だからと、そのゲームの世界観設定としてその常識を受け入れていた。

 検証班の動画で、この世界の政治体制について追及している物もあったが、クエスト進行には関わり合いがない情報はさわり程度にしか触れていなかった。


「私の派閥はまだよい方だが他の派閥の運営はひどい物だ。ろくに学びもしないレベルだけ高い貴族の指示を、知識はあるがレベルが低い者がどうにか形にしてギリギリで運営しているという状況なのだ」


 日本の社会という現実と比べると異世界はこういう物だとゲームの世界観を受け入れがちなのがゲームプレイヤーだ。


 だって、そうじゃないとその世界を楽しめないから。


 この世界はこれがおかしい、こんな制度間違っている、常識的に考えてこんなことを言うやつは変だと日本の常識に合わせてクレームを入れることはゲームへの感情移入を妨げる。


 もっと簡単に言えば、いちいちクレームを入れていたらしらけるのだ。

 楽しければいい、こんな世界があるのだと常識を持ち込まないことこそゲームを楽しむための一番のコツではないだろうか。


 だからこそ、俺の中でこの世界のトラブルはほとんどが人災だと思っていた。

 だってこの世界はそういう世界だからという常識を鵜呑みにしていたのだ。


 しかし、公爵閣下からの話を聞き、ああと納得する自分もいた。


 ありがちなゲームの世界観の理屈的に考えて、その考えかたは理解もでき納得もできたのだ。


「もしかして相当ギリギリだったりします?」


 そしてこの話を聞いて、FBOの原作で目の前の公爵閣下が闇落ちしている理由を思い出した。


「少なくともこの国の東西と北の公爵は、その理を利用し人心掌握をしている。そのような思想ほど人を使う方便として便利な物はないだろうな」

『すべてはこの世界の理が悪いのだ!!私はこの世界の理を覆すために手段は選ばん!!』


 娘を失い、妻を失い、絶望してFBOでこの台詞を叫んだ公爵閣下の顔が一瞬だが脳裏によぎった。


 今はこんなに穏やかに俺との時間を過ごしている公爵閣下である。


 出来ればずっとこのままでいて欲しいと願ってしまう。


 だからだろうか、俺はふとその情況を覆す方法はないかと考えてしまうのであった。


楽しんでいただけましたでしょうか?


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
まあ、文民統制とか言って机上の空論ばかりを振りかざす頭でっかちな秀才モドキらが支配する国も相当イビツでギリギリだけどねw
学校で学べる勉学だけで、社会経験がない人間が上位を占める現代日本も、似たもんだなあと、感慨深いです。 作者様にはそんな意図は無いのでしょうけれど、貴族社会と学歴社会の類似を感じます。 末筆になって恐縮…
逆に言えば内政チートしやすい土壌でもあると 意図的なものを感じる…
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