9 ノーネームド
「と、いうことがあってさぁ」
「対戦相手がアレスになったのね。腕が鳴るわ」
まさか絶賛紛争中の異国の貴族の家の関係者に会うとは思わず、そのことを夕食のときに話した。
どんな運命を背負えばこんなことになるかはわからんが、エスメラルダ嬢の婚約破棄騒動を解決するための両家の決闘は、アレスvsネルというカードが組まれることになりそうだ。
「しかし、アレスかぁ」
「何か心配事でも?」
FBOでネームドではないアレスというキャラを知らない俺からしたら相手の戦闘能力は未知数。
決闘には万全の体制で挑むつもりではあるが、ネルと相性の悪いスキル構成だった場合足をすくわれる可能性がある。
「いや、ちょっと相手のスキルとか実力が気になってて」
言っちゃなんだが、現状のネルの戦闘力は全NPCの中でも上位のステータスを持つはずのクローディアと互角にまで仕上がっている。
技術面ではまだまだ改善の余地はあるが、純粋な火力だけで言えば誰が相手でも早々に負ける姿は想像できない。
しかし闘いには相性という物がある。
じゃんけんでグーがパーに勝てないように、FBOでも戦闘スタイルによって相性が悪い奴はいるのだ。
万能を目指したが為に、器用貧乏になり肝心な相手に勝てなくなるということもあるのがFBOだ。
いや、万能系が弱いわけじゃないぞ?
どちらかと言えば全方位対応型は最強というよりも全能なんだよ。
一撃の火力は劣るけど、手数で削りきるという手札が多い闘い方が好きなプレイヤーにはお勧めのスタイルだ。
話がずれたな。要はネルの戦闘型商人にも相性的に悪いスタイルというのは存在する。
まず一番に挙げられるのは間合いを取るのが上手い遠距離型の戦闘職だ。
どうあがいても今のネルじゃ物理的な距離を潰すことはできないし、接近できずに遠方から攻撃されたら一方的に負けるパターンもある。
あと、いやらしいのはトラップ系のビルドだな。
事前に罠を設置するのは決闘のマナーに反するかもしれないが、裏を返せば始まってから設置するのは問題ないということだ。
そういう戦闘中に罠を仕掛けるスキルビルドを愛用しているプレイヤーもいるにはいるのだ。
その系統の戦闘スタイルにアレスが入っていないかと考えていたが、オークの森での戦い方を見ている限りでは心配はいらない。
「アレスですか、私は彼が戦っているところを見たことがありませんので確証はありませんが」
俺が見たアレスは普通に剣を使っていたオーソドックスな戦闘スタイル。
そこからスキル構成を考えるのなら近接系の剣士タイプと予想はつく。
もし仮に剣士系のスキルビルドであるのなら、間合いさえ間違えなければネルに十分勝ち目はある。
「おそらく使う武器は短剣、それも二刀流でしょうね」
「え?」
そんな予想をしていたが、クローディアの言葉に俺は目を見開いた。
どういうことだ?
アレスが短剣使い?
「クローディア様、あたしが見たアレスは剣を使ってたわ。短剣じゃなくてもっと長い。ロングソードだったかしら?」
「ああ、俺も見たときはそうだった」
戦っている姿は間違いなく剣士タイプの動きだった。
少なくとも両手に短剣を握り、高速戦闘で戦うようなスタイルには見えなかった。
「それに、クローディア様がアレスに会ったときは武器を持っていなかったわよね?」
そしてクローディアとアレスが出会ったのは人面樹の事件の折に公爵閣下に会いに行ったときの一度だけ。
その時あいつは私服姿で武器も携帯していなかったように見えた。
もしかして短剣を隠し持っているのに気が付いたとか?
「足運びです。あのとき私たちの前に立ちふさがろうとしましたが、その時に見せた足運びが剣士の足運びではなく斥候職の人が時折見せる技でした。まぁ、多少剣士の癖が混じっていましたが根底となる技術はそちら側の物ですね」
クローディアが注目していたのは足元、確かに戦いの際に足の動きは重要になる。
そしてそれは武器によって足運びが変わる。
視線がそっち側にいっていなかった俺たちは気づかなかった。
だが、クローディアは見ていた。
「剣士なのに、足運びが斥候と似ている」
FBOでも最上位クラスの戦士である彼女の目には、アレスの動きがそう見えたのだ。
となればアレスのスキル構成的に剣士でありながら斥候職のようなスキルを持っているということに繋がるかもしれない。
足運びというか、剣術でも体術でもそうであるが技術体系というのはその体に癖として染み込み、咄嗟の時は体の動きにその癖が表に出てくる。
剣士と斥候職の相性は悪くはない。
スキルの組み方次第になるが、どちらも大剣みたいな大物を振り回すこともできる。
ゆえに、その咄嗟に出てきた体の動きは間違いなくアレスの本来の技術の癖と言うことになる。
斥候系の戦闘者がロングソードを使うことは珍しいことではない。
この点から考えるとアレスは正道の剣士からは外れる変則的な剣士ということになるか?
だが、それだとオークとの戦いのときに割って入った姿とスキル構成イメージが重ならない。
あの時のアレスは純粋に俺の中でも剣士というイメージを持たせる動きを見せていた。
呟いた言葉は俺の疑問を解消するための言葉だ。
だけど、違和感がぬぐい切れない。
「何かおかしなことでもあったのですか?」
俺が食事中に手を止め、考え込む姿にイングリットが問いかけてくるが。
「いや、何かがおかしい気がするんだけど、その何かがわからないんだよな」
その問いに答えを返すことができない。
ただわかるのはどうにも結論がしっくりせず気持ち悪いと思うような感触が残っているという事実。
何か致命的なことを見落としているような気が。
「剣士が短剣を使うことはあり得ないことじゃないんだよな。だからアレスは少し変わっているけど剣士系の戦闘スタイルを持っているって謂う可能性が一番高いとは、思うんだけど」
「納得ができないという顔をしていますね」
「はい」
八割がた、アレスの戦闘スタイルをそうだと思っている自分がいる。
俺の予想は一応筋は通っている。
だけど、残り二割の確信が持てないのだ。
クローディアに貴方の顔に書いていると苦笑され、俺も苦笑して答える。
「そういった直感は大事にすべきです。違和感というのはあなたの経験から来る警告のようなモノ。それを無視して進むことも時には必要ですが、今はすぐに進む必要はありません。時間をかけて解消するのも一考でしょう」
「それもそうですね」
今すぐ解消する必要はない。
クローディアのいう通りだ。
納得はできないが、棚に上げて先送りにはできる。
そう思って食事を再開しようと思ったが。
「もしかして短剣が使えることを隠してるんじゃない?ほら、男の子って秘密の必殺技!!とかいうよね。お兄ちゃんたちもやってたなぁ」
アミナの何気ない一言で頭の中で欠けていたピースが嵌る音が聞こえた。
それは予想の八割を覆し、残り二割の可能性を高める音であった。
アミナの言った秘密の部分はどことなく共感しつつ、いつか、こんなこともあろうかと!!というセリフを言おうと思っていた俺としてはあえて触れずに思考を走らせる。
隠す?得意武器を?何のために?それは真意を隠すために。
アレスがそんなことをする必要があるか?
いや、あの目立ちたがり屋の性格からすればそれはありえない。
「……前提条件が間違っている?」
俺がアレスという人間の性格を判断したのは初対面の第一印象からだ。
そしてアレスの戦闘を見てそれを根拠に剣士という予測を立てた。
全てはここの部分が前提条件になっている。
正義を掲げる正統派の剣士。
それが俺のアレスの印象だ。
ずっとそう思っていたが、この前提条件がくずれるのなら話は変わってくる。
そもそもたった二回逢っただけでアレスという人物を決めつけるのは早計なのではないか?
俺の知るネームドキャラと容姿も名前も性格も違うから勝手に断定しているだけで、もしかしたら知っているキャラの可能性はないか?
今はアレスと名乗っているが、原作時には別の名前になっていた?
何らかの事故に巻き込まれてストーリーに登場した時には傷だらけになっていたキャラもいるからそのキャラの原型。
名前を捨てたという過去に何かが起こりやさぐれたキャラも候補にあがる。
他にも着ぐるみを着こんだキャラの中身、魔法にのめり込み人を辞めたキャラ。
中身がおっさんだけど、見た目が美少女なキャラもいた。
姿かたちが過去と異なるキャラは色々といるが、どのキャラも交流イベントで過去の語りを聞かせてくれる。
その際に多少なりとも過去の姿を垣間見ることができ、なんでそうなったと驚いたり嘆いたり笑ったりとギャップを楽しめるのがFBOでの奇抜な姿キャラ達であった。
そんなキャラたちの姿を思い出しても、今のアレスに結び付くキャラはいない。
忘れているキャラがいるかと思い、別角度で思考を巡らせる。
姿が変わったのはそのストーリーで何らかの理由があってのこと、では逆に意図的に姿を変えたという方向でならどうだ?
姿を変える、場を乱す、そしてそれを違和感なくできる人物に何人か俺は心当たりがある。
「……ヤバイかも」
だけど現在の状況に合致する人物が脳裏に浮かんだ際につーっと冷や汗が流れた。
しかも質が悪いことに、この推測に納得している自分がいて、さっきよりもより確信に違和感がないのだ。
「なにがヤバいの?」
ネルの言葉にどう返答するか、一瞬悩む。
「……」
俺の沈黙に皆が注目し、俺の言葉を待つ。ここで言わないという選択肢は無い。
なのでゆっくりと唇を動かし。
「狂楽の道化師なのかもしれない」
その名を告げた。
「狂楽の道化師?あれ?どこかで聞いたような」
「前にリベルタが公爵様に探してほしいって言ってた人のことじゃない?」
「あ!そうだ!すごく危ない人のことだよね!」
互いに顔を見合わせアミナは忘れていたがネルの言葉で思い出した。
「そうだ、ある意味一番見つけるのが面倒な相手だ」
こいつは表舞台には仮の姿で登場するのだ。
俺もクローディアの気づきがなければ可能性を考えなかった。
それくらいにこいつの変装の能力は高い。
どこの誰に変装しているかがわからない。
それを見破るには来る人来る人全員の顔をひっぺがす勢いで掴むしかないのだ。
某怪盗の三世顔負けの変装技術。
場合によっては性別や背丈すら変えてみせるのだ。
「貴族の中でもいるかいないか噂になっているほどの凄腕だと。密偵、暗殺、窃盗。裏社会の仕事に関して彼ほどに変幻自在に事をなす人物はいないとされています」
貴族のイングリットは、噂話程度であるが存在は知っているようだ。
その話に偽りはなく。
狂楽の道化師という存在は裏社会ではかなり名をはせている。
といってもそれは原作時の話だ。
俺もFBOのメインストーリーが始まる前のこの時点で、狂楽の道化師がそんなに有名だったという確証はなかった。
「そんな人物が冒険者に成りすましているということですか?いったいどんな理由で」
あくまで可能性の段階だが、なぜか妙に確信めいたものを感じる。
「理由ですか」
そしてもし仮に狂楽の道化師が動いているというのが確定しているのなら十中八九その理由は。
「誰かを困らせるためですかねぇ」
「困らせる?」
人に困難を突きつけるためだ。
狂楽の道化師が動く理由は、好きな子に意地悪がしたいという五歳児が思いつくようなくだらない衝動に固執し、そのまま幼稚な精神がねじ曲がって成長してしまった結果だ。
好きだから困らせたい。
愛しているから絶望を与えたい。
困難に立ち向かわせ、そして困難を払いのけた先に新たな困難を用意する。
その時に見せる絶望の顔を見たい。
そんな幼稚な欲求だけを人生の生き甲斐にしている。
「なに、それ」
ネルは俺の説明を聞いてゾワっと寒気でも走ったのだろう、鳥肌の浮いた腕をさすり寒さを和らげようとする。
「変だよ。絶対」
アミナも顔色を悪くしてどうにか言葉を出そうとしたが生理的嫌悪感を前にしてはそれ以上の言葉が出てこなかった。
「……そのような人物が王都にいるということは王都に困らせたい人物がいるということでしょうか?」
場の空気が重くなったのを感じ、そのまま話し続けるか悩んだ空白の間にクローディアが確認したい部分を聞いてきた。
「!確かに、ねぇ!リベルタ!それってもしかしてエスメラルダ様のことじゃない!?婚約破棄もその嫌がらせで」
「それはない」
困らせたい相手は、正直分からない。
だけど、エスメラルダ嬢ではないのは間違いない。
ネルが慌てて確認してきたことを、安心させるためにゆっくりとそして自信を込めて返す。
「あいつは困難をぶつけてくるときはまずは周囲から崩していくんだ」
もし仮にエスメラルダ嬢が執着されているのなら、狙うのは間違いなく本人ではなく周囲。
彼女が一番大事にしている物を壊そうとして、それを防がせて自信をつけさせ安心しているところに致命的な一打を加える。
「直接的に被害が当人にいっている段階であいつの狙いはエスメラルダ様ではない」
そんな性格をしている狂楽の道化師が狙う相手、それは一体誰なんだ?
そう考えてもこの場で思いつくことはできないのであった。
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