5 精霊の祝福
精霊の祝福というアイテムの名の由来は、精霊に祝福されたかの如くに生来の美貌がよみがえる、とそのフレーバーテキストに謳われる髪や肌の再生力とアンチエイジング効果が元だ。
もともとキャラデザインされたゲームアバターであるプレイヤーに使っても、クラス4程度の回復量のポーションを使った効果しかない。
なので俺たちプレイヤーからしたら間違いなく換金アイテムだ。
しかし現実であるこの世界では、人は歳を重ねるごとに、また日の光を浴び泉や川の水に触れ四季の風に吹かれて、その髪や肌の艶は否応なしに失われてゆく。だからこそ。
「精霊の祝福はクラス5のポーションの素材に、クラス3以上の地水火風の精霊石とクラス4以上の光の精霊石を加えて、特殊な錬金鍋で加工した物ですよ」
地水火風の四大精霊に祝福されて美しさを取り戻す精霊の祝福は、大貴族の夫人が前のめりになって求めるほど欲しい代物なのだろう。
さっきまで柔和な表情で隠し、一見すれば穏やかな貴婦人の相貌に相応しく優しげだったキャサリア夫人の視線が、俺の話を聞いた途端に妖しい光を帯びて迫力を増し、その眼力に負けて俺は隠さず素直に材料を言った。
「クラス5・・・・・量産は難しいですね」
ポーションと言えば消耗品だ。
そしてその性能を上げるためにはそれ相応の素材が必要になってくる。
モチダンジョンで手に入る薬草もポーションの素材になるけど、それだけで作れるほど高クラスの特殊なポーションである精霊の祝福は甘くはない。
「精霊石に関しては最近大量に手に入りましたから地水火風は問題ありません。ですが」
「肝心の光の精霊石は手に入りづらいですからね」
素材の組み合わせでポーションの効能は変わるし、素材が増えれば増えるほど作り手の技量も問われる。
「リベルタさん」
「無理です」
「まだ、何も言ってないじゃないですか」
「光の精霊石を手に入れて来いという話の流れですよね?これから色々とやらないといけないことが多いのでそっちに手間を割いている暇はないです」
「エスメラルダが困っているのですよ?」
「私利私欲ではないと?」
「……ほんの少し、私も使ってみたいなとは思いましたが」
クラスが上がれば上がるほど、素材入手も難しくなるのはゲームの常識。
この世界でもそれは一緒で、精霊の祝福が欲しいという欲望と素材入手が難しいという現実がぶつかり、娘を出しにしてどうにか手に入らないかと、実現の可能性を持つ俺に頼んでくる夫人に俺は首を横に振る。
視線が泳いでいるというのが丸わかり。
もはやわざとなのではと思うくらいだ。
「材料の方もお教えしますし、レシピもお渡ししますので後はそちらの方で」
「できると思いますか?つい先日までクラス3の地水火風の精霊石を手に入れるのも苦労していたのですよ?それがさらに上位クラスの、しかも希少な光の精霊石を手に入れることが可能だとお思いですか?」
しかし、そこには触れない。
触れたら最後、精霊の祝福作成イベントを消化しないといけないことになる。
ネルたちのレベルに追いつかないといけないし、色々とスキルを取らないといけないのだ。
「頑張ってください」
「報酬は弾みますよ?」
「生憎とお金には困っておりません」
「夫に言って宝物庫の中の物を」
「自力で手に入れますので」
レベリングはクラス5に入ってからが本番だ。
そこから一気にレベルアップが鈍化する。
経験値テーブルも大幅に高くなり、格上の敵を屠ろうにも手間と危険性が増す。
同格以下のモンスター相手だと経験値効率が大幅に下がるのだ。
さらにEXBP獲得条件を加味すると、経験値効率を下げざるを得なくなる。
なので、クラス4の段階でクラス5の敵を相手にしてできうる限りスキルを充実させたい。
幸い、クラス4はジョブや称号と言った獲得要素はない。
純粋にレベリングしてEXBPを確保して、ジョブスキルなどの獲得に精を出せるタイミングだ。
忙しいので笑顔でお断りしますと断言する俺に向かって夫人の眉が歪む。
普通公爵夫人のお願いを断る平民などいないかもしれないが、俺は例外中の例外だ。
貸し借りで謂うのであれば、公爵閣下には貸しがあり、そして得難い素材も大量に提供している。
地位だけで謂えば間違いなく公爵閣下の方が上であるが、貸し借りの関係で謂えば俺の方が上なのだ。
現在進行形で王家から掛けられている迷惑も加味すると、公爵夫人が言葉に詰まるのも納得できる。
無礼だ失礼だと喚き散らすことは可能だろうけど、それで俺が狼狽えるとか欠片も思っていない。
無駄だと思うことをやらないと決めたのか、大きなため息を夫人は吐いた。
「どうすればあなたは動いてくださるのかしら?」
そして降参だと、扇を取り出し口元を隠し半目で俺の方を見てきた。
「少なくともこの先、二カ月は予定が埋まってますね。それ以降で時間があればといったところでしょうか」
「二カ月・・・・・」
俺の脳内スケジュールを伝えるが、これでも結構切り詰めたスケジュールだ。
順調にいけばこれくらいというスタンス、下手をすればこれ以上の時間がかかってもおかしくはないのだ。
情報だけでもかなりの価値があるはず、これで引いてくれれば御の字だけど。
「キャサリア様」
そう思っている最中、ベランダへの入り口から別のメイドさんが入ってきた。
「何か?」
「エスメラルダ様の件でご報告が」
「……わかりました。リベルタさんこの話に関してはまた後日ということで」
ちらりと俺を見た後に、メイドから掻い摘まんだ内容を伝えられると一瞬だけ夫人の目が鋭くなり、すぐに俺の退場を了承した。
俺が聞くべき内容ではない。
そう判断したのだろう。
理解もできるし、納得もできる対応に俺は頷き立ち上がる。
「それでは、これで失礼します」
エスメラルダ嬢の問題に対応できる手札は渡した。
あとは公爵家の方でどうにかしてもらうしかない。
来た時と同じメイドさんが帰り道も案内してくれて、俺は無事に別邸の方に戻ってきたのだが。
「アミナさんや」
「なに?」
「その子、どうしたの?」
「この前のライブがすっごく良かったからって、ぜひとも他の精霊様たちも聴きたいからまた温泉地に来てくれないかって」
玄関から入った俺が目にしたのは、ソファーに座るアミナがうんうんと唸りながら必死に手紙を読む姿だった。
それだけなら良いのだが、彼女の肩に止まる白い鳥が問題なのだ。
鳩ほどの大きさの純白の鳥。
光り輝いているその存在は、正しく光属性の精霊である。
地水火風とは異なり、光と闇、雷と氷の四属性の精霊はゲームの時でも中盤からしか登場しない高位精霊だ。
それだけこの四属性の精霊が強力だからなのだが、アミナにライブの依頼をしてきているという理由を聞いた瞬間肩の力が抜けた。
「大方、神殿ライブに参加した精霊たちが出会った精霊たちすべてに自慢してまわったって感じかね?」
ライブ開催を依頼される理由に心当たりのある俺はアミナに語り掛けるように肩に止まる精霊に質問したが、俺の言葉には反応せず、沈黙を選んだ。
「そうなの?」
『・・・・・コク』
しかし、アミナの質問には答えてくれた。
光の精霊はかなり気難しいようだ。
精霊使いのなかで光の精霊は最高戦力の一角に数えられる存在なのだが、好感度管理はほかの属性と比べてひときわ難しい。
光の精霊なのだからコミュニケーションが得意な陽キャと思われがちだが、人見知りの激しいコミュ障気質があるのだ。
いや、もっと正確に言うならプライドが高すぎてコミュニケーションがとりづらいのだ。
なんというか、楽しそうにしているとチラチラとこっちを見て仲間にしてほしそうなオーラを出すけど、こっちから誘わないと絶対に近寄ってこない。
しかも誘ったら誘ったで、『私にふさわしいか見極めてあげますわ!!』と高笑いが得意な悪役令嬢みたいな上から目線でくる。
一瞬俺の脳裏でエスメラルダ嬢の声で脳内再生されたが、エスメラルダ嬢は素直だし高圧的ではない。
俺を無視するような礼儀知らずでもないのだ。
アミナだけに反応しているのは、目的の人物がアミナだからなのだろう。
「うーん」
精霊からの依頼。
それも光の精霊という珍しい存在からの依頼だ。
アミナからしたらまた楽しいライブができると思ってやりたいというんだろうな。
「やだ!」
「え?」
『・・・・・!?』
そう思って、今後の予定を調整しようと思ったのだが、まさかのお断りの言葉がアミナから飛び出した。
俺は唖然とし、そして光の精霊は『なん、だと?』と言わんばかりに目を見開いている。
「君、さっきから失礼だよ!ネルとイングリットさんを追い出したり、クローディアさんを睨んだり、リベルタ君を無視したりしたよね」
ジトっと肩にいる精霊を睨みつける。
普段温厚なアミナが怒っている。
感情の起伏は激しい娘だが、こうやって素直に怒りをぶつけることは珍しい。
精霊となら無条件で仲良くなるものだと思っていたが、そうではないらしい。
アミナはアミナなりの判断基準が存在するようだ。
大切な友達や仲間をないがしろにするような相手は彼女でもNGだとこの時分かった。
『・・・・・』
鳥でも嫌そうな顔ってできるのな。
正面から断られて、それでも自分の非を認めようとしない。
いや認めることができないと言うべきか。
完全にプライドが邪魔している。
『はぁ、頑固な性格もそこまでいったら病だと思いたくなるぞ光の』
「この声は」
ここまでいったとなれば、もうお帰り願うしかないと思っていたタイミングで聞き覚えのある声が聞こえた。
『こっちだ、リベルタ』
周囲を見回して姿が見えず、そして声の方向を見てみると窓をツンツンとつつく緑色の美しい鳥がそこにいた。
俺が近づき、窓を開けると鳥は中に入り、そのまま人の姿になった。
「祭りの時以来だなリベルタ。息災そうでなにより」
「そちらもお元気そうで」
「ハハハハ!精霊は早々に体調など崩さんよ」
現れる偉丈夫。
風の上位精霊の登場は予想外であったが、軽く握手を交わせばなんとなくここに来た理由を察することはできた。
「それならよかったです。それで用件はやはり」
「ああ。光の、いい加減その姿を維持するのは止めんか。こちらは頼みに来た身だぞ、あまりにも失礼ではないか」
光の精霊を止めに来たか、あるいは迎えに来たか。
風の上位精霊にいわれ、しぶしぶと言った感じで光の精霊は飛び上がりそして発光しその姿を変える。
白金の長い髪を揺らした、少し冷たさを感じさせる少年。
この場所に来たときは小さな鳥であったが、この姿故なのか。
「ふん」
「すまんな、こやつは力はあるのだが、世間知らずでな」
腕を組み、そしてそっぽを向く姿にクソガキという言葉が脳裏をよぎる。
俺というか、どの人間よりも長生きしているというのにも関わらず、その態度は何様だと言いたくなるが、精霊様だと人知を超えた力でやり返されそうなので黙っておくことにする。
「いえ、わざわざ上位精霊がこんなに人が多いところに来られるとは思いませんでしたが」
「いやぁ、あの祭りの熱が我らの中で冷めなくてな。それを聞いて羨ましくなり、光の上位精霊である自分が頼めば同じことをやってくれると思って行動したのであろう」
「あれからもうすでに三か月は経過していますが、そんなに精霊たちの間では?」
「ああ、来年と言わず、月一でやってほしいと言っているぞ。まぁ、そちら側の都合もあるであろう。こちらは寿命だけは人よりも長い。気長に待つさと言いたいところだが・・・・・」
ここに来た原因は精霊同士の話題にハブられた、祭りに参加できなかった精霊たちの嫉妬。
「気長に待てない輩もおってな」
「どうやって自分たちの居場所を突き止めたんですか?参加していないなら人相とかはわからないはずですが」
「そこは祭りで買った絵だ。あれを見てアミナ殿を見つけたのであろう。王都にいるというのがわかっておれば見つけること自体はたやすい」
「あーあれかぁ」
しかし、なんで三か月後かと疑問は湧くが、最初のうちは我慢していたとのこと。
所謂、うらやましくなんかないんだからね!!と意地を張っていただけのこと。
実際は最初に鼻で笑ったことを後悔して、人間の催しと侮らず参加していれば良かったと後悔している輩が大半。
「それで見つけたから光のが直々に歌い手である彼女に依頼をしに来たのだが・・・・・」
「依頼?」
「いや、訂正しよう。あやつのやり方は依頼ではなく命令だな。名誉を与えるから歌えというようなやり方だ。はぁ」
その後悔をしている闇光雷氷の精霊の面々の代表がこの冷たい表情をしている光の少年というわけか。
「風の、何の問題がある。この僕がわざわざ足を運び命じているのだ。人であるならこの命を即座に実行し」
「馬鹿者!!これで人を怒らせてアミナ殿たちと交流がなくなり二度とライブをしてくれなくなったらどうするのだ!!そうなったら光の、お前を我は許さぬぞ!あのライブに参加した全精霊たちも同じ気持ちであろう!!」
その少年は風の上位精霊が俺に丁寧に説明していることが気に食わないようで、さっさと話を進めて自分の思い通りに事を進めたいという雰囲気を漂わせている。
はぁ、これがあるから上位精霊との契約はしづらいんだよな。
精霊は基本的に善性だ。
しかし、人間と彼らの常識は、その時間感覚の違いもあって合致しているとは言い難い。
実際に俺たちと交流してきた風の上位精霊は人の常識をわきまえて好意的に接してくれるが、人との接触が数十年、下手すれば百年単位で無かった光の上位精霊は人との付き合い方を知らず、不器用にごり押しで話を進めてくる。
さてさて、この場をどうするかねぇ。
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