3 聖女
さてさて、その当事者にあたるであろう噂の聖女様のことだが。
「そもそも聖女ってジョブの一つなんだけどなぁ。神様から認められているっていう点では間違っていないけど。それを言うならジョブ持ち全員が神様公認だぞ?」
荷物の片づけをイングリットと一緒にしつつ、アミナに聖女という存在を説明する。
聖女のジョブ自体はFBOではさして珍しいものではない。
ゲームという世界観だから有名なだけと言ってもいい。
しかし、ことFBOの世界においてはそこまで重要なジョブではないのだ。
神殿は確かにそれぞれの神の神託で認定された公的機関だが、このまえ話した通り権力闘争はご法度の組織。
神殿騎士という戦力は確かに保持していて、この世界の国々の権力者にそれ相応の影響力を持っていると言っても過言ではないが、世界を支配するような組織ではないのだ。
RPGなどのゲームの中では、神聖な力で国や民を護ったり勇者パーティーの回復役になったりと、なにかと重宝される聖女という役職。かなり重要なポジションと思われがちだが、このFBOの世界では神聖視することはあるにはあるが、別に特別な職業というわけではないのだ。
現実では神殿に聖女という公的な役職は存在しない。
あるのは司祭や司教と言った位階制度だけだ。
神に祝福されし特別な立場など存在しないのだ。
そんな象徴的な存在が現れたら神様的にも都合が悪いからだろうか、FBOでは聖女はあくまでジョブの一つの枠で収まっている。
「なんで聖女や勇者だけが特別だと思うのかね」
「そりゃ、おとぎ話とかで悪い竜を退治したり、魔王の支配から国を守ってるからじゃないの?」
しかし、それはあくまで神視点の話であって、この世界に生まれた人からしたらやはり聖女という存在は特別なのだろう。
聖女のジョブにつく方法がこの世界ではまだ解明されていないから、聖女という存在の希少価値が上がっているのだろうか。
おとぎ話や吟遊新人の歌で華やかに語られるのはその希少性ゆえだろう。
「アミナの言うこともわかるけどさ、聖女なんてそこまで強いジョブじゃないぞ?」
ゲーム時代ではストーリー展開で話を盛り上げる役として登場はしていた。
その登場時もNPC界隈では特別な存在だと語られていたものだ。
容姿端麗のネームドキャラが聖女になれば、プレイヤーの中でも聖女ロールをする連中は現れる。
ジョブとしての人気もそこそこあって、一時期聖女が大量に発生した記憶がある。
だけど、ガチプレイヤーの中で聖女になる人はほとんどいなかった。
回復スキルと光魔法関連に強い適性を持っている聖女であるが、ジョブ性能がそっちに尖りすぎてヒーラー兼光魔法使いというポジション以外で活躍するのが難しく、光属性のモンスターが相手となると、攻撃も防御も魔法使いとしての役割が一切できなくなる。
中には体力寄りのステータスにして殴り聖女なるビルドで物理ダメージを確保する変人プレイヤーもいたが、それをするなら前衛用のジョブについた方が強いし、モンクやタンクのように頑丈なわけでもない。
自力で回復できるし、前線の回復役として活躍できるから弱くはないが、強さは微妙というのが聖女というジョブ。
「そうなの?」
「ああ、スキル構成次第って言うのはあるが、ジョブ補正を考慮するとそこまで強くはないなぁ」
世界観的に神聖視されそうなイメージを持つのは理解できるが、聖女や勇者無しの方が邪神を安定して倒せる事実を知る身としてはあくまで象徴的な存在としてのイメージの方が強い。
強さという点で言うのならそこまで重要視する意味合いは生憎とわからん。
「まぁ、今回の場合は聖女の強さじゃなくて、聖女というジョブを宗教的か政治的に価値があるかのように見せかけて、浮気を正当化しようとしている話だからなぁ。まぁ神の祝福があるとか本気で言っていたら神罰が落ちかねないけど」
「神罰が落ちたとは聞いてないよ」
「さすがにそこまで馬鹿ではなかったか。ぶっちゃけてここで神罰を一つ落としてもらって完全に向こうが悪いって言う話の流れになれば一番楽なんだけどね」
今回はその象徴的な意味合いがかなり思春期の男にぶっ刺さり、浮気じゃなくて真実の愛だと正当化しようとしている魂胆が見え見えの状態が爆誕したわけだ。
傍から冷静に見たらこいつ何言ってるの状態なんだろうけど、当人たちはその周囲の冷めた視線が真実の愛を阻む逆境だとか思っていそう。
「そうだね。そうすれば神様の意志は介在しない勝手な思い込みだって決めつけられるもんね」
「決めつけられなくても、今のそいつらは俗にいう真実の愛に酔っている状態というやつだな」
「うわぁ、たまにいるよねそういう人。周りが見えてないって言うか」
「たまにいるんだ」
「いるよー、そういう人たちって勢い任せって言うか、今が楽しければいいやって言う感じで過ごしているんだ。しばらくしたら冷静になるけど、そこで過去の自分を嫌悪して王都から出ていったりするよ」
「件の婚約者殿が冷静になるころにはすでに後に引けない状態になっていそうな気がするが、そこら辺は俺が心配する範囲ではないわな」
どこにでも同じようなことをする輩はいるようで、苦笑しながらそういうことかと納得したタイミングで片付けも終わる。
「それでは、私は湯舟の準備をしてまいります」
「ありがとう、俺はちょっとネルたちの様子を見てくるよ」
「かしこまりました。では準備ができ次第お呼びします」
イングリットは風呂場に向かい、そして俺はアミナと一緒に庭に出ると。
「ふぅ、もう秋だから庭先は少し寒いな」
「今日は晴れているから少し暖かいくらいだけどね」
初秋の日が傾いて冷え始めている空気とともに、ブオンという力強い音が俺たちを出迎えた。
空気を叩きつけるような音は木製のハルバードを振り回すネルが繰り出している音。
ネルと戦うクローディアはシュッと風を切るような音とパンとはじけるような音を響かせている。
「エスメラルダ様の婚約者だった人はどうするのかな」
「最終手段は国外に逃げることだろうけど、相手側両親は聖女とやらを歓迎していないムードらしいね」
互いに怪我を負わせるレベルの本気の試合。
クローディアの信条的にそうなるのはわかっているが、ネルも一歩も引かずに戦っているのは素直にすごい。
クラス4に到達し、レベリングをしたネルの身体能力はクローディアに追いついて一見互角に戦えているように見えるけど、技術ではまだまだクローディアに軍配が上がる。
クローディアは武器のリーチ差で苦戦しているが、堅実にネルの打ち込みを捌き、そして丁寧に攻撃を繰り出し、着々とネルを追い詰めている。
焦らないように考えて動いているネルだけど、一歩及ばずが続き焦りが出始めている。
「元婚約者さんは、仲間を募って聖女とやらを保護しているようだけど、それが貴族社会を敵に回しているのがわからないのかねぇ」
強者を相手に必死に抗う、ネルのように強くなるためにする努力だと綺麗に見えるけど、元婚約者さんみたいに勝手な自己都合を貫くために抗うというのは醜く見えてしまう。
「前にお茶会で聞いたときは、元婚約者さんと取り巻きの人たちが学園の人を集めて今の国の体制はダメだとか言ってたみたいだよ?」
「あー、それ、一番やっちゃダメな奴。政治批判は彼らに対する周囲の印象を悪くするだけで、敵を増やす方が味方を増やすよりもはるかに多いんだよ。よく言うだろ?長い物には巻かれろって。無難に過ごしたい貴族からすれば、若者の我がままって言うのは迷惑でしかないんだよ」
クローディアに吹っ飛ばされても、武器で防御しているネルは最小限のダメージで済ませて体勢を崩さず反撃に出ている。
勝てる方法を模索し、そして懸命に努力する。
対して元婚約者殿は自国じゃないのに懸命に綺麗事を言って、周囲に敵を作り続けている。
最早何をしたいのかわからないレベルの愚行だ。
「ふーん、リベルタ君はどうなると思う?」
「無難に一方的に婚約破棄されたことに対しての謝罪と損害賠償を請求、元婚約者殿は強制送還して浮気相手は・・・・・どうなるだろうなぁ。公爵家に喧嘩を売っているのは元婚約者殿であって聖女とやらは巻き込まれているだけの可能性もある。だけど、普通に浮気だから良くて国外追放、最悪は」
愛で世界が救えるのなら世界はとっくの昔に平和になっているだろうさ。
庭先に置いてあるベンチに座り、ネルとクローディアの訓練を見つつ肩をすくめる。
「お察しと言うことだ。ま、俺たちには関係のないことだな」
「ネルが気合を入れているけど?」
「決闘でどうにかしようとは公爵閣下も思っていないだろうさ。この段階までこじれてしまったら向こうの家から詫びをもらって終了だ。時間がかかるのはその詫びの内容をどう決めるかというところ」
正直、婚約者のいる人物に恋心を抱くかねと俺には理解できない感情に対して関わりたくないという気持ちの方が先立つ。
「じゃぁ、ネルの努力は無駄なの?」
「いや、対人戦の経験はいくら積んでも足りないくらいだ。今後は人型のモンスターと戦う回数が増える。武器を持っている敵や、格闘技を使う敵とも戦う機会はいくらでもある。その事を考えればネルの訓練はだいぶ役に立つ。なんならもっと推奨したいくらいだな」
ネルがこんなに熱心に訓練しているのは、ひとえに友人になったエスメラルダ嬢の役に立とうとする善意だろう。
「ふーん」
「そういうアミナはどうなんだ?」
「僕?僕はいいかなぁ。正面切って戦えるとは思わないし、なんか面倒くさそうだし」
「奇遇だな。俺もだ。貴族との関係って謂うのは一回首を突っ込むと芋づる式に面倒事が顔をだす。今回の件だけで終わってくれることを切に願うよ」
公爵閣下のスタンスとしてもここで俺が首を突っ込むことを望んではいないだろう。
俺たちは今はただの保護されているだけの子供だ。
ここで出しゃばって余計なことをする方が面倒になる。
「リベルタ君がそういう風に言う時ってだいたい厄介ごとに巻き込まれるよね」
「止めてくれ、他所の男女の恋愛沙汰に首を突っ込むとか嫌すぎる」
特に恋愛絡みの騒ぎに巻き込まれるとか何の悪夢だ。
「それよりも、早く三人に追いつかないといけないからな。明日から俺はレベリングだな」
「手伝う?」
「いや、大丈夫だ。経験値効率的にイングリットと二人でマタンゴダンジョンに挑んだ方が早いからな。アミナはネルとクローディアと一緒にクラス5を目指してくれ」
「最近一緒に冒険できないね」
「すまんな、俺がジョブを手に入れるのを手間取ったばかりに」
「仕方ないよ」
そんなことをしている暇があるのなら少しでもネルたちに追いつくために努力した方が百倍マシだ。
現状、ネルたちのクラスは4まで上げている。
スキル昇段のオーブはネルがこの三か月の間にモチダンジョンを周回して手に入れておいてくれている。
おかげで俺もレベリングをすればすぐにクラス4に上げることができる。
「でも、早く追いついてね。三人だと少し寂しいし」
「任せておけ、最高効率で追いついてやるよ」
「うん、待ってる」
三か月という時間は、思ったよりも長い。
待つと言ってくれてはいるが、それでも無駄に停滞するのも申し訳がない。
俺が適切なレベリングの指示を出して、皆は先に進んでくれた方が良い。
クラス4までは順調に成長できたが、これ以降になるとさすがにサクサクとレベリングをすることはできなくなる。
クラス5からの経験値テーブルは今までとは比べものにならないほど高くなる。
学園に入学するのなら今でも十分なレベルだけど、現状の俺たちの立場を考えると少しでもレベルを上げておいた方が良いに決まっている。
最低でも入学前にはクラス5、理想で言うなら6までは上げておきたい。
「リベルタ様」
そんな感じで、ネルとクローディアの訓練を見て時間を潰していた。
そしてイングリットが来たということは風呂の準備ができたということか。
「準備できた?」
「はい、そちらの方も準備ができたのですが」
さすがに疲れていたからこのまま風呂に入って疲れを癒そうと思ったのだが、イングリットの様子がおかしい。
「リベルタ様にお客様です」
「?公爵閣下かな?」
少し言いづらそうに、言葉を選んでいるイングリットが伝えてきたのは来客の知らせ。
はて、このタイミングで俺を名指しだというのならば公爵閣下かロータスさんのどちらかだと思うのだが。
「いえ、その、公爵夫人からのお呼び出しで」
「え?夫人から?」
あまり関わり合いのない人物からの呼び出しに俺は困惑する。
トイレットペーパーと米化粧水で助力してくれていたのはわかるが、それは全て公爵閣下を通しての助力だった。
エスメラルダ嬢やイリス嬢とも交流はあったが、夫人と直接会ったことはなかった。
いや、正確には会ったことはある。
食事会を何度かしている際に、紹介はされている。
だが、そこで直接会話をしたことはない。
「何の用だろう。用件は聞いている?」
「いえ、ですが至急とのことで」
そんな関係性の俺をなぜ公爵閣下ではなく夫人が直接呼びつけるのか。
藪蛇にならないことを切に願うのであった。
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