32 戦痕
イナゴ将軍ことホッピングジェネラルは、単体としての強さはさほどではない。
クラスは4。その中でもスペックはレベルが高くクラス5になる瀬戸際位だ。
スキル数は三つ、空歩、扇動、乱舞。
空歩は俺が使っているスキルと一緒、空中で踏み込みが可能になり三次元機動で戦うことができる。扇動は従えるホッピングソルジャーの群れに対して戦意を高揚させることができるスキル。乱舞は四本腕の武器を振り回す際に攻撃力に補正がかかるスキルだ。
要は、従える群れがいてこそ本領を発揮するタイプのモンスターというわけだ。
「まずは、一本目」
群れで襲い掛かり、空を飛んで来てとどめを刺す。
そんな戦闘スタイルのモンスターが逆に奇襲をかけられたらどうなるか。
「首狩り」
答えは明快、単体としては脆い。
イナゴ将軍がこん棒で迎撃しようとするよりも早く、俺は地面に転がるホッピングソルジャーの群れを足場に踏み込み。
振り切る前に槍の鎌刄で左上の腕の手首を切り飛ばす。
『!?』
ステータス差はあれど、この程度のレベル差なら防御無視の首狩りの一撃で部位破壊ができる。
落とすのは攻撃力が一番高い、鉈を持つ腕。
アミナの歌によるヘイトのブレが俺の攻撃への対処を遅らせたというのもあるが、こいつの攻撃は繊細さがない。
全ての攻撃が大振り、相手の隙は取り巻きが作るという戦闘スタイル。
俺の攻撃でヘイトがこちらに移りかけ、注意が俺に向いている最中に稲妻がほとばしる。
雷歩によってクローディアが追い付いてきた。
「ふん!」
脇を通り抜けて背後に回り込もうとする俺を追いかけ腰を捻っている最中にイナゴ将軍の左脇腹に突き刺さるクローディアのリバーブロー。
不意を打たれもろに入った崩拳によって防御力が下がる。
『カッ!?』
息ができないと口を広げて苦悶の表情を浮かべるが、そんなにのんびりしていていいのか?
確かに今の足場はホッピングソルジャーの群れで埋もれていて、まともに連撃を加えることができないほどに不安定な状態だ。
だが、連撃は無理でも連携攻撃はできるんだよ。
一撃を加えたクローディアが不安定な足場を退き、またもやヘイトが散った状態で、アミナ、俺、クローディアの三人に注目をしている最中に黄金の輝きがイナゴ将軍の視界に入ったのだろう。
「さぁ!千ゼニ分の威力よ!!お金の強さを思い知りなさい!!」
最後に登場するのは空歩で跳躍し、無防備に立ち尽くすイナゴ将軍にめがけて大上段で構えるネル。
「ゴールドスマッシュ!!」
まだスキルレベルは低くとも、十万円分の火力はクラス4程度のボスであれば相当なダメージになる。
EXBPでしっかりと物理寄りのステータスを持っているネルであればなおのことだ。
フルスイングで放たれた黄金色に輝くハルバードの一撃は、咄嗟に間に入れようとした盾よりも早くイナゴ将軍の顔面に入り、ザンッと綺麗に切り裂く音を響かせる。
クリティカルヒット。
それを確信できる一撃。
HPを大幅に削る一撃であったが、さすがにそれで即死するほどボスは甘くない。
だけど、顔面の半分を削り、そこから黒い灰が散り始めるほどのダメージが入っているのもまた事実。
こいつの命はもうすぐ消え去る。
『■■■■■■■■■■!!!!』
叫び、そして吠える。
命が尽きる前に敵を屠れと叫ぶ将軍。
スキル、扇動が発動した。
アミナの歌の惹きつけ効果を振り切り、ホッピングソルジャーの大集団のヘイトが一気に俺たちへと向く。
この数の敵に一斉に襲いかかられたら俺たちはひとたまりもない。
兵士たちの攻撃も届かない。
数秒後には、周囲のホッピングソルジャーの群れが俺たちに襲い掛かる。
「僕が!センターだァアアアアアア!!!」
そう、何もしなければそうなっていただろう。
だけど、扇動を塗り潰すほどの別の何かで上書きしてやればその効果も打ち消すことができる。
アミナの叫びと同時に、重ね輝くスポットライトがアミナを包む。
センターライトによる注目効果、そしてさらに重ね合わせるように歌いだすアミナの喝采の歌。
一つのスキルでだめでも、二つのスキルを重ねた惹きつけ効果ならイナゴ将軍の扇動を上回る。
「ナイス」
心の中でサムズアップし、意識が逸れた敵にめがけてラストアタックを敢行する。
「足場が不安定であるのなら、それを必要としない攻撃にすればいいだけのこと」
最初に飛び出したのはクローディア。
一体のホッピングソルジャーを踏み台にして天高く飛び上がる。
これは俺たちに今まで見せたことのない、クローディアのもう一つの必殺技。
光陰流星。
白い光と、黒い闇。
この二つを足に螺旋状に纏うという重力落下速度も加わってとんでもない威力になる一撃。
空に飛び上がるクローディアを見て、イナゴ将軍はアミナの惹きつけを振り払い盾で防ごうと腕を上げるが、そこは防御ではなく回避を選択すべきだったな。
「足首もらい、首狩り!」
上に意識を持っていくのなら、下がおろそかになる。
下に入り込み、重心を支えている前足の足首を刈り取るとぐらりと体が傾く。
そっちにもいたかと俺に目を向けているけど、いいのかねぇ。
黄金に輝くハルバードを両手に握り、全力でツッコんでくる狐娘が背後にいるぞ?
「さようなら!!私の二千ゼニ!!ゴールドスマッシュ!!」
斬り捨て御免とばかりに思いっきり背中を黄金の刃で斬り割かれ、ぐらりと体がよろめく。
その隙を空中から落下してくるクローディアが見逃すはずもなく。
「ハアアアアア!!!」
気合と共に、首元に蹴りを突き込み、そのまま貫通。
「討伐完了」
イナゴ将軍は倒れるのであった。
「ここから先は掃討戦だ!!皆の者私に続けぇ!!!」
ボスが倒されて何が起きるか。ここから先モンスターは増えなくなる。スタンピードの終了だ。
防衛戦から、殲滅戦に切り替わり、兵士たちが前線を押し上げ始める。
先頭に立つのは騎士コルトルさん。
ボスがいなくなったことでホッピングソルジャーの戦闘能力が下がるわけではないが、それでも敵が増えなくなるというだけで兵士たちの戦意が上がり、戦況としてはかなり好転したと言える。
周囲のホッピングソルジャーを倒しながら、こっちに向かってくる兵士たちを待ちつつ、俺たちは再集結。
「残りのホッピングソルジャーの殲滅とクエストの事後処理は彼らに任せて、俺たちは拾えるものを拾ったら撤収するよ」
「そうですね、私たちの過剰な戦果は後の軋轢を生むことになりますし」
「拾えるものって、あれ?」
今後の予定はいたって単純、ここにいるホッピングソルジャーの殲滅を兵士たちに任せ、俺たちは迎撃地点に後退し警戒につく。
そうしてあとは戦闘の終了を待って、今回の任務は達成ということだ。
「当然」
その前に今のうちにご褒美の回収をせねば。
ネルの指さす先には黄金に輝く宝箱が三つ。そして付属するように置かれている銀の箱が一つ、さらに隣に他の箱の輝きに隠れるように置かれている木箱が一つ。
レイド戦のボス戦は、複数の人が参加するだけあってボス報酬も多めに設定されている。
宝箱は五つで固定。金、銀のそれぞれ一つは固定で保障。
そして宝箱の中身も最低三つは保証されている。
「ホッピングジェネラルの報酬でスクロールは一本出るし、地属性のクラス4の精霊石は確実に入っている。あとはどれくらいの物が出るかだなぁ」
さらに、固定保障の金箱からはスクロールが一つ確実に出る。
ホッピングジェネラルから出るスクロールは、突進、空歩、そして低確率で地魔術が出る。
このいずれかが出ると推定されて、これに加えて精霊石や魔石、さらに装備関連でホッピングシリーズという物が出る。
この装備は地属性に弱耐性を持ち、さらにセット装備をすると空歩クラス4という固定だが、空中で二歩踏み込めるという便利スキルを付与してくれて中々使い勝手がいい。
銀の箱からは固定で地のクラス4の精霊石が一個出る。
そこに魔石や消耗品アイテムが加えられる感じ。
低確率でホッピングシリーズも装備で出るが、金箱よりは確率が低い。
「手早く開けていこう、まだまだ敵がたくさんいるしな。ネル、開封作業を頼む。俺とクローディアさんで周囲の敵を倒すから」
「はーい」
だけど、うちには幸運娘がいる。
ネルに宝箱の回収を頼みつつ、兵士たちがこの場に来るまでの間、周囲の敵を掃討しつつ、ボス戦のドロップ品の回収をする。
元々イナゴ将軍が取り巻きを引き連れてきていただけあって、ここ一帯のドロップ品数は多い。
あちこちに翅のようなアイテムが転がり、月明かりに照らされ光魔石もある。
周囲を警戒しつつ、これらを回収するのは中々至難の業。
「セイっ!ハッ!これだけいますと!なかなか良い鍛錬になりますね!!」
と思われるかもしれないが、ちょうどいいサンドバッグがそこら中にあると考えているクローディアがいると俺は警戒しつつ回収作業に入ることができてしまうのだ。
いやぁ、クローディアの一撃でモンスターが綺麗に飛んでいくなぁと感心しつつ、マジックバッグの中にドロップ品を放り込んでいると。
「リベルタ!!ちょっと手伝って!!私一人じゃ持ちきれないわよ!!」
「ああ、わかった」
開封作業が終わったネルに呼ばれ振り向いてみると。
「おおー、まさかのコンプリートプラスα」
そこにはホッピングシリーズが二セット置かれ、そしてさらに兜が二個転がっているというすさまじい強運。
こういうレイド戦は期間中現れる敵を何度も倒して、そのモンスターから出るシリーズ装備を手に入れるというのが普通だ。
シリーズ装備はモンスターによって当たりはずれはあるが、ホッピングシリーズは空歩という当たりスキルが付与されているので使い勝手がいい。
スキルスクロールで出るから空歩には意味ないと思うかもしれないが、貴重なスロットを使わず装備で付与できるという部分にメリットを感じる人は結構いる。
しっかりとパーティーを組めば、高速周回も可能になる上に、ドロップ品は装備として初心者から中級者くらいまでは使える物。
故にゲーム時代でも需要は高かった。
この世界ならオークションに出品して一攫千金も夢じゃないかも。
「さすがネル」
とりあえず、使用用途はいくらでもある。
最高のドロップ品を当ててくれたネルにサムズアップを送っておく。
「ブイ!!」
そして彼女もピースサインで返してくれて、さらにニヤリと笑ってスクロールを二本見せてくる。
「マジか、ネルさんパネェ」
「えへへ」
頭、胴、小手、足具で金箱のドロップスロットは四つ消費される。
うち一枠はスクロール枠で使われるから、金箱三つで用意される最低枠は八つ。
それだとすべてのドロップスロットを装備で賄うことになるが、それだと残りの兜や追加で出たスクロールとの数が合わない。
それに加えて、精霊石の数も合わず、ネルの足元に積み上げられている。
マジか、ネルさん。
あんたどんだけドロップ数増やしたんだよ。
通常のダンジョン攻略でもとびきりの成果を出せる彼女が、レイド戦というドロップ数が増えている状態で宝箱を開けるとこうなるのかぁ。
前にドロップ補正をかけるNPCが実装されたら間違いなくティア1に認定されるって思ったけど訂正するわ。
FBOでネルがネームドにならなかった理由って、実装したらゲームバランスが崩れるからだろ。
一度のレイド戦でモンスターシリーズ装備が二セット集まるなんてめったにできない偉業だ。
どんなに運がいい人でも、装備が三つ、それも被って出てもすごいと称賛される。
そのくらいにレアな実績を彼女は何の気なしに超えていってしまう。
おまけに照れ笑いも可愛い美少女と来たのなら、攻略サイトに投稿され、まず真っ先に何が何でも確保しろと表示された上に、縛りプレイでネル使用禁止とか書かれたに違ない。
ドロップチートのネル、歌の天才のアミナ、人脈という点で信頼度抜群のイングリット。
うん、うちのパーティーチートすぎない?
保護者のクローディアもネームドの中でも有数の実力者だし。
こんな構成でパーティーを組める幸運に感謝するほかない。
たぶんだけど、俺の運の偏りって人脈に偏りすぎてほかの運のバランスが悪くなってるんだろうなぁ。
「リベルタ?大丈夫?ぼーっとして」
「あ、ああ。ちょっとネルに会えたことを神様に感謝してたところだ」
「ちょ、何よいきなり」
「いや、本当にいつもありがとうなネル」
「そ、そんなの私だってそうよ、その毎日が楽しいし、あ、ありがとう」
そんな事を考えつつ、こういう形で運が偏るのならそれもいいかと思いつつ、ドロップ品をマジックバッグに入れられるだけ入れていく。
鎧となるとけっこうかさばるから、全部入るかなぁと不安になりつつ、翅とかはマジックバッグの中に入れておいた皮袋に放り込む。
ブンブンと尻尾を振るネルの素直な感情表現をみつつ、感謝することは大切だなと思う。
人の縁は大事にしないとな。
全てのドロップ品を無事に回収し終え、立ち上がると。
「おお!リベルタ殿!あとは我らにお任せを!!」
「ではよろしくお願いします」
「任されました!!」
ちょうどスタンピードの残党処理を進めているコルトルさんが俺たちの地点まで追いついた。
あとはここらにいるやつらを倒してしまえばこの地に平和が訪れるなと、レイド戦の完了を見届けるのであった。
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