31 イナゴ将軍
「三本目出たわよ!!」
「どっちだ!?」
空歩というスキルを手に入れたことで、俺とネルはスタンピードの真っ最中にホッピングソルジャーの大群の中で暴れ廻るというとち狂った戦法をとっているにもかかわらず、作戦行動に安定性が生み出され、それによって異常暴食個体狩りがどんどん進む。
仲間を共喰いし続けて経験値を蓄えた異常暴食個体は確かに強い。
だが、ステータス的に見れば幾分かEXBPを確保して強くなったクラス4のモンスター程度の強さでしかない。
通常個体よりは段違いの強さ、そして食べれば食べるほど経験値を蓄え強くなるという性質。
通常個体とスキルの差はない。
しかし純粋なスペックが上がるという性質、さらに言えば見た目に差がないのが厄介だ。
スタンピードの大勢いる敵の行進の中で、止まって貪るという行動以外に動きに違いがないのは、迷彩として極悪と言ってもいい。
そんな異常暴食個体なのだが、こいつはスクロールのドロップ確率が通常個体と比べると格段に高い。
「突進ね!」
「シット!まぁ!まだまだ敵はたくさんいる!!どんどん行くぞ!!」
数えるのも面倒になるくらいに異常暴食個体を倒したネルが新しくスクロールをドロップさせるが、今回はあいにくのはずれ。
だが、需要はあると思うのでネルから投げ渡された奴をキャッチしてそのままマジックバッグに放り込む。
「ネル!空歩には慣れてきたか!?」
「ええ!コツはつかめたわ!!」
これよりも前にもう一本空歩が出て、それはネルが使って今では二人で空中戦を繰り広げている。
空中戦をするにはコツがいるが、ネルの運動神経は抜群だ。
獣人族は全体的に運動神経が良く、イヌ系やネコ系の獣人はアクロバット的な動きが得意だ。
ネルもその範疇に入っているからか、俺の動きを参考にしてどんどん空歩の使い方を自分の物にしている。
空歩の使用頻度も増え、スキルレベルが上がっているのが実感できるが、空中で二歩目を確保できるレベルまではまだ先だ。
レイド戦はこれからも続く、継続戦ということでそれからもしばらく異常暴食個体を狩り続ければスキルレベルもさらに上がっていくと思ったが。
「……?」
つい先ほどまで間断なく攻めてきていたホッピングソルジャーの流れが緩んだ。
そして探せばいた異常暴食個体が見つからなくなってきた。
汗を拭う。まだ体力的には余裕はあるが、それでもハイペースで戦い続けている現状、集中力がいつまでも続くわけではないこのタイミングでの空白時間。
「一旦引くぞ!」
「わかったわ!」
何か嫌な予感を感じた。ここら一帯の異常暴食個体は倒し切ったと思うし、一応周囲を見回してから撤退に入った。
「まだいっぱいいるわね」
「ああ」
数こそ力だと宣言するような戦い方をするのが、蟲系モンスターの特徴だ。
倒しても倒してもきりがないと思うかもしれないが、きちんと数は減っている。
そしてその成果で異常暴食個体も減っているというのなら問題ないのだが。
「戻りました」
「無事で何よりです」
アミナが汗を流して、元気に歌い続けているがこれでも二時間以上はぶっ通しだ。
そのすぐそばで、イングリットが控えている。
「敵の勢いがだいぶ落ち着きましたが、これもあなたの策ですか?」
「いや、そんなことはないと思いますけど」
出迎えてくれたのはクローディアだ。
机に置いてある水差しを手に取り、木のコップに水を注いで俺たちに渡してくれる。
「俺たちがしていたのは危険な敵が紛れ込むのを防いでいたことで、敵の数はそこまで減らしていないはずなんですが」
「ですが事実、敵の圧力は減っていると思いますが」
掻いた汗の分、水分を補給するために渡されたコップに口をつけつつ、クローディアの指さした方向を見れば。
「確かに、迎撃にも余裕があるように見えますね」
準備した木の柵はずいぶんと破壊されたが、それでも敵の足を緩める程度の役割はまだ果たしている。
それを利用しての迎撃戦は、こちら側が優勢にことを運んでいるように見える。
最初に突撃してきたホッピングソルジャーの群れと比べるとだいぶ隙間があるように見えて相手の攻勢自体がやはり緩くなっている。
「兵士たちもアミナの歌に激励されて気合が入っているようですので、順調に敵を倒せているみたいですよ。これでしたら予定よりも早く解決を」
「……それって」
その現象に見覚えがある。プレイヤーというチートユニットがいる状態で少数精鋭での蹂躙によるモンスター減少。
それが発生しているということはと、現状の流れを感じこの後の展開を予想した。
「……もしかしてアミナのおかげで?」
アミナの歌のバフ効果のおかげで、メタ装備を備えた兵士たちが初心者プレイヤーに準ずる程度の戦闘力を獲得したとすればと、その流れの原因も思い付き、このままいけばどうなるか。
「その可能性もありますが、あなたが事前に公爵に伝えて準備を整えさせていたのも理由でしょう。もし仮に、アミナがいない状態で装備も通常通りであったら苦戦をして損耗も多かったでしょう」
ゲーム時代では、NPCの装備を強化することは仲間にならないとできなかった。
モブユニット、レイド戦に配置されるような兵士を強化することはできなかった。
それが現実になったことで、公爵閣下経由であっても、情報を伝えしっかりと装備を整えることができたのだ。
数は力。
それは敵だけではなく、こっちも一緒と言うことか。
メタ装備を備えた兵士の数がそのまま殲滅能力に直結し、プレイヤーたちだけで挑むとき並みの殲滅速度を達成した。
育成途中とはいえ、兵士たちを鼓舞して全体強化できる多忙型アイドルを目指すアミナがいることも、モンスターを倒す速度を跳ね上げる理由に繋がった。
「となると・・・・・もしかして」
そうなると、そろそろ発生してもおかしくはないかもしれない。
「クローディアさん」
「なんでしょう?」
レイド戦としては初心者でも参加できるレベルに抑えているホッピングソルジャーの群れ。クエスト『残暑の暴食者』がボス戦に移行している前触れかもしれない。
「これから一時的にですけど、相手の進攻が止まります。そうしたら警戒してください」
「……大物が来るということですね?」
「はい、イナゴ将軍。ホッピングジェネラルが現れます」
レイド戦の流れは、第一段階でモブモンスターと強化モンスターの混成部隊と戦うところから始まる。
第二段階で、モンスターごとに設定された特徴が開花し、流れが乱れる。
ホッピングソルジャーであれば異常暴食個体がそれにあたる。
そして第三段階、一定の時間の経過あるいは一定数の討伐が達成されると発生するボスイベント。
今回の場合はイナゴ将軍が現れるということだ。
猶予はどれくらいだ、と思っていると鏑矢の音が鳴り響く。
「騎馬隊からの急報ってことは」
「どうやら、リベルタの予想が当たりましたね」
その合図はすなわちイナゴ将軍の出現を示した。
そのタイミングで雲が晴れ、月光が戦場を照らし出した。
「一難去って、また一難ですか」
ボスが現れるからと言って、取り巻きが減るわけじゃない。
逆なのだ。
取り巻きがいったん撤退し、再結集してボスを中心として再侵攻してくるのだ。
クローディアに見えている光景は俺にも見えている。
月光に照らされる、ホッピングソルジャーの群れ、その中央に存在するひときわ大きい個体。
武器を持たず、無手で戦うホッピングソルジャーの群れとは違い、まるで鎧を着こんだかのような堅牢な外骨格を備えたイナゴ将軍は四本の腕にそれぞれ違う得物を持つ。
こん棒、鉈、槍、盾。
どれもが骨でできた、歪な武器。
そんな武器を携えた怪物が、跳ねながらこちらに向かってきているのが見えた。
異形の強敵の出現に、兵士たちに動揺が走る。
アミナの歌に励まされた心に、冷たい何かが流れ込んだのだろう。
実力的に勝てない。
そう思ってしまっている。
「大丈夫だよ!!」
だけど、まだ沈むには早い。
アミナが声を張り上げた。
ずっと歌いっぱなしで、汗をかき、そして体力の消耗も激しいだろう。
それでも彼女は笑い続ける。
「僕たちは勝てる!絶対に!みんなが諦めなければ、勝てる!!」
根拠のない、息が乱れ、必死に呼吸を整えながらの体力を振り絞った声援。
気持ちだけでどうにかなるわけじゃない、だけど、気持ちが追い付かなければそもそも何もできない。
「そうだ諸君!諦めるのはまだ早い!!我らの剣は折れたか!?否!まだ折れておらぬ!!仲間が倒れたか!?否!まだ我らが僚友は剣を振るっておるぞ!!」
くじけそうな心をアミナの声援が支え、コルトルさんの激励で兵士たちは戦意を取り戻した。
「あれだけ懸命に我らを励ます歌を聞かせてくれた少女の前で情けなく諦めるのか!!否!そんな恥ずかしいことをできる我らではない!!誇り高き兵士たちよ!!ここが正念場だ!!気合を入れろ!!!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
その光景に俺は苦笑する。
「本当は、俺たちでイナゴ将軍を倒そうと思ったんですけど・・・・・この流れ俺たちが出ていい場面ですかねぇ?」
悲観する必要はないけど、ここまで戦意が盛り上がってしまうと逆に前に出づらい。
「良いではないですか、暗い雰囲気よりも百倍マシです。その気合に水を差す?そんなことはありませんよ。リベルタ、こういう時に、窮地だと思う時こそ」
遠慮する気持ちが湧きたつ俺に向けて苦笑し、こうするのだとクローディアは一歩前に出て高台を飛び降りる。
「前に出る人の背中を信じるのですよ」
こうやればいいと手本を見せる、彼女の背中の説得力に俺は笑い。
「よっしゃ!最後の総仕上げと参ろうじゃないか!!行くぞネル!」
「任せて!」
「みんな頑張って!!僕もここでみんなを支えるから!!」
「ご武運を」
俺も高台から飛び降りる。
それにネルも続き、休憩は終わりと再び背中からアミナの歌が聞こえる。
クローディアが着地した地点まで俺たちも進み、クローディアを挟んで三人で並んで立ち、今度は敵の大群の正面に向き合う。
「あの怪物の相手は私たちがします!!兵の皆はこの陣地の守護を!!」
クローディアの綺麗な声が響く。
クローディアは胸を張り、ネルはハルバードを両手で抱え、俺は槍を肩にかけて、その声で兵士たちが左右に分かれて開く道をまっすぐに進む。
「さぁ、リベルタ。参りましょうか」
「これって、絶対に後で噂になりますよねぇ」
「なるわよ、きっと。数日たったら酒場で吟遊詩人が歌ってくれるかもしれないわね」
「目立つのは俺のスタイルじゃないんだけどなぁ」
大切な仲間たちとともに、道を広げて左右に並ぶ兵士たちの熱い視線の中を進み、そして最前線に躍り出る。
「ま、たまにはいいか。戦術パターンDで行きますよ」
「なるほど、そういうのもいいですね」
「了解!」
そして三人同時に一気に前に駆け出した。
柵を飛び越え、堀を飛び越え、そしてこちらに迫る取り巻きを引き連れたイナゴ将軍の軍勢の正面に飛び込む進路。
無理無茶無謀。
一見すればそう見えるかもしれない。
「うへぇ、異常暴食個体がこんなにたくさん。これだからレイド戦は」
多勢に無勢。
戦力に差がありすぎると、思われるかもしれないが。
「良い狩場なんだよ」
それは指揮系統がしっかりとした相手だけだ。
ただフィジカルに任せてまっすぐに向かって来るイノシシ戦法はただのカモなんだよ。
「一番槍、いただきます」
クローディアからの先制攻撃。
先頭の異常暴食個体の腹部を全力で殴打、勢い良く吹き飛んだ相手は後方から跳ぶ別個体にぶつかり軍勢の進路が遮られる。
「全力で吹き飛ばすわ!!」
その進路妨害をさらに追い打ちでネルが広げる。
ハルバードは本来であれば圧し切るのが常道。
だが、パワースイングのスキルによって吹き飛ばし効果を得た攻撃は一時的に斬撃特性が下がり、打撃特性が上がる。
クローディアによって固められたホッピングソルジャーの群れをネルが吹き飛ばすことにより、さらに交通渋滞が起きる。
進行の速度はそのままで前の方が詰まるということはすなわち。
「追突事故にご注意ってな」
正面で大事故が発生する。
ただ我武者羅に前に飛び込もうとしていた飢えた個体たちは、仲間たちによって生み出された衝突事故現場に次から次へと顔面から飛び込み、事故の被害が雪だるま式に膨らむ。
止まるという思考に入る前に次々に広がる事故。
群れというのは強大な暴力であるが、その暴力が降り注ぐのは相手側だけではない。
時にはそれは味方にも向かってくる。
目の前で起きた事故に本能的に止まろうとする個体がブレーキをかけるが、それに気づいて連鎖的に止まることなんてほぼ不可能。
一個体が止まっても、背後から跳ねながら猛追する個体がブレーキをかけた個体にぶつかる。
それを見て慌てて止まろうとする個体と気づかずぶつかる個体の連鎖反応。
「ほら、ボスまでのルート出来上がり」
群衆を乱す正面からの奇襲、戦術プランD。
復帰までの時間はおおよそ一分。
空歩で跳躍し、すでに切り込んでいる俺の眼下には、足元で転がる取り巻きを蹴り飛ばし自由を確保しようとするイナゴ将軍の姿。
「久しぶりだな、その首置いてけや!!」
FBOで闘って以来の久しぶりの強敵との邂逅。
存分に戦わせてもらおうか!!
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