29 月下のレイド戦 1
簡易的な砦と言えばいいだろうか。
あるいは前線基地。
木の柵のバリケードで囲い、その中に兵士たちの狩り拠点である天幕がそこら中に立てられているエリア。
俺たちはそこに予定通り夕方に着いた。
「この前線基地の指揮を任されております王国軍騎士コルトルであります!ロータス殿、援軍感謝いたします」
「いえ、ここが抜かれて農地に被害が出る事は、なんとしても防がねばならないとエーデルガルド公爵閣下はお考えです。そう思えばこの増援も当然のことかと」
馬車を降りてロータスさんに引き連れられ、この拠点の中でも一番大きい天幕に向かうと巨人族と思われる騎士が出迎えた。
「して、そちらの一行が例の?」
一通り挨拶を済ませると、迫力のある顔が俺たちを見た。
「はい、今回のホッピングソルジャーのスタンピード阻止作戦に協力していただくことになりましたリベルタ殿とそのパーティーご一行です」
「陛下から話は聞いております。そこの少年はボルトリンデ公爵の上級兵士十人をたった一人で倒し切ったほどの腕利きとか」
子供やメイドが混ざり込んでいる珍妙な面々だというのに侮りの視線はない。
むしろ期待の眼差しが混じっているようにも見える。
「お恥ずかしい限りだが、我々だけではどうにもできないと思っていた時に来た援軍だ。頼りにさせていただく」
「そこまで状況が悪いので?」
「悪い、とまではいかないが悪くなりつつあると言ったところだ。事前にダンジョン内からホッピングソルジャーを間引き、スタンピードを防ぐようには動いているが、徐々にダンジョンの奥に入り込むのが厳しくなりつつある。そうなってくると間引きもままならない」
スタンピードまでのカウントダウンタイマーが残り少ないことに焦っているのか、頭を掻いて大きくため息を吐いた騎士コルトル。
「王都からの援軍は?」
「派遣はすると確約はしてもらったが、軍を動かすにも時間がかかる。早ければ数日以内には先遣隊が来るはずだ」
この前線基地にいる王国軍の兵士の数は二百くらい。
今回同行した公爵閣下の兵士の方が多いのだ。
「……足止めですか」
「宮廷情報については自分にはわからない。だが、陛下の足を止めている輩がいることくらいはわかる」
本来であれば騎士団の一つでも派遣して来てもおかしくないくらいにここは重要な拠点。
その拠点の危機なのにも関わらず、たった二百人しかいないのだ。
事情を察したロータスさんの顔色が曇る。
ここでも貴族の政争が響いているわけですね。
政敵の失態を作り出すのに努力は惜しまない。
醜く、それが日常と化している貴族社会。
「そんな状況であるからこそ、今は猫の手でも借りたい。ロータス殿たちが来てくれたのはまさに天の恵みというやつだ」
「ハハハハ、本当に天から来た恵みかもしれませんぞ?こちらのリベルタ殿から今回の掃討作戦の詳細を聞いておりますが、十分勝算があるようです」
「ほう、それは何とも頼もしい!その年齢で戦場に出てくるだけのことはあるということか」
そんな後顧の憂いがある状態でレイド戦に挑まないといけないのかと、ため息を吐く。
「して、リベルタ殿」
「はい」
「先駆けの連絡兵に指示された通り、この前線基地とダンジョンの間に堀と柵で周囲を囲った高台を作ったが、本当にあれだけの準備で迎撃できるのか?」
「問題なく。高台の段数は?」
「言われた通り三段にしてある」
「でしたら勝てます。いえ」
ため息を吐いた俺の対応を見ないふりでいてくれたコルトルさんに、苦笑しつつ今後の作戦の話をする。
レイド戦は準備次第で結果が決まる。
「完勝して見せます」
行き当たりばったりで攻略するのは命知らずがやることだ。
事前情報がある段階で、万全の準備ができた状態で負けることなど許されない。
「相当自信があるようだな、作戦の説明を頼めるか?」
「わかりました」
ブルリとコルトルさんが身震いしているが、気にせず説明に入る。
「ロータスさんに頼んで公爵閣下から風魔法使いを三十名用意してもらいました。回復スキル持ちも十五名、盾スキルを持っている兵士は百名用意してもらいました」
勝つ方法を知っているのならなおのことだ。
嵌め殺しができるのにしない理由が思いつかない。
「騎馬兵を五十、全員が騎乗スキルと魔法スキル持ちです、残り三百名には槍スキルもしくは弓スキルを持っている人員を揃えました」
しかもNPCをランダム配置ではなく、自由配置できるのなら理想の陣形を用意して戦えるのだ。
負ける要素をとことんまで減らすに決まっている。
「配置はこうです」
頭の中に組みあがっている対イナゴ将軍用のレイド戦術を地図に書き込み仕上げたものをマジックバッグから取り出して、近くにあった机に広げる。
「ここが高台、最上段にはアミナを配置します」
まず最初に赤い点を説明する。
「この高台からアミナの歌唱スキルを使って全軍にバフを展開しつつ、敵の誘引を行います。敵はダンジョンの方向からアミナの歌に惹かれまっすぐこっちに向かってくると想定されますので」
その赤い点が戦いの要である。
常に攻撃力アップとリジェネ効果のある喝采の歌と行動速度を増加してくれる追い風の歌を味方全体に振りまき、同時に敵の注目を集めて拡散させない。
歌に惹かれ敵はまっすぐにアミナに殺到する。
ダンジョンから指でまっすぐ高台に向かって線を描き、止まるのは柵の部分。
柵の前には堀が掘られ、簡単には攻略できないようになっているがホッピングソルジャーは跳躍力には定評のあるモンスターだ、これはあくまで気休め程度の防護。
「柵から五メートルほど引いた位置に盾部隊を配置し柵を飛び越えてきた敵を叩きます。盾部隊の背後に長槍部隊を配置し迎撃します」
狙いは跳躍後の着地タイミングを狩ることだ。
「部隊は扇状に展開して、正面からでも多角的に迎撃できるようにしてください。長時間の連戦になります。後方に交代要員を配置しシフトを組んで常に万全の状態を維持できるように気を配ってください」
FBOプレイヤーが俗にいう着地狩りというやつだ。
地面に着地する瞬間は次への行動動作がワンテンポ遅れる。
そのタイミングに攻撃を加えれば多数の敵を狩ることができる。
「次に一段目の高台には弓部隊を配置します。高低差を活かし前衛部隊の援護と空を飛ぶ敵を撃ち落す役目です」
だが、それだけでは安定した狩場にはならない。
相手は跳躍と同時に飛翔もできるモンスターだ。
制空権を取られたら意味がない。
それを防ぐために弓兵を配置する。
「数は百名を用意しましたが、三部隊交代編成にしています。十名は矢の補充と弓の交換要員です」
蟲系のモンスターは数の脅威とタフネスに定評がある、弓矢で完全に殺し切るには相当良い弓を用意するか、ヘッドショットなどのクリティカルヒットが必要になる。
「交代編成?それなら二部隊でやればいいのではないか?なぜわざわざ三部隊なのだ?」
「弓部隊は地上の敵を狙う部隊と対空迎撃部隊の二役あるんです。長時間の連戦になるので、万全の体制を維持するために待機部隊を一つとしてローテーションで回します」
「なるほど」
コルトルさんの疑問に答えつつ、他に疑問はないかと首をかしげてみたが。
「大丈夫だ。遮って済まない、続けてくれ」
頷かれ、そして話の続きを促されたので俺も作戦の説明を続ける。
「二段目に配置する魔法兵ですが、彼らの役割は固定砲台です。敵の数を減らすことに専念してひたすら範囲風魔法を使い続けてもらいます」
ここまでの編成で多勢で攻め立ててくるホッピングソルジャーを防御する方法は確立した。
プレイヤーが集結したレイド戦なら、育て切ったキャラを駆使して、スキルリキャストタイムやMP管理を徹底して効率的に倒し切るロジックを形成して、作業ゲー環境を作り出す。
だけど、現実では生憎とそんなチート集団は存在しないので、できる範囲で完勝を目指す環境を整える。
幸い、つい先日に精霊石が大量に手に入ったから地属性の盾や風属性の槍と弓を大量に用意できている。
いやはや、公爵閣下の人脈と行動力は恐ろしい。
アミナのライブが始まっている頃には屋台で完売した商店街の人たちが手に入れて公爵家で換金を済ませた精霊石を、すべて職人街に運び込み今回のスタンピード阻止作戦に従軍する兵士の属性武器を作らせていたのだ。
当然、魔法部隊の装備も対ホッピングソルジャーが想定されている装備に統一されている。
特化型の装備と言っても、普通のモンスターにも対応できるような汎用性は残している。
「そして最後の騎馬兵ですけど、彼らは横からホッピングソルジャーを削ってもらいます」
ここまでは受け手での話で、ここからは攻め手の話になる。
防御だけでは敵を殲滅することはできない。
となれば積極的に倒して数を減らす必要性が出てくる。
その役割を担うのが彼ら騎馬兵というわけだ。
アミナという敵の注目を一身に集めて強力に惹き寄せる存在がいる中で、馬という機動力を持った魔法兵たちが横から移動攻撃する。
ヘイトバランスではアミナの方に分があり、仲間が殺されてもホッピングソルジャーのヘイトは常に前に向いているため、騎馬の魔法兵たちは敵に狙われることなく、敵の数の多い場所めがけて移動しながら、そこで魔法をぶっ放すという簡単なお仕事で敵を削ることができる。
「これで半日を守り切れれば、最後にイナゴ将軍、ホッピングジェネラルが出現します」
ボスの出現条件は、一定の時間内に一定数以上の敵の殲滅か時間経過のどちらかだ。
今回は間違いなく殲滅しきるよりも先にボスが出現する。
殲滅の場合は本当にプレイヤーがイケイケで出現ポイントまで根こそぎモンスターを倒し切らないと発生しない条件だしな。
迎撃戦を敷く場合は該当しない。
それに殲滅戦よりも迎撃戦の方がドロップ品は大量に手に入って美味しいのだ。
「以上で、対ホッピングソルジャーの迎撃対応の説明になりますが、なにかご質問は?」
「リベルタ殿はアミナ殿の護衛に残られるので?」
「アミナの護衛はクローディアさんとイングリットが残ります。俺とネルは前線に出て暴れまわりますよ」
兵士たちの運用方法はわかったが、俺たちの行動の話はしていなかったので説明するとぎょっとした顔でコルトルさんは俺を見た。
「兵士の中に入って戦われるのか?」
「いえ、普通に遊撃で戦うだけですが」
兵士たちの連携に俺たちが入ったらかえって邪魔になる。
ネルは単純に火力の違いで、俺の場合は戦い方の違いでだ。
「英雄と噂されるだけありますな。大軍を前にして臆せず挑まれる。いやはや、感服いたします」
正直、アミナの誘因が続いている状態であれば、大軍の中に踏み込んでも下手を打たなければ窮地に陥る心配はない。
であれば、殲滅能力のある人物が前に出て戦った方がレイド戦は安定性を増す。
「そういうつもりじゃ」
英雄と思われることは仕方ないにしても、英雄として担がれるのはもうしばらくお待ちくださいという気持ちが先立ち否定しようとした矢先。
「隊長!!ダンジョンの方角から狼煙が上がりました!!」
天幕に一人の兵士が駆け込んできた。
「このタイミングでか!?」
夕日が沈もうとするタイミングでのレイド戦開始の合図。
コルトルさんは目を見開き、夜戦になることを嫌がる。
「ロータスさん」
「はい」
「迎撃準備に入ります」
「かしこまりました。兵に指示を出します。コルトル殿」
「ああ、我らも出撃する」
確かに夜間は視認性が悪くなり、敵を見つけるのが困難になる。
見落としが生まれ、不意を打たれる可能性も増えてしまう。
昼間の戦いと比べると、危険度合いが跳ね上がるようなイメージが先立つが、俺はそこまで危惧はしていない。
続々と兵士たちが天幕を出て戦闘準備に入り、夕日が山並みに沈みゆく景色を前に駐屯地が騒がしく動き出す。
ああ、何だろう。
不謹慎だけど、この慌ただしい雰囲気を懐かしく思っている俺がいる。
「リベルタ殿、ここから迎撃地点は一キロほど先になります。馬はこちらに置いていきます。準備に抜かりがないようにお願いします」
このロータスさんの確認のセリフも、ゲームの中ではい、いいえとプレイヤーに選択肢が出てきそうな感じで、より一層レイド戦が始まることを実感させてくれる。
「俺は大丈夫です。皆は?」
「私はいいわよ」
「ぼ、僕も」
「常在戦場、いかなる時も戦う覚悟はできています」
「問題ありません」
皆の準備も万全。
「要らぬ心配でしたかな」
「いえ、確認ありがとうございます」
「なんの、戦いの場では何があるかわかりませんからな。老兵の私は少々心配性なのですよ」
緊張はしているが、過剰にしている雰囲気もない。
「では、参りましょう」
ロータスさんの掛け声に頷き、移動を開始する。
馬に乗れるのは俺とクローディアにイングリット。
「ネル、手を」
「ありがとう」
俺は先に馬に跨り、そして下に手を差し出しネルを引っ張り上げる。
装備の重量を加味すると子供の力じゃ引っ張り上げられないはずなのだが、これまでの育成でステータスの強化された俺の体は、あっさりとネルを引っ張り上げることができる。
ネルは俺の馬に相乗り、アミナはクローディアのところ、イングリットは一人で乗る。
「それじゃぁ、蟲退治に行こうか!」
俺の掛け声に合わせて、移動を始めるのであった。
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