25 ライブ
「何とかしのぎ切ったわ」
ぐったりと椅子の背もたれに寄りかかるように脱力するネルの声は疲労困憊と言わざるを得ない。
「ちなみにいくら?」
「ふふふ、十二万三千ゼニよ」
たった数時間でとんでもない額を稼ぎ切ったネルはサムズアップして見せた。
アミナのグッズ販売だけでそこまで行くかと思うかもしれないが、結果だけで言えばいっちゃったんだよねぇ。
精霊たちの運が悪いのか、あのガチャの景品であるアミナの姿絵が最後の最後に二枚残ったんだよ。
団扇も、タオルも、サイリュームもすべて完売したというのに絵だけがぽつんと残った。
特賞だけ残った状態でくじを引かせると外れくじが多すぎてダメだと思い、ここで終わりかと思ったが、それに精霊たちが待ったをかけた。
その絵を欲するという物欲と、どうせなら自力で引き当てたいという願望を押し出し、まさかの延長戦。
景品がないということを重々承知でまさかの追い課金。
当たりはずれに一喜一憂していること自体がすでに祭りモード。
ドンドン積み重なっていく精霊石の山。
精霊たちからすればゴミかもしれないが、俺たち人間からすればお宝の山。
それがどんどん高くなり、最後の一枚の絵が当たった後に残るのは俺たちの身長を超すほどの山盛りの精霊石だった。
それを全部公爵閣下に買い取ってもらえたらそりゃ、良い額になるよな。
「もう、みんなそんなに疲れて大丈夫なの?」
商売に全力、それがネルの信条なのは仕方ないが商魂の逞しさに体が追い付いていないのかクピクピと可愛らしい喉の音を響かせ、スタミナポーションを飲むネル。
そこに現れたのは。
「アミナ可愛いぞ」
「えへへへ、こんな素敵な衣装初めて着たよ」
露出の少ない、明るめの緑と白色を基調とした踊り子の衣装を身にまとったアミナだった。
この世界にはアイドルの衣装なんて存在しない。
俺もそこまでアイドルの衣装に関して詳しいわけではないが、前世の記憶からイメージを伝えることはできる。
「まさに主役って感じね」
公爵家に用意してもらった服飾関連の職人に絵で伝え、こういう感じにしてくれと意見を交え、この世界にこれまで無かったアイドルの衣装を作り上げた。
伴奏する俺たちの格好は、舞台に映える衣装だが少し地味にして、より一層アミナが目立つようにしている。
昼間はネルが商人として主役だったが、いまからは舞台に立つアミナが今日一番の主役だ。
「先ほど外の様子を見てきましたが、とてつもない数の精霊が舞台の周りに集まっていました」
「そうですね、屋台も軒並み完売、そして祭りによって精霊様方の気持ちも最高潮のご様子」
クローディアとイングリットも今日は司祭の服でもメイド服でもない。
俺とネルと同様のこの舞台に上がるためだけの衣装を身にまとっている。
「アミナ」
「なに?」
「緊張しているか?」
公爵家のバックアップがあったからこそ、この短期間でここまでの規模のライブイベントが準備できた。
教会への根回し、周囲の兵士の配置、もろもろの下準備。
全てはこの舞台を盛り上げるためだと考えると、アミナにとてつもないプレッシャーをかけているのではと思い彼女に問いかけると。
「ぜんぜん!!むしろ」
「むしろ?」
「僕、今すっごくワクワクしてるよ!!」
向日葵でもここまで華やかに咲かないだろうと思うくらいに、アミナは満面の笑みを見せた。
「だって、みんな僕の歌を聞きに来てるんだよ!!こんなに嬉しいことはないよ!!そう考えてたら楽しくて楽しくて仕方ないんだ!!」
そしてその興奮を堪えるように、グッと自分を抱きしめている。
思えば彼女と出会ったときも、アミナは一人で歌っていた。
観客など誰もいない。階段に座り、一人歌っていた。
だけど、それは寂しそうではなかった。
アミナはいつも笑顔で歌い、全力で歌を楽しんでいた。
「アミナ」
「なに?」
それを考えるのであれば、このイベントを起こすまでの過程で発生したプレッシャーなど、歌えるという楽しみの方が勝りすぎて気にも留めなかったのだろうな。
むしろ緊張していたのは俺の方か。
これで失敗したらジョブが取れない。
そんな余計な思考が、少し緊張を生み出していたのかもしれない。
思い出すな、新作のゲームを始めるときのような、こうやって純粋に楽しむという気持ちを。
効率なんて関係ない。
勝敗なんて関係ない。
ただ純粋にこの瞬間を楽しもうとしているアミナと同じ笑顔が昔の俺にもあった。
この世界に来てからは忘れていた、ただ我武者羅にゲームを楽しむという感情。
「楽しむぞ」
「うん!」
全力で楽しむことに集中する。
そう思うと、俺の表情も自然と笑顔を描く。
「皆さま、お時間のようです」
そしてイングリットが待合室の出入り口の方を見ると、神官が一人迎えに来た。
「それじゃ、皆、よろしく!!」
今回の主役のアミナが指揮を執る。
「任せてくれ」
俺はいつものリュートを持ち立ち上がる。
「盛り上げるわよ!!」
ポーションでスタミナを回復したネルは、今日は太鼓のバチを手に持つ。
「微力ながらお支えします」
イングリットは両手で抱えるほどの大きなハープを持ち。
「こういう日もあってもいいのでしょう」
クローディアは横笛を手に持った。
今日は冒険者じゃない、歌姫を誕生させる楽団一行だ。
精霊たちが集まり、始まるのを今か今かと待ちわびて、ライブ会場のボルテージが高まりつつある。
俺の中ではライブのイメージだが、これはれっきとした神事だ。
神官に連れられ、俺たちは舞台に上がり、そして芸能の神トプファ様の分神殿の方向に膝をつく。
この舞台は真正面に分神殿が見え、そしてその神殿の前に観客席がある。
神殿が最後方に位置付けられているけど、これで問題ない。精霊たちの熱気と興奮と共に、アミナの歌を捧げるんだ。
「トプファ様にこの歌を捧げます」
祈るような姿勢のまま、アミナは言葉を発する。
これがジョブ獲得クエストの始まり。
『聞かせて魅せよ。汝の歌を』
この場に響き渡る人ならざる者の声。
この声が神か。
威厳を感じさせる、されど威圧感を感じさせない。
芸能の神だけあって、この場は楽しむ場だと承知しているのだろう。
「はい」
そして神の了承が得られたのなら、ここからがアミナの舞台だ。
一度アミナが顔だけ振り返り、そしてネルの太鼓からその曲は始まる。
リズムを取り、イングリットのハープ、クローディアの笛、そして俺のリュートとすべての楽器の演奏が始まった瞬間。
「♪~」
アミナの歌声が会場に響く。
最初はアップテンポの曲で盛り上げる計画だった。
楽しく、陽気な曲。
その曲に初めて聴く精霊たちは戸惑いを見せるが。
前に温泉地でアミナのライブを経験していた精霊が隣の精霊にこうするのだと、サイリュームモドキを振り始めた。
曲に合わせて振り始める彼らの行動は瞬く間に広がる。
各々の属性の色に合わせた光が会場に広がり、会場の彩がどんどん華やかになっていく。
そしてそれを見たアミナのテンションも上がる。
キラキラと輝くと言えばいいのだろうか、楽しいという感情が表れている彼女の歌声は、それを聴いて盛り上がる楽しいことの好きな精霊たちの雰囲気との相乗効果でどんどん綺麗になっていく。
「みんな!!今日は来てくれてありがとーーーーー!!!」
そして、楽しさという雰囲気は伝染する。
隣同士が楽しみ、どんどん会場に一体感の輪が広がる。
誰もが楽しみ、誰もがこの空間を良くしようとしている。
サイリュームを振り、合いの手を入れ、そして応援しようという純粋な精霊たちの気持ちは演奏している俺たちにもやる気と楽しさを与えてくれる。
ああ、喜んでくれている、もっともっとこの時間を楽しみたい。
その気持ちが湧き続けるあまり最初の一曲があっという間に終わってしまった。
物足りなさを感じ、もっといい演奏がしたいと思って、より指先に神経を集中させ、そしてより一体感を味わいたいと思った。
軽く流すつもりは最初からなかったが、それでもここまで熱中するほどやれるとは思わなかった。
額から流れる汗、研ぎ澄まされる神経。
「次も全力で歌うから、みんな!!一緒に楽しもう!!」
『『『『『イヤェエエエエエエエ!!!!』』』』
広がる大歓声、高まる期待。
こんなにもっと楽しめるのではと観客から期待を寄せられるとプレッシャーで緊張して委縮するのではと思ってしまうが、こと歌という点でアミナが全力で楽しんでいるという空気がそれを感じさせない。
なるほど、ライブが始まる前にアミナがワクワクしているというのがよくわかった。
精霊たちの歓声になんらかのスキル効果があるとは思わない。
純粋に楽しいという感情をぶつけられるのはこうまでも高揚する物なのか。
「行っくよーーーーー!!!」
次の曲が待ち遠しいのは観客だけじゃない、俺も一緒だ。
ちらりと横目でアミナが俺たちに合図を送ると、この一体感で俺たちにどのタイミングで演奏すればいいかわかるようになっていた。
ネルから始まり再び太鼓のリズムが刻まれると、もう一度流れるように次の曲が始まる。
そして再び咲き誇る、サイリュームの色花。
「♪~!!」
今度はポップな感じの、さっきよりも楽しさを全面に押した曲だ。
振り付けなんて練習していない。
練習したのはただ歌い、楽しませることに集中したリハーサルだけなのに、アミナはその場でステップを刻み始めた。
踊りながら歌うというのは相当難しいし、何より普通に歌うよりも体力を消耗する。
体の動きと歌うという並行作業に脳の処理は格段に増えるゆえに難易度も格段に上がる。
歌う時の音程、歌いきるための歌詞、どれくらいの声量を出すか、さらにリズムを丁寧にかつ活発に刻まないといけない。
ただ丁寧に歌うだけではここまで楽しいという感情を盛り上げる歌は紡げない。
楽しいという感情、楽しんで欲しいという心。
この二つを拙くも、熱く、そして全力で込めているからこそアミナの歌は俺たちに、そして精霊たちに届くのだ。
そんな難しいことをしている最中に、アミナはステップを刻み、ジャンプまでもし始めてるではないか。
踊りは確かに教えた。
リズムゲー時代の杵柄を利用して、簡単なステップ、音楽に合わせる体の動かし方それも教えた。
だけど、それはあくまで基礎的な部分だけ、さすがに一カ月という短期間で歌も踊りもなんてことはできなかった。
歌の方は歌唱豪術の補正がかかるからここまでのことができるが、踊りには一切なにもない。
完全に気分が高揚したが故の、アミナのアドリブ。
無茶だと、一瞬気持ちが叫びそうになったが。
「っ!」
俺はアミナのちらりと見えた横顔に、無理無茶無謀という言葉が消し飛び、口元に獰猛な笑みを浮かべた。
危ない、危ない。
危うくアミナを型にはめるところだった。
ああそうだ、彼女は今、気持ちの赴くままに楽しいという感情を必死に表現しようとしているのだ。
雛鳥が飛び立とうとしている。
懸命に羽ばたき、そしてその空へと舞う姿を見てくれと頑張っているのだ。
見てみたい。
そんな気持ちにさせる。
魅せてくれるという根拠のない確信が心を満たす。
だからこそ。
「!」
俺のリュートに込める熱量も増える。
ここは正確性じゃない、熱量が必要だと思ったゆえに、力を込め、丁寧さの中に力強さを混ぜ込む。
ああ、畜生。
こんなことならもっと楽器の演奏も錆落としをすればよかった。
戦いばかりにかまけて、こっちの方に割く時間を取れなかった自分に、今さら後悔している。
だけど、間に合わないわけじゃない。
もっと、錆を落とせ、もっともっと、響かせろ。
俺の音の変化に反応してくれたのはネルだ。
力強い音には力強い音、リズムを少し上げ、そしてその音楽に新しい熱を加えてくれる。
ああ、別ジャンルのゲームをやっているときの楽しさを思い出す。
新鮮な気持ちで楽しさを追いかけることを思い出させてくれる。
たった一人、中心に立つアミナを演奏者と観客で包み込むだけでここまで楽しくなれるとは。
FBOのネームドキャラにも確かに歌唱術を軸にした歌姫に適したキャラはいる。
その能力は有数で、中にはギフテッドの持ち主もいてユニークを所持し、歌関連のキャラでは常にティア1をキープし続けたキャラもいる。
だけどアミナはそれらのキャラに対しても負けていない。
いや、雰囲気を作るという面のスキル外スキルという点では勝っていると言ってもいいかもしれない。
日が当たらなかったゆえに、その輝きに気づかず眠っていた原石と言えばいいのだろうか。
FBOのストーリー中に平民キャラは多数存在していたが、ここまでの才能を持つキャラは極めて珍しい。
尊敬できる才能、人を楽しませる才能、そして歌をここまで愛せるという心の持ち主。
ああ、すごい、すごいぞアミナ。
俺は今、最高に楽しい。
次から次へと昇華されていく歌。
俺はこの時、この一瞬を、少しでも無駄にしたくないと無我夢中でリュートを弾き続けた。
「まだまだ行くよ!!みんな!!」
『『『『『『オーーーーーー!!!!!』』』』』』
この時ばかりはいざこざをすべて忘れ去り。
『オーーーーーーー!!』
聞き覚えのある、威厳のある声の歓声は一旦スルーして。
この時間を楽しむのであった。
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