23 良い話
「精霊だと!?しかも森や泉にいる低位精霊ではなくおとぎ話に出てくるような上位精霊を王都の中に招き入れるというのか!?それがどれだけ大変なことかわかって言っているのか!?」
「あー、たぶん認識に齟齬があると思いますので分かってないですね」
「だろうな!?本来であれば教会の重鎮を招き、国全体に御触れを出し、入念に準備を重ねるような話だぞ!!こんな世間話みたいな態度で語る内容ではないわ!!」
俺にとっては単純にライブで盛り上がっているファンという視点で見ているが、公爵閣下からしたら神が降臨するようなイメージに近いのだろう。
子供が友達連れて来て良い?と母親に聞いて誰が来るのと聞き返されて、総理大臣と答えるようなものか。
ぜぇはぁと呼吸を荒げる公爵閣下に向けて、申し訳なく思いつつも引くつもりがないのでここは押し通す。
「……一体、お前はこの王都で何をするつもりなんだ?」
「アミナとネルのジョブを獲得するのに必要なんですよ」
「精霊の力がか?」
事情を説明するのはやぶさかではない、すでにある程度はバレている関係なのでここまで来たら開き直るまで。
大きな声をあげてある程度発散し、呼吸を整え、冷めた紅茶を一口飲み心を落ち着かせ、公爵閣下は俺の目的を問うてくる。
「いいえ、精霊はあくまで人数合わせに過ぎませんよ。さすがに王都の人たちをいきなり一万人も集めることなんてできませんし」
「その言いぶりだと、質ではなく量、人を集めることが重要のように聞こえるが」
「その通りですね。加えて言えば心底アミナの歌を楽しんでくれる存在の方がいい」
ジッと俺の目を見て嘘を見抜こうとしているが生憎と嘘は一切ない。
隠し事をしている点はあるけど、それは言わないだけの話。
「それで、精霊を集めると?」
「街に被害は出しませんよ?」
「大勢の精霊が来て騒ぎにならんとでも思っているのか?」
「なりますか?」
「なるに決まっている。一万の規模の精霊が空を覆いつくすのだぞ?王都中がパニックを起こすわ。その規模下手をすれば前のスタンピードの比ではないぞ」
ゲームの時はCPUの処理速度の問題で、ゲーム内に住んでいるNPCの人数は多くはなかった。
でも、現実にはゲーム以上の人数が王都にはいる。
公爵閣下のいう通り、空の彼方から精霊たちが大量に現れればそれはそれは大変な騒ぎになる。
「では、ここで一つ騒ぎにならずこっそりと精霊たちを一定の場所に集める裏技を披露します」
その事は俺も織り込み済みだ。
さすがに普段いない精霊がいきなり王都に大量に現れたら騒動になるのは目に見えている。
「裏技だと?」
システム的な話になるが、FBOではそういう民の混乱という現象はなかった。
ランダム性が高く、実現できなかったというのが検証班の結論だ。
物語上の演出で逃げ回る民というシーンは用意されていても、プレイ中にランダムに逃げ回るNPCは存在しなかった。
それこそ、とあるプレイヤーがやった王都スタンピード制圧法でも、NPCが混乱して王都内を逃げ惑うということはなかった。
「はい、要は大勢の精霊たちが住民に見えなければいいんですよね?」
「それは、そうだが」
しかし、イコール無事というわけではない。
ゲームではそのプレイヤーのスタンピード制圧法で意図的に王都内に放たれたモンスターに蹂躙され、NPCの悉くは消滅しているのだ。
では逆にそんなスタンピードに対して迅速に住民を避難させる方法を確立するプレイヤーがいなかったかと言われれば、いたと答える。
「そんなことができるのか?」
「公爵閣下は精霊たちがわざわざ城門を超え、そのまま王都の中に入ってくることを想像しているかもしれませんが、彼らは彼ら専用の道を持っています」
「っ!精霊回廊か!」
「はい、それを使えばイベント会場に直に現れることができます」
精霊術師による、避難経路の確保。
精霊回廊避難という技。
上位精霊の精霊回廊には大勢の人が通っても余裕があるほどの広大な空間がある。
彼ら専用の道ではあるが人が通れないわけではない。
そもそも精霊石を採掘するために俺たちが入ったように、人間が生存できる環境は整っているのだ。
ゲームではうまく誘導することさえできれば、NPCを精霊回廊で王都の外に避難させてスタンピードから救うことができた。
逆もまた然り、精霊回廊を使えば兵士や住民に知られることなく王都内にピンポイントで現れることができる。
精霊が神出鬼没の正体はこれなのだ。
これで悪いことを企む人がいるかもしれないが、精霊自体善性よりの存在で悪意という物に敏感なのだ。
もし仮に悪事を手伝わされるなら、ゲームキャラの好感度システムが邪魔をして協力しなくなるのがほとんど。
精霊という独自の生態を形成している故の使いにくさが悪用を封じていると言っていい。
「加えて会場は芸能の神トプファ様の分神殿でやりますので敷地面積に関して言えば問題ないかと」
「たしかに、あそこはいろいろな催しを行うことが多いから敷地も広い。騒音への対策もあって王都の端の方にあるな。それなら混乱は最小限に抑えられるか」
これで精霊たちの来訪問題は解決、さらに芸能の神トプファの分神殿は、騒音問題を解決するために中心部からだいぶ離れた場所にある。
そして騒がしいのが日常なので周囲も多少騒がしてもいつものことかと納得してくれる。
最初に公爵閣下が想像していたスタンピード並みの被害からはだいぶマシだと判断されて、閣下の顔色が良くなりつつある。
「あとは」
「まだあるのか」
「ええ、一番の心配はこの催しに横やりが入らないようにすることですね」
「精霊が関わると知れば邪な心を持つ輩は潜入しようと画策するな」
「王家も放っておかないでしょう?」
「つながりを得ようとはするだろうな」
しかし、俺が一番心配している部分の問題を投下すると再び眉間に皺を寄せる。
「一応神事になるので、下手な妨害をしてくることはないと思いますが」
「問題は催しの前後だな」
「はい」
ライブそのものは奉納、いわば神に捧げる歌なので邪魔される心配はない。
だけど、ライブが始まる前、あるいは終わった後に何かをされてしまうのは正直避けたいところ。
「……その点に関して言えばどうにかなるかもしれん」
「何か方法が?」
俺が権力者をどうにかする方法は今のところ公爵閣下に頼るしかない。
「先ほど言った悪い話と良い話の、良い話の方だが。妻がな、例のトイレットペーパーであったか?あれを非常に気に入ってな」
「はぁ」
「それを貴族の婦人会の方にも話してしまってな」
「え」
餅は餅屋。
権力者には権力者といった感じで対処してもらおうと思ったのだが、何やら風向きがおかしな方向になってきているような気が。
「そのおかげで婦人たちが夫に掛け合って、工場と人員の確保の目処がつき、資金援助も予想より多く集まりつつある」
「おー」
トイレットペーパーは思ったよりも貴族様には好評だったようで、特にご婦人方に大好評だとか。
「その資金を使うので?」
「いや、それをすれば反感を買ってしまう。使うのは婦人会の発言力だ」
それによって得た金で根回しでもするかと思いきや、そうではないらしい。
「貴族の女同士のコミュニティというのは存外馬鹿にはできないつながりを持っている。一度婦人会で話題に上がればそれが貴族社会全体に話が行き渡るほどの伝達力を持つ」
「はぁ」
貴族の婦人会の影響力がいかにすごいかを教えようとしてくれているのはわかるが、それが一体どう関係するのか皆目見当がつかない。
「もし仮にだ。お前の催しを邪魔する貴族がいたとしよう。それによって催しが失敗したとする」
「はい」
「それによってトイレットペーパーが作られなくなると謂う話が婦人会に流れるとどうなると思う?」
「いや、大したことにならないのでは?」
「小さな貴族の家くらいなら、次の日にはその家が無くなっていてもおかしくはない」
「え」
たかがトイレットペーパーで何が起きるのかと言えば、貴族の家のお取り潰しができると聞いて俺の目が点になった。
公爵閣下にはそれなりの量、それこそトイレットペーパー一年分というような感じの量を渡してある。
使い方も添えて、良かったら資金援助して工場を作ってくださいと交渉する気だった話が、まさか貴族社会を動かすほどの話になっていたとは。
「そこまでの話に?」
「なってしまっている。事実……その、な。私も使ってみたがあれは良い物だ」
言いづらそうに、下の事情を言葉を濁して語ってくれる公爵閣下に向かって俺はどんな顔をすればいいのだろうか。
「オッホン、というわけでお前にあれの作り方を教えてもらい安定供給ができるように協力を要請すれば味方を増やせるという話だ」
まさか逆にトイレットペーパーの交渉を持ち込まれるとは思わなかったから少し戸惑うが、別に悪い話をしているわけではない。
「なるほど」
発言力のある勢力が味方についてくれる。
腕を組み、その状態で何ができるかを考える。
アミナの奉納イベントへの横槍の防止。
「王家の横槍も防げますかね?」
「婦人会には王妃も参加しておられる」
「ということは……まさか」
「ああ、トイレットペーパーを王妃も使われていると聞いている」
「……大丈夫ですか?利権をよこせと言われそうな気もしますが」
「そこまで我が家は軟ではない」
その貴族社会の頂点たる王家に対してもしっかりとカードを用意しているエーデルガルド家のつながりの広さ。
さすが大貴族と言うべきか。
これぞ大貴族と言うべきか。
「なら、イベント関連について少しご相談が」
「なんだ?これ以上になにかあるのか?」
「はい、少しばかり商売をしようと思ってまして」
ここまで後ろ盾を得られるのなら、いっそのこと大幅な商売展開を視野に入れるのもいいと思い考えていた内容を披露する。
「商売?観客は精霊なのだろう?精霊たちは貨幣を持ち合わせず、そして興味を持たぬ、それで商売など」
「精霊石を貨幣代わりに使います」
やろうとしているのは変則的な三店方式だ。
「……話を聞こう」
精霊石はこの王都ではかなり貴重な素材として取り扱われている。
この前人面樹と戦ったあとで精霊たちからもらえた精霊石であっても需要を賄いきれるわけがない。
公爵家に卸した分がどうなったかなんて俺が考える物ではないが、まず間違いなく一部は公爵家の運営資金になったのは間違いない。
金の匂いを感じ取った公爵閣下の目の色が変わった。
「精霊たちは楽しむことに関しては、かなり積極的に参加してくれます。最初はおっかなびっくりという感じで警戒心が先立ちますが、すでにアミナの歌というイベント目的で集まってくれるのでイベントそのものに参加してくれることは間違いないです」
ここからは俺のプレゼン能力次第ということになる。
黙って話の先を促す公爵に、俺は自分で描いたトプファ様の分神殿とその周辺の絵図を展開する。
「そこで屋台を開きます。精霊は物珍しい物や美味しそうなものに心惹かれますのでそこで精霊石と商品の物々交換を実施します」
「商業ギルドを巻き込むのか?」
「いいえ、今回は俺の知り合いの商店街の面々に食事のできる屋台と、玩具やアクセサリーといった物を用意してもらおうと思います。商業ギルドを絡ませると利権問題で面倒なことになるので、最初は信頼できる身内で固めるのがいいと思っています」
「あとから来るクレームに関してはどうするつもりだ?」
「そこはお強い後ろ盾がありますから。表向き主導は公爵閣下ということになります」
俺の考えているのは、精霊たちと物々交換をして、それをエーデルガルド家に売り払うという流れによる商売。
精霊たちは楽しく食事して土産物を買え、そしてアミナのライブを楽しめる。
商店街の面々とネルはエーデルガルド家からお金を貰える。
エーデルガルド家は貴重な精霊石を確保できる。
三者ともにウインウインの関係というやつだ。
「……むぅ」
そんな提案をしても公爵閣下は悩む。
メリットとデメリットを比べて、どうするか悩んでいるのだ。
悩むのは仕方ないと俺も思う。
なのでマジックバッグからつい先ほど手に入れたばかりの代物を取り出す。
「そうだ、公爵閣下」
「……なんだ?」
「自分、今日こんなものを手に入れまして」
スクロールを二本。
そのままスッと机の上に置き、それを公爵閣下はロータスさんに確認しろと目線で指示を出しロータスさんは手に取り中身を確認する。
「アンチポイズンと待機のスクロールです」
「貴族の方には必要な物だと思ったのですが……」
その中身を見て目を見開き、公爵閣下に目を向けると俺の意図を察したようで。
「ふん、お前に借りを作ったのは失敗だったかもしれんな、次から次へと面倒事を持って来る」
「それはこっちもですよ。陛下の前での御前試合の件忘れてはいませんからね」
覚悟を決めて協力してくれるようだ。
乗り気な表情を見せる公爵閣下に俺も笑いかける。
「いいだろう、全面的に協力する。ロータス、財務の者を連れてこい」
「かしこまりました」
「どうせなら盛大にやりましょう」
なにせ他の公爵家でも手に入らないような貴重な精霊石を手に入れることができるかもしれないまたとないチャンス。
これを見過ごすわけにはいかないと、乗り気になった公爵閣下とイベント内容を詰める。
俺のイメージを骨組みにして、それを公爵閣下が肉付けをしていく。
悪ノリと言えばそれまでかもしれないが、盛り上がり過ぎてエスメラルダ嬢のお付きのメイドさんが呼びに来た際には気づけば夕食の時間になっていたほど夢中で計画を練った。
せっかく待っていてくれたというのにお茶会に参加できなかった俺は、夕食で公爵閣下とともに女性陣の機嫌を取るのであった。
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