21 環境変化
「咆竜双打掌!!」
ビッグマッシュへのとどめの一撃を放ったのは、現時点でパーティー最強のクローディアだった。
味方にアミナのバフ、敵にはネルとクローディアによって底値まで下げる防御力デバフ。
手首足首を俺が切断して、転がることしかできなくなったビッグマッシュだったが、さすがのタフネスでHPを削りきるまでには想定以上の時間を要した。それでも遂にとどめの一撃。
『きゅ~』
最後は巨体には似合わない可愛らしいうめき声を残し、ビッグマッシュは灰となり消え去った。
「金箱!!」
そして出てくるのはビッグマッシュの金色の宝箱。
「と、おまけの木の宝箱だな」
黄金に輝く金箱と少し見た目がしょぼい木箱の二箱のドロップ。
まるで初回特典と言わんばかりの金箱ドロップ。
これ以降は滅多に出さないからな!?という幸運の神様の叫びが聞こえたような気がするけど、ルンルンとスキップでも刻みそうな歩みで木箱に近寄るネルの後ろ姿を見ると、俺のその幻聴も意味がないように思えた。
「……ポーション?」
木箱に手をかけ、そして開いた先にある品を取り出すとネルは俺に見せてくる。
「お、アンチポイズンポーションか。使い勝手のいい回復薬だな」
木箱の中から出た品は毒状態を解除してくれるという現代医学からしたらどういう理屈で?と科学的根拠が欠片もないが、ふぐ毒だろうが蛇毒だろうがキノコ毒だろうが、とりあえず人体を害する毒という状態異常ならすべてを回復してくれるという優れもの。
呪いとかの摩訶不思議なエネルギー系のバッドステータスとか眠り効果とか痺れ効果とかには効かないので注意が必要。
あくまでダメージ系統の物理的な毒だけに特効効果がある。
後半クラスでも普通に毒を使うモンスターはいる、というか状態異常系のスキルを使う敵なんてモブ敵含めてごった煮になるくらいあふれているから耐毒装備を用意しない限りお世話になる品だ。
と言っても、ここで出るポーションの効果が適用されるのは、クラス5のダンジョンくらいまでだろうが。
「これが?」
「ここで出るのはクラス3のアンチポイズンポーションだな。クラス4のモンスター毒までなら余裕で対処できる。クラス5になると確率になっちゃうから少し物足りなくなるな」
それでもあるのとないとじゃ安心度合いで差が出るからゲームなら中盤までお世話になる代物だ。
「ふーん」
そんなにいい物なのかとポーションを振るネル。
「ちなみに一本売れば五百ゼニは固い」
「!?」
たった一本の小瓶に五万円の値段がつくことに驚き、落としそうになるのを慌ててキャッチする彼女の動きに笑いそうになるが、実際FBOのゲーム内ではNPC買い取りでは五百ゼニを提示されている。
しかも木箱から六十パーセントの可能性でドロップするから、俺たちのように胞子対策のできているパーティーならなかなか美味しい稼ぎになったりするんだよね。
「大事に扱えよ?」
ぞんざいに扱うなとくぎを刺すとコクコクとネルは頷く。
苦笑しつつ、ポーションを受け取り、そしてマジックバッグに入れたらいよいよ本命の金箱ということになる。
「金箱の内訳は、魔石が確定で入っていてそれ以外にプラスαって言う感じだ。ダンジョンの鍵、スキルスクロールが二種、アクセサリーで痺れ、眠り、毒のいずれかの耐性向上。クラス3で出てくるアクセサリーの耐性向上効果は均一に十五パーセント。錬金で強化すれば追加で最大十パーセント増えるから、結構いいアイテムだな」
「リベルタのおすすめは?」
「スクロールだな。アンチポイズンのスキルスクロールはシンプルにパーティー全体の毒耐性を向上してくれるスキルだから便利なんだよ。特に毒系のスキルを使う敵にはぶっ刺さる」
治すよりも持続耐性付与を施して、回復回数を減らした方がMP管理が楽って言うのがあってか、アンチポイズンの効果は使い勝手がいい。
パーティー全体に毒耐性付与ができる上に、効果時間は十分、スキルレベルとステータスが上がれば毒に対しては完全耐性を与えることもできる優れものだ。
「ただ、もう一つのスクロールは正直微妙」
あたりもあれば外れもある、物欲センサーは二分の一の可能性で外れを引かせたがるんだよね。
「と言っても、スクロールが出る可能性は五パーセント、そう簡単に出るわけが」
「あるわね」
「出るんかい!?」
最早、ツッコミが追い付かないほど、サクッと金箱を開けてしまったネルは中身を確認し。
「それも二本あるわ」
「なんでそんな低確率を引けるんだよ」
「リベルタが良いものだって言ったから?」
「それで出るんだぁ、マジかぁ」
笑うしかない、そしてネルから差し出された物を受け取ると片方は当たりのアンチポイズンのスキルスクロールだった。
「おー、マジで出るか。となるとこっちは」
気になるのはもう片方の方、これでアンチポイズンのスキルスクロール二枚抜きということをやったらネルをご神体にした宗教法人でも・・・・・ダメだ天罰が下りそう。
「うん、外れのスクロールか」
「どんなスキルなの?」
「待機スキル」
「待機スキル?」
「ああ、その場でじっとしているのが平気になるスキルだ」
使い方次第では一応使い道のあるスキルだが、スキル外スキルで代用が利くから俺たちプレイヤー間では外れスキルと称される物。
「一説ではスキルレベルを上げると、空腹とか脱水とかのネガティブな体調の進行が鈍くなって長時間その場で健康的に待つことができるスキルらしい」
貴重なスキルスロットを埋めてまで取得したいかと言われれば、悩まず候補から外すことができる。
長時間同じ場所で待機することがまずないし、狙撃手みたいな潜伏する必要があるビルドであっても待機以上に有能なスキルはごまんとある。
「ふむ、兵士とかには有用なスキルかと思いますが」
「偵察兵とかならいいかもしれませんけど、スキルスロットを埋めてまで必要ですか?」
「リベルタ、勘違いしているかもしれませんが、そもそもスキルスロットを埋めることを悩むほど潤沢にスキルを選べる立場の人の方が珍しいのですよ。あなたのようにスキルの知識もなければ、理想のスキルを狙って手に入れる術があるわけでもない。世間一般的に謂えば、ネルとアミナ、そしてイングリットは貴族でも望み得ないほど恵まれた環境にいるのです」
そんな価値観をこぼしたらクローディアは大きくため息を吐き、常識を説いて来た。
言われてみれば確かに、俺の常識は非常識だと常々言われてきたが、根底の部分はまだ変わっていなかったらしい。
「となると、これも活躍の場があると」
「スキルショップに持っていけばある程度の価値はあると思いますが」
「……」
クローディアの言っていることは正しいと思えるし、それに沿って考えるのならアンチポイズンのスキルを組み合わせればもしかしてと思わせる考えが脳裏に浮かぶ。
「リベルタ」
「ん?どうしたネル」
「何か悪いこと考えてない?」
「いや、悪いことじゃないぞ?互いにウインウインになれる策を思いついただけだ」
何やら最近王都でも騒がしい騒動が多発している。
その事を考えると、アミナとネルのジョブ獲得を安全に実行するために、あの人物に重い腰をあげさせるのは決して悪いことではない。
「そう?それにしてはちょっと怖い笑顔よ」
「なぁに、貴族様の笑顔と比べたら可愛い物だ」
我ながらあくどい笑みをしているかもしれないが、それでも俺よりも醜悪な笑みを浮かべる人はいくらでもいると言い訳して。
「さぁ、もうここに用事はないから帰ろうか!あ、イングリット。帰ったら公爵閣下にアポ取ってもらえる?」
「かしこまりました」
そうしてマタンゴのダンジョンを後にした。
「!もう攻略されたのですか」
「?はい」
そして出迎えてくれたヒューリーさんに驚かれたがそこまでのことか?と一瞬思ったが、この世界だとダンジョン攻略にかかる所要時間は俺が考えているよりも長いのかもしれない。
となると驚かれることも普通なのか。
「ひとまずお風呂使わせてもらえます?」
「かしこまりました。すぐに支度いたしますので」
「慌てなくて大丈夫ですよ」
ダンジョンから帰ってすぐにお風呂に入れるのは良いかもしれないな。
でも、やっぱり自分専用のダンジョンを展開できる空間が欲しいなぁ。
そんなことを思いながら、ヒューリーさんが呼びに来るまでのんびりと過ごし、全員お風呂に入って家に帰ろうと部屋を後にしようとした処で。
「あれは」
そのまま帰宅しようとしたら俺たちが入ってきた門の前に見覚えのある人物が待っていた。
「リベルタ様ご無沙汰しております」
「ロータスさん。どうかしました?」
本来であればだれとも会わないように取り計らうはずなのに、待ち人がいる。
その待ち人が推薦人の家の人であるのならこの施設の人も対応するということか。
「いえ、先日の一件でお伝えすることがあったのでご自宅の方に伺いましたがお留守だったようで、確認したところこの施設を利用されているとわかったので待たせていただきました」
「先日の件・・・・・ああ、トイレットペーパーの」
「はい、そのことに関しまして閣下から直接話したいとのお言葉を言付かっておりまして、もしよろしければこの後のお時間を頂ければと」
「クローディアさん大丈夫ですか?」
「私は問題ありません」
「よろしければ、ネル様、アミナ様、そしてイングリット嬢も館の方にご招待したいのですが」
そしてロータスさんの用事はトイレットペーパーの利権とアミナのアイドル活動の後援についてだろうな。
でなければわざわざ全員を迎えに来るとは思えない。
貴族の呼び出しにビクッとネルとアミナが反応する。
平民にとってまだ貴族というのは恐怖の象徴だ。
力をつけたと言っても精神的には大丈夫とはいかないか。
「安心しなさい。あなたたちには何も手出しをさせません」
だけど、ここは保護者として安心感を与えてくれるクローディアがいる。
「そうそう、いざとなったら俺の知識をフル活用してなんとかするし」
「はははは、お二方を敵に回すようなことは閣下もお考えではありませんのでご安心を」
ついでににっこりとサムズアップして、リーサルウェポンを使うことも厭わないと宣言すると、ロータスさんの額に冷や汗がつーっと流れたのが見えた。
それでも表情を崩さないのはさすがと言える。
「それなら安心ですね」
万が一はあるとは思うが、友好関係を築いている今、心配のし過ぎはその関係に傷をつけることになる。
「では、こちらに馬車を待機させております」
断ることもまたその類の軋轢を引き起こす。
端から断る気はなかったが、理由をつけてネルとアミナ、そしてイングリットを家に帰すことも考えた。
だけど、わざわざロータスさんが迎えに来たことが気になる。
俺たちが全員乗り込んでもなお余裕のある馬車に乗り込み、そして誰が乗り込んでいるかわからないようにカーテンも閉められた。
中は魔道具の灯りで照らされているから問題はないが。
一瞬だけど、外に警備用の騎馬隊がいたのが見えた。
何かに警戒している?
俺が関わり、そして公爵閣下が警戒するその相手を考えると、ボルトリンデ公爵の存在が脳裏に浮かぶ。
しかし、それも確定ではない。
だが何かあったのは確実。
乗り込む際の俺の視線と、ロータスさんに投げかける視線の意味を察したロータスさんは、ネルとアミナに見えないように俺に向けてそっと人差し指を唇に当てた。
はい、何かあったことが確定しましたね。
嫌だ嫌だ。
厄介ごとは勘弁してほしいんだけど。
「ふぅ」
「リベルタ、何か心当たりは?」
黙って座席に深々と座り込むと、隣に座ったクローディアが小さな声で俺に問いかけてきた。
ネルとアミナは借りてきた猫のように馬車の座席の上で緊張で固まっているので、その声は聞こえていないようだ。
特にネルは、もし馬車を汚しでもしたらとんでもない値段になることを理解していて、さっきから地蔵かと思うくらいにカッチカチになっている。
普段であればこの程度の声は拾うはずなのに。
その緊張に当てられて、アミナも同じように固まっている。
イングリットは慣れているのか自然体で座席に収まっている。
なのでこっちの会話にも気づいている。
ロータスさんは言わずもがな。
ちらりとこっちを確認して、何も聞いていないというスタンスを取ってくれるようだ。
「あるにはあります」
「聞かせてください」
となれば普通の声量ではなく少し抑えめで話さなければならないか。
「一つはこの前通った市場周辺の道の件ですね」
「……矛先がこちらに向いたと?」
「完全に向いたわけじゃないとは思いますが、公爵家が警戒する程度には」
心当たりの一つはジャカランの件ではないか。
何か進展があり、その情報を共有する必要があると踏んで俺を呼び出したか。
「二つ目は」
そしてそれ以外に心当たりがあるとすれば。
「公爵閣下がトイレットペーパーのファンになったとか?」
「それであればいいですね」
楽しんでいただけましたでしょうか?
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