19 マタンゴダンジョン
「ちなみに守秘義務ってどうなってます?」
至れり尽くせりは金次第ということはわかりつつ、この設備を使うのはダンジョン攻略後って言うことになる。
いつもの装備の点検をしつつ、ヒューリーさんに気になる部分を聞いておくと。
「犯罪に関わらない範疇においては私共は報告の義務を負っておりません。また、ここへの利用者の記録は残りますが、確認できる権限は陛下と宰相閣下のみがお持ちになっております。公爵家であっても記録閲覧につきましては陛下と宰相閣下の許可が必要になります。記録内容につきましてはご利用者の氏名及びどのようなダンジョンに挑まれたかのみを記録しております。そしてここで見聞した内容につきましては犯罪に関わらぬものに関しては神との契約によって両者の許可がなければ伝えることができないことになっております」
「うーん、わかりました」
色々と抜け道がありそうな解答が返ってきた。
犯罪に関わらぬっていう文言がまず気になる。
裁量次第では俺の行動も犯罪に関わっていると判断されるのではと思ってしまう。
こうやって考えるとダンジョンを自由に展開できる敷地がないのは不便だ。
いっそのこと公爵閣下と協力して、俺たち専用のダンジョン展開拠点を作るか?モンスターのスタンピード対策と情報漏洩へのセキュリティを俺のゲーム知識で万全にして、俺たちに不要なドロップ品を公爵家に提供する条件なら話に乗って来るはずだ。
これからいろいろとダンジョンを攻略する予定だから、こうやって監視がつくのは少しやりづらい。
今日は仕方ないが、この対応方法を考えないとな。
「リベルタ!準備ができたわよ!!」
「おー!それじゃ俺たちは行きますので」
「ご武運をお祈りしております」
全員の準備ができたのならさっそくマタンゴのダンジョンに挑む。
俺の弓は公爵閣下の依頼の時に使っていた大弓じゃなくて、ガンジさんのところで手に入れた間に合わせの弓だ。
弱者の証で不壊化を施したクラス2の弓。
それでも火力としては十分だ。
クラスアップしてボスを倒すだけの行程なので、俺自身は飛竜のダンジョンを攻略したとき程の装備は持ち込んでいないが、背中にはいつもの鎌槍が装備されている。
「先頭にネルとイングリット。真ん中にアミナとクローディアさん。後方は俺が警戒してダンジョンに入るぞ」
あらかじめ決めていた陣形に全員頷き返すのを確認する。
アングラーの手には今回は大きなメイスと盾を持たせ、疑似的なタンクの役割を施している。
その背中にはネルが乗り、その隣にイングリットが立つとまさに巨人と小人というような対比になる。
イングリットの装備はいつも通りの箒、だけど使うのはモンスターの払いのけだけで倒す必要はないから、火力的な心配はないはず。
「一応持ち物チェックをしようか」
クローディアはレベリングをそもそもしないから通常装備、アミナはマイク型の杖を持って歌う気満々、ネルは今回はアングラーを操縦して戦うからハルバードは装備していない。
そして最後に俺は弓と槍という組み合わせ、持ち物チェックと言っても、ポーションと修練の腕輪をしっかりと持っているかどうかの確認だ。
この装備に加えて全員の口元には念のためにマスク代わりの布が当てられている。
鼻と口を覆うような形で胞子の流入を防ぐためだ。
本当だったら目も保護したいけど、ちょうどいいゴーグルとかがないから諦めた。
代わりに水筒をマジックバッグの中に入れて、すぐに洗えるように準備している。
なにせクラスアップしたら即座に修練の腕輪を装備してレベルアップを防がないといけないからな。
俺も一応マジックバッグではない普通に腰につけるポシェットタイプの鞄も装備していて、中をあさり物があるのを確認する。
「大丈夫よ」
「僕も!」
「問題ございません」
「私もです」
全員の持ち物チェックを終えれば、ダンジョンの鍵を取り出す。
「イングリット、エアクリーンの展開を」
「かしこまりました」
ダンジョンの外に胞子は出ないようになっているはずだが、念のためにイングリットにエアクリーンを展開してもらう。
生活魔術の効果でエアクリーンの効果範囲も広がり、さらにスキルレベルも上がっているからエアクリーンの効果範囲内で全員の戦闘が可能になっている。
「よし!行くぞ!」
俺たちパーティーを包む空気が清らかになる感覚を味わいつつ、今度はマジックバッグから用意していたマタンゴダンジョンの鍵を取り出す。
背中にヒューリーの視線を感じつつ、そっと目の前の空間に鍵を差し込み、カチリという手応えを感じ、左回しで鍵を回すとガチャリと施錠が外れるような音が響く。
ダンジョンの入り口が生成される。
そのタイミングで、そっと袖にダンジョンの鍵を隠すように放り込んだ。
手元は体で隠しているからこれで鍵が残っているようには見えないはず。
何か嫌な予感がした、ただそれだけの理由でこんなことをした。
「いくわよ!」
「ご一緒します」
「どんなダンジョンかな楽しみ!!」
「森型のダンジョンですね」
気合十分のネルがまずダンジョンにアングラーを進める。
それに続く形で、イングリットそしてアミナにクローディアと続き、最後に俺が入り込む。
さっきの地下室から一転、俺たちの周囲の環境は薄暗い森の中へと変貌する。
「うわ、なにこれ」
まず真っ先に声をあげたのはアミナだった。
薄暗くともわかる、空中に舞う白い粉。
「キノコがあちこちに」
そして木々の根元に寄生するような形で張り付くキノコたち。
それがおびただしい量の胞子を空中に散布しているのだ。
「イングリットのエアクリーンがあってよかっただろ?」
「本当ね、こんな場所に何もなしで入り込むなんて危なすぎるわ」
数分程度なら命に別状はないが、時間が経つにつれて手足が痺れてきて呼吸が苦しくなり体調を崩す。何も考えずにガンガン進むと胞子を吸い込んで戦闘不能になり帰ってこれなくなるのがこのダンジョンの恐ろしさだ。
「とりあえずEXBP獲得のために待機するぞ」
「こんなところで?」
「逆にこんなところだからこそだ。入り口付近が一番エンカウント率が低いんだよ」
しかしその胞子もイングリットが展開してくれたエアクリーンの範囲に入ると見えない壁に遮られているかのようにピタリと消える。
呼吸にも変な物が混じっていない新鮮な空気を吸い込めて、一安心といったところ。
そんな場所で一時間ほど待機するのに嫌だと言わんばかりにアミナが顔をしかめるが仕方ないとたしなめた。
ただ待機しているのも何なのでついでにこのダンジョンの進め方を指示しておくか。
「アミナは敵が出るまでは歌わないでくれ、ネルは少しゆっくりめにアングラーを進めて、突出して孤立するのは避けるように俺たちとの距離感には注意を払ってくれ」
「はーい!」
「わかったわ」
エアクリーンによって呼吸ができるという事実が安心感のおかげで余裕を持ちながらもわずかに緊張感を残すという、ちょうどいい気持ちを共有できる。
そのまま色々と指示を出していると時間は過ぎ。
「それじゃ、そろそろいい頃合いだ。行くぞ」
俺がネルに頷くとアングラーが動きだした。
その動きに合わせて俺たち一行もゆっくりと進み始める。
歩く速度で森に作られた道を進む。
こういう森系のオープンフィールドは、森の中で迷わない自信があるのならショートカットもできる。
だけど、森の中はまともに整地されておらずモンスターも隠れやすい、不意打ちの危険性もある上にそれ専用のビルドを組まない限り移動速度の低下もあるからいざという時には逃げることもままならない。
だからダンジョン側が用意した順路とでもいうべき道を進むのが妥当だ。
この前戦った人面樹の場合は根を張り巡らした地面の下がテリトリーで、道に罠をかけるようなパターンだとわかっていたからあえてショートカットしたんだよね。
「リベルタ」
「お、さっそくか」
アングラーが通れば、その脇を通り抜けることができないような道幅で、ゆっくりとネルが動きを止めた。
「あれ」
アングラーの上で、ネルが道の先を指さす。
俺は呼ばれたので、そのままアングラーに登り、ネルの指をさす方を見ると。
「ああ、間違いないマタンゴだな」
頭隠して尻隠さずではなく、胴体隠して頭隠さず。
ひょっこりと地面から生えているキノコ帽子。
その数は三つ。
クラスが3になると、経験値テーブルも高くなってクラス3のモンスターを一体倒した程度ではレベルも上がらなくなってくる。
経験値テーブルを最低に固定しても、クラス2よりはレベルアップに必要なモンスター討伐数が多いので、こういう風に複数体出てくるのはありがたい。
「アミナは喝采の歌を、俺が狙撃して誘き出すから、近づいて来たマタンゴをイングリットが転ばして足止め、そこをネルがアングラーでとどめ。良いな?」
「わかったわ」
「うん!」
「かしこまりました」
いきなり三体と思うかもしれないが、クラス2に上がる際にオークで似たような戦い方はしているし、オークほど移動速度も速くはない。
「♪~」
アミナが歌い出し、俺がアングラーを足場にしてアミナの歌に反応してピクリと傘を揺らすマタンゴたちに狙いを定める。
「っ!」
一射、二射、三射と連続で弓を引き絞りそして放つ。
飛竜で錆落としをした俺の弓の腕で狙いはばっちり、放たれた矢はまっすぐマタンゴたちの傘目掛けて飛び一本ずつ突き立つ。
『『『キーーーーー!!!』』』
奇声をあげて、手足を生やした人面のキノコが地面から飛び出てきた。
そして一気に傘を振って胞子をまき散らすも。
「イングリット!」
「参ります」
全てイングリットのエアクリーンによって防がれる。
「続くわ!!」
「歌中止!!移動するぞ!」
マタンゴは遠距離攻撃型、一定の距離以上に近づくことはない。
イングリットが駆け出し、ネルも続き、アミナに歌を中断させて背後を警戒してくれているクローディアとともに前に進む。
前進してくる俺たち一行に向かってマタンゴは懸命に毒の胞子を飛ばし続けるが、すべての胞子がイングリットのエアクリーンによって消し去られてしまうので困惑している。
「ふっ」
その間に接近した、イングリットが箒を一閃。
三体同時に足を払いその場に転がす。
そして流れるように、その場を飛び退き、ドスンドスンと重々しい足音の主にその場を譲った。
マタンゴたちを影が覆う。
何事かと、見上げるマタンゴたちの目には大きくメイスを振りかぶったアングラーの姿が映っただろう。
「せーの!!」
ネルの気合一閃で振り下ろされたメイスは一体のマタンゴの体を押しつぶし、悲鳴を打撃音でかき消し、倒し切った。
「次!」
慌てて起き上がろうとしているマタンゴの二体を多脚の前足で押さえつけもう一度メイスを振り上げて振り下ろす。
「最後!!」
じたばたと動き、必死に胞子を出そうとするマタンゴであるが、抵抗虚しくアングラーの一撃によって倒されるのであった。
「あれ?クラス上がらないね」
いつもならここら辺でクラスアップするのだが、今回は三体倒してもクラスはアップしなかった。
手首に修練の腕輪がついていないのをアミナが確認している。
「クラス3の経験値テーブルだと、簡単にはクラスアップしないぞ。経験値を四等分しているからなおのことな」
「なんだ、残念」
「でも、マタンゴのドロップ品は特殊ポーションの材料になるから高値で売れる」
「いいわね」
流れ的にここでハイタッチをする気分だったのだろうか。
とんとん拍子で進んでいたから、アミナとしては少し肩透かしを喰らったのかテンションが下がった。
ネルのおかげで出た、茶色い団子状のものはポーションの材料になる代物だ。
茶色なら、しびれ系の状態異常に効くポーションの素材になるのでしっかりと回収しておく。
「あれ位の戦闘をあと三回か四回くらい続ければクラスアップするさ」
「はーい」
仲間のテンションを持ち直させることも俺の役目、軽くワシワシとアミナの頭をなでてやると「んー」と気持ちよさそうな声をあげる。
「イングリット、魔力の消費量は?」
ほんの数秒のやり取り、ジッとネルがうらやましそうな視線を送ってくるが、アングラーという高低差があるので後でなと口パクで伝えると、少し頷き納得してくれた。
そうして危なげなく第一戦は終了。
「許容範囲内です。先ほど追加で胞子を振りまかれた際に負荷が増えたようにも感じましたが、まだ休憩を挟む必要はないかと」
「そうか、了解した」
一番のネックであり生命線であるイングリットの魔力消費量も人面樹と比べたら微々たるものらしく、問題ないと頷いてくれた。
となれば継戦にも問題は無くなる。
「休憩が必要になったら適宜言ってくれ。対応するから」
「かしこまりました」
後顧の憂いなし、前進あるのみと再びネルを先頭にズシンズシンとアングラーの足音を響かせて進む。
「森から敵襲です」
「道に引きずり出す!ネル!前を警戒しながら前進!!」
マタンゴは隠れているだけではなく、当然だけどダンジョン内を徘徊して襲撃もしてくる。
クローディアの警戒網に引っ掛かり、森の中から傘が四つ見え、それがプルプルと震え、そこから胞子がまき散らされる。
森の中に突っ込んで戦うのは良くない。
なので矢を射かけ、ヘイトを俺に集めつつ、見通しのいい場所に引きずり出す。
『『『『キー!!』』』』
「相変わらず耳に痛い声だこと!!」
射かけた矢のすべてを当て、そのまま道を進むと、がさがさと森の中から茂みをかき分けながら頭に矢を突き立てたマタンゴたちが俺に向かって進んで来る。
「前にキノコ帽子!!数は五つ!!」
「あいよ!!そのまま進め!!」
ネルの警告に俺は振り返り、前に走ってアングラーの背中に飛び乗って前を見ると確かにマタンゴの傘が見えるが。
「七つだな!」
傘に紛れて、掘った跡がある穴も見つけとりあえず地面から傘の出ているマタンゴを射る。
「手前に潜りきっているマタンゴが二体いる!その上をアングラーで踏み潰してくれ!アミナ!追い風の歌!!」
先に倒すのは正面のマタンゴ。
「私も動きますか?」
「まだ大丈夫です!!アミナの護衛をお願いします」
「わかりました」
クローディアを動かすまでもない。
矢が突き刺さり、地面から傘を出していた五体のマタンゴが飛び出し胞子をまき散らすが、一気に加速したイングリットによってエアクリーン圏内に取り込んでしまえば、胞子はあっという間に消え去る。
さて、これだけの数を倒せばクラスアップも間違いない!
気合入れるぞ!
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