17 マタンゴの鍵
「というわけで、市場近くの騒動はジャカランとアレスが暴れまわって起きた事件だというのがわかった」
家に帰ってイングリットが用意してくれていたシチューを食べつつ、俺は拾ってきた情報を共有する。
「教会の方にも同じような情報が入っていますね。粗暴なところも含め教会として彼を英雄と認めることには反対意見が多いですね」
王都内で起きた事件だ。教会の方にも情報が出回っていておかしくはない。
「市場の方でも少なからず、そういう話が出回っています。女性や子供は一人で出歩かない方が良いと言われています。王都の治安を不安視している方が増えているようで、市場の商人の方も行商人が王都から離れていっていると言っておりました」
そしてその情報は庶民にも出回っているようで、一番耳聡い商人に動きが出始めている。
イングリットの情報は正直、長年FBOをプレーしてきた俺には受け入れがたい情報だ。ジャカランが王都内を我が物顔で自由に行動しているなんて、FBOでは考えられない状況だ。
「・・・・・今回の事件の概要は、ジャカランが道端で見つけた一人の女性を連れ去ろうとしたことが発端で、それを止めようと冒険者のアレスが割って入り、そのまま戦闘となって市場周辺の市街に大きな損害を与えたという、どうあがいてもジャカランが悪いという流れだ。だけど、ボルトリンデ公爵家が絡んでいるから、結果的にはなぁなぁで事件が解決すると思われる」
食事の手を止めて、今後の方針を考える。今回の事件は、下手すれば俺たちに飛び火してきてもおかしくはない。
「可能な限りしばらくの間は俺が買い出しに行くようにするよ。皆は出かけるときは一人で行動しないように注意して、人目の多い道を選んでくれ」
特にうちは若い女性が多い。
ジャカランと出会うような事があったら百害あって一利なしだ。またオークの森でアレスにレベリングを邪魔されて以来、アレスがうちの女性たちに妙に拘っていることも気になる。
「わかったわ」
「僕はいざとなったら空に逃げられるよ?」
「そういう油断が危険を呼ぶのです。リベルタの忠告を聞いておいた方が良いですよ」
「はーい」
「しかし、買い出しをリベルタ様一人にお任せするのは」
「目利きには自信があるよ。大丈夫、新鮮な食材確保くらいはできるって」
こういう形で行動制限をかけられるとは思わなかったな。
イングリットが俺に買い出しを頼むことに申し訳なさそうな顔をしているが、ここで遠慮して万が一イングリットが一人で買い物をしているときにジャカランと出くわしたらと考えるとこの判断は間違っていない。
「しかし、せっかくマタンゴのダンジョンの鍵を手に入れて弱者の証を混ぜたのになぁ。クラスアップはともかくとしてジョブ獲得どうしよう」
間違ってはいないのだが、せっかく手に入れたダンジョンの鍵をフル活用できないのは正直痛い話だ。
「マタンゴ、これはまた少々厄介なモンスターの鍵を手に入れてきましたね」
「そうですか?対策するとけっこう簡単に倒せるんですけどね」
ハニワソードを対価にして手に入れたダンジョンの鍵で入れるのは、マタンゴというキノコ型のモンスターがメインのダンジョンだ。
姿かたちは、人間サイズのキノコに手足が生え、そこにトレントのように目鼻口の顔が付いたという、描き方次第では可愛くも気持ち悪くもなるというモンスターだ。
魔力寄りのステータスから察せられるように力押しでくるモンスターではなく、スキルを駆使して襲ってくるタイプのモンスター。
HPは少ないから、攻撃を当てれば倒すこと自体はそこまで難しくはない。
問題なのはダンジョン内の環境だ。
ダンジョン内は常にマタンゴの放出する胞子が飛び交い、それに含まれる微弱な痺れ毒を体内に取り込むと一定確率でスタン状態になって身動きが取れなくなる。
その状態でマタンゴのスキル攻撃の的になったらひとたまりもない。
それを知っているクローディアから大丈夫かと首を傾げられるが。
「その攻撃って全部イングリットのスキルで対応ができるんですよ。ダンジョン内に舞う胞子はエアクリーンでどうにかなります。スキル攻撃も基本的に胞子を飛ばして毒状態や混乱状態にするような系統ばかりですし、それもエアクリーン一つで対策が取れてしまうんですよねぇ」
確かに状態異常系のダンジョンは対策をしないと致命傷を負う危険性がある。
だけど、裏を返せば状態異常に特化している所為でそれに対応できてしまうとそこまで脅威じゃなくなるのだ。
魔力寄りのステータスは物理攻撃に弱く、ダメージを負うと致命傷になってしまう。
マタンゴというモンスターがそもそも、胞子というキノコ特有の性質に沿ったスキルを使う所為で対策も難しくはない。
「警戒するのは、地面に隠れるハイディングスキルくらいですね。通り過ぎた道からいきなり背後に現れて胞子をぶつけてくる。これがマタンゴの鉄板奇襲戦法ですので」
スキルは毒胞子と痺れ胞子、そしてハイディングの三点セット。
レアエネミーだとここに風魔法が追加され、胞子を遠くへと飛ばす送り風というスキルを身に着ける。
オークで言う武器持ちかそうでないか程度の違いでしかない。
マタンゴのレアエネミーは顔の下の首にあたる部分に蔦と木で作ったアクセサリーを着けているか否かで判断できる。
「ただそれも、わりとわかりやすいんですよね。たまに地面から頭が出っ張ってる個体もいるくらいですし」
ハイディングスキルは、地面に潜りその場に隠れることができるスキルだ。
熟練度が上がれば上がるほど、その潜った場所でばれにくくなるように自然に潜れるようになる。
逆にレベルや熟練度が低いと、あからさまに掘り返したような跡が残る。
上位ダンジョンだと、専門の斥候スキルがないと看破できないような個体が出てくるが、まだ下位ダンジョンのマタンゴであればスキル無しでも十分に対応できる。
「それに大きな音を出すと飛び出てきますしね?」
おまけに備えている知能はそこまで高くはない。
普通ならダンジョン内に飛散している胞子の所為でマスクをするから大声をあげることは難しい、だけど俺たちならイングリットのエアクリーンのおかげでマスクをする必要はない
なので大声をあげるだけで敵が入ってきたと気づきマタンゴはハイディングを解除して襲い掛かってくるのだ。
「ですが、油断は大敵です。特にアミナ、あなたはうかつに空に飛ぶようなことは避けてくださいね」
「それと歌う時は絶対にイングリットの側でやること、エアクリーンの範囲外で歌ったら盛大に胞子を吸い込むことになるからな」
「はーい」
そんな間抜けともとれるような行動をとるマタンゴであるが、実はアミナのビルドにはかなり刺さるモンスターなのだ。
空気中に胞子をまき散らすという戦法は呼吸系統にもろにダメージが入るし、空を飛ぶ種族にとっては厄介この上ない。
天敵とまではいかないまでも、好ましい敵ではないのは確かだ。
それをわかっているのか?と思うくらいに、アミナは暢気にシチューを食べ笑顔で返事をする。
「アミナ、あなたわかってるの?」
「わかってるよ!ようは飛ばないでイングリットさんの側にずっといればいいってことでしょ?」
「でも、イングリットさんも前線に出て戦うのよね?」
「あ」
「はい、そうでなければ私に経験値が入りませんので」
さすがにエアクリーンの発動だけじゃ、イングリットに経験値は入らない。
なのでイングリットもマタンゴ相手に戦わないといけないのだ。
「ね、ネル、アングラーに一緒に乗せて?」
「私は最前線だから駄目よ」
すなわち、今までみたいに位置固定で歌い続けるのが難しい。
周囲の悪環境を何とかするのがイングリットの役割だが、そのイングリットが動き回るのでそれに合わせてアミナも立ち回りを覚えないとダメなのだ。
飛びながら歌うのもできない。
ならばとアングラーという移動手段に頼ろうとしたが、生憎ネルは一番最前線にいることが多いからそれは危険だ。
「リベルタくぅん」
頼みの綱のネルにも断られて、半泣きになったアミナに仕方ないと苦笑する。
「今回は俺が後衛に回るから一緒に動けば問題ないぞ。その都度指示を出すから」
「!うん!ありがとう!」
パーティーでの立ち回りというのは、意外と難しかったりする。
モンスターによって、パーティーの構成によってそして状況によってコロコロと対応が変わるからだ。
オークみたいに低クラスの弱いモンスター相手とかなら、固定のフォーメーションを組んで戦うことができるけど、上にいけばいくほど、固定パターンで倒し切るというのは難しくなる。
メタにメタを重ねて、徹底的に対策を打っても対応パターンというのは複数できてしまう。
この動きにはこれ、あの攻撃が来たら次はこれとこれの二パターンが来るからとか、その都度対応を迫られるので、その場での素早い状況判断と対応力を求められる。
「今回はイングリットを中心に動くから、これでパーティーでの立ち回りを練習しような」
「うん」
今回のマタンゴダンジョンの攻略は、敵側のペースではなく味方側のイングリットを軸に動くことができるからまだマシな方だ。
味方のペースに合わせ、自分の行動を考えるのもまたパーティー戦で必要なことだ。
今回は相手がマタンゴというキノコの化け物だけど、物理的な強さは場合によってはオークの方が強い。
奴の厄介性は状態異常を振りまく環境故の行動の難しさだ。
「事前に打ち合わせしなくて大丈夫ですか?私がパーティーを組んだ時色々とやり方が異なりましたが、ほとんどのパーティーはそういうことをしていましたよ」
「そうですね。ダンジョンを開放したら最後まで攻略するのがマナーですからね。クラスアップしかしないからと言って、途中で引き返すのは問題ですし」
それを念頭に置いておけば、問題なく倒すことはできる。
だけど、クローディアの言う通りだ。
「今回のダンジョンは、少し深いダンジョンだから説明も兼ねて打ち合わせをしようか」
食事が冷めるのももったいないから食後にというと、皆が少し笑い食事を再開する。
イングリットの作ってくれる食事は美味い。
調理術を昇段させればもっと美味くなるはず。
そう考えると、スキル昇段オーブをもう少し手に入れるかと脳裏によぎる。
クラス3に上がりレベリングを完了すれば、クラス4のあのダンジョンに挑める。
ステータス的、スキル的には十分対応可能だし、そして装備も沼竜の装備がそろそろ完成する。
イナゴ騒動が終わったら、あのダンジョンの鍵を手に入れるために動くのもありか。
武器の方も新調して火力を上げれば効率的に回れる。
スキル昇段オーブのドロップ効率はこっちの方が良い。
全員のジョブを獲得したら向かうか。
明日の予定と、その先のこと、考えることが色々とあり気づいたらイングリットのシチューを食べきっていた。
「おかわりもありますが」
「……いただきます」
「はい、少し多めに入れておきますね」
そして若干の食べ足りなさを感じているのがイングリットにばれ、気恥ずかしさを感じつつそっと皿を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
この体、成長期だからか本当によく食べる。
前世だと、ここまで大量に食べるのは胃がそもそも受け付けなかった。
脂っこい揚げ物なんて、若い頃みたいに大量に食べることができない。
唐揚げもサイズ次第では一個食べれば満足してしまうくらいだった。
それがこの世界に生まれ変わった今ではシチューをお代わりし、一杯目と変わらぬ速度で食べきることができる。
「……?どうした?もしかして顔にシチューがついているのか?」
「いえ、こうやって目の前で美味しそうに食べていただけることに喜んでいるだけでございます」
そうやって食べていると、イングリットが自分の食事の手を止めて、ジッと俺の方を見ているのに気付く。
一瞬、がっつきすぎて顔にシチューでもついてしまったかと焦ったが、イングリットはそうじゃないと顔を横に振り、相も変わらず無表情で喜んでいると口にする。
無表情であっても、嘘は言っていない。
雰囲気で彼女が喜んでいるのがわかる。
「そ、そう?」
「はい」
「確かに、リベルタは本当に美味しそうに食べるわよね」
「そうですね、健康的で非常によろしいかと」
だって、一人暮らしをしていると節約するために自炊するしかない。
好みの味付けはできるけど、だんだんと自分の味付けに飽きるんだよね。
だからだろうか、自分じゃない他の人が作ってくれる家庭の味というのに飢えていたのかもしれない。
屋台とかレストランの外食でもいいかもしれないが、自分のために誰かが作ってくれたという事実が、最高のスパイスになってつい食べる量が増えてしまうんだろうな。
ネルとクローディアにも俺の食べる姿を見られていると思うと、少し恥ずかしい。
「僕もおかわり!!」
しかし、そんな俺の気恥しさなど関係ないように、アミナも皿をイングリットに差し出す。
「はい、かしこまりました」
「一番おいしそうに食べるのって、アミナじゃないかね?」
その無邪気な笑顔を見てしまうと、俺の哀愁じみた内心よりも、無心でおいしそうに食べているのはアミナじゃないかと思っているのは、きっと俺だけじゃないと思うのであった。
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