16 事故現場
一体何があった。
兵士たちが険しい顔で封鎖した道路の向こうに屯っている。
封鎖された通路の前には、何かあったかと奥を見ようとする通行人がチラチラと通り過ぎるが、兵士たちが遮り中を見ることは叶わない。
「ボルトリンデ公爵の私兵ですね」
「わかるの?」
「はい、彼らの胸についている家紋が見えますでしょうか?」
蛇と杖のエンブレム。
兵士たちが揃ってつけている家紋は、ボルトリンデ公爵の物だ。
その兵士がなぜ、市場の近くにある道路を封鎖しているのか。
そこが疑問だった。
「ここまで大規模な封鎖だと、奥の方で相当なことが起きたのか?」
今はFBOの原作のストーリーよりも過去の時間軸。
回想エピソードとかで該当するような事件があったかと記憶を掘り返すと。
「……どれだ?」
心当たりが多数ありすぎて頭を捻ってしまった。
市場近くの道路で起きる事件という条件で、パッと思いつくだけで五つはある。
さらにそこにボルトリンデ公爵が関係している事件と絞り込むが、追加で思い出したクエスト込みで六つまで膨れ上がり。
結局どの事件であるか絞り込むことができなかった。
「リベルタ君」
「どうした?」
「あれ」
「ん?」
道路の方を見つつ考え込んでいる俺の服の裾をアミナに引っ張られたので、呼んだアミナの指さす方向を見ると。
「冒険者?」
兵士と冒険者が話し合っている一団が見えた。
「いや、ギルド職員か?」
荒事を担当する冒険者は護衛のようで、制服を着たギルド職員がその陰に隠れて兵士と何か話している。
「冒険者と兵士、喧嘩程度じゃこんなこと起きないよな?」
「はい、それに何やら雰囲気もよろしくないようです。リベルタ様、用事があるでしょうが日を改めた方がよろしいかと」
その様子は芳しくない。
双方表情に険しさが抜けず、一歩間違えればその場で戦闘が始まりそうな雰囲気もある。
ただ事ではない。
「すまん、ちょっと行ってくる」
「え!?いってらっしゃい?」
「ご夕飯までにお帰りを」
それを感じ取って、ここで情報を収集しておくべきだと思った俺は二人に断りを入れてその場から静かに走り出した。
戸惑いつつ送り出してくれる二人の声を背に受けて、徐々に足音を小さくしながら人込みの中に紛れ込む。
やっててよかったスニーキングゲームってね。
流れに逆らわないように、そしてそっと息をひそめるように印象を薄くしつつ俺へ視線を集めないように立ち回り、徐々に封鎖されている道路に近づく。
道路を封鎖している兵士は近づく者には一度は視線を向けるようだが、相手が子供だとわかるとすぐに視線を逸らした。
これ以上近づくと警戒されそうだから、そっと逸れるように方向を変えその時ちらりと兵士の脇から見える光景を見たが、特に変わった様子はない。
あるとすればこの道の奥、そこで何かが起きている。
今現在起きているのは、道探しストーリーと言った感じか。
普段は通れる場所が、イベントが発生したことによって通れなくなり、中に入る方法を探すストーリー。
そういう時ってだいたい人に見つからないようにということを念頭に置いて動かないといけないのだ。
「兵士だけじゃなくて暗部も動いているか」
兵士の警戒度合いから、起きた事件の大きさが並大抵じゃないことが察せられて、ちらりと普段は見ない屋根の上を確認するとそこに黒い影が見えた。
屋根の上から行こうかなと考えていたが、下手に屋根に上って隠れている暗部に見つかるのはいただけない。
となると。
「別ルートからの侵入になるかね」
この王都の道は表道は整然としているが、裏道に入るとけっこう入り組んでいる。
「こういう壁で封鎖されている場所とかは、槍を使うと」
右に逸れ、左に逸れと事件の起きた方向を確認しながら回り道をして、現場の近くに木の壁で封鎖された場所を見つけた。
一見しただけでは通れないと思われがちな場所。
足場にできそうな木箱もなければ、よじ登れるようなとっかかりもない。
だけど、鎌槍をうまく使ってやると登れるんだよね。
槍を担ぐための紐を解き、刃の首元に結び直して槍を木の壁に立てかけ、軽く助走をつけて柄を走り登って飛び上がると壁の縁に手が届く。
槍に結んだ紐の端を口にくわえ直し、両手で縁を掴んで一気に体を引っ張り上げ、壁を上る。
「うわぁ、こりゃまた派手にやったもんだ」
そして登り切った先にある景色を見て思わず苦笑する。
裏道の建物が見るも無残な瓦礫と化している。
局地的な嵐でもここまで荒れることはないだろう。
「人が死んだような形跡はなし。となると、結果は引き分けか?」
モンスターが暴れたのかと一瞬思ったが、ここまで瓦礫を作り出せるほどの巨大なモンスターが出たのなら兵士がもっと慌てていても良かったはず。
となるとこの惨状を引き起こしたのは人ということになる。
血痕が見える範囲にないことから、怪我人ないし死人はいないとみるべきか?
もっと情報を得るにはこの奥に行く必要がある。右見て左見て、上を見て下を見る。
周囲に兵士や暗部の姿がないのを確認してから、そっと壁の縁に足をかけ、鎌槍を引き上げて回収してから壁を飛び越える。
着地は極力静かに、そしてすぐに物陰に隠れる。
「うーん、一人はパワー型。しかも野獣のように暴れる系かぁ。どうしよう心当たりがありすぎる」
物陰から物陰に移り、人の眼につかないように気を配りつつ現場に近づき、破壊された場所を観察すると、攻撃の仕方からしてこの場を破壊したのは片方だけというのが見えてくる。
魔法系のスキルを一切使わない、物理的な破壊をもたらすスタイル。
脳裏によぎるFBOで出会った筋骨隆々の男、あの男ほどこの惨状を作り出すのにうってつけの奴はいない。
「だけど、そうだとすると今のあいつをしのぎ切れる実力を持った奴が相手だったということになるぞ?」
そんな奴がもし仮に誰かと戦い勝利したとしたら、決着の場の惨状はすさまじいことになる。
人一人分の肉や血が飛び散り、R18のグロテスクな光景が広がっているのは間違いない。
だが、そんな惨状が広がっている様子はない。
勝ちを拾ったか、それとも引き分けか。
「……ジャカランの怒りを鎮めて引き分けになったか?」
前者後者で言うのなら、後見人であるボルトリンデ公爵が仲裁に入って戦闘を中断して終わった後者の方が可能性として高い気がする。
かろうじて欠片ほどであるが、ジャカランの奴に理性が残っている現状ならそういう結末もあり得る。
惨状を見る限り、暴れはじめてからすぐに公爵の私兵団が対応にあたったというところか。
そうやって、辺りを見回して道を進むと。
「・・・・・あちゃぁ」
俺が予定では来る場所であった、一軒の家にたどり着いたのだが。
思わず同情したくなるほど、大きな穴がそこに開いていて、その家の一家が総出でがれきの撤去をしていた。
ここまで来る道中でも家を修理しようとしたり、最早修復不能の家を前にして呆然と立ち尽くす人を見てきた。
人災が通り過ぎた場所で、被害が家だけで済んで良かったとは口が裂けても言えないが、それでも知り合いが無事なことに安堵した。
ただ、あの家の修理代がいくらになるかわからないくらいに大きな穴。
困ったと眉間に皺を寄せる少年と、家の瓦礫を撤去しているその父親らしき人物と祖父らしき人物。
もう一度周囲を見回した後に、兵士が遠くに三人いるだけでこっちに注意を向けていないことを確認して。
「大変そうですね」
「あ、君は」
「どうも、ご依頼の品を届けに来たんですけど・・・・・それどころじゃなさそうで」
そっと少年の方に近づき、声をかけた。
向こうも俺のことは覚えていたようで、困り顔で対応してくれた。
「ごめん、鍵の件なんだけどなしにしてくれないか?勝手な都合で申し訳ないが、この家を直すのにお金が必要なんだ」
俺が来たということは依頼を達成したということ、それに対して不誠実だというのは重々承知で頭を下げ依頼の取り下げを願った。
家がこんな状況だ。
その気持ちは重々理解できる。
なので。
「じゃぁ、その鍵自分に買い取らせてくれませんか?」
「え?」
「即金で十万ゼニなら出せますけど」
俺が欲しい鍵のFBO時代の値段の相場は、おおよそ十五万ゼニ。
それよりも少し安いくらいだけど、取りに戻っていいのなら倍は出していいと思っている。
「ちょ、ちょっと待って!?」
持ってきたマジックバッグの中から金貨の入った袋を取り出すと少年は慌てて瓦礫の撤去作業をしている家族の元に駆け出して事情を説明し始める。
「あ、拳骨くらった」
その説明の中に、俺の依頼の内容もあったようで、事情を話してお金にすることができると嬉々として語ったらガタイのいい初老男性に拳骨を食らっていた。
そしてちらっと俺を見ると、その初老の男性が俺の方に向かってきた。
「おめぇさんか、ワシの夢を叶えてくれるって小僧は」
「あ、はい」
「孫から聞いた。もともとの依頼内容を変更するのは冒険者との信頼関係を崩すもんだ。約束通り、ワシの夢を叶えてくれるんなら鍵を渡す」
筋が曲がったことが嫌いなのか、ムスッとした顔で依頼内容はそのままでいいという見覚えのある初老の男。
この人ゲームの中じゃ名前がないんだよなぁ。
正確には名前はあるんだろうけど、ストーリーのイベントでは孫の方がメインで、このおじいさんの呼び名はずっとおじいちゃんだったんだよね。
「わかりました。俺としても鍵が手に入るのなら問題ないです」
お金でもよかったけど、もともとのクエストの内容通りで進む分にも問題はない。
お金を引っ込め、代わりにマジックバッグからハニワソードを取り出す。
「これがあなたの夢を叶える武器です」
「なんでぇ、刃がないじゃねぇか」
「それが重要な武器なんですよ。一度使えば、エネルギーが切れるまで光の刃が展開しっぱなしという欠点はありますけど、そのエネルギーを全放出することでこの剣の刃はビームとなります」
「ほー、何十年って冒険者をやってたが、そんな武器見たことも聞いたこともねぇぞ」
「もちろん、だます気はありませんよ。一本は目の前で実際に使用して見せて、もう一本をあなたに使ってもらいます。そして未使用のやつをお渡しするという形で依頼達成でどうでしょう?」
元から多めに獲得した武器だ。
手元に一本あれば十分だと思い、提案してみると。
「んや、そこまでせんでいい。お前さんが嘘を言っているとは思えんしな。孫の分と合わせて二つくれ。それでいい」
「自分としては構いませんが、いいんですか?」
「男に二言はない。使い方だけ教えてくれ」
あっさりとそこまでしなくていい、使い方だけ教えてくれと言われたのでハニワソードを渡して使い方をレクチャー。
と言っても、スイッチの役割をしている宝石に魔力を流すだけでOKなので光の刃はあっさりと出せるし。
「ビームは一回きり、残ったエネルギーを全放出するような形になります。使い時は間違わないでくださいね」
「うむ、こりゃ、久しぶりに遠出してモンスターにでも試してみるか」
切り札のビームは、その宝石に向けて魔力を流し全エネルギー放出と言えばいいだけ。
音声入力での必殺技なんてロマンがあるじゃないか。
その説明を聞いて家を破壊されたことに対しての鬱屈とした気分が少しは晴れたのか、おじいさんがニヤッと俺に笑いかけてくる。
「発射するときは射線上にモンスター以外に何もいないことを徹底してくださいよ」
「わかっておるわ。まぁ。本当だったらこいつで家をぶっ壊しやがったあの野郎をぶった切りたいところだがよ」
そして気になる話を振ってきてくれた。
「建物にこんな大穴を開ける人間ですか・・・・・兵士に捕まったんですかね?」
「んや、お偉いさんが来て争いを止めてそのまま馬車で連れられてとんずらよ。相手の冒険者の男も気の毒によ。可愛らしい女の子を守ったって言うのに貴族から目を付けられちまった。今は、ギルドマスターが派遣してくれた職員と兵士が話し合っているってよ」
お偉いさんというのは貴族を指す、そして貴族の馬車に連れられておとがめなしとなるとやはり暴れていたのはジャカランか。
そしてそれに対抗していたのは女性を守る冒険者と来たか。
「へぇ、その冒険者も災難でしたね」
「おう、いろいろと嫌な噂を聞く奴だが、女を守れる心くらいはあったんだな」
「……ちなみにその冒険者ってどうなりました?」
何だろうすごく嫌な予感がするんだけど。嫌な噂を聞く女性に優しい冒険者って言うワードに心当たりがありすぎる。
「ああ、なんか綺麗なピンク色の髪の嬢ちゃんと一緒に冒険者ギルドの方に行ったぞ。こんだけ建物をぶち壊して街に被害を出したんだ、ギルドマスターとしても事情聴取しないとだめだろうしな」
ジャカランとアレスがぶつかった。ボルトリンデ公爵絡みで思い出したFBOの六件のイベントの中では、一番関わりたくない最悪のやつだ。
しかもそのそばにいるのは桃色の髪のトラブルメーカー。
はい、厄介ごとの香りがプンプンとしますねぇ。
しばらく王都から離れるべきか?と鍵を受け取りつつ苦笑を浮かべるのであった。
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