12 EX 狂楽の道化師 2
狂楽の道化師、このキャラを一言で表すのならば、快楽気質のストーカーと言えばいい。
では、快楽気質なのだからすべてその場のノリと勢いでことをなすかと思いきや、このキャラは計画的に快楽を楽しむという特殊な性質を持っている。
「うん!これで危険はさった!安心してくれていいよ!!」
目的のためには手段を選ばず、苦労も厭わない。
ある意味で努力の方向を間違えているがゆえに厄介なキャラだ。
暗躍に暗躍を重ね、迷惑を拡散していく。
自身に虫酸が走り蕁麻疹がでるような爽やかなイケメンキャラを演じようとも、その先に獲物の絶望に染まる顔を見られるのならば堪え忍んで努力を怠らない。
狂っているが、一貫性がある。
矛盾を螺旋のようにねじり、無理やりまっすぐにしたような行動理念。
そんな狂楽の道化師は、今日も今日とて人に迷惑をかけるために正義の味方を演じていた。
「あ、ありがとうございます」
今日助けたのは怪しげな集団に追われていた、ローブを纏った一人の少女。
優しい人の好さげな笑顔を振りまき、目の前の少女を心配する様はまさに正義の味方。
その爽やかなイケメンに、フードをかぶる少女の声も喜色に上ずっている。
表情を取り繕いつつ内心では舌を出し、蕁麻疹がでそうになり吐き気と戦いながらも正義の味方の冒険者アレスを演じるこの男も相当な変わり者だ。
一日一善。
そんなことをやっているアレスこと狂楽の道化師。
西の英雄に倣って、正義を執行する。
深い考えなどなく、英雄の行動を偽善で模倣することで、西の英雄である彼女の評判をこちらの大陸で落とす。
それだけのために行動している。
手あたり次第の偽善的な行為、人によってはありがたく、人によっては迷惑。
偽りの善意を今日も振りまいていて、一人の少女を助けた。
「いいさ!困っている人を助けるのは当たり前だからね!!」
自分自身の言葉に嫌悪感を抱きつつ、声色には毛ほどもそれを感じさせない。
「それにしても、本当に大丈夫かい?こんな男たちに追われるなんて」
そして人助けをしたのなら、しっかりと心配もする。
ここまでが定型の流れ。
アレスから見て、このローブの少女を追いかけていた男たちは表の人間ではない。
明らかに暴力を生業にする風体、これまでにも誘拐や殺人、強盗などの犯罪を犯しているのはまず間違いない。
そんなチンピラと同じ穴の狢ではないが、格は違えど自分も同じ悪党。
その雰囲気でこの女性が何かのトラブルに巻き込まれているのは察した。
「……恋人の両親が雇ったんだと思います。私は、平民だから」
そして彼女がどうしてこんな荒くれ者に狙われているのか理由を聞いて、アレスは内心で心底どうでもよくなった。
「彼は貴族で、私は平民、身分の差は関係ないと彼は言ってくれているのですが、ご両親は納得しておられないようで」
所謂、身分違いの恋。
ご婦人たちが好みそうな、恋愛ドラマ。
だけど、アレスからしたら「あっそうがんばれば?」という捨てゼリフすら思い浮かばないほどどうでも良くて興味がわかない話だ。
「そうか、大変だね」
しかし、今は善人アレスを演じている。
そんな冷めた態度は取れないと善人の常識に照らし合わせて行動をしようとしたが、待てよと思いとどまる。
ここであえて正論を叩きつけて正義を執行するのもいいのでは?
「いいえ、もとはと言えば身分違いの恋に身を寄せた私が悪いのです」
「そんなことない!愛は平等だ!この世界で愛ほど大事な物はない!!」
そう思い、頭の中で計算した正義の味方は愛を叫んだ。
ああ、なんて陳腐で安っぽい正義なんだろうとアレスは内心で顔をゆがめる。本当の愛は相手を思い、相手を成長させる試練を与え、絶望の淵に追い込み、最後に希望を持たせて崖底に叩き落とすことだと彼は思っている。
「悪いのは暴力で君の誠実な愛を消し去ろうとした貴族だ!!君は何も悪くない!!」
であるなら、この女性にもそれを体験してもらおう。
貴族と平民の恋愛?そんなものおとぎ話でしか成就できない夢物語だ。
たいした力を持たない貴族であっても、ある程度の身分を持った相手としか結婚しないのはこの世界の常識。
この娘の安っぽいローブを見る限り、そんな物しか着ることしかできない貧しい平民。
さらに、荒くれ者たちに追いかけまわされ必死に逃げ回っていたようだが、そこには戦う気概も力もないにもかかわらず、分不相応の夢は持っている。
これは良い、絶望の顔が見れそうだ。
次の仕事まで少し暇がある、講じた策が芽を吹くのも先の話、気になっている北の公爵が手に入れた英雄候補へ接触するのにももうしばらく時間がかかる。
となれば、この余暇で一輪の花を丁寧に摘み取り散らすのも悪くはないかとアレスは思いつく。
「そう、ですか?」
「ああ!」
安心させるように、爽やかな笑顔を見せつつ内心で腹黒いことを考える。
場合によっては、この娘を利用して一つ混乱でも引き起こしてやればいいかと悪知恵を巡らせる。
「この恋を諦めなくていいのですか?」
すがるようにアレスに確認してくる少女。
「もちろん!乗り掛かった舟だ!僕にできることは手伝うよ!!」
そして本心では知るかボケと、舌を出し、嘲笑うアレスはどう料理するかと考える。
「僕はアレス!西の大陸から来た冒険者さ!こっちで発生したダンジョンを攻略しようと思ってたんだけどこの前攻略されてしまってね。暇を持て余しているんだ」
小人族の戦士が、ダンジョンを攻略したという事態のおかげで予定が大幅に狂った。
本来であればこの顔で、ダンジョン内で大暴れして多数の犠牲者を出し、アレスも戦死するという計画だった。
しかしエーデルガルド公爵が抱えているというその戦士のおかげで計画はご破算、新しい計画を練り直さないといけない。
依頼主の抱える英雄とは別の英雄様にちょっかいをかける計画を企てている最中だが、この暇つぶしで盤面を一荒れさせるのも良いかと手伝うことを決意した。
「君の名前は?」
邪な考えとは裏腹に、春風を思わせる爽やかな笑顔。
「リリィと申します。どうかよろしくお願いいたしますアレス様」
「リリィか、うん!とても良い名だ!」
そのアレスの作り笑顔に心を許した少女もフードを取る。
淡く、輝くような桃色の髪。
庇護欲を掻き立てるような幼くも可愛げのある顔。
出るとこは出て、女性として魅力のある彼女の容姿を見てアレスは理解した。
ああ、確かに若い貴族の男が熱を上げるのも理解できると思った。
貴族の女性というのは基本的に結婚は恋愛ではなく、家の利益優先。
損得勘定と伝統にしたがった形でしか男女は結ばれない。
どういう経緯で知り合ったかは知らないが、守ってあげたくなる、自分がいなきゃだめだと男の庇護欲を掻き立てるリリィと名乗った少女は、女性というのは貴族の家を守るための存在だと思っている小僧どもにとって目を焼く猛毒になりえるとアレスは判断を下した。
これは、面白いことになりそうだと内心で笑うアレス。
しかし、もし仮にこの場にリベルタがいたら全力回れ右して、御免、用事を思い出したからあとは勝手にがんばってと全力ダッシュをかましていただろう。
ピンク髪の美少女リリィ、FBOでは家庭崩壊系乙女ゲームのヒロインという不名誉な肩書きが付けられた、どろどろの昼ドラの主人公も裸足で逃げ出す、婚約者がいる若い高位貴族の男性の心を次々と狙ったように奪う迷惑キャラだ。
真実の愛に目覚めたというフレーズで、婚約者のいる男性を次々に篭絡し、最後は世界みな平等とガチでラブアンドピースを掲げる脳内お花畑の少女。
ある意味、混乱と混沌をまき散らす狂楽の道化師とは、最悪な方向で相性が良い少女だと言える。
混ぜるな危険、そんな言葉が脳裏によぎる組み合わせ。
「それじゃぁ、リリィさん。まずは詳しい話を聞いてもいいかな?近くに行きつけの喫茶店があるんだ」
「は、はい、よろしくお願いします」
庇護欲をそそる小動物を思わせる仕草でフードをかぶり直すリリィ、誰かに見られたくないと身を縮めるその態度に、これは面白いと思い始めたアレス。
この女の使い方次第では、かなり面白いことになるのではと悪知恵が回り始め、女性と二人で入っても問題ない喫茶店への道のりを思い出し、彼女をエスコートしてゆっくりと歩き出した。
だが、十メートルほど進んだ曲がり角の先が何やら騒がしい。
品のない声、そしてそれをおだてるような女性の声。
どこかに盛っている猿がいるのかと、アレスの眉間に皺が寄る。
そっとリリィを庇うように前に立ち止まると、前の方が騒がしいことに気づいた彼女も立ち止まる。
「あ?」
「……」
そして曲がり角から現れたのは、上質な服を着崩し、左右に派手なドレスを纏った女性を侍らした大男だった。
侍らしている女性の腰よりも太い二の腕、手入れされているが、荒々しい印象を受ける髪。
アレスを白馬の王子様と呼べるような爽やかなイケメンとするのなら、大男はワイルド系と言えるイケメン。
「ジャカラン様?」
さっきまで上機嫌に笑っていたジャカランが急に立ち止まり、そしてじっとアレスの方を、より正確に言えばアレスが背に庇う少女を見て、スンスンと鼻を鳴らす。
「おい、お前」
「なにかな?」
ここで一つ、FBO内でリベルタが厄介なキャラと呼称する狂楽の道化師とジャカランの関係を説明する。
悪役同士、もしかしたら仲がいいのではと思われるかもしれないが、答えは否。
断じて、否である。
野生の本能に忠実なジャカラン。
性格がねじ曲がりつつも、暗躍によって獲物が絶望する姿を見たいという、狂った理性の元に動くことに美学を感じる狂楽の道化師。
水と油どころの話ではない。
磁石のマイナス同士を近づけて、反発しあい、決してくっつかないのに似て、互いに嫌悪感を抱いている。
「そいつ、置いてけ」
本能的にいい女だとわかったジャカランは、他人の女を奪うことに罪悪感など感じない仕草でアレスの背後を指さした。
「それはできないね」
ジャカランからしたら、寄越せと言葉を投げかけたのは優しさだ。
しかし、アレス、否、狂楽の道化師からすれば楽しみを奪われるという愚行だ。
ジャカランの勝手で奔放な行動は、狂楽の道化師の思想との相性が悪い。
たった一言の会話。
それだけでピリつく空気。
その空気を瞬時に悟ったのは、ジャカランに侍っていた女性二人、慌てて距離を取りそして壁際で身を寄せ合った。
「じゃぁ、死ね」
躊躇いも、何もない。
欲しい女が手に入らない、それだけでジャカランの頭が沸騰したかのように怒りに染まり、目が血走り顔が真っ赤に染まり、腰に差していた鉈のような分厚い剣を抜き去りアレスに襲い掛かった。
人の流れは疎らで人目は少ない。
「ひっ!?」
いきなり襲い掛かったジャカランの行動に悲鳴を上げる者はいても、咎める者はいない。
すくみあがるリリィ。
「この国の英雄はずいぶんと野蛮なんだね!」
その彼女を背に庇い、剣を抜いてその攻撃を受け流した。
互いの剣が力強く振りぬかれ、火花が散る。
アレスはここで英雄候補と呼ばれている存在と争い、そして殺したら生じる影響を瞬時にはじき出す。
「そんなこと知るか!!その女を寄越さなかったお前が悪い!!」
リベルタの知らぬところでぶつかり合う、三狂の二人。
ジャカランはただの我がままで暴力を振るい、そしてアレスは脳裏にはじき出した結果に腹のうちで笑う。
「何の罪もない女性を物のように扱う君のような野蛮な男!西にいる彼女と比べたら英雄にふさわしくない!!ここで僕が引導を渡してくれる!!」
西の冒険者が、西の英雄を思ってこの国の英雄候補を殺す。
その際に起きる、国同士の軋轢は想像を絶する物になるだろう。
少なくともこの国で力を誇り、ジャカランを庇護する公爵は黙っていないだろう。
それに呼応する形で、反英雄の旗を掲げる政府の老害たちも動く。
さらに、この国の冒険者ギルドと西の冒険者ギルドにも摩擦が生まれる。
アレスにとって、いや、狂楽の道化師にとって一石三鳥の内容。
それがわかればやらない理由はない。
「俺に勝てるやつはいねぇよ!!」
破壊と暴力を振りまく自信を前に、狂楽の道化師は静かに刃に殺意を乗せる。
リベルタの知らない、狂気の対決。
「君は下がって!大丈夫僕は負けないよ!!」
我がままと、犯罪思考のぶつかり合い。
「は、はい!」
優しいイケメンのムーブを崩すことなく戦闘を始める。
この暴れる姿を監視している者がいるかいないかで言えば、いる。
屋根の上から監視していたボルトリンデ公爵の暗部が即座に笛を鳴らした。
万が一、公爵にとって不都合なことが起きれば対応できるようにジャカランでも気づけない指折りの密偵が警笛を鳴らし援軍を乞うた。
笛の音はジャカランには聞こえていない。
だが、ジャカランと切り結ぶアレスはその音に気付き、制限時間付きになったことに焦ることなく、来るまでの間に殺せるかどうかのタイムアタックに興じるのであった。
勝敗の天秤はどちらに傾くか、それは神のみぞ知る。
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