10 トイレットペーパー
「お二人とも考えすぎて熱暴走を起こされていますね」
「リベルタ、やりすぎです」
「言い訳ができない」
ネルが必死に商売のことを考え、そしてアミナは地獄という単語を聞いてから、どんなことをさせられるのか考え始め。
「「プシュー」」
数分後に口で蒸気の音を表現するかのようにして、少女二人はソファーにぐったりとした。
「リベルタ様のお話が原因ですので、どうか対処方法をご提示ください」
中身がゲーマーで、しかもガチのやりこみ勢な俺と比べれば、確かに初心者ともいえるネルとアミナに考えさせるような内容ではないか。
「うーん、ひとまず休ませておくしかないか。二人の二つ名の獲得方法に関しては具体的な手順を俺が考えるとして、俺とイングリットのジョブに関しては今日のところは置いておくか」
「はい、その方がよろしいかと」
「それじゃ、ひとまずは二人の意識が回復するまでにやれることを考えますか」
なら誰が考えるか。当然だけど、こういう流れを作った張本人である俺が考えないといけない。
イングリットが冷水に浸して絞った冷たいおしぼりをネルとアミナの目元を覆うように置くと、その冷たさが火照った脳を冷却してくれたのか気持ちよさげに少女たちは口元を緩める。
そんな二人から視線を黒板に写し、チョークを走らせる。
万能の商人と至高の歌姫。
この二つのジョブを一気に獲得する。
確率的にはできなくはない。
だが、確実性に関して言えば乏しいと言ってもいい。
となれば効率を重視したやり方を考案すべきか。
「となると、動かすべき流れは」
淡々とチョークを動かし、数式のように必要な条件を書き連ねる。
ネルとアミナが取ろうとしている二つのジョブの獲得条件は重なっていないが、整理して考えれば要素は重ねることができる。
ネルの十種以上の商品販売は、アミナの歌の奉納ライブイベントの際に売るグッズでカバー、新商品に関してもアミナのアイドルグッズなんてこの世界にあるわけがないし、それで認定される。
十万ゼニの稼ぎに関して言えば、アミナのライブ興行費で補填すればいい。
となると、一万人を集客するアミナのライブイベントをネルが興行主になって運営することで完全に商売として成り立たせる必要がある。
「貴族と一般人を呼び寄せるためのイベントをやる、これが二人のジョブを確実に取得するには最短かつ効率的か」
幸いにして、公爵閣下には貸しが積み重なっている。
ただ一方的にイベントの手伝いを要請しても達成できてしまえそうだけど、それでは後々の関係に響くからそれは無しの方向で。
「うーん、ここで一つ根回しが必要か」
となると、手土産として少し特殊なアイテムでも用意するか。
でも特別な武具やアクセサリーを用意するのもなぁ。
数を揃えるのも面倒だし、何より素材費用が馬鹿にならない。
下手に良過ぎるものを用意すると、向こうの方から余計にすり寄ってきて面倒なことになりかねない。
となると、ほどほどに良く、そしてかつ便利そうなもので・・・・・
「あ」
部屋の中に良いアイディアがないかと見回していると、俺の視線が一つの箇所に止まった。
それは一つの扉、何の変哲もない普通の扉。
その扉の向こうにあるのはトイレだ。
なぜそんなところで視線が止まったかというと。
「・・・・・トイレットペーパーを作ろう」
そこに現代人の感覚を持つ俺にとって、すさまじい不便を感じている点があったからだ。
ここは異世界、スキルという特殊能力があるからといって現代の日本並みの生活環境を用意できるかといえば、難しいどころか無理だと言える点が多々ある。
そもそも上下水道や電気ガスといったライフラインが、この世界ではまともに揃っていないのだ。
金があれば魔道具で水と火と灯りは用意できるが、そんなものは庶民じゃ用意できない。
水は井戸で汲み、火は薪で、明かりはろうそくやランプでの生活が主流なのだ。
生活を助けるためにわざわざ生活スキルを取る人がいるくらいに日常生活は不便を強いられている。
「トイレットペーパーで、ございますか?」
「それはどのような物なのですか?トイレットという言葉とあなたの視線から察するにトイレに関係するもののようですが」
特にこの世界のトイレ事情は悲しいと言えるくらいに遅れている。
下水道?
温水洗浄便座?
そんなものない。
せめて水洗式のトイレであるのなら助かるのにと思うくらいに遅れている。
うちの家も汲み取り式で、専門の業者に数日に一回のペースで回収してもらっている。
人間食べるものを食べれば、出るものは出るんです。
昔のアイドルみたいに、トイレにはいきませんなんて謎生物理論はないんです。
そして出したのなら綺麗にしたいのが人間の心理です。
そこで俺の発言とイングリットとクローディアの疑問につながる。
はい、この世界は得体のしれない乾燥させた草で事後処理を行っております。
綺麗にはなります、そう、綺麗には。
大量に用意できて、なおかつ清潔を保てる、この世界の住人からしたらありふれたものです。
だけど現代人の俺からしたら、耐えられるけど、耐えたくないような感覚を味わってしまうのです。
「……ええ、関係しますよ」
できれば温水洗浄便座も開発したいけど、生憎と細かい作業ができるクリエイターのプレイヤーもいなければ、清潔な水を常時供給できるようにする付与術師のプレイヤーもいない。
ある程度育成が進んだ暁には、そういった生産系ビルドの人員を育てるのも視野に入れた方が良いかもしれない。
と、思考が横に逸れそうになっているのを修正して、トイレットペーパーに関してどう説明するべきかと考える。
シンプルに清潔を快適に維持するための紙と言ってもいいが、用途が用途だ。
この世界で紙は貴重で、それを排泄物の事後処理のために使うなんて発想は無いし、正気の沙汰ではないと言われるかもしれない。
だけど、あの感触を知ってしまえばだれもが元の草には戻れないだろうと思うよ。
となると。
「どういう代物なのですか?」
「論より証拠、実際に作りますのでそれを体験してから判断してください」
「今すぐ作れるものなのですか?」
「準備に三日くらいかかる。だけど、作れるよ」
ここで熱烈にプレゼンするよりも、実物を持ってきて使ってもらった方が絶対に説得できると確信できる。
ネルの新商品問題を解決できて、俺たちの生活も快適になる、さらに公爵家への根回しや俺たちの商売にも使えるという一石二鳥どころか連鎖で三鳥四鳥くらいは狙える。
前までだったら、設備関係と素材関連、そしてスキル的に作ることはできなかった。
だけど、人面樹を倒したことによって、それは解消できた。
トイレットペーパーの素材はパルプと呼ばれる木材や草から抽出された繊維だ。
作り方をおおざっぱに言えば、パルプを水でほぐし、抄紙機で網の上で薄く伸ばして乾燥させ、大きなロールに巻き取る。
流れ的には作れそうな雰囲気を醸し出しているけど、生憎と抄紙機なんて文明の利器はこの世には存在しない。
あるのは錬金術を補佐するために改造している錬金作業台だ。
これと人面樹の素材がどう関係するのかと言えば、錬金術の新しい設備に木材加工ができる装置を追加できるようになる。
よくアイテム作成系のゲームとかで見る、素材を放り込むとなぜか設備がバージョンアップするというアレだ。
FBOでも同じようなことができて、設備の機能拡張と言えばいいだろうか。
具体的に言えば、錬金作業台の追加パーツを作る際に人面樹の素材を使うことによって、人面樹までのクラスだったら素材を加工できる錬金作業台になる。
すなわち、クラス6の素材の木材すら加工できる錬金作業台のパーツを作れるようになったということ。
草木をパルプにして、あのふんわりとした感触と、薄くとも濡れなければある程度の強度を保っているトイレットペーパーを作るには、錬金作業台に新設する木材加工設備にそれくらいのパーツが必要になる。しかもレベルが高いパーツを使えばアイテムを作る際の効率が上がり、コストも下げることができる。
最初は人面樹の素材で杖でも作ろうかと思ったけど、錬金作業台の方が今後も使うことが多いし、木材系の汎用性を上げておくのも悪くはない
だが、生憎とそのパーツを作るための技術がアミナにはない。
では、作れないかと言われればそういうわけではない。
この王都の錬金術師界隈において、変人と狂人の二つの尊称を揃って賜っているが、ことゴーレム作りに関して右に出るものがいない例の五人がいる。
ゴーレムを作る、すなわち錬金術の設備を用意することにも長けているのだ。
「イングリット、とりあえずネルとアミナが復活したら米化粧水を大量に作っておくように頼んでおいて。クローディアさんは俺と一緒に出掛けてもらえます?」
問題は五人のうちの誰に頼むかだが、とりあえず酒乱は避けておいた方が無難。
あれは酒を飲ませないと覚醒しない上に制限時間が短すぎる。
となると、煙か、糖分か、歌か、化粧かの四択の中から選ぶが。
「まぁ、ナルシスト一択だよな」
向かう先は、化粧品に執着し、ナルシスト語りに余念がない一人の男に決定。
比較的対処が簡単なのと、いつも自分の顔を鏡で見続けているから居場所もわかりやすい。
在庫してある米化粧水を持って、あとはトイレットペーパーの話をすれば十分に話を聞いてくれる可能性はある。
「あ、クローディアさん。これから会うのは変人ではありますけど、変質者ではないのでいきなり殴るのは無しでお願いします。怪しい奴ですけど腕は確かなので」
「あなたがそこまで言うとは、本当に怪しい人なんですね」
「自分が大好きなだけの変人ですよ」
その人物を見てもすぐにクローディアが手を出さないように、とりあえず注意だけは先にしておく。
初見だと変質者だと思われても仕方ないからな。
「変人・・・・・いったい何を頼むのですか?」
「錬金作業台の改造パーツを作ってもらうんですよ。素材加工は錬金術が随一ですし」
錬金術はある意味生産業では一番万能性を誇るスキルだ。
ゴーレムを作ったり、魔法薬を作ったり、鉱物をインゴットに変えたり、物を作るさまざまな分野を包含しているようなスキルだ。
だったら、細工や家事、調薬、大工、料理といったスキルがいらないのではと思われるかもしれないが、錬金術は万能であるが、他の特化型のスキルと比べるとそこまで強いわけではないのだ。
様々なことができるがゆえに、器用貧乏になりやすい。
どちらかと言えば下地作りに向いているスキルだ。
錬金術とプラスα、それが生産系の基礎と言われている。
もちろん錬金術でないと作れない物もあるし、錬金術の方が優れているという物もある。
こういった素材加工、特に分解したり合成する作業は錬金術の独壇場で、錬金術師が錬金作業台を使うと大概のことがあっという間にできてしまう。
その利便性ゆえに、FBOプレイヤーたちは錬金術でこの世界にない物をネタで作ってしまうのだ。
トイレットペーパーもその一つ、ゲーム中にトイレに行くことなどないのにも関わらず、ネタで作るプレイヤーがいるのだ。
しかもそれで金策までしているのだから笑えて来る。
「何を作ろうというのです?保護者として危ない物を作るのを見過ごすわけにはいかないのですが」
「ある意味、男性よりも女性の方が必要になる物です。戦いで役に立つかと言われれば微妙ですけど、生活ではかなり重宝しますよ」
私利私欲がないかと言われれば、かなりあると断言する。
だって、トイレットペーパーがあるのとないとじゃ生活の快適さが段違いに変わる。
「あくまで秘密なのですね」
「ええ、まぁ、そんなに睨まないでください。本当に危ない物ではないんですから」
貴重な紙をそんなことに使うなんてと言われそうだから黙っているが、これまでの俺の数々の常識はずれの行動が裏付けとなり、また何かをしでかすのではとクローディアに警戒心を抱かせている。
自業自得、仕方ないとはわかっていてもどうにかならんものか。
路地を進みつつ、目的地に着くまでに心が折れそうになり、説明してしまおうかなと気持ちが揺らいでいると、目の前から走ってくる人影が見える。
薄いベージュのローブを身に纏い、フードをかぶっているから顔も見えず体格も良くわからない。
ただちらりちらりと背後を振り返っているところから怪しさだけは満点。
「……」
「良いんですか?」
「司祭の身ではありますが、何でもかんでも困りごとに首を突っ込むわけではないので」
物語の主人公ならどうかしましたかと声をかけるところだろうが、俺は嫌な予感がするのですっと道路の脇に退きその人物が通り過ぎるのを待つ。
それに付き従うようにクローディアも脇に避けたので思わず聞いてしまった。
「それに、向こう側から私と関わるのを避けているようにも見えましたので」
「顔が見えた?」
この世界の教会の人は親切な人が多いが、押し付けがましいような行動はしない。
困った人を見たら助けようとはするが、正義感を振るって強制的に助けるようなことはしない。
それゆえに、今俺たちの前を通り過ぎるローブの怪しい存在をスルーしたクローディアを見て意外だなと思いつつ、相手を気遣ったものであると知れば納得した。
「いえ、ですが桃色の綺麗な髪は見えましたね」
「え」
それで話は終わりかと思ったが、クローディアが見たという髪の色を聞いて、思わず声をあげてしまった。
「どうかしました?」
「いやぁ、スルーして大正解だったなぁと思っただけですよ。さぁ、行きましょう!」
「急に駆け足になって、どうしたのですか?」
クローディアは知らないから首をかしげているだけで済んでいる。
だが俺は知っている。
FBOプレイヤーの間でちょくちょくネタにされるが、シャレにならない名言がある。
触らぬピンク髪にトラブルなしと。
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