8 二つ名 万能の商人
「首狩り!!」
釣り上げた沼竜の首を狩り、そして灰になるさまを見てこれで戦闘が終わったことを確認。
「お、これで槍聖術がカンストしたな」
スキルの熟練度が上がれば上がるほど、攻撃力も増すから沼竜討伐もどんどん早くなっている。
「リベルター!!私もスキルレベル上げ終わったわよ!!」
「僕もー!」
一緒にレベリングをしているから、タイミングが重なることもあるか。
アングラーと一緒に諸々の道具を持って、空中のモチダンジョンを脱出。
「お疲れ様ですリベルタ様。お水です」
「ありがとう。イングリットもスキルはカンストしたか?」
「はい、無事に達成しております」
首狩りスキルがあるだけで、ここまで楽になるか。
まぁ、防御無視のクリティカル攻撃が乱発できるから普通に相手のHPもガリガリと削れるし、沼竜の柔らかい腹付近ではネルのハルバードが猛威を振るっているのだから当然か。
「そいつは結構、沼竜の狩りも楽になってきたな」
「リベルタ君の攻撃力が上がって与えるダメージが大きくなったからだよね」
「あと、ネルの斧豪術とパワースイングの熟練度が上がって、攻撃力と防御ダウンのバフ効果の両方が高くなったことと、アミナの歌唱豪術の熟練度が上がって歌のバフ効果が格段に引き上げられたことも大きいなぁ。正面から狩るには火力不足だから嵌め技使ってるけど、クローディアさんが参戦したら普通に正面からいけそうだな」
DPSが上がれば、自然と敵を倒すのに掛かる時間も短くなるし、疲れも減る。
「スキルスロットも確保し終えた。一応確認するけど、きちんと八つになっているよな?」
「大丈夫よ」
「うん!・・・・・ネル大丈夫だよね?」
「元気に返事をする前に確認しなさい」
これで取れていなかったスキルスロットも確保できて、スロットの数は合計で八つ。
クラス3に進む準備ができた。
アミナが元気に返事した後、不安になりステータスを隣にいたネルに見せている。
イングリットは問題ないと頷いてくれているので、確認はネルに任せて話を進めよう。
「となれば、次のクラス3に進む準備に入る」
「クラス1の時も、クラス2の時も色々と面倒な手順がありましたが、やはりクラス3もあるのですか?」
クラス3に上がる際も含めてしっかりとEXBPは確保していきたい。
クラス3で確保できる総BP量は、驚異の600。
最大レベル150で確保できるBP150と条件三つによるEXBP450。
この段階で、普通にレベリングしているキャラと俺たちのスペック差が決定的になる。
「ああ、クラス3のEXBPの獲得条件は三つある」
その三つの条件も、また面倒な条件なのだ。
「一つは一段階以上進化させたパッシブスキルがあり、なおかつスキルを四つ以上習得した状態でレベルを上げることだ。通常育成ではレベルをカンストしていなければ達成できない条件だな」
「そもそも、スキル昇段オーブが手に入らないから無理よ」
ネルのツッコミの通り、クラス2以下でスキル昇段オーブを手に入れる方法はモチダンジョンだけだ。
その情報を知らないと、このクラス3のEXBP獲得条件を達成できないのだ。
人差し指を立てて、一つ目の条件を披露し、ネルからのツッコミを受けつつ、次の中指を立てる。
「二つ目は、悪環境を所持するダンジョン内に一時間以上滞在している状態でレベルを上げることだ」
「悪環境ってなに?」
ピースサインをしている状態になった俺に向けて、アミナが首をかしげて質問をしてくる。
「わかりやすく言えば、過酷な環境が常に発生している場所のことを指すんだ。例えば、常時濃霧が発生して視界を塞いでいたり、異常に気温が高かったり低かったりと、人が生きていくには過酷と言えるような環境が悪環境だと認定される。ちょっと寒かったり暑かったり程度じゃ認定されないから注意な」
「じゃぁ、この前の木のお化けを倒したときみたいなの?」
「その通り、あれは視界不良という悪環境だ。おなじ視界不良の悪環境で、暗闇って言うのもあるぞ」
ダンジョンっていうのは常に挑戦者に影響しない環境を用意しているわけではない。
時にはそのダンジョンそのものの環境を悪くして挑戦者に苦労を強いるパターンもある。
ひどいところだと、そのダンジョンに入るだけでダメージを負うパターンがあったりする。
溶岩地帯での熱ダメージ、極寒地帯による猛吹雪などによる視界不良と凍傷ダメージ、えぐいのだときのこ胞子が舞い続けるダンジョンで呼吸をしただけで毒を受けるのもあったりする。
クラス3ではその対応能力も試されているというわけだ。
「うへぇ、そんな大変な場所でレベル上げしないといけないの?」
悪環境のことをざっくりと説明するとアミナは嫌そうな顔で俺に質問してきた。
「さすがにいきなりそれをするつもりはないが、俺たちにはイングリットがいるからな。どんなに環境が悪い状況でも彼女がいれば問題ない!様々なダンジョンに対応するための切り札になるのがサポート型メイドだ!」
「お力になれるのでしたら何よりです」
「そっか!イングリットさんがいれば寒くても暑くても平気だ!!」
サポート型メイドを目指すイングリットがいる限り、ダンジョンの悪環境はそこまで脅威ではない。
そしてその悪環境をスキルで克服できるのなら、その対策に必要な装備のリソースを戦闘用に振り向けることができるから、自然とダンジョンの攻略速度も上げることができるのだ。
「そして最後の三つ目が、前の二つの条件を満たしている状態で、スキルが適用されない攻撃で敵を倒しレベルを上げることだ」
「それって、私だと槍と斧がダメってこと?」
「そう、俺は鎌と槍がダメになる」
「私ですと杖と刀ということになりますか」
「僕は、杖を使ったらだめなのと。え、もしかして歌ったらダメなの?」
FBOを作った制作者は性格が悪いのか、それとも親切心なのか。
しっかりと育てているスキルを使わせず敵を倒さなければ三つ目のEXBPは渡さないというのは悪辣だと言えるかもしれないが、とある検証班の推察ではここでレパートリーを増やしてテクニックを鍛える意図があるのではないかと言われている。
そう考えると、前二つの条件もそういった意図があるように思えてくる。
できるだけスキルを育成しろというメッセージが一つ目。
様々な環境で攻略できるように考えろと試練を与えるような二つ目。
この二つを満たし、いざという時のためにスキルを封じられても戦える手段も身につけろと、後々の戦闘の警告を発するような三つ目。
「ここで重要なのは、条件にカウントされるのが攻撃で倒すことに限定されることだ。言い換えれば相手を倒さなければ問題ないんだ。バフであるアミナの歌は問題ないし、イングリットのサポート魔法も影響が出ない。ただ、ネルの断裂戦斧みたいな攻撃力のあるスキルはダメだな」
「よかったぁ。僕歌えなかったら、どうしようかと」
「アミナは良いかもしれないけど、私はどうやって戦えばいいの?」
「ネルはアングラーを使ってくれ。アングラーにこん棒を持たせて戦えば十分に攻撃力が出る。イングリットは箒で相手を転ばせることに専念して倒さなければ問題ない」
「それなら、何とかできるわね」
「かしこまりました。ですが、ネル様がゴーレムを使われるとなるとリベルタ様はどうなさるのですか?」
「俺は弓を使う。最近使う機会があって錆落としも終わってるからクラス3のレベリングの間は弓を使い続ける」
今までの戦闘スタイルが使えないから、ちょっとぎこちなくなるけど、それもちょっとした味変だと思って楽しめばいい。
「そういえば、悪環境ダンジョンはどうするのよ?もしかして人面樹のダンジョンを使うの?」
「あれはクラスが高すぎて今の俺たちじゃ手に負えない。悪環境って意味じゃ間違いなく用意されているけどさすがにな」
さて、ここで問題になるのは俺たちの手元にレベリングをするためのダンジョンの鍵がないことだ。
悪環境のダンジョンと指定されている段階で、沼竜やオークといった相手でレベリングができなくなった。
「いかがいたしますか?」
「その点に関しては目算があるから大丈夫。手に入れるために手間がかかるけど、早めに新しい鍵を手に入れて、弱者の証をアミナに混ぜてもらうよ」
となれば、きちんとそれに適応したダンジョンを用意しないといけないのだ。
「まかせて!」
アミナのステータスと錬金術のスキルカンスト、さらには設備の方もしっかりとアップデートしてあるから合成が失敗する心配もない。
「今回はダンジョンでレベルを上げるからあの時みたいに邪魔が入らなくて大丈夫そうね」
「いや、レベルを上げるのはクラスアップだけだ。ジョブ厳選はクラス3のレベル1でやる必要があるからな。今回レベリングは中断するぞ」
「え?」
やるべきクエストはわかっている。
そしてジョブ厳選にレベリングが邪魔だというのもまた知っている。
「リベルタ君どういうこと?レベルを上げないって」
ネルがギョッとした目で俺を見て、アミナが恐る恐る聞いてくる。
「ジョブを取得した際に得られる二つ名はその強さに応じてレベル制限がかかっているんだ。レベルとクラスが上がれば上がるほど、ジョブの取得が簡単になるからか、高レベルでジョブを取得するとその分二つ名が取れにくくなる仕様になっている」
ジョブの二つ名のシステムは、より低レベルの高難易度でクリアしなければ最高峰の二つ名は取れないようになっている。
「だから、最高峰の二つ名を取るには、ジョブが取れる最低レベルのクラス3のレベル1で固定して、さらにジョブ取得のための試練を突破して、二つ名を厳選する必要があるんだ」
これが大変なのだ。
レベルを最低限に抑えても確実に手に入るわけじゃない。
確率テーブルの中に最高峰の二つ名が入り込み、あとはその確率を引き当てないといけないという苦難が待っている。
「ネルが目指すべき二つ名は万能。これはありとあらゆる売買に影響を及ぼす上に万能の商人だけが獲得できるジョブユニークスキルの招福招来が強すぎるんだ」
しかし、その苦難を乗り越えた先に得られる恩恵は計り知れない。
商人のジョブステータスは、売買効果の上昇。
売るときはより高値に、買う時はより安く。ゲーム上ではその効果がデータとして確認されていたが、現実では商売上手といわれるような形で効果が表れると思われる。
万能の二つ名を得ると、武器だろうが、薬だろうが、服だろうが、お菓子だろうが、ありとあらゆる商品に対してその追加効果が付与される。
商人としてはまさにチート。
だが、それよりもチートなのが招福招来というユニークスキル。
「強すぎる?それってどんな効果なの?」
「ユニークスキル招福招来、効果時間は一時間、リキャストタイムは二十四時間、一日に一度しか使えないという欠点はある。だけど、これを使用したらすべてのモンスタードロップ確率が十倍になって、ドロップ数が最大で三倍になる。加えて、モンスターがお金をドロップするようになる。ダンジョンボス戦でこれを使うと宝箱の数が最大数で固定されて、最低でも金の宝箱が一つ固定で出てくるようになる。加えて、虹宝箱の出現確率が50パーセントに上昇する」
これはレアアイテムを高確率で探し当てることができるという、金策という面ではとてつもないメリットを持ったスキルだ。
わかるか、商人を極限まで鍛えるとドロップテーブルが崩壊するんだ。
万能の商人キャラを複数人育成して、それでレアアイテム探索ムーブをすることもゲームでは可能であった。
欠点は一キャラにつき一日一度しか使えないことと、効果時間が一時間だということくらいだ。
課金アイテムであっても、ユニークスキルであっても、この招福招来のリキャスト時間の短縮と使用回数回復はできなかった。
「すごい、すごいわ!!」
商人としては破格のスキル、そして破格のジョブ補正。
その事に目を輝かせるネルの目を曇らせるのは少々心苦しいが、ここで一つ現実を見せないといけない。
「商人のジョブを取得する手順はいたって単純、試練を受けて三日以内に自力で稼いだお金を商売の神像に奉納すること。これで商人になることができる」
「それならできるわね!」
「ただし、万能の二つ名を得るためには、レベル以外に三つの条件を達成しないといけないんだ」
「三つ?」
商人の中では最高峰の二つ名。
これを手に入れる条件が生半可な物ではないのだ。
俺の雰囲気に少し嫌な予感を感じたネルの表情が険しくなる。
「一つ、十種以上の商品を売りさばくこと。二つ、新商品を売り出すこと。三つ、一度の奉納で十万ゼニ以上を奉納すること」
「十万ゼニ!?そんな大金が必要なの!?」
「普通の商人になるなら、百ゼニで十分だ。だけど万能の商人を目指すならこれは必須だ」
三日で日本円で一千万を稼ぐ、それ自体とんでもなく難しいことだ。
「しかも条件を達成しても絶対になれるわけじゃない。仮に万能の商人になれなくて試練をやり直したら奉納したお金は返ってこないから毎回稼がないといけないし、新商品も毎回考えないといけない」
「……」
加えて、毎回試練を受けるたびにアイディアを捻りださないといけない。
いわば十万ゼニという大金とアイディアを使ったガチャだ。
その現実を知ったネルはグッと握りこぶしを作り。
「や、やるわ!」
なんとか虚勢を張るのであった。
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