6 EX 南の王の憂鬱 4
たった一人の平民の子供に、国と王家の将来の希望を抱く。
国と国民を導く王として、子供を育て教育し範となるべき大人として、そして一人の男として、自分が情けない限りだと王は思った。
だが、あの暴力の化身の姿を王は忘れることができない。
巨人族の血を引くゆえに大柄な体躯。
生来の恵まれた、強靭な筋肉。
物を破壊することを躊躇うどころか、生き物を屠ることに快楽を見出す残虐な精神性。
神の名を冠するスキルに、天性の才能と言える野生の力を持つ少年。
そのいずれも、人として成長する方向性さえ間違わなければ、確かにこの世界を脅かすモンスターに対して有効になりえる存在だ。
しかし、神託の英雄の候補としてその少年と対面した時、ボルドリンデ公爵の背後に控えながらも王である自分にも周囲の貴族たちにも敬意の欠片も見せない少年の瞳の奥に王は確かに見た。
その瞳に宿る怪しげな炎。
国を滅ぼす、その確かな火種を。
英雄の御披露目で見せられた彼の戦いは、理性も知性もない単純な暴力を見せつけるだけのものだった。
技も何もない、身体能力を駆使した純粋な暴力としか表現できないその圧倒的な力。
厳しい訓練で鍛えられている王宮の兵士が一人、また一人と倒され、その勝利数が獣の英雄性を証明する。
勝てば勝つほど、王の口から否定の言葉がでづらくなっていく。
国に牙をむく危険性がある。
あの時この一言を紡げる勇気があればと、王は自身の中に流れる英雄の血が腐ってしまったのではと嘆きたくなった。
このままいけば、この国は蛇と獣に支配されてしまう。
その危惧から目を背けてはいけないことは王とてわかっている。
あの惨状を見た後、その神の与えた絶対の力の矛先がこちらに向くことを危惧し、国を守る者として是が非でも対抗策を用意せねばならないと奔走した。
きっかけは兵士たちの間で流れるとある噂だった。あの王都の危機を招いたスタンピードの原因となったダンジョンを攻略し、その最奥で風竜を討伐したのは一人の子供だという眉唾物の噂。
その噂話は王の耳に入るまで時間がかかり、既に兵士の間でも沈静化し風化し始めている物であった。
その時の王は、日に日に力をつけていく蛇と獣にどう対処すればいいかと悩み続けていた。噂を聞いて正直に何をバカなと失笑し、そのまま忘れようとしたのだが、その噂が頭から離れない。
あの時の自分は正気ではなかった。普段の臆病な王であれば噂から目を逸らし、そしてなかったものとして忘れようとしただろう。
忘れようとすればするほど、その噂が王の脳裏にこびりつく。まるで天啓のように、忘れるなと誰かが言い続けているかのように。
「宰相」
「はい」
「調べて、正解であった」
その結果、味方であるエーデルガルド公爵の不興を買う結果となってしまった。
だが、それでも臆病であるがゆえに責任を放棄できなかった王は、この子供に関して調べて良かったと心の底から思えた。
王に用意された席から見下ろせるその子供の戦いぶりは、兵士をことごとく一蹴し、あっという間に勝利して見せた。
最後の一人、あれはボルドリンデ公爵の部下でクラス4の魔術師であったと王の記憶にあった。
実力があり、いくつかダンジョンを踏破した経験もある。
そんな相手を降参に追い込んで見せたのだ。
「陛下、リベルタの実力はいかがでしょうか?」
「あれは本当に小人族ではないのだな?」
「当人に確認しました。間違いないでしょう」
ベテランの小人族の戦士であれば、大槌なんて武器は使わないはず。
変わり者であれば使うかもしれないが、王や宰相の記憶にそのような武器を使って戦う小人族の戦士はいない。
エーデルガルド公爵が観覧していた王と宰相の元に来てリベルタの戦いぶりの感想を聞いてきた。
「で、あるなら末恐ろしい力だ。子供でありながらあの戦闘力、成熟したらどれほどの実力者になるか皆目見当もつかん」
その質問の前提条件を確認した王は、椅子に深く座り直し、怪物を倒せる光だと確信し素直な感想をエーデルガルド公爵に伝えた。
「公爵、あの者はあなたの庇護下にあると聞きましたが」
「はい、縁あって良き関係を築けております」
王の本心は、あの子供の可能性に賭けて王家に仕えてくれないかと打診するつもりであったが、王の意志を汲み取った宰相の言葉にエーデルガルド公爵は二の句が継げぬように予防線を張ってきた。
貴族にとって良き関係とは、手を出したらただでは済まないぞという意味の隠語だ。
ハイエナが手出しをするなとけん制する意味合いも持つ。
「あれほどの才、王家としてもぜひ縁を結びたいのですが」
「彼は孤児であり、教育も受けておりません。陛下に謁見できただけでも誉でしょう。これ以上は過分な配慮かと」
それでも一歩、宰相は踏み込んでみたが遠まわしに遠慮すると断られてしまった。
気づいていたが、エーデルガルド公爵としても今回の舞台は望んだものではなかった。
それを少し強引な方法で表舞台に引っ張り出したことに思うところがあるのだろう。
関係悪化は避けたいが、金の雛鳥を前にして引き下がることも王家としては避けたい。
ちらりと王と宰相の目線が交差する。
そしてその視線の交差をエーデルガルド公爵も見逃さない。
「陛下の心中お察しします。されど、まだ時ではありません。必ずや陛下のお心を晴らすことをお約束しますので今はご辛抱を」
何かを言う前に、何かをさせる前に約束を差し出し、エーデルガルド公爵は動きを封じる。
「残された時はそう長くはないぞ?」
その言葉を信頼することはできる、だが、王としてもそこまでの猶予があるとは思えない。
この場は見逃す、されどと付け加える。
「ご配慮、感謝いたします」
それだけでエーデルガルド公爵と会話が終わり、その間に練兵場の引き上げも終了している。
「陛下」
そしてエーデルガルド公爵と入れ替わるように現れたのはボルドリンデ公爵。
現状、英雄の後見人を自称しており、今貴族の中で一番発言力がある存在。
キュッと胃が引き締められるような感触を味わいつつ、それを表情に出さず王は笑顔で彼を迎え入れる。
「エーデルガルド公爵とはどのような話を?」
さっそく探りに来たかと思いつつ、ここで相手を擁護するような言葉を選ぶわけにもいかない。
「なに、あのような子供をどこで見つけたのか気になってな。聞いてみたが偶然拾ったと言われてしまった」
「それは、なんと。エーデルガルド公爵もなかなか秘密が多いお方ですな」
濁すような言葉の言い回しになったが、嘘は言っていない。
その返答に対して、秘密が多いのはお前の方だろうとどの口がそんなことを言うのかと思いつつ、黙ってうなずき。
「かもしれん。して、ボルドリンデ公爵よ。あの子供をどう見る?」
話題を変える。
おそらくボルドリンデ公爵としてもリベルタと呼ばれる少年の素性を確認するためにこの場に来たのだろう。
可能であればエーデルガルド公爵と対話中に混ざり、情報を引き出したかったに違いない。
だが、即座に会話を切り上げ、リベルタの元に向かったエーデルガルド公爵はすでにこの場から去っている。
となれば、私見だけではなく他者の意見として、あの少年が対抗馬なりえるかと一番危機感を抱かねばならぬ男に王は問いを投げかけた。
「国の未来は明るいと私は思いました。まさか在野にあそこまで才能豊かな子供がいるとは思いませんでした」
「ほう、そなたがそこまで褒めるとは」
「ええ、兵士は配下から選りすぐりをご用意しましたのでまさか負けるとは思いませんでした。これは部下たちにももっと鍛錬を積むように言わねばなりませんね」
否定から入るかと思いきや、細目を少しだけ広げ笑みを携えリベルタを誉め肯定することから始めたことに何を考えていると王は悩む。
「陛下もそう思いませんか?」
「然り、若い芽が息吹くのは良いことであるが、それだけに頼り切りになるのも大人としても面目が立たん」
「はい、そうでございましょう」
当たり障りのない言葉に聞こえるが、ボルトリンデ公爵の言葉だと考えると何か裏があるのではと考えてしまう。
悪い意味でのその人柄から懐疑心を生んでしまう。
細く開かれた目、それは一体何を見通そうとしているのか。
自分の態度などこの男には見透かされているのは百も承知、王ができるのは言質を取られないようにありふれた言葉を選び続けるだけ。
「なので、その鍛える場を頂きたく出兵の許可を願います」
これかと一瞬即断しそうになったが、この男は二重三重に裏に思惑を隠す。
「この前の盗賊団の討伐で出兵したばかりであろう、その前もそうであった。あまり手柄を求めすぎるのは良くはないぞ?」
ただ単純にダメだと言えばそれまでだが、それはそれで暗躍に走る予感しかしないので、王は嗜めるという行為を選択した。
ジャカランという怪物を育てる、そのために様々なトラブルを解決している。
前者はともかく、後者の行為自体は王としてはありがたい。
兵を動かすのも公爵家の自費で行っている故に王家の懐は痛まない。
だが、静かに怪物が育つさまを諾々と見逃すのはダメだ。
大人しく別の者に任せろと遠まわしに言うが、その瞬間にジロリとボルドリンデ公爵の目の色が変わった。
「承知いたしました、出過ぎたマネをして申し訳ありません。ではこちらの問題は陛下が差配なされた者にお任せします」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ボルドリンデ公爵はそっと羊皮紙を一つ王に向けて差し出した。
護衛の兵が、その羊皮紙を受け取り、そして宰相へ渡されその内容を見る。
「これは」
「部下が集めていた情報のなかで危険な物であると私が判断したものでございます。東の穀倉地帯。そこで異変があると。あの地域は王家直轄地と東に領地を持ちますマーチアス公爵の領地と隣接しておりまして、マーチアス公爵からは承諾を得ております。あとは陛下のご判断を頂ければ即座に動くことができます」
止めることも計算に入れて用意していたかと、王は内心でしかめっ面を作り、宰相が読み内容を把握し、問題がないと判断され王に渡される。
「ホッピングソルジャーの異常繁殖の兆しか」
内容は決してよろしい物ではない。
眉間に皺が寄り、その情報が正確であるのなら兵を動かす必要性があると判断する。
「なぜ、マーチアス公爵ではなくボルドリンデ公爵が対応しようと?」
「マーチアス公爵は東との交易でお忙しく、幸い北の領地で問題も起きておりませんので国を守る者どうし助け合えればと」
事件が起きそうな現場が、北ではなく、東、そこに兵を出すとなると越権行為以外の何物でもない。
その動きに宰相が注意を向けるが、事後報告とはいえ東の公爵であるマーチアス公爵には承諾を取りつけており、さらに王家にもお伺いをたて許可を貰いに来ている。
そしてなおかつこれは貴族としての助け合いだと言えばそれ以上の追及はできない。
貴族同士で連携を取られるのは王家としてはあまりよろしくない。
一致団結してしまえば、その力は軽く王家を上回る。
そうなると王家として国を治めるのが難しくなるからだ。
チラ見せしてくる、北と東の関係性に王と宰相の胃が悲鳴を上げ始める。
だが、公爵や兵の前でポーションを煽るわけにはいかない。
「……わかった。この件に関しては私が預かる。早急に検討し対応をしよう」
「陛下が動いてくださるのなら安心できます。よろしくお願いいたします」
表情筋を総動員して、なんとか言葉を吐き出し切った。
この騒動を押し付けて、裏で何かを企む可能性が高いゆえに、ボルドリンデ公爵の言葉を鵜呑みにできない王と宰相。
そして疑心暗鬼の種を振りまいている当の本人は、本当にこの事件を依頼するためだけに陛下に会いに来たのか。
それ以上の話題がないようで、そっと頭を下げその場から去って行った。
「陛下、この件いかがいたしましょう」
「……念のため見張っておけ」
「承知しました」
その背を見送り、一見すればボルドリンデ公爵が持ってきた依頼をどうするかという体で話しかけた宰相を王は別の意味を含めて小声で返答した。
何も出てこないだろうがなと用意周到な男の動きに溜息を吐き、改めて羊皮紙に目を落とす。
大規模戦闘の予兆アリ。
「マーチアス公爵は一体何を考えておる」
穀倉地帯はこの国の生命線の一つだ、そこを襲われかねない事件だというのに兵士を出し渋っている。
なにかあるのか?と王は考え、そっち側にも暗部を回すかと考えたが、この国で一番働き、そして人手不足の部署をこれ以上酷使できないと頭の中で計算する。
結局、王家の方でどうにか対処しないといけない。
「……」
ふと、つい先ほどまで練兵場で戦っていたリベルタのことを思い出し、彼ならどうにかできるかと思ってしまった。
「……ふん。何を考えている」
それこそ無責任だと、子供に何をやらそうとしているのかと自嘲気味に笑い、その思考を王は排除し。
「今日は、少し仕事が終わるのが遅くなりそうだな」
今日の残業時間を計算するのであった。
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