3 通過点
邪神、それは数々のゲームでもラスボスとして語られる存在。
この世界の邪神は神話の時代に他の神々へ喧嘩を売り、戦争で敗北して地上に堕とされ、その際に四肢、胴体、顔、魂の七つに分断されて中央大陸に封印された。それでも邪神の力は溢れだし、地上にモンスターを生み出し続けてこの世界に危機をもたらしている、この世界の住人にとって共通の悪だ。
「それでいいと、今言ったか?」
その悪を討伐することはこの世界の人々にとって、何代を隔ててもいつかは達成しないといけない悲願だ。
その共通認識を持っているこの世界の住人にとって、邪神討伐をそこまで重大にとらえていない俺の発言は失言に近いものだった。
ピクリと眉が反応し、公爵閣下の言葉のトーンが下がった。
「お前の口からはいつも大言が吐き出されるが今回ばかりは無謀では済まない発言だぞ。相手はモンスターではない。堕ちたと言っても神だ。そう易々と倒せるという物ではないぞ」
「誤解を招くような言葉は訂正します。さすがに俺も今の状態で邪神を倒せるとは思ってませんよ。それでいいんですかという意味は、俺の目標までの通過点に邪神討伐があったのでいずれ倒そうと思っていたからそれでいいのかという意味です」
誤解を解く必要があると、両手で違うと示しつつ、つい出てしまった言葉の説明をした。
「訂正しきれていないぞ、まるで邪神を倒せる算段があるみたいな口ぶりだな」
「ありますね」
「……リベルタ。さすがに私もその言葉は看過できません。何百年と邪神を倒すために幾万の戦士たちがあの大陸に挑みました。ですが、いまだその偉業を成し遂げた人物はいません。その意味が分からないとは思っていませんよ」
その訂正の言葉でも俺が自信満々で邪神を倒せると豪語しているのは変わらない。
実際に倒せる算段があるのだからそう言っている。
邪神というのはFBOでもラスボスとして登場する存在だ。
敵キャラクターとしては、多数のユニークスキルを所持し、圧倒的なステータスを保持し、プレイヤーに行動を読ませないために、シナリオ上に用意された行動パターンの数は作品でも一、二を争う。
正道、邪道どちらも兼ね備えているからこそのラスボス。
レイド戦が基本であり、それでも負けるときは負ける。
ソロでの討伐を達成することはやり込み勢の中である意味終着点になるほどの強敵。
だからこそ、二人の大人からいくら何でも無理だというような雰囲気の目で見られても、俺は敢えて言った。
「クローディアさん、俺はできないことはできないとはっきりと言います。それと一緒でできることをできないと言いませんよ」
それゆえに、彼らの言葉も理解できる。
邪神とは何度も戦って、俺でも安定してソロで倒すことは難しかった。
一つの選択ミスが命取りになる、一度崩れれば立て直すことはほぼ不可能。
だが。
「クラス2で風竜を討伐できるんです。用意周到な万全の態勢で挑めれば邪神に負けるつもりはありませんよ」
裏を返せばミスさえしなければ倒せるんだ。
数々のプレイヤーが邪神討伐に挑戦し、多種多様の戦闘チャートを形成し、その情報を検証班が精査しまた進化させた。
最初は戦闘時間が一時間かかるような強敵が、半分の時間で倒せるようになり、それを繰り返し無駄を削ぎ落し、効率を追い込み、失敗と成功を繰り返すことでより洗練され、気づけば十分切りを目指すようになる。
その積み重ねを俺は経験して来た。
それを知らないと分かっていても、あり得ないと断言されることにはゲーマーとして反論せずにはいられない。
負けイベントであっても勝ち筋を見つけ、そしてストーリーで矛盾を引き起こしてみせるのがゲーマーという生き物だ。
「それは、そうだが」
「ですが、風竜と邪神の強さは違います」
無理無茶無謀に真剣に向き合って、攻略して見せてこそゲーマーだ。
実際ありとあらゆる難易度の邪神討伐を戦友とともに実践してきた俺からすれば不可能ではないと断言できる。
情報収集に装備の準備、さらには自分の育成を十分に行えば勝ち筋はいくらでも作れる。
「変わりませんよ、何も。風竜も、邪神も。倒せることに変わりはないですよ」
相手が強いだけで、なぜ倒せないと決めつける。
「「・・・・・」」
倒せないのはバグだけだ。
世界というシステムに従った存在であるのなら、倒せない道理はない。
「ただ、準備に手間と時間がかかるだけです。それくらいしか差はありませんよ」
俺の認識とクローディアと公爵閣下の認識の差はそこだ。
難しいと言葉で言い、できないと決めつけて行動しないでいるこの世界の住人と、難しいができなくはないと行動する俺たちゲーマーの認識の差。
「お前がそういうと、本当に成し遂げそうだな」
「成し遂げますよ。そのために俺は行動していますので」
俺がこの世界に来た理由なんて知らない。
だが、この世界に来たのならやらねばならないことが俺にはある。
この体を最強にする。
FBOの世界に来たのにもかかわらず、自キャラの育成が中途半端なまま人生を終えることなんて反吐が出るほどのバッドエンドだ。
終わるなら、最強になって終わりたい。
そこだけは決してぶれてはいけない。
そうじゃなければ、俺の前世の意味がない。
「クククク」
その覚悟を決めて、宣言してみると公爵閣下の口元に笑みが描かれ。
「クハハハハハハハ!!」
「公爵?」
腹を抱えて笑い始めた。
「狂ってる、狂ってるぞ!リベルタお前は狂っている!!」
その理由は、俺が至極真面目に神を殺すと宣言したからだ。
邪神を倒すと宣言しているから宗教的には問題はない。
天罰を下される心配はない。
「出会った時から不思議な感覚はあった。だが、これでようやく納得できた。そうか、そういうことか」
俺を狂人扱いした公爵閣下はひとしきり笑い終えた後に、覚悟を決めたような笑みで俺を見た。
「リベルタ、イリスでもエスメラルダでも好きな方を選べ。そして結婚して私の息子になれ」
「閣下!?」
そして冗談や、嘘ではなく本気で囲い込みに来た。
その言葉に背後に控えていたロータスさんが驚きの声をあげた。
「ロータス!こやつは間違いなく神託の英雄だ!神が選んだ傑物だ!邪神を倒すと大言を吐き出す輩はいても、邪神を通過点というやつはいない。陛下には申し訳ないが、ここで囲い込む」
「そういうのって俺に聞こえないように話すものじゃないんですかね?」
あまりにも急な展開。
後生大事に育てている娘を差し出してでも手に入れたいという願望を見せる公爵閣下に対してさすがに苦笑せざるを得ない。
「ここまで来たのならあれやこれやと遠まわしに言うのは時間の無駄だ。私の気持ちをそのままぶつけるそれが最善だ。私はお前が欲しいと思った。それだけだ」
まっすぐに欲しいと言われるが下世話な話ではなく、人として求められているとわかってしまう。
ゲーマーとして生きてきた自分に価値を見出し、欲してくれる。
それはとても名誉なことだと思う。
「どうだ?息子になるか?なるよな?ならないわけがないよな!?この私が娘と結婚させると言っているのだ。まさか、娘に不満があるとでもいうのか!?」
「閣下!落ち着いてください!!」
どこが突き刺さったかわからないが、ひどく興奮した様子の閣下にロータスさんが慌てて肩を押さえつけた。
「公爵ひとまず落ち着いてください。話が飛躍しすぎて脱線してますよ」
「これが落ち着いていられるか!」
「仕方ありません」
「がは!?」
それでも落ち着かない公爵閣下をクローディアもたしなめたが、焼け石に水だったようで一向に興奮が収まらない。
俺は見た、そこで一瞬イラっとして、面倒だと思ったクローディアが無言で腹パンする姿を。
腹部に綺麗に衝撃を通された公爵閣下は悶絶し、強制的に落ち着かされた。
「これでしばらくは静かになるでしょう」
「はい」
「え、大丈夫なんですか?」
ロータスさん公認で問題ないと言われて思わず戸惑ってしまう。
公爵閣下を腹パンしたんだぞ?
普通に考えて大問題だろ。
まぁ、さっきの興奮冷めぬ公爵閣下は見ていて怖かったから、落ち着てくれた方が助かるけど。
「ひとまず話をまとめましょう。リベルタ、あなたは英雄になる意志はあるのですか?」
「有る無しの話で言えばないです」
「ですが、英雄に求められていることを達成するために行動はしていると先ほど言いましたね?」
「言いました」
「……あなたを見てきましたが、この質問はしていませんでしたね」
落ち着いて、クローディアが話をまとめてくれる。
俺もひとまず話をまとめたいので話に乗る。
「あなたは何故強さを求めるのです?」
「最強になりたいから」
「最強になったら何を成すのです?」
「んー、この世界のダンジョン全制覇とかやるのもいいですねぇ」
俺の目的は最初から変わっていない、俺が考えた最強になる。
それだけの事。
途中途中でこの世界を楽しむことはしても、キャラ育成こそが俺のライフワークなのだ。
「最強になった後に世界を救う気は?」
「いや、この世界を乱しているのってモンスターじゃなくて人ですよね?貴族とか貴族とか貴族とか、あとは邪神教とか、名前を言いたくない三人とか。人災での被害を全部邪神の所為にするのは邪神の風評被害やばすぎじゃないですか?」
それに、この世界って実はそこまで切羽詰まっているわけじゃないんだよね。
世界の危機になるのって大概が人災だし。
世界を滅ぼそうと画策するのも人だし、スタンピードで被害が起きるのってだいたいヒューマンエラーか人が作為的に引き起こしているときだし。
邪神が悪いって皆いうけど、邪神がしているのってこの世界にモンスターをポップさせているだけで、実は資源を生み出しているだけなんだよな。
あとは体をバラバラにされて、最高難易度のダンジョンの奥でボスやっているだけなんだよね。
こう、邪神が世界の裏で暗躍しているとか、ゲームのシナリオには良くある話だけど、この世界の邪神に限ってはマジでダンジョンボスになっているだけで、そのダンジョンもモンスターが凶悪すぎて誰もそのダンジョンの奥にたどり着けてない。
「……身も蓋もありませんね」
「でも間違っていないですよね?」
「否定はしないとだけ言っておきます」
テレパシー的な何かで人を操って復活しようと画策するのもお約束だけど、FBOでラスボスの邪神が持っているスキルの中にテレパシーなんてスキルないし。
仮にあったとしても、ラスボスのステータスでテレパシーなんて飛ばしてみろ、クラス1の人なんて一瞬で脳みそが消し飛ぶぞ。
邪神のステータスが高すぎて、テレパシーを受信するのにも高ステータスが必要なんだよ。
邪神側が手加減すればいいとか思うかもしれないけど、邪神にとって人って敵だぞ?
FBOで語られるストーリーの中に、邪神が封印された神話の時代の話があったが、モンスターを率いる邪神の軍団を人と神の連合軍が打ち破って邪神の体を分割してダンジョンの奥深くに封印したと言われている。
すなわち、自分の体をぶった切った人間に手加減する心を持つはずもなく、テレパシーで伝えるとなると邪神の波動がふんだんに盛り込まれた超巨大スピーカーの最大音量を直接脳に叩き込まれるような物なのだ。
実際、ラスボスだというのにゲームではボスとの会話は人族がボスじゃない限りありませんでしたからね!!
FBOの世界の危機は基本的に人災!これプレイヤーたちの常識です。
それを対応するのって為政者の仕事ですよねっていう意見間違っていないと思うんです。
心当たりが多すぎてクローディアもロータスさんも思わず視線を逸らしてしまった。
実際に怪獣映画に出てきそうな巨大な災害級のモンスターもいなくはないけど、それが現れた時の被害と人系ボスが暗躍したときの被害を比べてみると圧倒的に人系ボスの被害の方が大きいんだよ。
まぁ、災害級モンスターの場合は俺たちプレイヤーが、素材だ!レア素材落とせ!!と我先に蟻のように群がり、蜂のようにめった刺しにして、ハイエナのごとくすべて持ち去るから被害が抑えられていると言えるかもしれない。
だけど逆を返すと、そのプレイヤーたちが努力しても抑えきれないような被害を人系ボスはまき散らすんだよ。
「結論、世界平和は為政者が守るべきだと思うんです。英雄だからって何でもかんでも押し付けるのは間違っていますよ。国の治安を守るのって実際国王陛下の仕事じゃないですか」
その人災を防ぐのも国王陛下のお仕事だと俺は思うんです。
そのための地位であり、権力だ。
英雄っていうのは基本的に脳筋なんだよ。
物理で解決できることにはめっぽう強いけど、それ以外だと全然なんだよ。
「だ、だが、英雄の求心力は馬鹿にできるものではない」
あ、復活した。
腹を抑え、少し顔色を青くしつつ、冷静になった公爵閣下が会話に復帰した。
「結局、陛下にどう伝えるか、それが問題だ」
そして話は振り出しに戻る。
英雄にはトラブルがつきものだけど、なる前にもついて回るのはどんなもんかね?
楽しんでいただけましたでしょうか?
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