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35 EX 次代の神 4

 

 この世界を俯瞰し、管理するための神々が存在する雲の上の庭園。


 この場所で神々は粛々と世界の管理を行っている。


「あああ!まだそれ読んでないのに!?」


 行っている。


「待ってください!!そちらの方は後で読み返そうと!!」


 行って。


「これだけは!これだけは!!これは吾輩の推しが!?」


 行ってはいるが、今は絶賛ほかのことであわただしく言い争っている。


「だまれ、それは私の書物だ。今までは私の好意で貸し出していたにすぎん。用が済めば回収するに決まっているだろう」


 少年の姿をする戦闘の神アカムから書籍を取り上げ、異次元にしまうローブ姿の知恵の女神ケフェリは必死に抵抗して漫画を没収させないようにする神々を前にして大きくため息を吐く。


「それとも、私に対価を支払ってくれるか?」


 フィンガースナップを一回鳴らすだけで、漫画本は一つ、また一つとその姿を消し、ケフェリの管理する知恵の図書館に収納される。


「どうなんだメーテル」

「そ、それは」

「我々の間で、何もなしに貸し借りが行われないのはお前が一番承知しているだろう」


 この場にいる神々は全て対等。

 上も下もなく、それゆえに、何かを求めるのなら代わりに何かを差し出すという等価交換をしっかりとしている。


 今回はケフェリがリベルタを隠すという目的で、漫画をばらまきかく乱していた。


 だが、それが必要なくなったというだけのこと。


 また一回フィンガースナップを鳴らし、決闘の女神メーテルが抱きかかえる漫画が消え去る。


「返してください!!」

「あれは私の書物だ。欲しければ自分で手に入れろ」

「そう簡単によその世界の物資を手に入れられる術があると思いますか!?」

「無いな、なに、簡単な方法でなければあるさ。数百年ほど我慢して貯金すれば一冊や二冊買うことはできるだろうさ」


 まるで恋人と切ない別れ方をしたかのように、胸を抱きしめ、後にすがるようにケフェリに飛びつくが、障壁を張り防御をしたので窓越しでの対話ならぬ結界越しの対話になった。


「金か!?金ならいくらでも積むぞ!であるならこれを譲ってくれても!!」

「買えぬ知識もある。そもそもお前に売ってしまったら私が読めなくなる」


 そして最後に交渉を仕掛けてくる商売の神ゴルドスに向けて指を差し向けパチンと指を鳴らし、その巨体に隠れていた本たちが消える。


「ああ!?吾輩の推したちが!?」


 その喪失感にゴルドスは膝をつきむせび泣く。


「鬼!悪魔!知恵の女神!!」

「神を悪口のように使うのはどういうつもりだ?」


 これにて漫画本の回収は終了、色々と神の力を使って抵抗しようとしてきたから手間取った。


 疲れたようにため息をもう一度つき、そして椅子に座り、アカムの悪口に半眼になりながらツッコミを入れ、自分用の書籍を開く。


「そ、それは!?」

「ああ、最近出た続編だ」

「新しい物も手に入るというのですか!?」

「そういう契約だ」


 その書籍を見てメーテルが目を見開く、それは彼女が楽しみにしていた連載が遅れている作品の続編。


「あなたは悪魔です!人でなしです!!知恵の女神です!!」

「お前もか、悪口が幼稚すぎるぞ」


 その対応は挑発と受け取られかねないような行為だが、ケフェリからすれば本当にたまたま手に取った作品がそれであったゆえに故意ではない。


 だが、メーテルにとっては逆鱗に触れるような行為であり、握りこぶしを握って抗議してくる。


「吾輩はこんな横暴を認めませんぞ!!断固として横暴たる知恵の女神ケフェリに抗議するのである!」


 それに呼応してゴルドスも立ち上がり、神の力で作った大旗をそこで振り回す。

 そこには訴訟とこの世界の文字で書かれており、ブンブンと大きく振ることによってその言葉が見えるようになる。


「そうだ!!僕たちは戦うぞ!!」

「そうです!私たちは一致団結してこの苦難に挑みます!!」

「漫画没収断固反対!!」


 神にとって退屈が一番の敵、少なくとも数十年は退屈を潰せる地球のコミックは神々にとっては貴重な娯楽。


 それを奪われてなるモノかとライバル同士である三柱の神々が結託するが。


「……呆れて物も言えん。好きにしろ」


 そのような行為にケフェリは興味が失せ、そのまま結界を張り読書の姿勢に入る。


「いいの~そんなこと言って~僕たちが協力して神託を下して君の英雄を倒しちゃえば主神の座は手に入らないんだよ?」


 そうはさせまいと、アカムがケフェリを挑発するが、スッと一度だけケフェリは視線を上げた後。


「なら、私はこういえばいい。メーテル、ゴルドス。アカムの英雄を潰すのを手伝えば漫画を貸そうと」

「「「!?」」」


 視線を漫画に戻しながらとんでもない爆弾を叩きつけた。


 三柱で結託しても、結局は主神の座を争うライバル同士。

 漫画を読みたいという欲求を叶えるために結託しているのだから、欲求を満たしてやる条件を提示してやればその瞬間に仲間割れを起こせる。


 すっと距離を取り合う三柱。


「ず、ずるいぞ!!」

「結託して私の英雄を倒そうとした、どこぞの神に言われたくはない」


 そうすれば協力が難しくなり。


「そもそも、私が脱落してしまえば私は知恵の図書館に戻るぞ。主神の権限は万能だが娯楽を要求することは拒否できる。世界の運営に関係ない知識を提供するいわれはない」


 さらに釘を刺すように一言添えれば。


「「「うっ」」」


 三柱たちは言葉に詰まり、困り顔になる。

 英雄が脱落すればそれを選定した神は主神を巡る競争から脱落することになる。


 だが、だからと言って死んだり神としての役割を奪われるわけではない。


 知恵の女神には知恵の女神の役割がある。

 主神になれないだけであって、主神を支え世界を運営する仕事は続くのだ。


 雲の上の庭園にずっと居座っているが、ケフェリも含め、ここにいる神々の居場所は本来はここではない。


 それぞれの役割のある場所に帰るそれだけのこと。


 知恵の女神ケフェリにとって、本来の居場所は知恵を保管する場所、知恵の図書館と呼ばれる場所こそが彼女のいるべき場所なのだ。


 そこは世界のありとあらゆる情報を統括し管理する場所、世界の運営に必要なデータを保管し、保全し、そして素早く神々に提供するのが彼女の役割。


 その中の情報に異世界の漫画が登録されたが、それは世界の運営とは関係ない情報。


 拒否権を行使すれば、誰も見ることができなくなる。


 本来であれば、他の神々はそんなくだらない物と一言で切って捨ててしまえば、ケフェリのこんな言葉に言いよどみ、どうすれば読めるかと思考を巡らし、悩むなんて時間を割くことなどなかった。


 だが、神々は読んでしまった。

 異世界、地球で生み出された物語を。

 神々は知ってしまった、その物語の面白さを。

 神々は求めてしまう、退屈を紛らわせてくれるその書籍を。


「第一、私の英雄を倒すと言ったが、お前たちの英雄はあの狂気に立ち向かえるのか?」


 どうにかして漫画を読ませてもらおうと画策するが、このままではゆっくりと物語に浸ることもできないと判断したケフェリが本を閉じ、視線をあげた。


 数秒間三柱を見たのち、動いた視線の先にあるのは盤上。


 それは世界の情報を俯瞰してみることができる。


 今は主神の座を争っている最中故に、この場に居る神々には表面上の情報を読み取ることしかできないが、それでもわかることはわかる。


「!?この素材、まさか」

「風竜の素材、であるか」

「……へぇ」


 まずわかるのはダンジョンが発生した場所。

 どこにどんなダンジョンがあり、その周囲にはどんなモンスターが分布するか。

 そこまでの情報が手に入る。


「倒したのですか?」

「さてな、もしかしたら仲間がいてその人物が私の英雄に渡して運ばせているだけかもしれないぞ」


 ダンジョン内の情報は入らないが、それでもどんなことが起きたか断片の情報は手に入れることはできる。


 ダンジョンに出入りする冒険者たちの行動から、どんなダンジョンが形成されているかもわかる。


 そしてそのダンジョンの性質から必要な力がどれくらいかと推測も立つ。


 神々の力をもってすれば、知恵の女神ケフェリに見いだされた一人の少年の実力を測る材料として、その少年が手にした素材の価値を把握することは容易。


 這竜を倒した時の情報は知らない。

 しかし、沼竜を倒しているのは知っている。


 だがその方法も、罠にかけ相手の行動を制限して一方的に倒すという方法であって正面での戦闘能力はまだそこまで警戒に値するものではないと判断していた。


 その点を考慮し、まだ勝てると思う神々の根拠が揺るがされるような情報が入ってきた。


 ケフェリは自身の英雄が風竜を倒したと確信し、他の神々は九割九分リベルタが風竜を倒したと思っているが、残りの一分で別の可能性を考慮しなければならない。


 すなわち、風竜を倒せる者と協力関係にある。


 風竜を倒せるということ自体、かなり他の神々にとっては都合の悪い情報なのに、加えて協力者もいるという可能性はほかの神々にとって自身の英雄と比較し〝遅れている〟と判断する材料になる。


「闘争に明け暮れるのもいい、政治に積極的になるのもいい、商売に精を出すのもいい。さて、誰が一番になるか、楽しみだな」


 それぞれの方法で主神になるための道を目指している。

 だが、それでも一歩知恵の神ケフェリの英雄が先を走っているような気がする。


 闘争の神アカムは思う。

 自身の英雄なら風竜を倒すことはできるかと自問し、そして可能と結論を出すが、同時に無事では済まないとも結論を下す。


 疲れたと顔をゆがませるが、五体満足で風竜を討伐した証を持って帰還する少年。驚愕し顔が引きつっているのを必死に誤魔化す老人の態度に少年は気づかない。


 決闘の女神メーテルは思う。

 自分の英雄も政治的権力は徐々についているが、戦闘能力という面ではこの少年に引き離された。

 政治面であっても高位貴族とつながりのある少年が劣っているとは思えないと。


 本来であれば自分で使うことの方が効果的であるにも関わらず、ダンジョンで得られた素材をすべて提出し、さらには竜を倒した大弓までも差し出している。

 これによって得られる公爵家からの信頼がどういう影響を及ぼすか。


 商売の神ゴルドスは思う。

 資金面においては大きく優勢を保っていると自負しているが、その差を覆せる可能性を彼の少年は秘めていると。

 その優位性が崩れた時に自身の英雄には何が残るかと。


 神々がそんなことを考えている一方で、当のリベルタ自身は、公爵家が攻略しようと頑張っているところをなし崩しではあるが、勝手にダンジョンを攻略してしまったことへの詫びの気持ちがメインになっていた。


 風竜の素材自体は美味しいけど、それだけで装備が作れるわけでもない。


 作れる装備も偏ってしまうから、下手に所持するよりも渡してしまった方が後腐れないだろうという判断だ。


 その道中で、周囲の人々に顔を見られ、そして持ち帰った素材を見られたという事実が、彼の頭からすっぽりと抜け落ちている。

 リベルタが疲れ切っていて、それに気づいていないことにロータスという老人が気づき、その場に居る関係者に緘口令を出してある程度は情報の漏洩を制限できた。

 守秘義務というのは一定の効果があり、そしてそれを守ろうとする人はいる。

 忠誠心が高く、そして真面目な奴ほどそれを守る。

 しかし人の口に戸は立てられないのもまた事実。


 秘密を知っている人物同士、または守秘義務が適用されない人物の身内同士で瞬く間にその情報は広まる。


 もう手遅れなのだ。


 南の大陸に神託の英雄はいない。


 その事実が騎士たちには不安だった。そして公爵家の家令が親身になって一人の少年をサポートしている。


 すなわち、彼こそが神託の英雄ではないのかと勘ぐってしまう。


 風竜を倒せる少年。


 そして公爵家とのつながりのある少年。


 自身の偉業を威張るでもなく、喧伝するわけでもなく、成すべきことを成し、行動で示す姿こそ正しく英雄ではないかと騎士が思うのも無理はない。


 知恵の女神ケフェリは、うっすらと笑みを浮かべ、その流れを悪くない物だと思った。

 勘ぐり、そして考える。


 知恵とはこういう流れで生まれる物だ。


 何故、この少年は自身が英雄であることを隠すのか、何故、公爵は彼の少年を英雄だと広めないのか。


 想像は、妄想となり、憶測を呼び、そして騎士たちに勝手な答えを与える。


 神託の英雄である少年が、この大陸の英雄になれない理由があるのではないかと。


 種は植え付けられた。


 それは芽が出るのに時間がかかるものであり、そして芽が出てもいい働きをするかどうか定かではない代物。


 だが、ケフェリからすれば必要だと判断でき、この芽を育てなければいけないと決断を下した。


「「「・・・・・」」」

「どうやら、漫画を読んでいる暇がないのは理解したようだな」


 漫画を読んでいる場合ではないと、悩む神々の顔にケフェリはいつも通り、そう、他の神々が知る、いつものケフェリの行動をなぞり。


「わかったのなら、私は読書に戻る」


 静かに再び、本を開く。


 自分だけの浸れる物語、普段ならその世界に没頭するのであるが、今回は少しだけ違う。


 未練がましく、されど諦めるしかないと結論を下す神々に。


「ああ、言い忘れていた」


 ふと今思い出したという体で言葉を発し、本に視線を向けたままケフェリはほかの三柱に向けて。


「条件を飲んでくれるのなら本を貸し出しても構わないぞ?」


 心を乱す爆弾を投じるのであった。





今章は今話にて終了になります。

次話より新章突入します!



楽しんでいただけましたでしょうか?


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
知恵の女神にまで狂気と言われるリベルタ君www
某あとがきであった「鬼!悪魔!編集者!」という罵声(笑)を思い出したわw
まさか双子でソロ討伐とは。恐れ入った。
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