30 三つ巴
マズイマズイマズイ!
今の俺はとてつもなく焦っていた。
飛竜の狙撃をミスり、そのまま流れで戦闘に入ったのは予想内だ。
そこから色々と追加でやってきた飛竜を倒して、矢の残数が三分の一を切ったあたりで耳に入ってきた音が、とんでもなくやばいことに気づく。
「この先って!?」
飛竜たちが意図してそういう風に誘導したかはわからないが、俺以外に激しく戦闘を繰り返している群れの音を俺が聞き逃すわけがない。
激しく動いて流れる汗以外に、新たに流れる冷たい汗。
「ちょ!?マジでこっちはやばいんだって!!」
渓谷型ダンジョンは山をボルダリングの要領で登る方法以外だと、断崖絶壁に刻まれた一本道を進まないといけないようなパターンが多い。
途中で道なき道を進もうかとも思ったが、それをさせまいとワイバーンたちが俺を包囲し、ブレスVS大弓の打ち合いになった。
数と威力は向こうが上、だけど動作の隙も多い。
立て続けにブレスを放ってくるが、ダメージが入らない箇所に滑り込んだタイミング。まだまだ正確さを維持し続けている俺の矢のヘッドショットで敵の数を減らすけど、こっちが減らす速度よりも向こうが増える速度の方が早い。
一定数以上は増えないようだけど、減らなきゃ意味ない。
そんな数の暴力に襲われて、徐々に来た道を戻され、そのままダンジョンの外に脱出することも考えたが、脱出するための入り口にも飛竜に回り込まれた。
じゃあどこにと思うが、飛竜たちが俺を追い込もうとしている先は。
「俺は箒で集めたゴミか!?」
今、このダンジョンで一番ホットなスポットというわけだ。
「飛竜にそんな習性があるなんて知らないんだがなぁ!!」
このまま押し込まれれば、デュラハンとその一行に合流させられる。
そんな知能や行動パターンがあったかと記憶を探るが、奴らは連携することはあっても、こんな行動パターンはなかったはず。
大弓で一体の飛竜をヘッドショットしてまた谷底に叩き落としたが、それでも数が減る気配がない。
頭上の大空を舞う飛竜たちに、ドラゴンゾンビの群れとそれを指揮するデュラハンに群がる数を合わせれば、ここら一帯のすべての飛竜になるかもしれない。
「ちくしょう、湧き地点から離されたのが悪手だったか」
当然、合流先にいるアンデッド軍団もモンスターなわけで、俺が合流して、仲良く飛竜を倒しましょうと肩を組んで仲良く協力できるはずもない。
もしあそこに押し込まれ、周囲を飛竜に囲まれでもしようものなら。
「やばい、どうにかして突破しないと・・・・・ん?待てよ」
三つ巴になって、俺が唯一自由に走り回れる地上もアンデッドの軍団に囲まれて詰む。
そう思ったのだが・・・・・いや、できるか?
理論上はできる。
とある方法を思いつき、ブレスを回避しながらその可否に思考をめぐらせ、結論を出すのに十秒ほど時間を費やし。
「やるしかねぇか!!」
覚悟を決めるのは一瞬だ。
そうと決まれば一気に回れ右、ブレスの一瞬の隙を突いて一気に走り出し向かう先はアンデッド軍団が戦っているだろうと思われる山道。
背後に迫る脅威を確認しながらの逃走。
反撃しながらじりじりと後退する様から一転の逃亡に切り替えた俺に、一瞬飛竜たちの反応が遅れた。
なりふり構わずの全力疾走をすれば、目的地は目と鼻の先に見え始める。
「やってるやってる!!」
対空迎撃と対地爆撃。
タフなドラゴンゾンビが十体、そして上空からブレスを吐き出す飛竜が十と三体。
おれを追いかける数を合わせれば飛竜はちょうど二十体。
「お、一体ドラゴンゾンビが倒されて、二体飛竜が落とされた」
一進一退の攻防というわけではなく、タフでなおかつ攻撃力が上がったドラゴンゾンビの集中砲火を浴びるとさすがに飛竜も無傷では済まなくなって、地面に叩き落とされている。
「……ああー、やっぱり進化してるぅ。ロイヤルで止まっているのは良いけど、ダンジョンをゾンビアタックで攻略しようとしているのは反則でしょ」
そして叩き落とされた飛竜に跳びかかる影が一つ。
錆びついているが、豪華な大剣を片手で振り回し、もう片方の手には自身の首が入っているであろうフルフェイスの兜を抱えた鎧の騎士。
その騎士が、落ちてきた飛竜の顔に自身の剣を叩きつけてとどめを刺す。
それによって起きるのは再召喚。
一度灰になった飛竜は、灰が再結集してドラゴンゾンビとなり復活する。
ロイヤルデュラハンには配下を一時的に強化する鼓舞スキルがあったはず。
それでステータスを飛竜よりも上げて、勝ち数を増やして配下を増やしているのか。
その光景を見て、嫌そうに顔をしかめるが、これから俺がすることを考えれば、こちらとしても謝る必要がありそうなので一旦その表情は納める。
ロイヤルデュラハンとドラゴンゾンビのヘイトは全て上空の飛竜にある。
そして戦っている飛竜たちのヘイトはそのアンデッド軍団に向いている。
争いは一進一退の攻防、おまけに上にも下にもブレスが飛び交うと言う地獄絵図。
そんなホットスポットが見えてくるということに、俺は口元を引きつらせつつ走りながら、勢いを落とすどころかラストスパートと言わんばかりに加速した。
ゲームでプレイヤー相手にやれば非難の的になること請け合いの行為。
小さな体をさらに屈ませて走り。
地上と空でブレス撃ちあう、戦場に飛び込んだら。
「後は頼むぞ!!」
そんな掛け声とともにドラゴンゾンビの群れの中を突き抜けるために駆け抜けた。
ドラゴンゾンビの感知能力は、そこそこあるけど、ヘイトが完全に取られている状態では攻撃でもしない限りこっちに気づくことはない。
唯一指揮しているロイヤルデュラハンだけが、例外で俺に気づいたような仕草を見せたが、すぐに対空で放っているドラゴンゾンビのブレスが俺を追ってきた飛竜を捕えてヘイトを奪い、そして仲間が攻撃しているということで攻撃に参加したために、攻防が激しくなってそれどころではなくなってしまったようだ。
俺はその隙に俺に向いている飛竜のヘイトを全部ドラゴンゾンビの群れに擦り付けるために、ドラゴンゾンビの足元をちょろちょろと走り回る。
「うおぉ!!!マジで死ぬ!これヤバイ!マジで!!」
一気にドラゴンゾンビの群れの隙間を通り抜けてしまうと、俺に残ったヘイトが飛竜を惹きつけて、また同じことの繰り返しになってしまうのだ。
飛竜のブレスの隙間を縫うように、そして時折ドラゴンゾンビのすぐそばを走り抜け、鬱陶しそうに払う四肢の攻撃を潜り抜け、空から降り注ぐブレスをドラゴンゾンビに当たるように調整して。
ヘイトを互いにぶつけ合うように調整して。
ヘッドスライディングが十回を超えたあたりで、ようやく俺へのヘイトがはがれたのを確認して一目散にこの戦場から脱出した。
「ぷはぁ!!脱出!!」
そして追撃がないことを確認して死角になっている岩陰に飛び込んだ。
全力疾走で息が乱れ、汗もだくだく。
危機から脱出できたことは何よりだ。
一応、空を見上げたり、背後を確認してみたが、何もついてきていないのは確認できた。
そこで、ようやく大きくため息を吐いて緊張を解くことができた。
生きた心地がしなかった。
さらに言えば、できるとは思っていたが二度としないと誓うほど面倒だ。
「生きてる、生きてるからこそ、この甘味が体に染みるぅ」
水分とカロリーさらには塩分と、動き続けた体は栄養を求めてクレームを引き起こしている。
「あー、ポーションが五臓六腑に染みる」
まずは水を飲み、そして携帯食を口にし、塩を舐める。
さらに水を一口飲んで、最後に取り出したのはポーションだ。
攻撃の直撃はないけど、スライディングしたり、ブレスが攻撃範囲ギリギリで脇を通り過ぎたり、結構無茶な動きをしていたから体中擦り傷や打撲だらけ。
骨折とかの重傷がないだけで、ダメージ自体は結構負っている。
それを治すためにポーションを飲むと、体中が熱っぽくなって、じわじわと痛みが引くのがわかる。
「とりあえず、これで大丈夫か?」
体にだいぶ無理を強いた感覚があったが、この体は栄養失調さえ改善してしまえば結構丈夫な体なのかもしれない。
ポーションで回復しただけなのかもしれないが、関節の痛みも、筋肉の痛みもない。
手首をくるくると回してみるも、どこかに違和感が残るようなことはなかった。
「武器もまだ大丈夫だな」
弱者の証は合成していない焔魔の大弓。
討伐数的に、まだ二百には届いていないから竜殺しの効果は付与されていない。
その素材故に元の耐久値はかなり高く、結構乱暴にここまで使ったけど、これから使うのに不安になるような様子はない。
「途中でカウントがわからなくなったけど、あと三十倒せば問題ないよな?」
焔魔の大弓がまだ竜殺しの特性を付けていないのは、俺の攻撃で相手に入るダメージでわかる。
あれがついたら今の俺のステータスでも、風竜にダメージを与えられるようになる。
「となると、だ」
体からまだ僅かな疲れを感じるが、それでもやるべきことはやる。
「この崖、登るかぁ」
ホットスポットではヘイトが互いに向き合い、膠着状態になっているのはある意味でちょうどいい。
岩陰から見上げる絶壁。
所々岩が飛び出てて、掴んだり、足をかける場所はあってよじ登ることはできるが結構険しい道のりになるのは決定的。
さらに言えば、失敗して落下したら致命傷になりかねない。
途中飛竜に見つかったら完全にアウト。
ゆっくりと登っている暇もない。
となれば。
「やりますか」
やらねばならぬと、気合を入れて、上を見上げルートを確認。
そして気合とともに登り始める。
こういう時って、握力と体重の比率が偏っているのは正直助かる。
槍と大弓に矢筒と背負っている物は多いが、子供の体は大人と比べるとだいぶ軽い。
そのくせ握力や腕力はステータス補正がかかるから、現実世界でならゴリラ並みの握力と怪力を出せるのではないだろうか。
でなければこんな張りの強い弓を子供の体で引けるはずがない。
そうなるとどうなるか。
「よっ、ほっ、はっ!」
軽々と岩に飛びつき、どんどん崖を登っていくことができる。
プロのフリークライマーとかから見たらまだまだ甘いところはあるだろうさ。
これも実際、ステータスでごり押しの握力任せのパワーボルダリングだ。
やり方としては下の下。
こんな乱暴なやり方をして、さらに命綱なしで崖を登るなんて無謀を通り越して馬鹿の所業だろう。
下は見ないで、ひたすら上を目指す。
下りるときはロープでも使って降りるしかない。
慣れた手つきで岩を掴み、ひたすら登り詰めること五分。
本来であればもっとゆっくりと登りきるべき崖をタイムアタックのように踏破し、飛竜が旋回する高さまで目線を上げることに成功した。
渓谷型ダンジョンの一つの山の頂上。
いままで移動してきた広場の中で一番広い空間。
「さてと、注目が向こうに向いているのなら」
ここから先がボーナスタイムだ。
「絶好の狙撃ポイントになる」
敵が互いにヘイトをため込んでいる最中に横槍を入れる。
さっきのモンスタートレインもそうだが、横殴りもプレイヤー相手ならNG行為になる。
しかし、モンスター相手なら気兼ねなくできる。
山頂に布陣し、そして大弓に矢をつがえる。
狙うはアンデッド軍団と飛竜が戦う戦場。
射程的には問題ない。
倒すタイミングを選べばラストアタックも奪える。
そう思って攻撃を再開しようと思った瞬間ゾワリと背筋が寒くなった。
この直感は逃してはいけない。
攻撃を中断して、一気に岩陰に飛び込み、息をひそめる。
そしていきなり吹き荒れる暴風と共に現れるのは、美しいエメラルドグリーンの鱗を輝かせた一体の巨大な竜。
常に体に暴風を纏わせ、その暴風は全ての攻撃を風で防いでみせるという自信の表れ。
「なんで、こんな浅いところに風竜が!?」
その姿を見て驚いて目を見開いてしまった。
オープンフィールド系のダンジョンは入り口から最も遠いところにボスの縄張りがある。
その縄張りを移動することはあるが、入り口付近にボスが出張るなんてことは・・・・・いや待て。
「もしかしてデュラハンに引っ張られた?」
高く空を飛び、我こそがこのダンジョンの主であると体現し、戦場に向かって飛ぶその姿は誰よりも目立つ。
ダンジョンにモンスターが入りたがるのは、ダンジョンボスになりたいがため。ではダンジョンボスはすでにダンジョンボスだからそういう動きがないのかと聞かれればそれはNOだ。
実際、ダンジョンボスのロイヤルデュラハンが飛竜のダンジョンに潜り込んでいるという事実がある。
となれば、オープンフィールド系のダンジョンボスである風竜が他所のダンジョンボスに喧嘩を吹っ掛けるなんてことも起きるのか。
竜種のダンジョンと他のダンジョンを繋げるなんてことは基本的にするやつはいない。
FBOでも珍しい光景を今俺は目の当たりにするのであった。
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そして誤字の指摘ありがとうございます。
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