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13 弱者の鍵

 

 物々交換をやった日の次の日、俺は再びネルの家にお邪魔していた。


「はいこれ、リベルタの取り分」


 理由は、昨日のクエストの結果における報酬を受け取るため。


 なんだろう、正当かつしっかりとした労働の対価とはいえ少女からお金をもらうのはすごい罪悪感がある。


 昨日のネルの交渉で得られた狸皮が文字通り化けた最終金額は二千五百ゼニ、日本円で言えば二十五万円。

 そしてネルはその半額千二百五十ゼニを俺に渡してきている。


「いや、俺はちょっと手伝いしただけだし、これはもらいすぎじゃ」

「だめ!!今回の商売は私とリベルタが一緒に頑張ったの!!」


 正直、これだけあれば金策はしばらくしなくていいのは確かだ。

 欲しいと言えば欲しい。


 しかし、それでも皮を集めたのも、交渉をメインで頑張ったのもネルだ。

 俺がやったのはちょっとしたアドバイスや方法を教えただけ、大して働いたわけじゃない。

 それで得たお金をもらって微妙な罪悪感に苛まれてしまう。


「じゃ、じゃぁ、テレサさん。これ、今までの家賃と食事代です」


 せめてもの抵抗で、もらった報酬のうち、七百五十ゼニを家賃として納めようとテレサさんに渡す。


「もらいすぎだよ。それはあんたが稼いだお金だし、自由に使うのはいいけど私らだって、ネルの世話をお願いしているんだし。二百五十ゼニだけ受け取っておくよ」


 だけど、受け取ってもらえたのはその三分の一、手元には千ゼニが残った結果となった。


「……わかりました」


 これ以上払う方法がないし、さっきからネルが俺のことを見ていてこれ以上の抵抗は無理だとわかる。


 罪悪感を抜きにすれば、結果的に俺の懐は潤ったと言っていい。

 であれば、そこは間違いなく喜んでいいことだ。

 おかげで俺もできることが増える。


「……そう言えばネル、これで商人はすごいっていうのも証明できそう?」

「あ」


 そしてお金を財布に入れた時に、ご機嫌も直っているから今回のクエストはダッセ何某の鼻を明かすことに成功したのかと思い聞いてみる。


 今回のクエストで商人としてプレイするなら必須級の〝軍資金〟を手に入れることはできた。

 その過程では大人のデントさんの力を借りたが、それ以外は俺たちの力で手に入れたと言っても過言ではない結果と言える。


 なので自信満々に報告にでも行ってきたのかと思ったが。


「まさか忘れてた?」

「……うん」


 まさか忘れるほどどうでもいいことになっているとは思っていなかった。


「……楽しんでもらえてよかったよ」


 ダッセ何某に一度だけ遠目であったけど、あの態度を見る限り、一番ダメージになるのは忘れられることなのでは?と思いつつ、それを言わないのは彼の気持ちを多少理解しているからだ。


 良いことではないのだが、感情を向けられないのもさすがに哀れだと思ってそこら辺は触れないようにしよう。


「ええ!楽しかったわ!!ねぇ!次はいつやるの!?」


 これ以上彼のことを話していても虚しくなりそうなので、そっと話を終わらせようと思ったが、まさか話がつながるとは。


「次、次かぁ」


 こうやって冒険にはまってくれるのはFBOプレイヤーとして仲間が増えたような感覚で嬉しくなる。

 それにネルのリアルラックを見た後だと、彼女がこのままパーティーに入ってくれるのは今後のことを考えると喜びが勝ってしまう。


 できればそのまま次の話に持っていきたいところだけど。


「ネルや、今回は向かった場所が安全だったしデントが護衛についてくれたから送り出したが、本来であれば危険なことなんだよ?」


 さすがに年齢を考えれば親が止めに入るよな。


「じゃぁ!お金を貯めて、いえ、これを軍資金にして増やしてまたデントさんを雇うわ!それならいいでしょ!!」


 普通に考えれば、ここで考えを改めて納得するんだろうが。

 外の世界という楽しさを知った彼女を止めることはできないようで、条件付きオッケーを出したのが運の尽き。


「うーん、それならまぁいいのかな?ただし、雇うのはデントだけだよ。それ以外の人は信用できないから、絶対にダメだよ。それは約束しておくれ」

「……わかったわ」

「わかっていると思うが、これはネルを心配しているからだよ?わかっておくれ」

「はーい」


 けれどもジンクさんも娘の性格は把握しているのか、釘はしっかりと刺している。


 Cランクの冒険者を雇い、馬も借りるとなればかなりの出費になりそうだな。

 稼いでまた外に出るのには時間がかかりそうだ。


 さっきの勢いのまま鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに、考え始めているのは次の旅のプランだろう。


「それで君はこれからどうするんだい?」


 熟考モードに入ったネルを見てジンクさんは苦笑し、しばらくは戻ってこないと踏んで俺の方に話を振る。


 なんだかんだ仲良くしてもらっているけど、俺は居候。

 自立するためにいろいろとすることがあるのだ。


「ネルのおかげで自分も少し余裕ができたので、今日は買い物に出ます。買い物の結果次第でちょっと相談したいことができるかもしれません」

「それは今言えないことなのかい?」


 もし仮にデントさんみたいな保護者ができるなら、多少の無茶ができる。制限はかかるけどそれでもできることが増えるのには間違いない。

 それを踏まえて、早めにやることをやっておこう。


 相談といったから、何か心配事があるのかと思われて怪訝な顔をされるが心配ないと笑い。


「はい、ちょっとした挑戦をしないといけないので、それが成功してからじゃないと相談できないことなんですよ」

「そうかい、わかったよ」


 何とか納得させることができた。


 子供がすることだからそこまで変なことにはならないだろうと思われたのか?

 それならいいんだけど。


 心配そうな視線が突き刺さるが、それは諦めて。


「それじゃ、自分は出かけてきます」


 そろそろ行動を起こそうかと思って、立ち上がる。


「私も行く!!」


 そのタイミングに合わせて熟考から帰ってきたネルが挙手して同行すると言うとは思わなかった。


「えーと、普通に買い物しに行くだけだよ?」

「それでもいいよ!!市場調査は商人の基本!!」

「今日は店の手伝いもないし、リベルタ君が良ければ連れてってくれないかい?君と一緒なら安心だ」


 特別なことをするつもりはないから、面白いことも何もないと言うがついてくる気満々。

 外に出るわけでもないのにこの気合の入り具合、大丈夫かと視線でジンクさんに問いかければ頷いた後に許可が出た。


 ジンクさんの許可が出れば否とは言えない。


「それじゃぁ、一緒に行く?」

「行くわ!」


 何も起きなければいいなと思いつつ、竹槍と他の装備だけはしっかりとして出かける。

 後ろには外に出かける時用の服じゃなくて、町娘のような恰好のネルがついてきて、すぐに隣に並んで歩き出した。


「今日はどこにいくの?」

「まずは錬金術のお店かな」

「それって、西にあるお店?」

「そうそう」


 やることは決まっているから、記憶だよりに目的地にむかう。


「錬金術のお店で何か買うの?」

「合成を頼むんだ。それが成功したら、次は武器屋によってこの竹槍の強化をお願いする予定だよ」

「ふーん、リベルタのことだからもっと何かすごいことすると思ってた」

「さっきも言ったけど、面白いことはしないよ。俺のことどんな奴だと思っているんだよ」


 道中は暇だ。

 ただ歩くだけで、ほかに何か買い物をするわけじゃない。


「んー、リベルタはリベルタかな?」

「なんだそれ」

「んー、わかんない!でも、リベルタと一緒にいると楽しいことがいっぱいありそうでワクワクするの!」


 人をイベント発生器の主人公みたいな言い方をするな。

 生憎と俺はこの世界では誰ともつながりを持っていないというだけが特徴のモブキャラだ。


 記憶にある限り、まだネームドキャラとも出会ってないし、それに準じたグランドクエストにも触れていない。


 このままいけば、一生触れずに終わりそうな気すらしている。

 ネルの希望には添えないよと思いつつそれは言わない。

 だけど、それを気にしないネルは楽しんでいるように見える。


「そっかぁ」


 俺からすれば、自分の目的に沿って動いているだけ。

 それがネルからすれば面白いのだろう。


 そこからは市場を通って、いろいろと教えてくれるネルの言葉を聞きつつ、目的地に着けば。


「「あ」」

「げ」


 なぜここにと、俺とダッセ何某が唖然として、ネルは見たくもない物を見たような顔をした。


「なんでお前がここにいるんだよ!!」

「それはこっちのセリフよ!!いっつも棒を振り回すしか能のないあなたがこの店に来るなんて似合わないわよ!!」


 ネルを指さしダッセ何某が叫ぶのがゴングの合図か、口喧嘩が勃発。


 犬猿の仲と言いたいところだが、ダッセ何某の感情を察するに素直になれないだけ、しかしネルは嫌悪感全開と取りつく島がない。


「うるせぇ!!弱いお前と違って強くなる俺はここに来る必要があるんだよ!!これを見ろ!!親父からもらった物理攻撃力強化のペンダントだ!!これをさっき錬金術師に見せてさらに効果を上げたんだぞ!!」

「なにそれ、うちにある商品よりも効果が低いやつじゃない」


 子供は見栄を張りたいんだよ。

 特に男の子はな。


 ネルの言う通り、ダッセ何某が見せているのは物理攻撃力を上昇させるアクセサリーの中でも最底辺のアイテム、序盤はまだ価値があるけど、序盤を抜けたら気休め程度にしかならないアイテムだ。


 あれを装備するくらいなら修練の腕輪とか装備した方がいいだろうに。


「なんだと!?」

「なによ!!」

「はいはい、ネル、喧嘩はだめ。これ以上騒ぐと店の人の迷惑になるでしょ。商人として商売をしている人の迷惑になっていいの?」

「……ふん!」


 しかし、そこは指摘せず、このまま騒げば下手をしなくても買い物をする前に追い出される可能性がある。

 売り言葉に買い言葉かもしれないけど、ここは落ち着かせるに限る。


 幸い、俺の言葉は聞いてくれるみたいで納得はできないけど、理解はしたようだ。


 不機嫌を隠さず、ダッセ何某を視界から避けることで妥協したようだ。


「そっちも、後ろで店員さんが怖い目で見てるよ?」

「ちっ、余計なことを……おいお前たち行くぞ!!」


 ネルを諫めたあたりで、苛立ちを隠そうとしなかった店員さんの視線をダッセ何某に教えてやり、ちらっと見れば睨みつけるというほどではないけど、それでも子供からしたら怖い目で見ているので舌打ち一つ、さらに恨みがましい目で俺を睨んでから店の外に出て行った。


「ほんと!なによあいつ、べーっだ!!」

「ほっとけって、すみません騒がしくして」


 その後ろ姿を見て、ベーっとしているネルに苦笑しつつ、騒いだことには変わりないので店員さんに頭を下げる。


「次はないよ?」

「はい、それでアイテムの合成をお願いしたいんですけど」


 年齢で言えば、四十代くらいだろうか。

 この世界はレベルとクラスが高ければ高いほど老化が遅くなり、寿命が延びるという設定があったはず。


 だから、見た目は頼りにならない。

 貫禄と覇気のある魔女っぽい風体に、眼鏡の奥から見れる眼光。


 俺の知っている魔女の店員の格好が十数年前でも変わらないのか。


「何のアイテムだい?」

「この鍵と、弱者の証を合成してほしいんです」


 仕事はやってくれることに一安心、籠の中から布に包んだ先日ネルが出してくれた鍵と一緒に入れていた弱者の証を取り出す。


「これは、ダンジョンの鍵じゃないか。中身は……ああ、モチかい」


 ダンジョンの鍵は使えばそこに専用のダンジョンを作れるというレアアイテム、一瞬魔女の目の色が変わるが、その鍵で作れるダンジョンがモチ主体とわかった途端に興味を無くす。


 なんでだろう?

 こいつの利便性と価値を知っていればこんな反応にはならないだろうに。


「なんでわざわざこの二つを合成するんだい?」


 この言い方、まさか知らないのか?

 いや、ゲームの中でもアレを発見できたのは発売からしばらくたってからだ。


 もしや、これは知られていない?


「ちょっとした実験ですよ。お金は払うのでお願いします!」

「まぁ、いいけど、失敗したら証はともかく鍵はなくなるよ?それでいいかい?」

「はい!」


 原作開始までかなり時間があるからもしかしてと思ってたけど、これが本当だったらかなり俺にとってアドバンテージがあるぞ。


「料金は先払いだよ。三十ゼニだしな」

「はい、じゃぁ大銅貨三枚で」

「わかった。そっちの錬金台でやるからそばで見てな」


 こりゃ、かなり気合を入れて行かないといけないな。


 ワクワクする気持ちを抑え、魔女の店主に言われ、カウンターの隣にある作業台にネルと一緒に並んで作業の手元を見る。


「いくよ」


 結果はわかっているが、もしやという可能性もある。

 錬金台の上にあるのは魔法陣が描かれているだけ、そこに魔女が鍵と弱者の証を置き、その上から魔力を込めると光りだすこと数秒。


「ほい、できたよ」


 あっさりと俺の知る中で中盤どころか使い方次第では終盤まで活躍できるチートアイテムを手に入れることができた。


「ありがとうございます!!」

「仕事だからね、あんたみたいな礼儀がわかる子供ならまた来な」

「はい!」


 俺は魔女の店主から受け取ったアイテムをじっと見る。

 弱者の証と融合したことによって、不壊のスキルを得て消耗品から脱却したダンジョンの鍵。


 俺たちFBOプレイヤーの間での通称。


『弱者の鍵』を手に入れたのであった。


楽しんでいただけましたでしょうか?


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
皮の盾の腹減り半減と錆止め効果がめちゃめちゃ重宝するようなもんか
もうそれは、弱者(笑)の鍵では? 或いは、強者の鍵とでも言うべきものになっちまってる。壊れないって良いね。
ということはあと18個不壊属性付けたいアイテムがあるということか 弱者シリーズ皮肉が利きすぎててわらっちゃうね ネルはもう少し成長したら証の活用法のやばさに気づいちゃうかもしれないな
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