29 臨機応変
一矢一殺。
それはどれだけ神経を使う作業か。
汗が滴り、そしてだんだんと集中力が乱れる。
「三十九」
最初は余裕があると思った、だけど、一本矢を外せば、そのまま飛竜の群れが飛び立ちそして俺に襲い掛かるという危機感がプレッシャーとなり俺にのし掛かる。
だけど、そのプレッシャーがなんと心地よいことか。
ひりつくような緊張感、それは久しく感じなかった高揚感に似たような感覚で、楽しくなってきた。
「四十」
まだ半分もいっていない。
指先に感じるわずかな痺れ、弓を放ちすぎてわずかに感覚が狂いそうになっているのか。
条件が厳しくなればなるほど、ゲームをクリアする難易度が上がり、それを楽しむ俺がいる。
ヌルゲーを延々とやるような、作業みたいなプレイじゃ物足りない。
徐々にクリア条件が難しくなり、無理無茶無謀を達成してこそゲームというのは楽しくなる。
ゲームクリアにリアルに命を懸けている、それはある意味気狂いの発想なのかもしれない。
まだ一部分正常さを保っている俺の思考が、正気になれと訴えかけるように、一度休憩をはさむべきだと疲労を伝えてくる。
だが、今の集中力を切らせたくない俺からすれば、狂っている方が調子がいいのだ。
呼吸を機械染みた正確さでリズムで刻み。
体の動きを意識的に制御し、わずかな誤差も許さないと言わんばかりに、感覚を鋭利にする。
身体の動きの一ミリ以下の誤差にも違和感を感じとり、その微妙な誤差を経験で補正する。
「四十一」
再び、飛竜の脳天に矢が突き刺さり、崖の下に落ちていく。
次も成功する、そう確信しつつ矢を放つが。
「ちっ」
思わず舌打ちして、即座に射撃姿勢から一転、全力で広場からの逃走体勢へと変えた。
その矢は当たらない。
そう確信できたから。
『■■■■■■■!!!』
そしてその勘は外れていない。
敵襲だと叫ぶ飛竜の雄叫び、その矢が刺さったのは鎖骨あたりだろうか。
その雄叫びが発せられれば、周囲の飛竜はいっせいに飛び立ち、侵入した敵を屠るために自分達の領域に舞い上がる。
それをさせないために、一矢一殺を繰り返してきたが。
「そう、上手くはいかないか」
一度だけ背後を振り返れば、渓谷から飛び立ち、大空へと舞い上がる飛竜の群れが見えた。
上空を旋回し始めるよりも前に、その中の一頭、予想通り鎖骨部分に深々と矢を一本生やした飛竜が怒りのこもった目で俺を見つけ。
『■■■■■■!!』
オマエダナコノヤロー!!と言われた気がするような雄叫びを上げ、バレルターンを披露して俺に向かってきた。
「さてさて、さっきまでは止め撃ちだったが、走り撃ちの腕はどうかね」
さくっと俺のビルドの首狩りアサシンの暗殺稼業でどうにかなればよかったのだが、そうならないのも想定内。
「はぁ、まったく、人生上手くいかないなぁおい!!」
ステータス的に、ギリギリ何とかなるかなと言うレベル。
だけど、決して歓迎できる状況ではないのも事実。
こっちに迫るというのなら、その勢いを狙ってみるか。
「ふぅ」
急制動からの、姿勢を射撃体勢に移行しながら片手で矢を掴みつがえる。
弦を引き、そして狙いを定める。
高速でこっちに向かい、小さな俺を真っ先に食い散らかそうと大きく口を開く飛竜。
「ふん!」
この位置ではヘッドショットは狙いにくい、だが、狙えないわけではない。
低い姿勢から、上に狙う攻撃は一見すれば重力に逆らい進むゆえに速度減少が早く威力が落ち、当たりにくいかもしれない。
だけど、相手がこっちに突っ込んでくるのなら。
飛竜の口内に矢が飛び込み、そのまま飛竜の脳めがけて打ち込むこともできる。
「うし」
集中力が切れかけでここまで精密な射撃がよくできたと自分を褒めつつ、再び射撃姿勢から走る体勢に変える。
走りながら射かければいいと思うかもしれないが、走っている姿勢は手がぶれるし、そもそもそういうことをするための弓はもっと小さく取り回しを良くしているんだ。
こんな背中に背負って持ち歩くような大弓に取り回しの良さを求めるのは酷な話。
できなくはない、だが、それを実現するために必要な弓関連の所有スキルがない。
こういう使い方をするときに補正してくれるのがこの世界のスキルという超常的な力なのだ。
となると、頼りになるのはスキル外スキルということになる。
しかし、そのスキル外スキルも技術の中に縛られ、身体能力でできないことはできない。
「もうちょっと、弓の鍛錬積んでおくべきだったかねぇ!!」
飛竜に追いかけられながら、大弓を射かける。
そんな芸当をやっていないかと言われれば。
やっているんだよな。
飛竜という化け物相手に矢を消耗するというのは命取りになりかねない行為だ。
だからこそ、どんな状況でも正確に狙えるように技術を身に着ける必要がある。
現実世界でも動画とかで見るだろう、曲芸のような撃ち方。
変な姿勢でも、正確になおかつすごい速度で矢をつがえて打つという方法。
遠距離攻撃ができるからこそ、弓というのは強力な武器であるが、その力の源である矢が無くなれば攻撃力は皆無になる。
それを避けるために身に着けた技法。
道に胴体着陸して、すさまじい音を響かせる飛竜を背に、再び走り出す。
「あんなことをすれば、見つかるよなぁ」
ずるりと道幅にあっていない飛竜がそのまま落ちていき、谷底に向かっていく姿をしり目に、空を見上げれば、咆哮と着地音で俺の居場所を発見した飛竜たちがこっちに向かってくる。
この山は所謂、岩山と呼ばれるような物だ。
富士山の山頂付近の光景を思い出してくれるとわかりやすい。
木々がなく、岩だけが露出するような空間。
おかげで隠れられるような場所がないから、細い道を走ってもすぐに追いつかれる。
「おっと!!」
空中から俺を捕まえるために足を突き出すように急降下してきたが、それを躱す。
その時にフードをかすめて裂けるような音が響く。
「ああ!もう!邪魔!!」
破れたフードははためき、視界を邪魔してくるので引きちぎる勢いでそれを脱ぎ去る。
「あとこれも邪魔!!」
そのついでに、仮面も外して放り出す。
視界を遮るこの仮面は、元から顔バレ防止のためにつけていただけでなんの効果もない装備だ。
弓を使う段階で、視界は広い方が良い。
さっきまでの狙撃には逆に狭い視界の方が集中していられたからこれをつけていただけのこと。
コロンと木製の仮面の転がる乾いた音が聞こえたが、その音は。
『■■■■■!!』
迫りくる新たな飛竜の雄叫びにかき消される。
今度は噛みつきか。
群れで、絨毯爆撃のようにブレスを吐かれたらやばいけど、こうやって個々体で追いかけてくれている分にはまだ対処のしようがある。
「ちょっとごめんよ!!」
この動きを参考にしたのは、有名な配管工。
敵を踏みつけ新しい足場に移動する動きは、タイミングを計る訓練としてはかなり重宝した。
背後を見せていた俺が、いきなり反転。
そして跳躍、いきなりの動きで対処できない飛竜の鼻頭を踏みつけ、飛竜の上を飛び越えつつ。
「こんにちは!!」
空中で大弓を構え、俺に噛みつこうとしていた飛竜に続いていた新たな飛竜にめがけて大弓を射かける。
咄嗟に翼を大きく広げて急制動をかけ、避けようとする仕草を見せるが、残念そこは急制動じゃなくて急加速が正解。
たとえ前の飛竜にぶつかろうとも、その場で減速するよりはマシだ。
減速する飛竜の顔の動きはゆっくり。
飛竜を足蹴にしたと同時に矢をつがえ、挨拶と同時に弓を引き、狙いを定め、放つ。
この一連の動作を流れるように行えば、近距離で放った矢は大弓という飛距離を出すための張力が有した強大な火力で飛竜の額に深々と刺さり、飛行と言う繊細な動作を要求される能力の制御を失わせる。
そうなれば飛竜は真っ逆さまに渓谷を落ちてゆく。
その前に、俺は落ちそうになっている飛竜を足場に、地面に復帰。
「ふぅ!」
大きく息を吐く、そして背中に冷や汗がびっしょり。
やるしかないとわかっていても、余裕が一切ない。
失敗すれば、俺も飛竜と一緒に崖から谷底に転落待ったなし。
ゲームみたいにリスポーンできるわけじゃないしな。
「はぁ、もう少しステータスが欲しい!」
切実な願いを叫び、全力疾走を再開。
このまま走れば、さっきの袋小路に戻ることになる。
このダンジョンで今の俺のレベル帯で安定して飛竜を狩る方法は、さっきの狙撃戦術だけ。
こうやってゲリラ戦に切り替えるとなると、やっぱりレベル不足を痛感する。
「くそ!せめて速射のできる弓を持ってくるべきだったか!?」
矢の数を確保することと、小道具の確保、そして槍を持ち歩き、さらにはポーションまで用意するとなるとさすがにもう一個武器を持ち歩くことは難しかった。
ない物ねだりをしても仕方ない。
持ち得る武器でどうにかしないといけない現実はどうあがいても変わらないのだから。
「逃げると見せかけて!!」
ならば物理的にない武器で戦うだけだ。
ゲームでのルーティーン、飛竜はある程度距離を取れば再び空を舞い、飛んで追いかけてくる。
噛みつこうとして、踏み台になった飛竜は予想通りそのまま飛び上がろうという仕草を見せ、体を浮かせて前進に推力を出した瞬間に俺は急ブレーキしターンをして真正面から飛竜の股下をスライディングで抜き去り。
「飛竜の急所はここにもある!!」
そのまま滑り去るのではなく起き上がり、そして背中を向ける飛竜の尻尾を避けながら狙うは翼の付け根。
人間でいう肩甲骨。
そこに大弓の矢を叩き込むと、どうなるか。
「まともに飛べないよな?それで次に来るのは」
いきなり片側の翼だけに痛みが走り、よろめく、しかしそこは竜種か。
脳天と違って、よろめくような仕草を見せたがそれでも滞空してみせた。
その間にバックステップで距離を取りつつ、矢をつがえる。
痛みの恨みをぶつけるように、長い首で背後にいる俺を見て口元に魔力を滾らせる。
「それを待っていた」
不安定な姿勢、そしてブレス攻撃はどうあがいても溜めが必要になる。
そうなるとどうなるか。
「敵の目の前で必殺技、邪魔してくれって言っているようなものだ」
ヘッドショットが狙える。
生物的な急所。
そして対空に火属性と特効効果を付与して得た火力、飛竜の防御性能を貫通させることができる威力の矢はブレスを吐く直前に脳天をぶち抜くことができる。
「アブな!?」
だけどため込んでいたブレスが消え去るわけではなく、まるで削岩機で削り取るような音を地面に響かせて風属性の魔力が放出された。
ダンジョンの地形、とくに地面や崖の壁面といった場所は破壊不能オブジェクト、音や衝撃波はすごいが慌てて崖側に避けて事なきを得た。
「真下からかよ!?」
と思ってたけど、今度は崖の下から急上昇をしてくる飛竜が見えて、やばいと思って咄嗟に弓に矢をつがえ放つ。
不幸中の幸いと言うべきか、避難したおかげで空ばかり気を配って渓谷側の注意がおろそかになっていたのをカバー出来た。
急上昇している飛竜の右肩に矢は突き刺さるも、その程度どうしたと言わんばかりに速度が緩まない。
おまけに飛びながら口元に魔力をため込んでいるのが見えた。
「出会い頭にぶっ放すつもりか!?」
手を突っ込むのは矢筒ではなく、マジックバッグ。
そして取り出したのは。
「間に合え!!」
煙玉だ。
火をつけ、そして崖の方に放って俺はバックステップを踏む。
ボフンと煙幕が広がるのと飛竜が飛び上がってくるのはほぼ同時。
まだ俺は煙の中に隠れきれていないタイミング。
下がった分の距離、そこに煙が届いていない。
吐き出される、そのブレスを避けるために俺はヘッドスライディングをするように煙の中に飛び込んだ。
煙が覆っているのは、崖と道の端っこ。
その中に潜り込んで、一瞬視界が白くなるがお構いなしにそのまま転がり、そして崖に落ちる。
それと同時に背後からブレスが地面に叩きつけられ、衝撃波が発生するのを感じた。
この勢いが重なれば俺は渓谷に真っ逆さま確定。
「持っててよかった鎌槍ってね!!」
だけど、そうならないように背中に装備していた鎌槍の鎌の部分にマジックエッジを発動、普段の鎌状ではなくかぎ状にして道の先端にひっかけた。
煙はブレスで吹き飛ぶも、俺がぶら下がっている部分は地面で拡散して広がる衝撃波の範囲外の死角。
そこにだけ煙が残るが、飛竜はブレスで俺が消し飛んだか崖に落ちたかと確信しているのだろう。
攻撃はブレスだけ、そこに絶対の自信を持っているから余裕を持って滞空している。
王者の余裕と言えばいいだろうか、だけど、王様が死ぬ時って大抵は余裕ではなく慢心を抱いたときなんだよ。
煙の中で片手でぶら下がっていた俺は、口に大弓を銜えて、両手で槍の柄を握る。
そして勢いよく登って、煙の中から転がるように出て槍を手放し、咥えていた大弓に持ち替え。
「ブレスのお礼だ!遠慮なく受け取れや!!」
なぜそこにいると目を見開く飛竜にめがけてヘッドショットをかますのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。




