28 竜堕とし
「援護感謝する!だが、君はいったい」
あれからドラゴンゾンビを倒すのに五分かかった。
火力が落ちる部分は腕でカバーしようと思っていたが、思ったよりも弓の腕は落ちていないようだ。
「公爵家の者です」
子供である俺がこうして単独で活動するには何かの大義名分が必要になる。
そういう時に便利なのが家紋というやつだ。
「!エーデルガルド公爵家の家紋、失礼しました!!」
懐の公爵閣下から拝借した懐剣を出して、その鞘に描かれている家紋を見せると騎士は敬礼してくれる。
「いえ、ドラゴンゾンビのドロップ品の搬送をお願いしてもいいですか?自分は、奥に用事があるので」
「もちろんかまいません!!」
教育がしっかりとされているからか、そして俺が小人族だと思われているからか、ピシッと背筋を伸ばしてハキハキと答えてくれる。
冒険者側も、俺が公爵家関連の人物だと知るや否や、そっと背筋を伸ばした。
いい人材を揃えているんだな。
「助かります。俺は矢を回収次第行きます。今回は共闘ありがとうございました」
「なんの!あの暴れまわるドラゴンゾンビ相手に頭を射続けることができるほどの弓の腕前、勉強になりました!!」
こういう割り切りつつ、互いを尊重できる付き合いは良いものだ。
ドラゴンゾンビが灰になったことで矢もそこら中に散らばるように落ちた。
FBOでも耐久値が残った矢は再利用できるから、ここで回収できる矢は回収していく。
それをせっせと拾い上げていると、一本の矢が差し出された。
「ありがとうございます」
「いえ、ご武運を」
その矢を差し出してくれたのはさっきの騎士だ。
兜の中に浮かぶ笑みに、俺は頷き、回収できた矢をすべて矢筒に収めてから彼らに一礼して駆け出す。
ドラゴンゾンビとの遭遇は、予想はしていた。
だけど倒すのに思ったよりも時間はかからなかった。
「……思ったよりも覚えているな」
ドラゴンゾンビとの戦闘で、ゲーマーとしての指先の感覚は取り戻せたと確信できた。
錆落としには十分だと思える。
ドラゴンゾンビが守る中ボスエリアを抜けて、さらに一層、そして一層と深く入るにつれて、騎士や冒険者に会う頻度も下がっていく。
そうなると敵に遭遇する頻度も上がる。
「んー、ゴブリンゾンビが減って、ここまでくると普通にホブゴブリンゾンビがメインになるか」
そして敵の強さも上がっていく。
俺の予想だと、このダンジョンでボスのデュラハンがいる可能性があるのは、二十八層以降だ。
今いるのは、二十三層。
目的地までもう少しだ。
ダンジョン攻略班が到達している最新攻略階層を越えて、さらに奥まで進むと物音は全て敵が出す音になり、ドスドスと重たい足音しか、周囲には響かない。
相手の死角を取り、隠形術を駆使して巨体の隙間を通り抜けながら接敵を回避する。
一回、ドラゴンゾンビが二体徘徊しているのが見えた。
そして再び通路が広がり、そこを守るエリアボスのようにドラゴンゾンビが配置されている。ここで敵を足止めして戦闘音で巡回しているドラゴンゾンビを呼び寄せて挟撃という形なのだろう。
「まぁ、避けるだけなら余裕だけどね」
マジックバッグから別々のアイテムを一つずつ取り出す。
そしてシュッとこするような音が響き、片方から煙が出始めるとやや遅れてもう一方の方にも火を付けて、まず投げるのは煙玉。
放物線を描き、それに気づいたドラゴンゾンビが怪訝そうな顔でそれを見るが、その目前で煙玉が爆発し、そして遅れる形でドラゴンゾンビの足元に何かが転がりそして破裂した。
煙玉と癇癪玉。
この世界に火薬があるのかと問われれば、あるにはあると答える。
だったら銃も作れるじゃんと思われるかもしれないが、古代武器の中には火縄銃のような前込め式の銃がレリックウェポンとして存在している。
強力な武器なんだけど、火薬の消耗がかなり激しくて、所謂お金がかかる系の武器だ。
そして整備も改造も専門の鍛冶師が必要になるから運用も難しい。
連射ができないため連戦向きではないので、代わりにお手軽な道具として、こういう消耗品アイテムが出たというわけだ。
お手軽と言っても、そこそこ値段がするけど。
これ一つで車が買えたりとかそういう値段ではなく、これ一つで少しお高めの外食一回分くらいかなぁ。
だからホイホイと使うことはできない。
だけど、こういう時にケチって時間ロスするのは良くないのよね。
煙の中を突っ切り、そして癇癪玉によってできた隙間を通り過ぎて、その場も突破。
ドラゴンゾンビを倒すことも考えたけど、火力にコストと討伐時間を考えると効率が悪いんだよね。
だから、こうやってスルーするのが一番。
帰り道は竜殺しの効果がついた大弓ができているから、倒すことも容易になる。
「んー、このビスケットにドライフルーツが入ってて中々うまい。けど、どこの世界でもこういうのって水分を必要とするんだよね」
ドラゴンゾンビをスルーしてさらに深くまで潜り込み、たぶん今は三十一層までついた。
「・・・・・さてと、ご馳走様」
そこの最奥で見つけた物を見て、思ったよりも浅かったなと思いつつ、周囲に敵がいないことを確認し、休憩を兼ねてブロック型の携帯食料を頬張り、カロリーを摂取。
これで当分行動するには問題ないと、水を少し多めに飲み、視線をボス部屋の扉に向ける。
と言っても、開いたボス部屋の奥には何もいない。
「うーん、予想はしていたけど、デュラハンは飛竜のダンジョンの中か」
いるはずのボスの姿がない。
それすなわち、飛竜のダンジョンに出張しているということで。
「かち合わないように気を付けないと」
デュラハンが周囲にいる前兆として、取り巻きのモンスターがいる。
それに気を配っていれば問題はないはず。
「はぁ、そこまで深く潜るつもりはなかったんだけど、こりゃもう少し奥まで行かないとダメか」
それを念頭に入れて、ボス部屋にまずは槍先を入れる。
たまに意地悪なボスで、擬態していないように見せかけて入ってきたプレイヤーを屠るボスがいる。
クモやタコ、カメレオンやらとバリエーションも豊富だ。
デュラハンがそういうのをする系統のモンスターではないのはわかってはいるが、それでも万が一を考えるとこれくらい慎重になった方が良い。
「おし、反応なし」
ゆらゆらと刃先を揺らして確認しても反応なし、開け放たれているボス部屋に入り込む。
「あれか・・・・・」
そしてボス部屋に入ってすぐにわかった。
大空洞の中にある不自然な靄。
それはダンジョンを生成した際に発生する靄と一緒だ。
その前に立つと、その先の景色が見える。
「間違いない、飛竜ダンジョンだ」
ゴブリンダンジョンが元となったこのダンジョンは洞窟型の閉鎖型ダンジョンだ。
だけど、飛竜のダンジョンは違う。
断崖絶壁が並ぶ渓谷、そこに空間的間取りはなく、落ちたら最後一番下の川に真っ逆さまで命の保証はない。
一つの山岳が丸々ダンジョンになっているオープンフィールド型ダンジョンだ。
空を飛び交う飛竜や風竜にとって閉鎖型のダンジョンというのは相性が悪い。
ゆえにこんな形でダンジョンを形成している。
ダンジョンの入り口を通って、すぐさま周りを見回す。
「デュラハンは、いないか」
それもそうか、ここはデュラハンの支配するダンジョンではなく風竜が統べるダンジョンだ。
入り口にデュラハンが護衛のモンスターを配置したとて、異物を捉えた飛竜が飛んできて排除されるのが目に見えている。
「……あれは」
周辺を見回して、モンスターがいないことを確認して一安心。
そして周辺を警戒しているときに、見つけたものがあった。
「あー、あそこでバチバチにやりあっているわけね」
こういうオープンフィールド系のダンジョンは、様々なルートがあるのが特徴なのだ。
山を登る過程で、様々な登山ルートがあるのと同じで、このダンジョンにも複数の登山ルートが存在する。
そのルートの一つで、激しく戦う音と、そしてけたたましい竜たちの雄たけびが響くエリアがある。
空を旋回する飛竜と、下から砲撃するブレス。
ドラゴンゾンビと飛竜たちの攻防、どう見てもあの下にデュラハンがいますと言っているようなものだ。
「となれば、あそこに近寄らないのが吉か」
オープンフィールドの欠点で、ああやって、縄張りに侵入して迎撃してくるモンスターとの戦闘が長引くと簡単にモンスターハウスができてしまう。
辺り一帯のモンスターがあそこに集結しちゃうから、こういうタイプのダンジョンでは見つからないように動くか、速攻で倒すことを念頭に入れないとダメなのだ。
コソリコソリと忍び足で動く必要はないが、わざわざ見つかるように動くのは悪手というわけだ。
なので、こうやって争っている場所にデュラハンがいるのがわかれば、そっちを囮にして少し安全に移動ができる。
周囲を警戒しつつ、飛竜を探す。
相手は空を自由自在に飛べ、さらには風のブレスまで吐き出す。
そのくせ、耐久値は並みのモンスターよりも高いと来た。
そんな格上をソロで討伐しないといけないのなら、戦闘エリアの選定は重要になる。
渓谷というフィールドは通路は人がすれ違えるかどうかギリギリの道幅、ちょっとした空間は人が十人も入れば狭いと感じる程度の広場。
闘うのに適した場所となると、そう多くないし、そういった場所は飛竜の出現が少なかったりする。
「ここだ」
そんなことを考えつつ、山を登りながら目的の場所を選ぶ。
飛竜のダンジョンの山の構造パターンは全部で、三十二。
木々や草花などの細かいところは色々と変わり、その変わり方でいくらでも山の風景は変えられるが、山の骨格と言えばいいだろうか。
地形的な面ではそのパターンより増えることはない。
俺が見つけた場所。
そこは断崖絶壁の中にくりぬかれた広場、崖が天井になり来た道と一方面だけ崖に面して、その先は行き止まり。
いわば宝箱が置かれていそうな雰囲気はあるけど、実際はただの行き止まりだったというだけのエリア。
ここで襲われればひとたまりもないと言わんばかりに狭まった場所。
ちょっとした休憩所として使えそうな場所でもあるが、普通ならここにとどまるのは危険だと判断して休まずそのまま進もうとする場所だ。
だけど、俺にとってはここは飛竜を狩るのに絶好の場所と言っていい。
「あとは」
そしてこんな場所に飛竜を引き込むのなら、それ相応の道具は必要なわけで、再びマジックバッグに手を差し込みさっき使った癇癪玉を取り出し、火をつけ。
「せーの!!」
思いっきりオーバースローで投げる。
癇癪玉は俺のステータスで渓谷の上を山なり飛びそしてそのまま時間が経過するとパァン!と綺麗な破裂音を響かせる。
静かな渓谷、そこを乱す音。
『ギャアアアアアアアア!!!』
それを許さないと叫ぶ、飛竜の雄たけび。
渓谷の脇に掘られた洞窟から出てくる飛竜の数は、三体。
どこに不届き者がいるかと巣から顔を出し、辺りを見回す飛竜にめがけ、大弓を構える。
「敵は、ここにいるぞ」
ギリギリと目一杯引き絞った大弓から放たれた矢は、この広場よりも低い位置にある対岸の飛竜の巣にめがけ一気に飛翔し。
「命中」
火属性、対空、この二点の特化火力を遺憾なく発揮し、さらに飛竜の額を貫くというヘッドショットを三体立て続けに披露した。
急なクリティカルヒットで、ぐらりと姿勢を崩した飛竜はそのまま巣から崖を転がり落ちていく。
「精霊石のランクを上げといて大正解だったな」
たった一矢で飛竜が仕留められるわけではなく、あの一撃と崖からの落下ダメージが入ることで一体の飛竜の死が確定する。
まあそれができるようになったのも、クラス3ではなくてクラス4の精霊石が手に入ったからというのが大きい。
最下級の三種の竜の中で、飛竜は一番HPと防御力が低い。
それでも並み以上のステータスは保持しているが、対飛竜想定のこの武器であれば、生物学上でも即死を意味するヘッドショットを披露すれば致命傷にまで迫ることはできる。
飛竜が厄介なのは、その機動性と攻撃力、そして一定の攻撃を耐えられるタフさなのだ。
しかし巣穴から飛び立つ前なら的であるし、一応飛行能力を持っているから対空特効も刺さる。
おまけに、ここのエリアは敵にとっても必殺の物理エンジンと言っていい高低差もある。
崖の下を覗き込めば、高所恐怖症の人がおもわずひゅんと股下が寒くなり縮こまって身動きが取れないレベルの高さだ。
ちなみに、ダンジョン入り口の段階で、この渓谷が存在する。
スタートから山の中のとんでもなく高い場所なのだ。
さらに少し登ってしまえば、かなりの高さになるわけで。
「あとは、巣穴でリポップしてくる飛竜をヘッドショットするだけの簡単なお仕事です」
その高低差とヘッドショットを駆使して、全力で飛竜を狩る。
引いては放つ、引いては放つ。
巣穴から出てきて、辺りをきょろきょろと見回す飛竜を全力でヘッドショット。
一発でも、ミスれば、その体に矢を生やして飛び立つだろうその緊張感を味わいながら飛竜を谷底に落とし続けるのであった。
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