26 因縁
「というわけで、ジャカラン抹殺の許可をください」
「……クローディア司祭、なぜリベルタは笑顔でキレているのだ?まずはそこの説明を求めたいのだが」
公爵閣下へのアポイントは思いのほか時間がかかった。
いや冷静に考えると、平民が公爵家の応接室に通されて当主と直接面と向かって会えること自体がおかしいのだがそこはひとまず置いておく。
一週間ほど時間が空いたので、もろもろ行うための準備期間に充てて気を紛らわすことに。
装備の新調、消耗品の補充、次のステップに入るために足りない昇段オーブの確保。そしてもろもろやりつつ就寝前に作り上げたジャカラン抹殺計画書を片手に公爵閣下に会った。
気合が入りすぎて、笑顔で物騒なことを言って驚かせてしまったことは謝罪するし、冷静ではあるが正気ではない自覚はあるので、クローディアに事情を聞く公爵閣下の判断は間違っていない。
「実は・・・・・」
口を開けば物騒な言葉がでそうな勢いの俺の代わりに、なぜこんなに物騒な笑顔をしているかという経緯をクローディアが困り顔で公爵閣下に説明すると。
「よし、その手にある物を拝見しよう。現実的に可能であるのなら私が抱え込んでいる暗部を総動員してでも」
「・・・・・閣下」
親馬鹿の顔が前面に出てきた公爵閣下が、俺が差し出した抹殺計画書を両手で受け取ろうとして、ロータスさんに静かに止められていた。
「なぜ止めるロータスよ!!リベルタがあのクソガキからイリスを守る手立てを練りに練って持ってきてくれたのだぞ、今見ずにしていつ見ると言うのだ!!」
空気を読めと、ロータスさんを睨む公爵閣下は貴族としてではなく、娘を愛する一人の父親として行動しているように見える。
それを悟ったロータスさんは静かに首を横に振る。
「確かに、あの場に私もおりまして、常識を学び直してから出直せと思いました・・・・・ですが冷静に考えてください」
「なにをだ?」
「閣下は公爵家の当主です。王家の血筋に連なる者として英雄殺しの汚名をかぶってはなりません」
きわめて真っ当に、そして理路整然とロータスさんは主人を諌めようとしている。
これぞ、理想の主従関係。
主が間違った道を進もうとしているのなら、それを止める。
ロータスさん、あなたは臣下の鑑や。
「手を汚すのなら閣下は知らぬ方が良いでしょう、あのクソガキは私の方で処理します」
「ロータスさん?」
いや、この人も冷静にキレている。
それもキレッキレと言うくらいに、真顔でキレている。
普段温厚で、誰に対しても礼儀正しいこの人をここまでキレさせるなんて、ジャカランは何をしでかした?
いや、原作の奴の態度を知っている俺からしたら、奴と貴族とは水と油どころでは済まないくらいに相性が悪いからなんとなく察しはつく。
礼儀?なにそれ美味しいのというのを地で行くのが奴だ。
フォークで肉を食う?面倒だ鷲掴みでいいだろ。
婚約者?そんなの知らん、この世にいる美女は全て俺のモノだ。
これが実際にゲーム時代にジャカランがプレイヤーに向けて吐き出したセリフだ。
人気投票でワーストランキング首位を争い続けていたのは伊達ではない。
そんな奴が公爵家の花を手折って持ち去ろうとしました。
うん、逆鱗を逆撫でどころじゃなくて、逆鱗に向けてタイキックかましてるね。
そりゃ怒髪天をつく勢いで怒るよな。
「はぁ、三人とも落ち着きなさい。リベルタ、あなたもひとまずはそれをしまいなさい。このままいけば、抹殺計画を企てる話になりかねません」
「ダメですか?」
「ダメなのか?」
「ダメなのですか?」
「ダメです!公爵家同士が争うことになれば国が乱れて困るのは民です!!そこを忘れないでください」
「……むぅ、今はまだその時ではないか」
その怒りのまま、ジャカラン抹殺計画書を提出できれば良かったのだが、さすがに止められたか。
残念そうにしぶしぶ俺の渾身の力作から手を放す公爵と仕方ないと視線を切るロータスさん。
「冷静になった所で現状を確認しましょう。私共が参った理由は手紙でお伝えした通りです。リベルタに関しては今回は少々冷静さを欠いていますので、私が主に質疑応答を行いますがよろしいですね?」
「……仕方あるまい」
この場にいる男三人すべてが、感情的になっていることを悟ったクローディアが場を仕切り始める。
「まず初めに確認したいのはボルトリンデ公爵が発見したという英雄に関してです。エーデルガルド公爵、あなたもその人物に会ったと手紙にありました。どのような人物でしょうか?」
「クソガキ、その一言に尽きる。すべての物事が自分中心に回っていると思い込み、全人類の頂点に君臨していると思い込んでいる。すべての言動が不遜であり、すべての存在を見下している」
思い出すのも腹立たしいと、エーデルガルド公爵の顔に苛立ちを隠させないほど強烈なインパクトを与えたのだろう。
その時の光景が手に取るようにわかる。
恐怖で支配する暴君を、物理特化型にしたのがジャカランという存在だ。
生産という知性がなく、統治という考えがなく、すべて欲しいものは奪うことで完結する。
「良く処刑になりませんでしたね」
「太鼓持ちがいたからな。ボルトリンデ公爵が上手くおだてて奴の気分を良くして打ち首一歩手前の態度で踏み止まらせていた。神託の英雄として実力の裏付けがつけば、上手く首輪をつけて飼いならそうと周囲に甘言を撒き、それで利益を山分けしようと無礼に目をつむらせていた。あの温厚な陛下ですら、表情が険しかったのだぞ」
その印象は変わらぬ様子で、俺の知っている人物がそのまま若返っただけで何も変わっていない。
「……そこまでして何もしないのでは王家の威信に陰りが出るのでは?」
「今とさほど変わりはない。もともと私を含めても王自身を認めている貴族は少ない。それにどこにでも根回しが上手い奴がいる、鼻薬を嗅がされた役人どもが王を嗜め寛大な心で将来を見据えるべきだと口をそろえて言いおったわ。相手は子供、これからの成長を期待すべきだとな」
「成長したら、清廉潔白な騎士にでもなるとでも思ってるのなら頭がお花畑どころの話じゃないですよ。あいつは、そんな存在じゃない」
そして貴族連中の甘い見通しに、怒りを通り越して頭痛がしてきた。
わかってない、あいつを御しきれるとか思っていること自体がまず間違っているんだ。
頭を押さえて、ついポロっとこぼしてしまった愚痴に視線が集まる。
「そう言えば、前から奴には注意しろと警告をしてきていたな。リベルタよ、奴に会ったことがあるのか?」
「・・・・・あると言えばあります。思い出したくもない苦い思い出が」
そしてそんなことを言えばあいつと会ったことがあると言っているようなもの。
実際に会ったのはゲームの中でだけであるが、そこでも散々な目にあっている。
正直面と向かって会えば、殴り掛からないかどうか心配になるくらいの恨みもある。
公爵閣下とは別の意味で苦虫を噛み潰したような表情でつぶやいた。
「聞かせてくれ、一体何があった?」
こう言っちゃなんだが、俺は基本的にFBOで出てくるネームドキャラには一部例外を除いて嫌悪感はさほど抱いていない。
なんなら、ヴィラン側であっても尊敬に値する人物を列挙できるレベルだ。
そんな俺が、蛇蝎のごとく嫌う理由を知りたいのだろうな。
公爵閣下の質問になんと答えるべきか、数瞬迷い。
「襲われて無様に負けただけです」
「「「!?」」」
少し言葉を濁して答えた。
思い出すのはキャラメイク途中でのエンカウント。
まだ育成しきれておらず、装備も不十分の段階でのファンブルとしか言いようのない出会い。
嘲るように暇つぶしで襲われ、デスペナルティを回避するために必死に抗ったが、相手は災害と呼ばれるネームド、対してこっちは未完成のステータスでは敵うはずもなくズタボロに負けて、ドロップ品と、装備品、現金を奪われデスペナルティを負わされたのだ。
それも、三日連続で。
さすがにあの時は頭に来て完全装備で完成キャラを持ち出し山狩りをした。
そんなときに限って見つからないのだから余計にみじめな思いをしたのだ。
話の内容的にはゲームの内容でしかないが、俺にとっては敗北の苦い記憶。
深刻そうに受け止める大人たちの表情を見て、勘違いさせてしまったと表情を合わせて後悔している。
「そうか」
そして公爵閣下のこの一言で、この話は流れた。
因縁は確かにあるけど、俺個人からしたらもう関わり合いたくないので、そっちで処理してくれと願う。
そのための抹殺計画書なのだから。
「リベルタよ。奴が危険だというのは私も同意見だ。では今後どのようなトラブルが起きると踏む?」
「街に出ればいくらでもトラブルを起こしますよ。無銭飲食、暴力、強盗、奴にとって王都にある物は全て奴の物。例外は神殿くらいですよ。馬鹿な奴でもいまは神には敵わないとわかっている。神罰を食らえばただでは済まないことを把握してますし」
「となると、巡回の兵士を増やすべきか」
「閣下、それと屋敷の警備も増やすべきです」
「それもあったな」
それが実行されるかどうかは公爵閣下の胸三寸しだいということか。
「何かあったのですか?前はすぐにお会いできましたが、今回こうやってお目にかかるのに時間がかかるような、何か変化があったということでしょうか?」
「あった、より正確に言えば娘を王城から遠ざけたことによって起きたと言えばいいか」
ロータスさんの言葉で思い出し、そしてついで苦虫を噛み潰したかのような表情とともに出された公爵閣下の言葉によってクローディアの眉間にも皺が寄った。
「どういうことでしょうか?」
「ふん、エスメラルダからのメッセージで知っているだろう。あの英雄殿は我が娘をご所望らしい。いかにボルトリンデ公爵が後ろ盾だろうとも公爵令嬢と〝平民〟が婚約ができるわけではない。だが、あやつは我慢が利かん。いつ屋敷に襲い掛かってくるかわからんということだ」
「リベルタの雰囲気からして、あり得ないとは言い難いですね」
「私もそう思います、なので兵士を増やし屋敷を守っているのです、その所為でダンジョン攻略にも少々影響が出ておりまして」
クローディアからしたら被害者であるイリス嬢が危険だという雰囲気を悟り、そこまで深刻であったかと大きくため息を吐き、危機感を共有している。
「あいつがあのガキを英雄だともてはやしていても、現実は力があるだけの平民だ。その平民を英雄へ押し上げるために実績を積ませる。それだけの話が私の足を引っ張っている」
吐き出された言葉はストレスを少しでもなくそうと努力する公爵閣下の感情が含まれていた。
その話を聞いた俺はというと、心の中でうわぁ、始まったとドン引きしてた。
FBOの貴族社会、というよりは特権階級と言い換えた方が良いか。
東西南北で共通している特権階級者同士での利権争い。
お手々繋いで仲良くしましょうと、口で言っても、足元では相手の足を思いっきり踏みあっている。
今回は、イリス嬢が巻き込まれる形で、英雄とくっつけるのならオタクとしても本望でしょ?みたいな貴族間の雰囲気を必死に消してまわっていた苦労がにじみ出ている。
「陛下はなんと?」
「時期尚早、今は鍛える時であり、蛮勇を振るう時ではないとたしなめてはくれたが、それを聞くような奴であれば陛下も苦労なさらないだろうな。裏では虎視眈々とダンジョンに挑む準備を進めているだろう。今まで無関心だったくせに、手駒が揃った途端に自分ならどうにでもできると大風呂敷を広げる始末だ」
南の大陸の王様はゲームでも印象が薄い人だった。
そんな人じゃジャカランとボルトリンデ公爵を止めることはできないだろうな。
「……となれば計画を早め、早々にダンジョンを攻略するのが最善ですか」
であるなら、俺たちができることは限られてくる。
さっさとダンジョンを攻略して相手を黙らせる。
それに限る。
「それができれば最善であるが、防具はともかく武器の方がな。さすがに竜種を二百体も倒すとなれば時間が必要だ」
「その隙が致命傷にならなければいいのですが」
「クローディア司祭、あまりいじめないでくれ。わかっておる、できるだけ急いで用意はさせるが」
なら、やるしかないかぁ。
「竜殺しの武器、俺が用意します」
「リベルタ?」
「ロータスさん、焔魔の大弓はできているんですよね?」
弓なんて使うの久しぶりだけど。
「できておりますが、リベルタ様がお使いになるので?弓スキルをお持ちでしたか」
「いえ、ないですよ。ですけど、飛竜くらいなら」
武器がそれなりの装備であれば、プレイヤースキルでどうにかなる。
「武器さえあればどうにでもできます」
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