23 片鱗
数分とはいえ、冷たい川の中で呼吸を止めて潜んでいれば体は冷える。
ゲームでもこんな感覚があったなと、一瞬脳裏をよぎったが、そんなことは後回しだ。
呼吸を抑えろ、辺り一帯の自然と同化しろ。
テクスチャを感じ取れ、木々の雰囲気、地面の感触、そしてオークと呼吸を合わせろ。
隠密系スキルは相手に認知される情報を減少させるスキル。
では、現実でそういう術がなかったのかと言えば、忍者やスパイといった職種の人物は、その手のスキルに長けていたのではないかと思われる。
となれば、ゲームでもその技術を応用できるのではと考える輩は俺含めているわけで。
自分の目指すスタイルを完成させるためにスニーキング系のゲームをやり込んで、その技術を輸入すればスキル外スキルとして応用できるのではと考えた。
実際に忍者になった、実際にスパイになった。
全て仮想世界であっても、そういう世界観のために構成されたシステムは非常に参考になった。
その技術は錆びつきながらも、確かに俺の中に残っている。
「まずは、一つ」
集団の最後尾にいるオークの背後を取った。
相手の呼吸に合わせて、焦らず、されど鈍重にならないように鎌槍を背後からオークの首の前にそっと突き出すと、一瞬でマジックエッジの刃を形成し素早く引き、オークの首を切り飛ばす。
小さな声で呟き倒した敵の数を数え、そして俺の技が錆びついていた故に、少し敵の抵抗の感触が残るが、オークの集団の一番外縁、そして最後尾のオークはそうやって消えた。
呼吸を乱すな。
そして足を踏み鳴らさないように歩法を変えて、森の中を進む。
オークの足音に紛れ込ませろ。
冷たい川の水に濡れた服が身体に引っ付き、水が滴る。
だが、それのおかげでオークたちが匂いに気づかない。
オークの視線に入り込むな。集団で行動するとき大勢の仲間が周囲にいると、自分の視界で警戒していれば問題ないと無意識に思い込み、死角は仲間が補ってくれているものと責任を押し付けるように勝手に信用する。
「二つ」
やることは単純、そういう警戒心の隙間を突いて、完成したパズルを優しく外から崩すように減らす。
それだけのこと。
相手の視界をサーチライトの照射範囲だと思い、相手の足音が俺の消音機だと思えばいい。
移動するタイミング、隠れる場所。
それを考慮しながら、再び死角に入り、背を見せるオークの背後を取り、そっと首を狩る。
オークたちも数が多いからか、それとも元々そういう知性がなかったからか、一体、二体と数が減っても動揺しないし、戦闘モードに入らない。
緩やかな、惰性で行われる警戒は、移動範囲を制限するだけで、俺の行動を縛ることはない。
木々や岩の隙間に体を隠しながら、オークが踏み鳴らす茂みの音を利用して俺も茂みを移動手段に使う。
三つ。
木の上を警戒するオークがいた。
もしかしてそこにいるかもしれないと、思って上を見上げているオークだ。
その背後を通り過ぎ、何もいないかと諦めて意識を他に向けようとした瞬間に首を狩る。
四つ。
ここでふと、疑問に思うオークがいた。
ついさっきまでそこに仲間がいなかったかと。
死亡したモンスターが灰になるまでの時間はそれなりにかかるが、よそ見をしてじっくりと一か所を観察していれば、その灰になる姿を見逃すこともある。
どこか別の場所に移動したかときょろきょろとあたりを見回すオーク、そのすぐそばの木の裏側で息をひそめる。
そして一度見回して、仲間が見つからないのなら仕方ないと再び移動を始めたオークの背後に静かに移動し、首を狩る。
五つ。
少しずつ敵を削る。派手に暴れて倒すよりも非効率だ。
だが、体力、魔力ともに損耗率は必要最低限で済む。
六つ。
錆が落ち始めてきた。
自分の体の動かし方、立ち回り方、身に着けていた様々な手法を思い起こし、ここでならこうだと選択肢が増えた。
七つ。
ここで、慢心が出た。
音をたててはいけないタイミングで足元の枯れ枝を踏むという、なんともお粗末なことをしてしまった。
その音に気付き、三体のオークがこっちを見た。
なにかいるかと、思ってじっとそこを見て、フゴフゴと鼻を引くつかせる。
まだ確信はない。
そこに何かいるのかと一体のオークが俺が潜む茂みに迫ってくる。
闘うか、それともジッと潜伏するか。
その二択を迫られ、俺は潜伏を選ぶ。
ぬっと茂みに差し込まれた腕をギリギリ避けた。
ガサゴソと探るオークの腕がすぐそばを通り過ぎ、そして数秒探った後に手を抜きさった。
その時の俺の茂みの中で格好はすごく変な姿勢だったということは確信できる。
けっこう大きめで、子供一人くらいなら余裕で隠れられるくらいの大きさの茂みだったから何とかなった。
「それで」
油断したところを仕留めるのもいいが、まだ周囲の敵の警戒心が失せていない。
俺の好きな黒人も言っていた、チャンスを蛇のように待てってな。
警戒が薄れた。
その瞬間を狙い、首を狩る。
八つ。
木の上に木の実を見つけた。
それを拾った小石で狙い、当てて落とす。
ちょうどオークの目の前に転がるように落ちてきた。
オークは小腹が空いていたのだろうか、それを拾って食べようとしたところで首を狩る。
九つ。
ここまで来るとさすがにオークたちも仲間の数が減っていることに疑問を抱き始めた。
キョロキョロと、仲間がいた場所を見始めた。
そこにいたはずなのに、あそこに仲間がいたはずなのにと、首をかしげる仕草を見せ始め、移動頻度を減らして、仲間と合流し始めた。
警戒度が上がった証拠。
ここで暗殺はもう終わりかと思われるが、ところがぎっちょん、警戒心というのはこういう方法で活用することもできるのを教えて進ぜよう。
再び手ごろな石を拾った俺は、あいつらの頭上へ弧を描くように放る。
頭上を警戒していないという点と俺の方から視線が切れたタイミングで投げた小石は理想の放物線を描き、そして俺とは反対側の茂みに飛び込み、がさりと明確に音を鳴らし、オークたちの視線が一斉にそちらに向く。
十。
その隙に一体の首を狩る。
姿を隠し、そして石を拾って今度は別の方向に向けて石を投げる。
別の茂みが音を鳴らす。
何かがいるとわかって、そっちの方に移動しようと群れが動く。
その最後尾のオークの首を狩る。
十一。
武器持ちのオークが、そのこん棒で茂みを叩き潰して何かいるのかを確認している間に、狩ったオークは灰となって消える。
ガスガスと茂みを滅多打ちにする音が響く最中に、今度は右側の方に二つ、石を放る。
がさりとほぼ同時に二つ動く茂み、その音に反応するオークたち。
複数音が鳴ったことで、何かが複数いることを把握して、二体のオークが前に出た。
茂みを叩くオーク以外の武器持ちはこれで引っ張れた。
注目が拡散して、その隙にさらにもう一体の首を狩る。
十二。
いくら茂みを叩いても返ってくる手応えはなにもない。
気の所為だったかと、無駄なことをしたと憤るオーク。
不機嫌になり、荒い息を吐きだすオークが振り返り、ふと気づく。
数が減っていないかと首を傾げ俺が狩ったオークの場所を指さす。
そこに仲間がいなかったかと。
そこで気づいて、振り返ってみるとさっきまでいた足跡が残る場所にオークがいない。
一歩引いたところにいて、ちょうど死角で見えなかったオーク。
おかしいと気づいたオークたちが一か所に集まって周りを見回す。
じっとする。
息をひそめる。
いきなり静かになると、普段住んでいるはずの森が異様に不気味に映る物だ。
何かがいる、しかし、その何かがわからない。
デバフ効果で恐慌状態というのがある。
これはボスモンスターにはあまり効果がないデバフだけど、ボスモンスターの取り巻きだと割と効くケースが多い。
具体的に言えば、取り巻きを残した状態でボスを倒すとその状態になって一方的に殴れる状態になる。
さらにその状態でモンスターを倒すと恐慌状態はわずかな時間だけど延長される。
今回はこうやって隠れて殺し、目に見えない敵を演出することで意図的に恐慌デバフを付与しようとしているのだ。
俺の感覚としては、あと二体から、三体ほど倒せばオーク達は恐慌状態に陥りそうな雰囲気。
理想は、武器持ちを狩ることなんだけど、配置が悪い。
恐慌状態は、武器持ちとかのエースユニットがいるとすぐに立て直して反撃しやすい。
だけど、裏を返せばそのエースユニットを倒すと恐慌状態はより長い時間続く。
ジッと潜伏して、静かに待機していると、何もないかと安心してきっと他のオークは別のところに行ったのだと自分自身をごまかすように、鳴きあう。
そしてこの場所から立ち去ろうとする。
残り十五体のオークの群れ。
これだけいれば安心だろうと、集団は元来た道を帰りはじめる。
ここから早く立ち去りたい。
そんな互いの意志を感じ取り、集団で動くオークたちの足取りは普段よりも少し速く、そして荒い。
大きめの足音を立ててくれるから俺の足音なんぞ、勝手に消えていく。
小走りで走り、そして最後尾のオークの首を刎ね飛ばす。
これで十三。
しかし、前を見てまっすぐと走るオークたちはこれに気づかない。
最後尾を見ようともしない。
先頭を走る武器持ちの三体について行けば問題ないと言わんばかりに、猪突猛進を続ける。
そのうちにまた一体の首を狩る。
十四。
半分を超えた。
それでもオークは振り返ろうとしない。
十五。
今度のは、少しだけ隣り合っているオークだ。
死角になっているかなっていないかギリギリの角度。
だが、少なくとも隣にいたオークがいきなり立ち止まり、そして首から上が無くなれば異変には気づく。
『ブモォ!!』
オーク語なんてわからない。
だが、なんとなく敵襲!と叫んだような気がした。
そんな叫びを聞きつつ、俺は木を登り、そしてわずかな助走をつけて、飛び出す。
急停止し振り返っていたオークの頭を踏み台にし、イノシシと一緒で走り出したオークがいきなり止まることができないように、そこで棒立ちになりかけている彼らの頭を足場にして。
振り返ろうとしている武器持ちたちの背後に着地。
何かいる。
そう認識し、振り返るのを止めようとしているが、もう遅い。
鎌を一閃。
武器持ちの首が狩られる。
十六、振り返るまでまだ時間がある。
返す刃でもう一度鎌を振るえば、もう一体の武器持ちの首が飛ぶ。
十七。
そこでようやく、オークたちの目が俺を捉える。
しかし、そのタイミングで最後の武器持ちの首めがけて俺の鎌槍が、三度目の刃を振るっていた。
彼らが俺を捉えた瞬間。
それすなわち、頼りにしていた武器持ち三匹の最後が首を刎ね飛ばされた瞬間を目の当たりにしたということだ。
モンスターは本来であれば本能で敵を屠るという生存本能に近い感覚で人間を襲っている。
だけど、それが機械的に自動的に襲いかかっているかと言えば答えは違う。
生み出され方自体が不自然であるが、モンスターも一応は生物だ。
繁殖が必要なく、湧き地点という不思議なエリアから生み出せる摩訶不思議な生物であるが、一応感情がある。
攻撃されれば怒り、縄張りに踏み込まれれば憤る。
そして。
「さぁ、十八だ。残り九体、行ってみようかぁ!!」
多かったと思った群れが三分の一まで削られた瞬間、オークたちの中にあふれたのは何か。
恐怖だ。
猪突猛進しか能のない、オークが後ずさった。
イノシシを基としたその厳つい顔が引きつった。
その表情を見た瞬間、わかった。
こいつらが恐慌状態に陥ったことを。
そこから迷いなく、一気に前に駆け出した。
本来であれば突進で距離を詰めるのはオークたちの専売特許だ。
だけど、今の彼らは棒立ちで、どうすればいいかわからないと顔に書いてある。
敵が来たのなら殺せ。
そのモンスターの本能を恐怖が塗りつぶした。
突進してこないオークなんぞ、木偶の坊に過ぎない。
槍を突き出せば、腕を交差させて防御しようという反応くらいは見せるが、裏を返せば反撃にワンテンポを置き、さらに他のオークたちはこの隙に俺を攻撃しようなんて欠片も思わない。
安全にオークを攻撃できるので、太いオークの右腕を刺し、そして引き抜きがら空きになったお腹に差し込めば。
「はい、首ががら空きです」
十九と数え、そして振るった鎌がオークの首を刈り取る。
その攻防でまたもや、オークたちが一歩下がる。
だけど逃がさない。
近場にいたオークに襲い掛かると、今度は我武者羅に手を振って追い払おうと抗ってきた。
だけど、槍であれば、その荒ぶる腕の隙間を安全に突き刺すことができる。
深々と突き刺さり、そして腕の動きが痛みにより、ピタッと止まる。
「二十と」
その動きは致命傷だ。
マジックエッジによってつくられた鎌は無防備になったオークの首を刈り取る。
「残り七体か」
モンスターハウスにぶち当たった時はどうしようかと悩んだが、意外や意外、このレベルでもどうにかなるもんだとカラカラと笑いがこみ上げてくる。
「しかし、これだけ倒してもドロップアイテムが最低保証とか・・・・・どうよ?」
その笑いは自分の行動と、自分のドロップ率の悪さを笑っているだけで、決してオークをドン引きさせるためのものではない。
「さてと、あとで襲い掛かれても面倒だし、出会って追いかけてきたのが運の尽き」
足元に転がるアイテムを拾わないといけないので逃げないのならこのオークたちもご退場願おうか。
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