20 EX 獅子公爵2
本作が書籍化&コミカライズ決定したしました!!
リベルタたちとともにロータスが公爵家に帰ってきたその日の夜。
元から精霊石を取りに行くことを約束したが、それを風竜ダンジョンの攻略に必要とされているがゆえに公爵の依頼として受注し、彼は無事に達成した。
「ロータスよ」
「はい、なんでございましょう」
「リベルタのやつは、私の胃を痛めつけて楽しんでいるのではないだろうな?」
「そういった趣向はないと私は思いますが」
しかし、せっかく依頼を達成したというのにもかかわらず公爵の顔色は優れない。
「では、この精霊石の山は何だ?」
依頼を失敗したわけではない。
むしろ過剰と言うほどしっかりと素材を採取して、提出してきた。
期待以上の働きというのは元来ほめるべき行いであり、そして公爵自身もリベルタが頑張りましたと胸を張ってこれを持ってきたときは表面上は褒めたたゆえ、報酬は弾むと宣言した。
だが、内心では物事には限度があると叫びたかった。
信賞必罰は貴族の常。
失敗には罰を、成果には褒美を。
この理に基づいてリベルタに報酬を渡すとなると、どういう報酬を渡すべきか判断が難しくなり。
過小評価すれば、次に成果を出した者も過小評価せねばならなくなり、過剰評価すると今度は次に同じような成果を出した者にも同じような評価を下さねばならなくなる。
「精霊と仲を深めた結果と聞いております」
「この量の精霊石を回収できるほどだと?」
当初の予定であれば、只でさえ手に入れることの難しい精霊石だから、その数は風竜に挑む兵士たちの装備分に足りれば僥倖のはずだった。
しかし現実にリベルタが依頼を達成して持ち帰った精霊石は、その量も質も公爵が想像し得る最高の成果を何倍も上回るものだ。
絶対にこんな量を持ってくるとはだれが思ったか!と公爵はリベルタから提出された精霊石の山を見て咄嗟に思ったことを口に出さなかった自分を褒めてやりたかった。
適正な評価を下すというのは往々にして難しいものだ。
それも想定外の成果となればなおのこと難しくなる。
「はい、予定よりも少々長めに山に入っておられましたが、どうやら精霊回廊を複数箇所巡ってきたようで採掘に時間がかかったと」
「それでこれだけの量を用意したと言うのか?」
公爵とロータスが今いるのは、公爵の屋敷の宝物庫だ。
様々な宝物を収める蔵のなかに新たに運び込まれた精霊石は地水火風の四種の属性に加え、その質と量は公爵家でもかつて持ちえなかったものだった。
床に布を敷き、そして枠を付け加え、まるで宝石の絨毯かと言われても納得できるほどの精霊石の数。
これを見せられて、正当に評価してくれと言われて、わかったと即断できる奴がいるのなら即座に目の前に連れてこいと大声で叫びたいと公爵は思う。
「風竜の討伐には色々と入用だろうと心配されておりまして、その気遣いかと」
「ここまで用意したのだから確実に仕留めろと言われているような気もするな」
「そのような意図は・・・・・おそらくないかと」
「その間はなんだ?」
おまけに、変な勘繰りまでしてしまう貴族としての性が面倒な思考を呼び起こしてしまう。
それは意図しなくとも公爵の逃げ道を塞ぐかのような意志とでも言えばいいのか。
リベルタにはそういう意志はないとしても、これだけお膳立てされたのなら絶対に成功させねばならないというプレッシャーを感じてしまっているのもまた事実。
これだけの精霊石があれば強力な武器を作れてしまう事実がまた厄介な可能性を考えてしまう。
「私めもリベルタ様と今回同行しましたが、あの方の思考は読めません。様々な知見を持ち得ながら、どことなくズレた思考をお持ちです。今回の件も、悪意はなく、さりとて下心がないわけではないと思います。彼からしたら善意、しかし、返礼を拒否することはないというスタンス。そんな御仁がプレッシャーをかけてきているとは思えませんが、完全にそういう意図がないとも思えません」
市場にここにある精霊石の半分でも吐き出せば、それだけでもエーデルガルド家の懐は大いに潤う。
「こちらとしても何も返さないわけにはいかん。仮によくやったと言ってそれだけですませば貴族のメンツに傷がつく。だからこそ褒美に何がいいかと聞いたのだ」
それだけの成果を提供したリベルタに報いなかった場合、貴族として多大なる傷を負う。
「その結果、リベルタ様が求めたものがあれですか、いやはや恐ろしい」
それを精算するためにしたリベルタとのやり取りを思い出したロータスは、思い出し笑いを披露した。
それに対し、公爵は溜息を吐き。
「笑い事ではないわ、こちらの労力的にできるかできないかの絶妙なラインを攻めてきおったわ。やってほしいことが人探し、それも凶悪犯の居場所を確認してほしいと来たか」
「理由は単純明快、必要だからとおっしゃっておりました」
「その必要性の理由を私は知りたいのだがな。なぜ、あやつはこの三人の情報を欲する?」
公爵の部下に暗部を持っているからこそ、情報戦もできると理解されていることに溜息をさらに吐きたくなった。
精霊石はいわば依頼料、しかし下手に放出できない。
もし市場にばらまきでもすれば王家に出所を探られ、そのままリベルタの存在も明るみに出てしまう。
まだリベルタとの協力体制の地盤固めができていない現状でそれは芳しくない。
言い出すとしても、もう少し彼をこちら側に引き込んでからだと考えている公爵は大きくため息を吐く。
「クラス4の精霊石を各属性二つずつ、クラス3の精霊石にいたっては風と火は二十ずつ、水と土は十ずつ。売れば平民なら一生遊んで暮らせる財を献上するとはずいぶんと警戒しているようだな」
「温泉につかりながらですが、私も話を聞きましたが絶対に会いたくないとおっしゃっていましたな」
「並大抵のことには対応できそうなあやつが接触を拒むか、ますます嫌な予感がしてきたぞ」
平民の子供に借りを作る公爵。
他の貴族たちが聞けば嘲笑の的になるのは確実だ。
「ひとまずは、最初の要求であるギルドの用地にダンジョンを開放できるエリアを確保するぞ。兵で囲える場所を選定するのだ」
「かしこまりました。同時に対風竜用の装備の制作も始めてよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む。私は暗部に指示を出す」
となればやれることは早々にやるべきだと判断し、行動に移そうとしたのだが、宝物庫の扉が開き、そこから一人の執事が現れた。
「閣下、よろしいでしょうか?」
恐る恐る声をかけてくる。
公爵家の執事であるのならもっと堂々としろと公爵は思い。
「なんだ、今は忙しい後にしろ」
そう強い口調で言い放った。
普段であればそれで退散するのであるが、恐れと困り顔を見せながらも執事はその場から動かなかった。
「どうした、後にしろと言ったはずだが」
「それが、王家からの使者がお見えでして」
「なんだと?」
さらに言いつけようとしたが、その言葉が途中で止まる。
風竜のダンジョンの攻略の目途もたった。
あとはリベルタが残してくれた戦い方を基に、ダンジョン攻略を進めていけば問題はないはず。
そんな算段に目途がたったタイミングで、王家からの使者が面会を申し込んでくるとは思いもしなかった。
何故このタイミング。
どことなく嫌な予感を感じる公爵は思わずロータスの方を見てしまった。
「はて、どういったご用件でしょうか?」
彼にも心当たりがなく、なぜこのようなタイミングで来たのかわからないと首をかしげてしまう。
ダンジョンへの対応は問題なく報告している。
周囲の公爵家の嫌味を感じつつも、まだ猶予はあったはずだ。
「……奴の存在が漏れたか?」
「そのようなことはないかと」
そこまで切羽詰まっているかと思い、他に理由がないかと考えて思いついたのはリベルタの存在が王家に漏れたということ。
「もし仮に彼の存在がばれたとしたら使者ではなく近衛兵が閣下を城へ連れていくために来ているでしょうね」
「それもそうか、となるとますますこのような時間に王家から使者が来る理由がわからないな」
その心配は杞憂であるとは思うが、念のため確認しておくべきだと暗部に調べさせる要項が増えたなとため息を吐き。
「わかった、使者はどこにいる?」
「応接室の方にご案内しております」
「そうか、すぐに向かう」
「かしこまりました」
ひとまずは会うことにする。
それだけ王家というのは無視できない存在だ。
例えこんな時間に来ると言う非常識な行為であってもだ。
宝物庫から一旦離れ、そしてロータスを引き連れ応接室に向かう。
「まったく、リベルタの次は王家か。どんな厄介ごとを持ってきたか」
「厄介ごとであることは確実なのですな」
「そうではないと言える根拠があるか?」
「ありませんな、こんな夜更けに王家からの使者、お茶のお誘いにしては常識外れかと」
王家の使者、一体どちらの使者だ。
王家の使者と名乗れるのは実質二人、公爵の脳裏に王と宰相の顔が浮かぶ。
「であろうな、どちらだと思う?」
「王はなんだかんだ言って翌朝まで時間を引き延ばすでしょう、おそらく宰相閣下の方かと」
そしてあの気弱な王が非常識な時間帯に、用事があるとはいえ使者を送るかと言えばそんなことをするわけがない。
となればもう片方の政務をこなす方の人物ということになる。
王の代理を務めることができる地位にいる人物。
「そうか、用件は予測できるか?」
「いえ、生憎見当もつきません」
そんな話をしていると、目的の部屋にたどり着き、そこに待機していた執事の一人が扉をノックし、公爵が来たことを伝える。
そして主の目配せで扉を開け、中に入る。
「夜分遅くに失礼します」
そこにいたのは痩せ気味の中年の男だ。
眼鏡をかけ生真面目だけが取り柄だと言われそうな人物。
「卿か、ジュレム男爵」
その男には見覚えがあった公爵は即座に名を呼ぶ。
「はい、エーデルガルド公爵」
政務官の一人であり、王城勤めの貴族の一人。
宰相の配下であり、そして。
「護衛もつけず、卿一人でくるとは一体王は何用で貴殿を使者にした?」
使者としてくるには些か不自然な人選であると公爵は眉を顰める。
この男の品格が劣っているわけではない。
ただ単純に、この男は事務方であり、こういった使者としての礼節を慮る役割の立場に立つ機会が少ないのだ。
子爵以下の貴族への使者として考えるのであれば問題ないが、王家から公爵家への使者と言うのであれば不適切ではないが、礼儀に欠けると思われかねない人選。
「エーデルガルド公爵、できればお人払いを」
「このロータスは我が腹心、たとえ命を消される直前になっても忠誠を欠くことはない」
そんな人物にロータスを離して、二人で話したいと言われて余計に機嫌が悪くなる。
よもや王家は、他の公爵家の方に傾いてしまったのではと、考えてしまった。
「我が言葉、信じられぬか?」
「滅相もございません!!そういうことでしたら問題ございません。ただ、この話は内密にお願いいたします」
「わかっておる」
公爵からの自身への心証が悪くなりかけていることに気づき、ジュレムは青くなって手を振り誤解を解こうとするが、こんなことで一々怒っていては身がもたないのはわかっている公爵は振りだけでも怒ったように見せただけで、あっさりと怒りを鎮めた。
「それで用件ということなのですが、つい先ほどボルドリンデ公爵から王へ報告がございまして」
しかし、エーデルガルド公爵家ではない、別の公爵家の話が出てしまえば話は別。
一気に警戒心を引き上げ、それを表情には出さず、そのまま話を聞くこととなり。
「その内容が、英雄らしき子供を保護したと」
「なんだと!?」
北の公爵、FBOでは城蛇公爵として呼ばれる人物が、王が勅命で探させていた英雄を見つけたと報告をしたということ。
その言葉につい驚き、公爵は立ちあがった。
「それはいつのことだ!」
「報告されたのはつい先刻のことです。子供を見つけたのは一カ月ほど前と伺っており、今はボルトリンデ公爵の屋敷に保護されていると」
てっきりリベルタがボルトリンデ公爵の下に連れていかれたものだと早とちりしたが、追加で聞きだした情報では、リベルタではなく別の人物が英雄だと思われているとのこと。
「王は、これが真実か否かはさておき早急にエーデルガルド公爵には伝えるべきだと思い、私を遣わしたわけです」
「なるほど、王のご厚意に感謝する」
エーデルガルド公爵としてはリベルタが英雄だと思っているからこそ、別の人物が英雄だとは思っていない。
ボルトリンデ公爵が権力欲しさに英雄を擁立したかと考えた。
しかし、東西北の英雄という比較対象がいるのにもかかわらず、そのような幼稚な策が上手くいくものかと考えた。
ちらりとロータスを見たら、彼は頷いた。
リベルタに確認をしないといけないという意図を悟ってくれた腹心に笑みを浮かべ。
「今夜はもう遅い、部屋を用意させる。泊まっていくがいい」
「ありがとうございます」
もう少し詳細を確認するとしよう。
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