16 精霊召喚
一抹の不安、相手は会話ができ、なおかつ人間と友好的な存在であるが竜以上の力を秘める存在だと認識してから、俺たち一行の空気に緊張感が漂った。
「ここだな」
「ここって」
「温泉、だよね?」
「ああ、自然があつらえた天然温泉だ」
口数は減り、山道での道のりでも野営中の時間であっても会話がイマイチ弾まなかった。
そんな雰囲気の中たどり着いた場所にネルもアミナも首を傾げ。
「秘湯と言うべきでしょうか、ですが獣が入った形跡もありませんね」
「はい、荒らされた形跡もありません」
クローディアが温泉の周囲を見回し、そして自然の中にあるにしては綺麗に保たれていることにイングリットも首を傾げる。
「ここは精霊が立ち寄る温泉地だからな、さすがの人面樹もここには手を出さなかったようだ」
こういった自然の温泉地に猿が入ったりする光景を見たことがある。
だけど、ここは神聖な場所と言わんばかりに何かが荒らしたような形跡は一切ない。
「それになんだか、不思議な感じがするわ。なんていえばいいのかしら。暖かくて、優しい?」
「わかる、なんかお母さんに見守られているような、お父さんの背中を見ているような」
手を出したらただでは済まない気配とでも言うべきものが、この温泉の周辺の大地に浸み込んでいると言われれば物騒に聞こえるが、単純に精霊の力が浸み込んだ地が精霊によって安全地帯と認定されているだけだ。
竜の巣に近づく馬鹿はいない。
それと一緒で精霊の寄り付く場所にモンスターは寄り付かないというわけだ。
ネルとアミナの感じた感覚はその精霊の力の残照というわけだ。
「雰囲気的にもここで間違いはなさそうだな」
ゲーム時代にも訪れたことがある場所ではあったが、地理的な面で誤差があるのは前の沼竜の湧きポイントの探索でわかっていた。
だから似て非なる土地の可能性も考慮していたが、幸い間違っていなかったようだ。
となれば、せっせとロバの背に載せた荷物を降ろし始める。
「まずはここから離れた場所に野営地を作ろう。あ、絶対に温泉に入らないでくださいね。あと、ゴミを捨てたり不要な伐採とかも厳禁。ここが神聖な場所だと思って慎重に行動してくれ」
「かしこまりました」
イングリットがテントを抱え辺りを見回せば、温泉から少し離れた場所にちょうど開けた場所がある。
まるでここで野営しろと言わんばかりの開けた都合の良い土地。
「あ、あそこはダメ。あそこは精霊たちの宴会場だ」
そこに向かおうとしたイングリットを引き留めた。
「宴会場ですか?」
「ああ、ここは月に何度か精霊たちが集まって宴会をする場所なんだよ。と言っても酒を持ち寄ってどんちゃん騒ぎをするんじゃなくて、集まって近況報告をするような場所だな」
「意味合いとして集会場の方が近いと思うんですが」
「んー、いや、精霊たちが宴会と言ってたから宴会場なんだろうな」
「そうですか。でしたらあそこは大丈夫でしょうか?少々森の中に入りますが」
都合がいい場所には意味がある。開けた土地にも精霊たちの力の残滓が残っているからと納得して、イングリットは別の場所を探し始める。
そして指さしたのは木々の間にできた場所。
三本の木に囲まれ、日当たりも悪いが、それでもテントを張るには十分なスペースがある。
「あそこなら大丈夫だ」
そしてそこは精霊の集う場所ではない。
精霊の力の残滓もなく、手入れもされていない。
俺は大丈夫だと頷き、イングリットがその場所にテントを運んでいく。
「リベルタ、私は薪を集めてくるわ」
「頼む、結構使うから多めに頼む」
「まかせてよ」
「一人では大変でしょう、私も行きます」
「お願いします」
それに続き、ネルはロバに載せていた背負子を担いで薪集めに出かける。
同道するのはクローディアだから何かあっても問題ないだろう。
「さて、俺たちは精霊を呼び出す準備をするぞ。アミナ、お前が鍵だ」
「頑張るよ!」
俺たちが寝泊まりする準備はイングリットたちに任せて、俺とアミナの二人で精霊を呼び出すための準備に入る。
「ねぇ、リベルタ君」
「ん?」
ロバに載せていた荷物の大部分はその呼び出すための道具だ。
「本当にこんなもので精霊様を呼べるの?ほかに方法があったりしないの?」
「呼び出す方法かぁ、あるにはあるぞ?」
中位精霊を呼び出す方法は実は結構あったりする。
「一つは儀式召喚だな。魔法陣を描いて大量の精霊石を使って、属性を絞って呼び出す方法だ」
「うん、僕も知っているよ。神官様がやるって聞いたことがある」
「だけど、あれ、実はかなり精霊に嫌われる方法なんだよ」
「嫌われる?」
せっせと道具をあらかじめ敷いておいた布の上に広げながら誰もが思いつく王道の方法を言う。
「儀式によって了承を得ずに無理やり呼び寄せて、力を貸せって交渉するんだ。人間で言えば、寝ていたところや友達と遊んでいる途中で、すべての用事を放り投げて力を貸せって言われているようなものだ」
「それは、嫌だね」
「そうだろ?だいたいそういう方法を取る輩は自分の都合しか考えていないんだよ。世界を救いたいとか、世界一強くなりたいとか、自分の生活が危ないからとか、呼び出した側の都合でしかないんだ。平穏に過ごしていた精霊からしたらふざけるな、そんなこと知るかの一言で済んでしまう話なんだよ」
精霊召喚と言えば魔法陣に儀式!と様式美だけを言えばその通りだ。
だけど結局は力技で、人の世界と精霊界を魔法陣で無理やりつなげて、そこから釣り糸を精霊界に垂らし無理やり精霊に釣り針をひっかけて釣り上げているに過ぎない。
「うん、僕も絶対に怒る自信がある。歌っている最中とかだったら呼び出した人を蹴り飛ばしちゃうよ」
「だろ?精霊術とか召喚術とか極めた人でもそこら辺は変えることができないんだ。契約で無理やり縛るって方法もあるにはあるけど、そうすると精霊の力はほとんど引き出せないしな」
そんな方法で召喚した精霊が素直に言うことを聞くかと聞かれれば、答えは二択だと答える。
「しかもその方法で呼び出されたら、精霊が勝負を挑んでくるからそれに勝って力を示すか、呼び出されたと同時に逃げ出すからそれを逃がさないように捕まえるかのどっちかでしか契約まで持っていけないから手間も多いと来た」
「そこから精霊と仲良くできるの?」
「そこも注意なんだよ。この方法で契約すると精霊の好感度がマジでマイナス補正がかかってほとんど上がらない。よほど精霊と根気よくコミュニケーションを取れる自信がある人じゃないと無理」
加えて欠点として無理やり呼び出している段階で好感度はゼロどころかマイナススタートで、上昇幅もマイナス補正がかかってグッドコミュニケーションを繰り返したとしてもミリ単位でしか上がらない。
おまけに、下がるときは異常な下がり幅だからマゾか変態か鬼畜ゲーのやり込み勢くらいしかこの方法で精霊を召喚しようと思わないのはご愛嬌だ。
まんまざまぁ系異世界勇者召喚の話になっているけど、検証班の友人からこの話を聞いたときはなるほどと納得した。
「じゃぁ、前にリベルタがお菓子を持っていって精霊様に会った方法は?精霊様って甘いものとかが大好きだよね?井戸にいた精霊様もそれで呼びだせたようなものだし」
「あれも例外、方法の一つとして数えられる程度には呼び出せる精霊はいるけど、ピンポイントで狙い撃ちしないと呼び出せない方法だし、そういった精霊はだいたいが契約までこぎつけなくて、対価で何かを貰えるっていうのが常なんだ」
「なんだか、難しい話になってきてる?」
「精霊にも意思があって、そう簡単には力を貸さないぞって話なだけだ」
精霊はお人よしの慈善活動家ではない。
召喚に成功したから、対価を渡したから、それでなんでも言うことを聞くかと言われたら、人間でもなんで?と首をかしげるだろう。
FBOの世界の精霊使いが不遇であり不人気であったのはそこら辺の扱いが難しかったからだ。
労力の割に対価が合わないと投げ出す人が大半で、やり込み勢の中でも優秀な精霊使いの人は少なかった。
「ふーん、じゃぁリベルタがやろうとしている方法なら大丈夫なの?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかの話で言うのであれば、少なくとも下手を打たなければ精霊たちが不機嫌になることはないだろうな」
「失敗したら?」
「総スカンを食らって立ち去られて、次の機会の好感度がマイナススタート」
「うわぁ」
「ちなみに、好感度が底を突いたら攻撃してくる」
「危ないよね!?」
「危ないなぁ、だから一回目が重要なんだよ」
そんな数少ない精霊使いたちが心がけ、そしてもし精霊使いとして大成したいのならこれだけは必須という原則がある。
対等であれ。
上でも下でもない、困ったときに互いに助け合えるような仲を目指せ。
力に依存するな、存在を見下すな。
常に切磋琢磨できるような仲間になれ。
ほとんどの、というか俺が知り合った精霊使いの人たちは口をそろえてそう言ってた。
FBOというゲームの世界では、たかがデータの集合体である精霊というキャラクターを実在する意思のある存在として扱えと言うのだ。
始めは困惑、次第に納得という形で俺は受け入れたが、受け入れられない人もいた。
ゲームに熱くなりすぎてるキモイ奴ら。
現実とゲームの区別がつかないやつら。
そんな嫉妬が混じった罵詈雑言を吐く輩も一定数いたのだ。
こういう輩はまず精霊関連のイベントは一切合切進められなかった。
そのことで腹を立てFBOから立ち去った人も少なからずいる。
本気で精霊と接して対等な関係を作れた人だけが精霊使いとして大成する。
そんな重要な精霊にアプローチする一歩目で俺が用意している物と言えば。
「ボールに、羽根つき、あとは土俵やコートを作るためのロープと」
遊び道具だ。
友達を作るのに何をするのが一番か、大人なら一杯どうですかと飲みに誘うというコミュニケーションツールがある。
子供ならどうだ。
近所の公園に出かけて、一緒に遊ぼうと見知らぬ男の子や女の子にボールを見せながら遊んだ記憶はないだろうか。
俺もゲームにのめり込む前にはそういうことをした記憶がある。
学校の昼休み、そして放課後、いついつどこどこで待ち合わせなと誰かの家に行ったり、近所の広場で鬼ごっこをやったりして遊んだものだ。
遊び道具は、すべて店で売っているものだ。
少々不細工であるが、皮でできたサッカーボールのような物、羽根つきの羽子板らしきものとバトミントンの羽のような物、コートを区切るためだけの細長いロープ。
「あとは勝者へのご褒美のお菓子と」
「やっぱり、お菓子があるんだ」
「結局のところこれが一番好きだからなぁ、だけど、ただあげるんじゃなくて一緒に遊んで一緒に食べる。これが仲を深めるために重要なことなんだ」
取り出した皮袋の中から出したのは焼き菓子だ。
公園で遊んだ後に、持ち寄ったお菓子を分けて食べるとやたらおいしく感じないだろうか?
俺は少なくとも一人で食べるよりは美味しくて楽しいと感じる手合いだった。
「うん、僕もそう思う、一人で食べるよりみんなで一緒に食べた方が良いよね!一緒に遊んだ後だとお腹も減るもん!」
その事に共感してにこっとアミナも笑ってロープを手に持ってコートづくりと土俵づくりを手伝ってくれる。
「でも、本当にこれで精霊様って来るの?」
木槌でロープを固定する杭を打ち、四角いコートと、正円ではないちょっと歪な丸い土俵みたいなのを作る。
コンコンと木槌を振るって、着々と遊び場が出来上がっていく中での疑問。
アミナの中での精霊像は威厳が満ち溢れている存在がきっとできているのだろう。
「子供が楽しく遊んでいるのってさ、楽しく見えるだろ?」
「うん、見える」
「それを見ているだけじゃなくてさ、一緒に遊ぼうって誘われるとうれしくないか?」
「嬉しい!!」
「そういうこと」
「そういうことかぁ、じゃぁ、僕たちが楽しく遊んでその遊びに誘ってあげればいいんだ!!」
「そうそう、本気で楽しんで遊ぶ、これが結構難しい上に、そのあと精霊たちと遊ぶのも大変なんだわ」
だけど、彼らはアミナが想像しているよりも随分とやんちゃでユーモアにあふれる存在だ。
「大変って?」
「アミナ、考えてみろ。彼らは普通に竜種と戦えるようなスペックを持っているんだ」
「うん」
「そんな相手とボール遊びや、羽根つきっていう遊びで勝負し楽しみあおうと言うんだ」
テンションが跳ね上がると、感情が高ぶってハッチャけるなんてことはある。
感情任せのフルスペック勝負。
その現実に気づいたアミナの血の気が引く。
「安心しろアミナ」
「そ、そうだよね。リベルタ君なら勝算があるよね!!」
「遊び道具には弱者の証を混ぜてある、壊れる心配はない」
「そっちの心配!?」
大丈夫大丈夫、と俺も若干の冷や汗を感じながら笑うのであった。
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