14 温泉でのひと時
街を覆い尽くしていた湯気と熱気は元凶の人面樹を討伐したことによって消え去り、街は平常に戻った。
湯気に包まれていただけで、特段破壊されたわけでもなく元の平穏な街並みを取り戻したノーリッジ。
まさか本当に事件を解決できるとは思っていなかったサトスは戻ってきた俺たちに驚き、次いで感謝の言葉を述べた。
そしてそのまま何もしないということは貴族としてあるまじき対応だと言って、平民だということを抜きにして街の恩人として最高級の温泉宿を押さえ、俺たちを迎えてくれた。
事件の調査結果と被害報告は俺たちが疲れを癒してからということで、宿の従業員たちは大丈夫なのかと心配したが、結果として脱出しようとして人面樹のトラップの犠牲となった住民とノーリッジ家の家臣以外に亡くなった人はおらず、多少体調を崩した者はいたけど、それもノーリッジ家の魔導師たちの尽力もあって休んでいれば治るとのこと。
亡くなった人に関しては、ノーリッジ家の方で対応すると言ってくれた。
無事な従業員が総出で出迎えてくれて俺たちは今、温泉宿の温泉で戦いの疲れを癒そうとしている。
ここでの流れなら、サービスシーンが流れる展開。
「あー、戦った後の温泉って格別だぁ」
「さようでございますね、リベルタ様」
「ロータスさんもお疲れさまでした。街の人への救護作業大変でしたよね?」
だけど残念、俺とロータスさんという、少年とおじいさんという組み合わせの入浴シーンになってしまっている。
生憎とうちの女性陣の平均年齢は低めなもので、そういうのはもう少し先の話になりそうだ。
疲れた体に温かい温泉というのは身に染みる。
ステータス補正で身体能力が上がっているが、それでも疲れはしっかりとあるのだなと実感する。
「いえいえ、私は部下に指示を出して閣下に報告をしていただけです。真に労わるべき功労者はリベルタ様たちでございます」
「俺もできることをしただけですよ。クローディアさんがいたからどうにかなるってわかっていたので、まぁ、他力本願ですから」
「仲間の力を把握しその力を引き出せる環境を作り出し、敵を倒す。その戦略眼と的確な判断をする能力だけでも大いなる力ですよ。自身の過小評価はほかの皆様の評価も下げることに繋がります。ほどほどにしておいた方がよろしいかと」
一メートルほど距離を取って、露天風呂につかりあう俺とロータスさん。
今この時間は男湯も女湯も貸し切りということで俺たちが使わせてもらっている。
「そうですかね?」
「はい」
「じゃあ今は、この温泉を遠慮なく堪能しますね」
「それがよろしいかと。ノーリッジ殿も後ほどリベルタ様に挨拶に伺うとおっしゃっていました」
「それって、サトスさんではないですよね?」
「ご当主本人が来るとおっしゃっておりました。あなたのおかげで街が救われたのですから、まともな貴族であれば自ら足を運ぶのは当然のことです」
「まるでまともじゃない貴族がいるみたいな言い回しですね」
何も着ず、全身を白く濁った少しぬめりのあるお湯につからせ、脱力しつつロータスさんの言い回しにそんなことを言って大丈夫かと聞いてみると。
「ここにいるのはなにも着ていないただの老人が一人ですよ。裸の王様がいないのと一緒で、裸の執事もいないのですよ。仮に誰かが聞いていたとしても温泉と一緒に流れてしまう程度の話ですよ」
「そうですか」
「はい、そうですよ」
祖父と孫ほどの年が離れているのにもかかわらず、まるで友人に語り掛けるように笑い大丈夫だと宣言する彼の言葉にどことなく安心感を覚えつつそのまま肩を温泉の中に沈める。
「しかし、クラス6の敵を倒してしまうとは、あなたでしたら風竜もあっさりと倒せるのではないですか?」
「風竜と人面樹の戦闘能力を比べちゃだめですよ。それに今回のトレント種はステータスとスキルを擬態とデバフの能力強化に振ったタイプのモンスターですから直接戦闘能力は低めですよ。クラス6の中でも底辺って言ってもいいです」
称賛されるのは嬉しいが、今回の敵は正直そこまで直接戦闘能力が高くないのがわかっていたから挑んだと言っていい。
擬態系のトレントは、本体の位置の把握と、そして霧や熱気といった視界を封じ体力を削るデバフ系統の対策をしてしまえば六割がたその能力を封じることができる。
「風竜はクラス6の中では上位に入る強さです。実力差はだいぶあるんですよ」
「ほう、具体的に言えばどれくらいあるのですか?」
「もし風竜が人面樹と戦うとなったら、人面樹が百体いても風竜一体が勝ちますよ」
「なんと!?そこまでステータスに差があるんですか!?」
「ステータス差もそうですけど、シンプルに相性が悪いんですよ。人面樹の属性は土、風竜の属性は文字通り風、この段階で風竜から人面樹に与えるダメージが二倍になりますし、対空攻撃能力が乏しい人面樹と対地攻撃を潤沢に持っている風竜、スキル面でも相性最悪ですよ」
今回の人面樹の恐ろしいところは獲物がどこにいても自分の縄張り内であれば地面から不意を打てるその一点だけだ。
根っこの攻撃能力はクラス6の中では最弱の部類ではあるが、それを補える数がある。
そして地面に生やすという条件があるけど、広範囲に展開できるという射程距離の長さも武器になる。
結論を言うと、人面樹の今回の強さは、温泉の湯気という視界を塞ぎ体力を削る手段を身に着け、本体を森の中に隠し、一方的に攻撃できるという環境を整えているという条件的有利が重なっていただけだ。
それ以外の欠点も当然だが目立つ。
「おまけに、大空を飛び回れる風竜に対して、人面樹は一定の位置から移動ができません。固定砲台として有能であるなら問題ないんですけど、固定砲台としてではなく地中に罠を張る方面に特化している人面樹じゃ空からひたすらブレスを撃たれ続けたらあっという間に死んでしまいます」
まず移動できない。
すなわち攻撃を回避できないということ。
有り余るタフネスと回復能力でしのごうとするのがトレント系の戦闘パターンだが、裏を返せば回復能力が追い付かないほどの攻撃力のある行動を受け続けると削り倒されてしまうのだ。
攻撃アクションの大きい大技系を回避するという選択肢がないのは戦闘という行為においては致命傷と言ってもいい。
「ふむ、すなわち今回の敵は対策がしやすい敵だったということで?」
「そういうことです」
視界を回復させて、攻撃がどこから来るか把握して波状攻撃を受けないように立ちまわれば、遠距離から魔法をひたすらブッパするだけで倒せてしまう。
俺たちには魔法使いがいないから今回は接近戦を挑んだけど、一番簡単なのは風属性の弓を用意して、足元の根っこをすべて排除すればこっちが一方的に攻撃して撃破すらできてしまう。
面倒なのは本体の位置を発見するために走り回るという調査過程だけだ。
その間にダメージを負い、追い詰められるのが対トレント系の敗北パターンなのだ。
「ちなみに、流れで聞きますけど、今回のトレント誰かが仕組んでいるとかそういうのあります?」
「この前のスタンピードのように誰かが意図的に起こした事件だとお思いで?」
「その可能性があってほしくないという願望込みですけど」
「そちらの方は何とも、念のため調査し裏を取らせていますが、今のところはノーリッジ男爵の不手際という線が濃厚ですよ」
そんな弱点が多い敵ではあるが、ここまで進化を見逃すのは何か思惑があるのではと疑ってしまう。
この前のスタンピードの件もあるし、ここ最近の西から流れてきていた冒険者もいる。
あからさまに治安を悪化させるような動きをする輩が目立つのだ。
「そうですか」
「なにか心配事でも?」
「……」
そういう行動をしたがる輩に俺は何人か心当たりがある、悦楽を求める輩に、使命感で動く輩、気分で動き回る輩、FBOでできる限りエンカウントしたくないと願う面々が脳裏に浮かび、そいつらなら今のこの世界でも普通に活動している時期なので暗躍していてもおかしくないとつい眉間に皺が寄る。
「あるのですね」
そんな顔を見ればロータスさんも俺に心配事があるというのはわかってしまう。
「あるには、あるんですけど、憶測にすらならない妄想、いえ願望ですね。どうか動かないでほしいというかこの世にいないでほしいと願う現実逃避です」
少なくとも、今のレベルの状況では絶対に会いたくない輩で真っ先に思いつく三人の顔。
この世界がFBOの元となった世界だと言うのなら存在していてもおかしくないが、どうかいないでくれと切実に願ってしまう。
「あなたがそこまで言うということは相当危険な人物ということですか?」
「正直、戦闘能力だけでもやばいです」
「いかほどで?」
「クローディアさんでも正面から戦って勝率五割を出せればいい方です」
「クローディア様が!?」
のんびりとした雰囲気を醸し出す、露天風呂で話すようなことではないが、正直ここまでトラブルが続いていると三人のうちだれか、あるいは二人、最悪全員が活動している可能性を考えてしまう。
ネームドという存在は決して味方だけの象徴ではないのだ。
敵側、ようは悪党にもネームドというのは存在する。
ゲーム時代のステータスに、スキル構成を思い出す、その戦闘能力がただのネームドとは一線を画すほど能力と才能に秀でたヴィランネームド。
「ドSでドMな道化師と、頭が薩摩なテロリストと、なんでこんな奴に才能を与えたと嘆くようなバカ、どの話を聞きたいですか?」
この情報を公爵閣下に伝えるのは正直悩むが、被害にあってから話すのは不義理だと思った。
だから、口にしたら、いや、名前を呼んだらエンカウントしそうな気がしてせめてもの抵抗で、言葉で表すならという形で人物を表現してみた。
「サツマというのは地名でしょうか?」
「はい、俺の住んでいた土地に昔あった地名ですよ。そこに偉く強くて、戦のことに全てを全振りした人種がいたんですよ」
首を狩ることに喜びを感じ、猟犬のような忠誠心を心に抱き、主人が敵大将を倒せと言えば仲間の屍と敵の屍の川を渡って首級を求めて戦場を駆ける。
そんな過去の偉人たち並みにヤバイキャラがいるのだ。
この世界にない地名を言ってしまったが、そうとしか表現ができないのだ。
「それは・・・・・」
俺の説明に理解が及ばないとロータスさんが、首をかしげてしまったがわからなくても仕方ない。
置いて行け、首を置いて行けと怨嗟のように言い続けて、いきなり奇声をあげて刀を振り上げ襲い掛かってくる集団など想像できないだろ。
「戦場で功名を得ることに特化した、危険思想の集団とでも思ってくれればいいですよ」
「それはただの戦狂いというのではないですか?」
「その上位互換です」
俺たちFBOプレイヤーも、そのキャラに出会った際になんだこいつはとドン引きした記憶が植え付けられている。
初対面でいきなり、天の敵と叫んで刀で切りかかってくる辻斬りの中でも最上位に入るやつだ。
そんな奴を理解しろというのは無理がある。
おまけに勝てないとわかるや否や、とんでもない速度で逃げ出して暗躍モードに切り替わるから出会ったら確実に仕留めろと掲示板ではよく言われていた。
かく言う俺も、素材収集中に出会って背中からバッサリと切り捨てられてせっかく集めた素材全てをロストした経験が多々ある。
ゲーマーにとって、時間をかけて集めた素材を全ロスするというのは殺意の波動に目覚めるスイッチのようなものだ。
それがより希少性のある素材であればより一層殺意に目覚める。
プレイヤーの中にはその殺意を解消するために奴特化のメタキャラを構成する猛者もいた。
この世界にいるやつはゲームとは関係ないかもしれないが、俺は忘れないぞ。あの希少なアイテムをロストした恨みを。
「危険な人物だというのはわかりました・・・・・そのような人物がほかにも二人いるんですか?」
つい、その時の恨みを思い出して邪悪な笑みが出かけたが、ロータスさんの言葉に現実に戻ってきた。
「あ、はい、好きな子にいたずらしちゃうことで気を引こうとする悪ガキが、拗れに拗らせて、どうやったらそうなるんだって言うくらいにねじ曲がった状態で成長して。興味を持った人をストーカーも真っ青な追尾性能で追いかけまわして災厄を振りまく道化師と、天は二物じゃなくて、知性と理性をこいつに与えてよと願うくらいにバカだけど喧嘩と野生の勘がすさまじすぎて物理的人災というのはこいつのことを言うんだという見本がいます」
「ふぅ、少なくともリベルタ様はその人たちが嫌いだというのがわかります。そこまで言っているのでしたら名前もわかっておられるのでしょう?なぜ、言わないのですか?」
「名前を言ったら出会いそうな予感がするので」
残った二人の顔も思い出すが、こいつらに恨みがないかと言えばあると断言できる。
前者はついうっかり、イベントフラグを踏んで粘着されいろいろな活動中に妨害された。
後者はただ歩いているだけで横からいきなり暴風のごとく襲われた、それも何度も。
「……話を振ってなんですがこの話は後でしましょう」
「そうですね、癒されに来たのに疲れてたら意味ないですしね」
俺は思い出して、そしてロータスさんは話を聞いて精神的な疲れを感じて、俺たちはこれ以上この話をするのを止めてゆっくりと温泉に浸かることに専念することにするのであった。
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