13 EX 狂楽の道化師 1
話は少し戻りリベルタたちが、ノーリッジで人面樹と戦っているころ。
王都のとある路地裏を一人の男が歩いていた。
その男はアレスと呼ばれている一人の冒険者だ。
彼の世間的印象はかなり悪い。
正義を宣っておきながら、貴族に媚を売り、市民をバカにするA級冒険者。
そんな彼が堂々と歩き回れるのはA級という実力があることと、貴族という権力を味方につけているから。
好き勝手に動きそして自身の感情的な主張を押し付けている人物が誰にも好まれるわけがない。
そんな彼だが、普段の正義感あふれる表情はそのままなのだが、まるで誰かに見られることを避けるかのようにスムーズに路地裏に入り、右へ左へとランダムに道を進み追跡を振り払うかのような動きを見せて、最後に曲がった角にある店の中に入る。
「待たせたかな?」
入った店は古びたバーだ。
カウンター席の店で、その席も五席しかない。
カウンターでは少しくたびれたひ弱そうな男が酒をやる気なくふるまっており、繁盛しているようには見えない。
「ああ、お客は奥で待ってるよ」
しかし、そのやる気のない瞳の奥からは怪しげな眼光が映る。
カウンター席に座っている男たちは、入ってきたアレスのことなど気にも留めず、会話もすることなく、ちびちびと酒を飲み、時折つまみの木の実に手を伸ばすだけでそれ以上は何もしない。
服装も街にいるおっさんという風体、古びた隠れ家的なバーと言えるような場所であるが、どことなく嫌な雰囲気を出している。
そんな店だと言うのに、アレスは気にせず奥に入っていく。
関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を潜り抜けるかと思いきや、そっと屈んで床にあったくぼみに手を差し込み持ち上げると隠し階段がそこにあった。
地下に通じる通路、そこに迷いなく入っていく。
階段は狭く、大人一人が体をこすらない程度の幅しかない。
おまけに脇に置いてあったランタンを持ち下りないといけないほど暗い。
何かある。
その何かが決してまともなことではない何かだというのを語り掛けてくるような怪しい階段をアレスは迷わず降りていく。
そして降りた先にあった廊下を渡りきると一つの扉にたどり着く。
「金貨が五枚、銀貨が三枚、さて銅貨は何枚?」
その扉の前で覆面をかぶった男が問いを投げかける。
「地獄の門番への賄賂は心臓だ」
「キヒ、通りな」
合言葉が合致し、男は扉に五回ノックをして脇に退いた。
「やぁ、お待たせしました伯爵」
そしてその扉の取っ手を掴み、アレスはそのまま中に入るとにこやかに待ち人に挨拶した。
「ここではドーレスと呼べと言ったはずだが?」
「失礼、失礼。急な呼び出しだったものでつい」
「ふん」
伯爵と呼ばれた男は黒いローブに身を包み、近くにランタンを持った従者がいるが、その灯りでフードに包まれた顔を窺うことはできない。
「ずいぶんとお楽しみのようだな。楽しいか?正義を振りかざすのは」
だが、機嫌が悪いと言うのだけは誰が見てもはっきりとわかった。
皮肉交じりの言葉には、遅刻したアレスに向けての盛大な嫌悪感が混じっている。
そしてアレスの正体を知っている、伯爵と呼ばれドーレスと偽名を使っている男は、目の前の男が一番嫌悪する言葉を口にした。
その言葉にアレスが反応するのにかかった時間はほんの数秒。
「……ああ」
さわやかな青年という雰囲気は一転して、その青年には似つかわしくない。
いやある意味ではよくマッチしている三日月のような笑みを浮かべ。
「最高に、反吐が出るね」
正義という言葉に対して、嫌悪感を吐き出した。
「ああ!!本当にこの仕事を受けたことを後悔しているよ!!思い出しただけでも体中がかゆくなる!!ああ、かゆいかゆいかゆい!!自分で吐き出している言葉だけど、それだけで蕁麻疹が出てくるよ!!」
そして体中を搔きむしり、そして頬や額と爪を立てたら、アレスのその顔がぐにゃりと歪んだ。
「おっと、つい勢いで顔を破ってしまうところだった。危ない危ない、もう少し使う予定なんだから大事にしないといけないね」
そのまま勢いがあれば、顔の皮を破いてしまうところだったとアレスは言った。
「ドーレスさん、気を付けてよね。私にその言葉は禁句だよ?」
「ふん、言われることをわかっておいて禁句とは、笑わせる」
「えー、そもそもさ、なんでみんな正義なんて言葉を使うんだろ?あんな人間が罪を犯すときに使われる言い訳でしかない言葉をさ」
危ない危ないと、顔の皮を触り形を整えると、歪んだアレスの顔が徐々に元に戻り始める。
鏡がないからか、手探りで顔を元の形に修正している故か、戻る光景は生々しい。
人の顔をかぶった何か。
そう今のアレスを形容するしかない。
「そんなに正しくありたいのかね?人間が勝手に決めた価値観にあてはめて、正しいって認められて、それなら何でもしていいって大手を振って歩く。しかもその正義はコロコロと変わるんだよ?それで笑顔で拳を振り上げる理由になって俺は悪くないっていう、おぞましいおぞましい」
「それは自己紹介か?ずいぶん派手にもめ事を起こしているようだが?」
「おっと、こいつは一本取られたね。東の大陸ではうまい話だと座布団っていうクッションを渡すようだけどいるかい?」
「出せるものなら出してみろ」
「おっと、またもや一本取られたよ。今度用意しておくね」
正義という言葉を振りまき、そして正義に固執していた青年という演出に嫌悪感をむき出しにしていたかと思うと今度は軽いジョークを繰り出す。
本性を隠していた。
そうとしか言いようがないほど、ガラリとアレスの雰囲気は変わっている。
いや、最早アレスと言っていいのかわからない。
「ふん、そんなモノよりさっさと報告しろ、こっちも暇ではないんだ」
アレスの中身の正体を伯爵、ドーレスは当然知っている。
だが、そこには触れず、話は進む。
「はいはい、とりあえず依頼の方は順調だよ。お上のお望み通り西の公爵様の依頼に紛れ込んで、エーデルガルド公爵と王家の妨害をしつつ西の英雄様の評判を落とせている。満足?」
「詳細を聞かんと判断できんな」
「はーい」
アレスらしき存在は、顔を整え終えて、元の好青年に戻りそのままドカッと乱暴に椅子に座った。
「とりあえず、大陸の西側を重点的に喧嘩を売っておいた。綺麗な謳い文句に、女の子には優しく、そして平民には喧嘩腰で、それでいて貴族様には媚を売る。我ながらなかなか頭のおかしい野郎を演じたよ。おかげで色々と狩場を荒らせた。これで、西の公爵様の目的はだいぶ抑えられるんじゃないの?」
「だろうな、西の英雄をこの大陸に招くなど馬鹿げている話だが、地盤ができてしまえば実現も可能になる。そうなれば西の英雄を味方につけた奴が大きな顔ができるということだ」
伯爵相手にその失礼な態度は本来ならできない。
だけど、誰もそれを咎めようとはしない。
いや、咎めることはできない。
ドーレス自身も、一瞬眉間に皺を寄せるだけ、従者は無言を貫き、腰に沿えた短剣の柄に手すら伸ばそうとしない。
「西の英雄ねぇ」
そして話題の方向が少し変わると、アレスの雰囲気も少し変わる。
狂気的と言えばいいのだろうか、悦楽に浸っていると言えばいいのか。
「〝彼女〟いいよね」
まるで実際に会ったかのような口ぶり。
「生真面目で、現実を見つつ、夢を必死に追いかけて、何が何でも成し遂げようと我武者羅にあがいている」
性別を知っており、顔も知っている。
性格もある程度知っている。
「そうやって必死にあがいてあがいてあがいて、ようやく夢がかないそうなときにさ」
どんな人物か、わかっている故に、アレスの顔はドンドン歪んでいき。
そして醜悪でありながらも、喜びに満ちた顔は。
「踏み潰したら、最高に気持ちいいだろうね!」
最低最悪の言葉を口にした。
「ああ、その時のことを想像しただけで興奮できるよ」
「ふん、この仕事を受ける理由を聞いた時も思ったが、良い趣味をしているな。他者の夢を踏みにじるなど」
「君たち貴族は日常的に踏み潰しすぎて何も感じないんだろうね」
皮肉には皮肉を。
貴族のお前が庶民の夢と希望を踏み潰しているんだぞと、直接言っている。
ニタリと笑ってごまかしすらなく貴族の機嫌を損ねていく。
「ただ作業のように踏み潰す日常なんて美学の欠片もない。踏み潰すなら全身全霊をかけてしっかりと踏み潰さなければだめだろう?まったく、足を引っ張り合わないと生きていけない貴族様は大変だ」
「良く回る口だ。よほど脂のノリがいいのだろうな。その口に火をくべたらよく燃えてくれるか?」
「大道芸ならそっちの護衛にやらせなよ。私にそんなことをしている暇はない」
嫌悪感をむき出しにされても怯みもせず、キィキィと軋む椅子を揺らしながら手を頭の後ろで組んでニコニコとアレスはあざけり笑う。
「私の座右の銘は、『人生を楽しめた者こそ勝者』だ。つまらないことで時間を浪費することなど死んでもごめんだね」
「そのつまらない仕事をせねば日銭が稼げぬとは、死んでいるのも同然だな」
「わかってない、わかってないね。これも必要なことなんだよ」
報告を聞くために落ち合ったというのに、皮肉を繰り出し合う。
そうじゃないと会話が成り立たない。
庶民を見下す貴族と、つまらない人間を蔑む人格破綻者。
意気投合する未来が欠片も見えない組み合わせ。
「障害はあればあるほどいいんだ。楽な道のりをただ歩いて叶える夢に何の価値がある!」
伯爵にとって興味が欠片もないアレスの持論。
「彼女には苦行、挫折、葛藤が必要なんだ!その全てが彼女の夢を彩るスパイスになる!!そしてとんでもない障害を越えた先にある達成感などえもいわれぬ快感になる!!」
それを仰々しく身振り手振りで表現するアレスに伯爵は白けた目を向ける。
「作為的に障害を用意するなんてはた迷惑な奴だ。お前はあれか?好きな異性にいたずらをして興味を引かせようとする子供か?」
「その通りだ!!むしろ、それがいい!!それでないとダメなんだ!!私は愛しているがゆえに障害を与える。障害を乗り越えた先にある輝かしい成長を踏みにじるために!!彼女なら間違いなく乗り越えられると信じているからこそ障害を与え、そして達成する彼女の姿を見たいがために!」
「向けられるのは殺意か憎悪だろうな」
「それで結構!!どんな感情でも私にとってはすなわち愛になる!」
異常な愛。
大陸一つのトラブルを自分勝手な理由で展開しているとこの国の王が聞けば一瞬で修羅となり襲い掛かってくるだろう。
「だからこそ、あなたの依頼を受けたのだ。少々西の方で暴れすぎてね、冷却期間を置きたいというのもあるが、他の大陸からでも彼女に試練を与えることはできる。西の公爵の仕事を受けつつあなたの上司の願いをかなえるという二重スパイという立場はちょうどいいんだよ」
「ふん、その仕事を受けるがためにA級冒険者パーティーを一つ潰すか。必要だったのか?」
「ああ、必要さ。この顔の持ち主も中々面白い人材だったよ。彼女の掲げる夢に共感し共に歩もうとした心根優しい青年さ。もし仮に私よりも強ければ潔く殺されてあげても良かった」
そんな会話を繰り広げつつ、アレスは楽し気に椅子を揺らし、伯爵は話を聞くためにふんと鼻を鳴らし腕を組んだ。
「だけど、彼らでは私を殺すには至らなかった。だから死んだ。だから奪われたのさ。彼女の夢を広げるために南の大陸を目指したけど、この大陸の地を踏む前にこうなってしまったんだよ。正義なんて反吐の出るものに縋った末路は世間から見た悪への敗北、正義なんて言葉を聞かなければ逃げるっていう生存競争で当たり前の判断ができたはずなのに、悪の私が許せないって言って懸命に戦っていたよ」
「それが普通だろう。裏の世界でお前の異名を知らぬものはいない。危険だから排除する、獣でもわかる理論だ」
楽しい時間と感じているのはアレスだけ、苦痛と感じるのは伯爵とその護衛。
上司からの指示でなければ決して面と向かって会おうとも思わなかった世間一般で言うお尋ね者。
そしてもし仮にリベルタがその名を聞いたら、盛大に顔をしかめただろう。
FBOでも名をはせた最低最悪のネームドキャラクター。
プレイヤー間では低レベルで会ったらなりふり構わず逃げろ、中級プレイヤーで出会ったら我武者羅に逃げろ、上級者になったら見つけ次第、確実に殺せをモットーに掲げられるほどの蛇蝎のごとく嫌われている。
好感度を決して上げるなと攻略サイトに書かれるほど要注意人物。
一応仲間にすることも可能だが、仲間にすることは百害あって一利なしと言わしめるほどの迷惑キャラ。
「なぁ、狂楽の道化師」
ネームドなのに、名前がない。
異名だけがゲーム内で独り歩きをするという。
「キヒヒヒヒヒ、あなたも私を殺してみるかい?正義に則って殺せるよ?」
歪んだ笑顔がトレードマークの自分が楽しむためというだけの理由で暗躍を企てる狂才。
百の顔を持ち、見つけることは殺されそうになる時以外不可能と言わしめた災害級のヴィランネームド。
会いたくなければ興味を持たれるなが合言葉になるほどの災厄。
「お前の相手など命がいくつあっても足りん」
「残念、私もあなたに輝きを感じないので潰し甲斐がないので遠慮します」
そんな悪が正義を演じるという歪んだイベントはまだ幕を開けたばかりである。
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