8 調査
「それでは参ります」
スキルを獲得し、再度ノーリッジの湯気に挑む。
先頭は修練の腕輪を装着したイングリット。
「エアクリーン」
まず初めに発動したのはエアクリーンのスキル。
「効果範囲はこんなものか」
「狭いわね。あれじゃ、全員入るのは無理よ」
最低クラスの最低レベル。
その状態のエアクリーンの効果範囲は、イングリットを中心とした半径一メートルだけ。
彼女を中心としたエリアだけがくっきりと正常な空気になっている。
湯気が晴れ、視界も良好。
「イングリット!ステータスを確認してくれ!」
「かしこまりました」
その状態を維持しつつ、ステータスのチェックを頼む。
「すごい勢いでエアクリーンのスキルレベルが上がっています」
「となるとだ。この湯気は人為的なものでどこかの誰かがやってる。おまけに俺たちよりもレベルが上だというのが判明したわけで」
案の定、スキルレベルが爆上がりを見せている。
これすなわち、敵がいるか、この現象を引き起こしている奴がいることが判明した。
「どうするかねぇ」
困った、本当に困った。
「リベルタ様、申し訳ありません。魔力の方が半分を切りそうです」
「あ、ごめんイングリット。三割くらいになったら休憩に入ってくれ、八割くらい回復したらまた湯気の中でエアクリーンを使うのを繰り返してレベルアップを狙ってくれ」
「かしこまりました」
イングリットのレベル的に、何もない状態であればスキルを三十分は使い続けることができるはず。
ただの湯気ならそこまで負担がかからないはずなのに、あっという間に魔力が削られた。
「……何かいるのですね?」
「それが確定してしまったのは間違いないです」
打ち消す系のスキルの消耗率は、相手が発生させた状態の強さによって変化する。
エアクリーンのレベルやそれを補正するスキルの強さが上がればより低コストで打ち消せるようになるが、逆にレベルが足りず、相手の影響力が強いと発動するためのコストが跳ね上がる。
それを使って、ノーリッジに影響を与える敵性存在の有無を確認したのだが、結果は反応アリ。
ガリガリとイングリットの魔力が削られるという結果は格上の相手が街に影響を及ぼしているのを示していた。
「それがモンスターみたいな敵なのか、人為的に何かのためにこの状態を引き起こしている存在なのか、それとも偶発的に事故が起きたか、を把握することはできませんけど」
イングリットの魔力の減り方から推測できるのは、敵はクラス4以上は確定。
これで全力ならクラス4で済むのだけど、余力を残していたら5、下手をすれば6。
そんな存在が出張ってきている可能性が生み出される。
「むやみに湯気の中に突撃するのは止めておいた方が良いですね」
「はい、せめてイングリットのスキル熟練度が上がりきるのを待ってからやった方が良いです」
「そんな猶予があればいいのですが、こうやって待っている間にも街の人に被害が出続けているという事実は、あまりいいものではありませんよ」
そんな相手に無策でツッコむのはさすがに無理。
というか、やりたくない。
ロータスさんたちは街の安全を確保したいのか、そわそわとこっちを見てきているけど、下準備をしてからでないとこっちに被害がでてしまう。
クローディアさんもそこを理解しているからすぐにやれとは言わなかった。
だけど猶予が少ないというのも示唆してくれる。
「!何か来るわ!!」
「敵か!?」
「わからない、でも何か走ってくる音が聞こえる」
「イングリット下がれ!!」
人命がかかっている。
そんな焦りを感じ取ったかのようなタイミングで、湯気の中から何かが来るとネルが探知した。
湯気の中に変化は見えない、匂いもこの硫化水素みたいな湯気の臭いで撹乱されて分からない。
彼女の耳が動き、かすかな音でも拾おうと集中しているのがわかった。
その変化に即座に湯気の中からイングリットを撤退させる。
ネルの警告にロータスさんも護衛に指示を出して湯気の中を警戒し始める。
その音はネルの聴覚に遅れてすぐに俺の耳にも届いてきた。
これは。
「馬の蹄の音?」
軽快に走ると言うよりは、全力疾走で駆けてくる。
地面を強く蹴り、そして霧の中を突き抜けろと言わんばかりに全力で駆ける音。
「誰か乗ってるぞ!!それに怪我もしてる!!」
そしてそのまま俺たちの前ではなく、街道を逸れる形で栗毛の馬が湯気の中から飛び出してきて、そこには右手で手綱を握り、そして左腕から血を滴らせる男が乗っていた。
それを見て咄嗟に叫んだ。
「こちらです!!すぐに怪我の治療を!!」
俺の声に反応して、ロータスさんや護衛の人たちが大声を出して飛び出してきた人の注意を惹きつけた。
そして馬を返し、そのまま男はこっちにやってきた。
俺たちもその怪我人の下に走って駆け寄る。
「き、貴殿は?」
「エーデルガルド家の者です。私は執事長を務めております、ロータスと申します」
汗と血の匂いを漂わせて、視界の悪い中でずっと馬に乗り続けたのか疲れ顔を見せている男は、見るからに身なりが良かった。
「エーデルガルド家!?それはまことか!!私はノーリッジ家の次男、サトスだ!!頼む!街と民を助けてくれ!!」
ロータスさんが懐から何かを取り出すと、それは紋章。
エーデルガルド家の家紋が描かれた印籠のような物だった。
それを見てただの一団ではないとわかったサトスと名乗った男も、懐から懐剣を取り出し、その鞘に描かれている家紋を見せた。
「落ち着いてください、先ずはけがの治療をしながら話を伺います」
「わ、わかった」
馬から片手で降りるときにサトスさんを護衛の兵士が支えたが、地に降りた彼は疲労のためか兵士に身を任せるように膝をついてしまった。
「!そうだ!カシム、カシムは!?」
「落ち着いてください。傷に障ります。霧の中から出てきたのはあなただけです」
「……なんだと」
だが、すぐにハッとなり、周りを見回しそして霧の奥を見ようと立ち上がろうとした。
「カシムとはどなたですか?」
「私の護衛だ。幼少のころから私を守ってくれていた騎士だ。私をあの霧の外に送り届けるために背を守ってくれていたのだ。ついて来ると言ったのに・・・・・」
立ち上がり、そして湯気の向こうから誰も出てこないことを悟ると、力が尽きそして項垂れるように手をついてしまった。
そのやり取りを見て、カシムという男がどういうことをしてどんな結末を迎えたかを悟った俺たちは顔を曇らせた。
「治療します」
「!あなたは!クローディア司祭!!」
そんな場の空気を感じ取りつつも、まずはけがの治療を優先するためにクローディアが前に出てサトスの側に膝をつきヒールを使い始める。
怪我が徐々に治り始めたことに気づいて、ちらっとサトスがクローディアの方を見た。
落胆のせいか地面に視線を落とそうとしたが、その顔を見て即座にその女性が誰かを察したサトスはガバっと勢いづけて顔を上げた。
そしてそのまま掴みかかるようにクローディアに縋りつこうとした。
「あぐ!?」
「大人しくしなさい。そこの兵士、傷が見えません。彼の服を切って水で洗ってください」
「はっ!」
だが、組み付かれる前に、片方の手でアイアンクローをサトスの顔に放ち顔をしっかりと固定。
サトスのケガをした部分の服を切るように護衛に指示をして、患部を水で洗ったのを確認してから残った手で治療を施し始めた。
「ロータスさん、公爵閣下に援軍を要請する必要がありますが、今の段階で大部隊を呼び寄せる条件に合致しますかね?」
「今の段階では国の兵を動かすことは難しいですね。最初にお約束頂いた公爵家の一個中隊が限度かと」
その光景を見つつ、ノーリッジ家、すなわちこの街を統治する貴族が他所の家に助けを求めるという窮地になったと言っても、正規軍を動かすのには理由が弱いとロータスさんは頭を振った。
「あの人の話を聞いてでもですか?なにかすっごくやばそうな匂いがプンプンしてますけど」
「それでもです。軍とはそう簡単に動かしていいものではないのですよ」
「となると・・・・・やっぱり?」
「はい、私も支えますのでリベルタ様の調査の如何にかかっております」
そして子供にずいぶんと責任重大な話を振ってくださる。
ゲームのストーリーでも攻略に住民のNPCの命がかかっているという関連のイベントはあった。
だけど、そこでプレッシャーを感じることはなかった。
なにせそれはゲーム、遊びだったからだ。
今回の話は違う。
完全に、ガチで住民の命がかかっている。
それを聞いてプレッシャーを感じないとは口が裂けても言えないほど、気が重い。
「本来であればあなたのような子供にこのようなことを頼むのは筋違いだというのはわかっております。ですが、私共では手の施しようがないのです」
「……自分が異常だっていうのはわかってしまってますので、できることはしますよ」
「感謝します」
「終わったら、不謹慎な話を聞いてもらいますからね」
「このロータス、命に代えましてもその話を閣下に届けることをお約束します」
だけど、ここで放置するほど薄情にも非情にもなれない。
どうにかできるかなと不安になりつつ、何も情報のない段階で安請け合いをせざるを得ない状況になった己の不運を恨みつつ、遠まわしに報酬は頂くとロータスさんに言っておく。
その意味を正確に悟った彼は、笑顔を見せ任せてくださいと快諾してくれたのが幸いだ。
「ひとまずは、治療が終わったみたいなのでサトスさんの話を聞きましょう」
「そうですな。まずはそこから」
服に血が残っているが、傷は治ったのだろう。
「リベルタ、治療は終わりましたよ」
「わかりました」
「なんだ、子供?」
「サトス様、彼はわが主が信用している方です。無礼を働けば今後の進退にも響きます。もちろん私の心証も、クローディア様の心証も悪くなりますのでご注意をお願いします」
「……わ、わかった。失礼なことを言ったことを謝罪する」
ロータスさんと一緒に話を聞きに行ったが、子供がこの場にいることを不審な目で見て、さらに俺の格好が平民の冒険者が着るような服装だったことがさらに拍車をかけ、サトスさんが見下すような視線に変わろうとした瞬間にロータスさんが釘を刺した。
公爵家の執事と、ノーリッジ家だとどちらの力が強いかが明確にわかるやり取り。
俺としてはサトスさんが俺に疑問を抱くのは当然だと思うし、自領の大事な時に子供がでしゃばるなと思う気持ちも理解できる。
「いえ、当然の疑問ですので」
なので腹を立てるわけでもなく。
普通の反応だと思って受け入れた。
ネルもアミナも、そこら辺は貴族だからと理解している。
クローディアとイングリットもこのあたりのやり取りが起きるのは予想通りだと言わんばかりに、反応しなかった。
むしろ、ロータスさんの言葉を素直に受け取り、頭は下げないが謝罪の言葉を発したことに、サトスさんが警戒の色を薄めたように感じた。
「それで、サトス殿。さっそく街の状況を聞きたいのですが」
「そ、そうだな。ぜひとも聞いてほしい」
「まず最初に確認したいのですが、街への被害、特に民の状況を知りたいのです。私もあの湯気の中に軽く入りましたが、不快と感じるくらいに暑く、とてもではないですが常人が中で長時間過ごすことは難しいと思いました」
話の聞き取りはロータスさんがする。
いかに謝罪をしたからと言って、俺から質問することには違和感を感じ取るはずだから彼がやった方がスムーズにいく。
「ああ、そうだ。街中は夏よりも暑いと思うくらいに気温が高くなっている。体の弱いもの、老人や子供の中にはすでに倒れて動けなくなっている者もいる。たった一晩でだ。水を飲み、塩を舐め、そして我が家の魔導士たちが少しでも生き残るために氷を用意して凌いでいるがいつまでもつかはわからん。塩も無限にあるわけではない。井戸水もぬるま湯のように温まってしまっているからいつまで飲めるものか。視界も一メートル先が見えなくなっているから物資の配給もうまくいってない」
「湯気は街全体を覆っているということですか、それなら脱出は・・・・・難しいようですね」
「ああ、私の傷を見ただろう。私達が対応する前に危険を感じ取った民が街の外に出ようとしたようだが、結果は察せられる。外に出られた者が私以外にいないというのなら、ロータス殿の想像通りだ」
「脱出を妨害している者がいると?」
いきなり住民すべてが蒸し焼きになっているような事態は避けられたが、常時サウナの中にいるような状況では長く保たないのはわかる。
「ああ、間違いない」
「敵の正体に心当たりは?」
「わからん、わかるのは奴は蒸気の中で待ち伏せをして獲物を待っているということだけだ。私も我が家の精鋭騎士十人に守られて私一人が霧の外に出れたくらいだ。敵の攻撃は全くもって見えなかった」
事件が起きたのは昨晩。
そして俺の知らない正体不明の敵。
はてさて、こんな敵相手にどうやって攻略すべきか。
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