5 精霊石
公爵閣下のツッコミの翌日。
「さすが公爵家、立派な馬車だ」
「遠乗り用に足回りを重点的に改造され、さらにはこの馬車自体が宿泊施設として使えるようにしております。私と道中の世話役も同道させますので目的地までは快適にお過ごしください」
「まさに至れり尽くせりということですか」
俺は公爵家からの依頼を受けた。
ここでさらに信頼関係を築いておくことが後々役に立つと思ったし、なにより最近外に出られていない。
目的地のことも考えれば、久しぶりに城壁外に出れることは良いことだ。
最初は貴族からの依頼ということでめちゃくちゃ警戒心が先立っていたネルとアミナだったが。
「見て見て!!中にベッドがある!僕上の方が良い!!」
「ずるいわよ!!私も上の方が良いわ!!」
このキャンピングカーならぬ、キャンピング馬車を見てすっかり警戒心も薄れている。
馬車の中ではしゃぐ二人を俺とロータスさんは微笑ましいと優しく見守って、そのまま会話を続ける。
「しかし驚きでした、まさかロータスさんが来るとは。てっきり適当な監視役が同道するものと」
「閣下からも失礼のないようにと言われておりまして、あと、私が名乗り出なかったらエスメラルダお嬢様が同行するとおっしゃっておりまして、さすがにそれはと」
「エスメラルダさんを外に出すとなると護衛もいりますよね」
「はい、最近なにかと物騒ですので」
馬車に公爵家の紋章はないが、それでも野外で拠点設営をするための設備を兼ねているだけあってつくりは立派。
魔道具もふんだんに使用され快適な生活環境を提供することを優先した貴族仕様。
そんな豪華な馬車が四台も並んできた。
一台は俺たち用、残り三台はロータスさんたち公爵家の、食事を用意したり馬車を護衛する兵士たち用だ。
あとは荷物馬車もあるからこれだけでもそこそこ大きなキャラバンになっている。
ここまで用意してくれていることからも公爵閣下の本気具合がうかがえる。
「リベルタ様、荷物の搬入終わりましたので、いつでも出発できます」
「ありがとうイングリット。ロータスさんこちらの準備もできました」
「かしこまりました。では出発いたしましょう」
さらにその集団をまとめているのが公爵閣下の専属執事というのだから、今回のミッションを絶対に成功させろというプレッシャーすら感じる。
早朝、それも夜明け前だから人通りも少なくて済んでいるが、これでご近所さんにはうちがとんでもない家だというのがバレたよな。
馬車に乗り込めば早々に出発となった。
「はぁ」
「あまり気負わなくても大丈夫ですよ」
「クローディアさん」
御者は公爵家の人がやってくれているから、ここから先は俺が指示した場所までずっと馬車に乗っているだけでいい。
ご近所付き合いはほどほどにしているが、子供の俺が一軒家持ちというだけで怪しく思われている。
そこに今回の件で拍車がかかって、ヤバイ家だと思われていたらどうしようと世間体を気にしていただけなのだが。
「精霊との交わりはかなり難しいと聞いております。かく言う私も精霊と会話をしたことがあるのは数える程度です。いかにあなたとて失敗しても公爵も見放すことはないでしょう」
窓の外を見ながらため息を吐いていたらこれからのことを憂いているように見えてしまったか。
「心配ありがとうございます。だけど、大丈夫ですよ。精霊関連に関しては策がありますし」
勘違いをそのままにしていると、本当に厄介ごとになりそうな気がするので早めに訂正しておく。
「そこがにわかに信じられません。公爵とともに方法を聞きましたが本当にそのようなことで会えるのでしょうか?」
「あ、そこは僕もクローディア様と同じだよ。精霊様って滅多に人の前に出てこないんだよ?リベルタ君に話してもらった方法で本当に会えるの?」
「会える。最上位の精霊はさすがに無理だけど、今回会うのは中位精霊、モンスターのクラスで言えば4から5くらいって言ったら精霊に失礼か。それと同等の力を持った精霊ならコツはあるが、会うことはできる」
心配されたのは精霊と会う方法。
公爵閣下にもネルたちにも説明したが、半信半疑といった感じが残っている。
「そこです。仮に会うことができたとしても精霊石という貴重な物を採掘できるダンジョンにどうやって連れて行ってもらうのですか?用意している荷物に貢物といった品がありませんでしたが」
「そこがまず精霊について勘違いしている部分なんですよ」
「勘違い?」
疑いの部分はなんとなく察しが付く。
「まず基本的なことですけど、人と精霊って違いますよね?」
「ええ、当然です。妖精族を人や亜人と同列に扱っている人がいますが私は違うと思っています」
「僕たち獣人族は隣人って感じで教わっているよ。自然の中にいることが多いから精霊様は敬うべき隣人だって」
「そうね、お母さんから寝る前によく聞くお話よ」
その疑問点を解消してやればおのずと心配事も解消される。
クローディアは旅をして知見を得て自身で判断した。
ネルとアミナは、その種族由来の伝承故に。
「イングリットは?」
「私は精霊様に会ったことはございませんので、なんとも。ですが、神とは異なる超自然の存在と伺っているのでおそらく人とは違う存在だと思います」
そして一般論として共通するのは精霊は人とは異なる存在という点だ。
だが、ドンタみたいにお菓子を好む精霊は数多く存在し、歌やダンスといった遊ぶという行為を好む。
感性的に人と似通った部分も確かに存在する。
「そんな種族的に異なる存在と人の価値観が一緒だと思いますか?」
「価値観、ですか」
ゲーム時代には数多くの精霊に会ってきた。
人型、獣型、はたまた摩訶不思議な形をとった精霊とも会ったことがある。
「空は青い、雪は冷たい、光は明るい、砂糖は甘いといった基本的なところは一緒です」
どの精霊を見ても、俺たち人間と対話ができている存在は一定数存在した。
対話ができるということは言語を理解し、こっちの言葉の意図を察する知性があり、なにより共感できる価値観が存在する。
「だけど、それ以外の部分の価値観が異なるんですよ」
クローディアも、ネルもアミナも、そしてイングリットも俺が何を言いたいのかわからず首をかしげる。
「ネル思い出してくれ、井戸で出会った精霊のことを、あいつはお菓子が欲しいけどこう言ってたよな。俺はお前らが持っている金なんて持っていないと」
「あ」
「そう、精霊にとって俺たちの通貨は価値なんてないんだよ」
その疑問を払しょくするためにまずは一つの例を挙げる。
「精霊と俺たち人間で一番の価値の違いは物的価値なんだ。精霊の物的価値。精霊的価値観に照らし合わせると嗜好品とか娯楽品といったものの価値が高い。逆にそれ以外の物の価値は低くなる。貨幣といった生活に必要な物であっても、楽しいものでなければ、美味しいものでなければ、精霊は等しく無価値だと判断する」
「それはわかりました。ですが、それと精霊石の何のつながりが?あれは精霊の力が詰め込まれた貴重な物です。精霊にとっても貴重なはずでは?あなたの話の流れですとまるで精霊にとって精霊石が貴重ではないような話に聞こえますが」
「実際無価値ですし」
そしてそこから一気に本題に切り込む。
「……信じられません」
目を細め信じがたいという視線を送ってくるクローディアにどう説明するか少しだけ考える。
「疑う気持ちは非常にわかりますけど、本当の話なんですよ」
俺たちFBOプレイヤーも最初、なんで精霊回廊という貴重な武具強化素材が採掘できるエリアにモンスターがいないのか疑問を抱いた。
ダンジョンを攻略、ボスモンスターを討伐した際出てくる宝箱の中にすら入ってくる精霊石。
モンスターですら価値を理解している物を勝手に持ち出せるような環境がなぜ存在するのか。
あまりにもプレイヤーにとって都合がよすぎる空間に、はじめは運営の救済措置かとも思ったが、それでも不可思議な空間過ぎると動く面々がいる。
そう解析班や考察班が動かないわけがなかった。
ありとあらゆるNPCに聞き込みを行い、ゲーム内に存在する研究所や図書館に入り込み情報をあさり、最終的には会話ができる精霊に聞きに行った結果。
「彼ら精霊にとって、精霊石って抜け毛みたいな物のようです」
結論、精霊にとっての精霊石はほぼゴミだということが判明した。
「そんな地面に落ちた髪の毛に価値を感じろって言われたらどう思います?」
「変人ですね」
「軽蔑するわ」
「うわぁって引いちゃう」
「関わりたくないですね」
「そういうこと。精霊からしたら俺たち人間の方が異常で、なんでこいつら抜け毛に喜んでるの?って感じにドン引きしてる」
驚きの結果が判明したと当時では話題になり、さすがにウソだろと多くのプレイヤーが疑った。
精霊石は精霊の力が結晶化した物であって人為的に作れるものではない。
それゆえに、属性武器を扱うプレイヤーにとってはかなりの貴重品だ。
それが精霊にとってはゴミと言われて即なるほどと納得できる人の方が少ない。
「想像したくないけど、自分の身体から落ちた物で喜んでいる人がいたらって考えると・・・・・鳥肌が立ってきたわ」
「僕も」
しかし、疑う俺を含めたプレイヤーたちに向けて公開された調査結果がその認識を改めさせた。
精霊石は彼ら精霊の体内で貯蓄された力がふとした拍子に溢れ、それが結晶化して現れた物だ。
採掘する必要があるのは、その結晶が中途半端に結晶化している最中に壁に付着しそのまま凝固したから壁と同化してしまっている。
その経過観察を動画に収められてしまえば納得せざるを得ない。
これを解析班や考察班の知り合いから聞いたときは、思わずそれってと思いつく物体があったが俺たちはそれを深く考えないことにした。
「リベルタ、精霊回廊という場所に精霊石ができる理由はわかりました。ですが、その精霊回廊は精霊たちの縄張りのはず、なぜ人を招くのです?」
さすがに、それはないと否定して、実際そうやって生み出されるわけではないので必死になって目を背けた。
強くなるためには真実から目を背けることも必要で、俺がマイルドに加工した話をネルたちも苦笑しつつ受け入れた。
「精霊回廊っていうのは、精霊たちが通る道なんです。だけど、そこら中にゴミが落ちてたら精霊たちも通りたくなくなる。結晶化した精霊石を毎度自力で撤去するのは楽しくない。だから、それに価値を見出している人間を招き掃除をさせるんですよ」
「そういうことですか、納得はまだ無理ですが、理解はしました」
「あっちは通り道が綺麗になって嬉しい、俺たちは貴重な精霊石を手に入れられてうれしいという感じでウィンウィンの関係というわけです」
力の強い精霊が通る道ほど、クラスの高い精霊石が手に入る。
それすなわち、精霊からあふれる力が多くそして濃いということだ。
「採掘道具は精霊にとっては掃除用具ということですか」
「こびりついた精霊石を剥がすのも面倒だからそのまま放置というわけね」
「なんだろう、精霊様のこと少し身近に感じちゃう」
「やっていることは人間と大差ないからな。掃除は楽しいと思う人もいると言えばいるけど、少数だし、だいたいの人は必要だからと言ってやるだけだ。嫌いな人ならよりいっそうやらないだろ?」
そんな裏事情なんて知らなければ良かったと当時は思ったものだ。
人間味がある精霊だなと無理やり納得したのは記憶に残っている。
「さしずめ俺たちは清掃員ってところだ」
「クローディア様を清掃員って」
「ネル、今の私は一介の司祭です。それに見習い時代は神殿の掃除もやっていましたよ?」
「そうですけど、そうじゃないんですよ」
「おかしなことを言いますね」
精霊石の成り立ちを説明したら、なんとなく精霊とのこれからのやり取りが成功する気がしてきたと思ったのか、さっきまでの空気とは違って和気あいあいとした雰囲気が流れ始めた。
有名人が掃除をする、そんなことに対して現実とのギャップに恐れおののいているネルを微笑み慰めているクローディア。
「ねぇリベルタ君。それでこれから向かう場所って精霊様がいっぱいいるところなの?」
「いや、多くはないな。だけど、確実に中位精霊がいる場所だ」
そんな談笑をしつつ、揺れる馬車。
目的地までは馬車でも数日かかる。
「渓谷にある温泉地、ノーリッジ渓谷。そこは風と火と水の中位精霊がいるはず」
「どんな場所なの?」
「貴族の間では観光地として有名な場所だぞ、道中に宿屋が設置されてきちんと保全されるくらいには」
「……そんなところに精霊様がいるの?」
「いるのは温泉街から離れた人の手が入ってない場所だけどな、いるぞ」
目的地は王都から東に行った場所にある山岳部にある渓谷。
そんな場所に何が起きているかは今の俺たちにはわからなかった。
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