2 公爵クエスト
「お迎えに上がりました」
朝一番というわけではないが、市場が活発になる時間帯に老紳士が家に来た。
「ロータスさん、お久しぶりです」
「はい、リベルタ様もお元気そうで何よりです」
エスメラルダ嬢と一緒に来た人とは別で、この人とはスタンピード以来になるが、剣呑な視線の中彼だけは穏やかな視線で迎え入れてくれたことを覚えている。
たしか、公爵閣下直属の部下だったはず。
「今日は俺以外にもう一人連れていきたいのですが」
「お連れ様がいるのですか、それは問題ありませんがどなたで?」
「私です」
玄関で会話をして、同行の許可が取れたタイミングでクローディア登場。
「!あなたは、いえ、かしこまりました。それではクローディア様もどうぞこちらに」
その姿を確認したとき、ロータスさんの目が見開かれたがすぐに気を取り直して馬車の方に案内してくれた。
「公爵家の人にも覚えられているんですね」
「大司教の時の名残ですよ」
「ご冗談を、あなたのことを知らぬ貴族はもはや貴族と名乗ることが許されないほどの無知です」
俺とクローディアを乗せたあとにロータスさんも乗り込んできて、その知名度に関して聞いてみたらロータスさんは御者に出すように指示を出した後苦笑しながら知らない方がおかしいと言ってきた。
「ちなみに、お二人はどのような関係かお聞きしても?」
「保護者です」
「保護された側です」
「……ついでというわけではありませんが、どういった経緯でそのような関係になったかお聞きしてもよろしいですか?」
「後ろめたいことは神に誓ってありませんとだけお答えします」
「なるほど、それなら結構です」
本来であれば俺一人だけ招待して終わりのはずが、まさかの有名人が同行するということでロータスさんも確認せざるを得なかったということか。
ただ、クローディアに言われた通り、俺が転生者であることはバレてはいないだろうけど神様関連の存在であることは勘づかれているっぽいな。
でないと、専属執事のロータスさんなんて迎えによこさないだろうし。
ゆっくりと馬車は進み始め、そして加速する。
窓の外はカーテンが閉まっているから見ることは叶わないが、変なところに連れていかれる心配はないだろう。
「ロータスさん」
「はい、何でしょうか」
「今回の呼び出しの件に関して何か聞いていますか?」
「私の口からはお伝え出来ません。ただ、リベルタ様にとって悪い話ではないと私は思います」
「それは貴族の常識として悪い話ではないということですか?」
ただ、彼が来たのなら呼び出しの理由を聞いておくのもいいかと思ったが、答えは返ってこなかった。
あやふやな解答でもやっとした気持ちが残る。
その感触を感じ取ったのは俺だけではない。
俺の隣に座ったクローディアは、俺には聞けない質問を飛ばしてくれる。
「・・・・・そう取ってもらって結構です」
「なるほど、わかりました。リベルタ、うかつに頷かないようにした方がいいようですね」
「はい」
貴族と平民の常識は異なる。
その両方を知っているクローディアの質問で公爵閣下からの呼び出しは厄介ごとだと確定した。
元から覚悟していたけど、そうだよねそうなるよねと諦めの気持ちがありつつ、ここまで言ったのなら内容も教えてほしいと思ってしまう。
ちらっと向かいに座るロータスさんを見れば見事なジェントルスマイルで誤魔化されてしまう。
言う気はないということですね。
そういう雰囲気のままで会話が弾むはずもなく、微妙な空気のまま馬車は進み公爵の館に到着した。
「いらっしゃいませ」
そして今回は前回と違って、メイドさんと執事さんが並び出迎えてくれた。
俺に敵意を向けてくる人はいなく、しっかりと俺を客人として出迎えてくれている。
ただこの光景も粛清の所為と思うと微妙な気持ちになる。
怖がられていないよな?
と思って彼らの顔を見ようにも全員が頭を下げているので見ること叶わず。
「リベルタ様、クローディア様、こちらにご当主様がお待ちです」
公爵家の家人からどう思われているかわからないままロータスさんの先導のもと屋敷を進む。
逆恨みがないことだけを祈りつつ、屋敷の奥に進み連れてこられたのはドアも豪華な部屋。
ここに来たことはなかったはず。
「閣下、リベルタ様をお連れしました」
ノックをして中の人物に確認を取れば。
ゆっくりと扉が開かれる。
「どうぞ、ご当主様がお待ちです」
中からメイドが現れ招き入れる。
自動ドアなんて代物がないから当然開け閉めする人がいるのはわかる。
だけど、わざわざそのために人を雇っているのが貴族なんだなと庶民的な感想を抱いてしまう。
うちにもイングリットというメイドさんがいるが、普通に俺たちは自分で食器も下げればドアも開け閉めする。
俺の庶民感覚が抜けていないゆえの感想なのだ。
ドアの脇に控えてお辞儀するメイドさんの横を通り、ロータスさんの先導のもと部屋の中に入る。
中は話し合いをするための会議室などではなく、ゆったりと穏やかに会話をするように、高級な家具調度で整えられたサロンだった。
そこには公爵閣下が座り、そしてクローディアの姿を認めてゆっくりと立ち上がった。
「これはこれはクローディア司祭、このような場で会えるとは思っておりませんでした」
「私もです公爵、神は様々な縁を私に与えてくれているのだと今日この日に思います」
互いに顔見知り、それだけあってか距離感はわかっている。
「この度は急な来訪にもかかわらず招き入れてくれたこと感謝いたします」
「いや、ロータスから聞いている。どうも、彼の保護者になったそうで、そこら辺については後々聞くとしてまずは席に座られよ。リベルタは紅茶に砂糖はいるか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、甘い菓子も用意した、遠慮せず存分に堪能してくれ」
代わりに俺との距離感はまだまだ測りかねているようだが。
案内された通り、公爵閣下の向かいの席に座り、そしてロータスさんはそのまま公爵閣下の背後に控える形になった。
隣にはクローディアが座り、そして先ほど扉を開けてくれたメイドさんが二人分の紅茶を用意してくれる。
「良い茶葉ですね」
「私の領地の農園で採れる茶葉だ。私もお気に入りでよく飲む」
「なるほど」
それに口を付けたが、美味いのはわかるが良し悪しがわからん。
クローディアが素直に褒めていたが、それがお世辞かそれともあいさつ代わりなのか皆目見当がつかない。
「口に合わぬか?」
「いえ、美味しいです」
「そうか、それならよかった」
感想を言わなかったのがまずかったか、いや、そういうわけではなさそうだな。
「ふむ、本題に入る前に一つ確認したい。クローディア司祭、あなたが彼の保護者になったということはすなわちそういうことだと考えていいのか?」
機嫌を損ねたわけでもなく。
ただの何気ないやり取りだった模様。
本題はここから、まずはジャブということでクローディアが保護したという意味を確認してきた。
「彼に自覚無く、そして私も確証はありません。それはあなたも同じでは?」
「似たような状態であるのは間違いない。だが、あなたが隣に座ったというのならより確信に近づいたとは思っている」
どこに耳があるかわからないからこその遠まわしの言葉。意味がないと思われるかもしれないが、言わなかったことが重要になる貴族社会では、こういう相手の意図をさっする会話がゲーム時代もちょくちょくあって、解読に手間取った。
ようは、俺は神様から英雄になれって指示を受けた覚えはないっていうことと、状況証拠は揃っているから見定めるためにクローディアは俺の保護者を受けた。
公爵閣下もそんな雰囲気を感じ取っていたから俺と関係を持っていたのではと聞いて、それを否定せず、クローディアの存在によってより信憑性が増したと言っているわけか。
本当に貴族って面倒くさい。
体面というものがあるから仕方ないとは思うが、聞いててまどろっこしい。
「それが良き導きかどうかは神のみぞ知ることですが」
「相違ない。だが、そうであるとしてもリベルタの才能は貴重だ」
「本題ということですか」
「ああ、クローディア司祭がいるのであれば誤魔化しても意味はなかろう。ロータス、例の物を」
「かしこまりました」
これが様式美なのか、それともこれがデフォルトなのか。
後者であることが濃厚であるので貴族と付き合うにはこのような会話に慣れるほかない。
会話もそこそこに、用意されたお菓子を食べる暇もなく、公爵閣下は本題に入るようだ。
「今回呼び出したのはほかでもない、お前の知恵を借りたい」
「となると、やはりダンジョンのことで?」
「察しが良いな」
「自分が呼び出される理由がそれ以外思いつかなかったもので」
呼び出された理由はやはりダンジョンのことか。
「攻略は順調だと聞いていましたが」
「ああ、特段問題はない。余計な口出しが入るまではな」
「余計な口出し?」
デントさんから攻略自体は順調だとは聞いていた。
このままいけばダンジョン攻略も時間の問題、ただ西から来た冒険者たちが余計なことをして現場が乱れているとは聞いていた。
それが公爵閣下のいう余計な口出しということかはわからない。
「本来であれば、このまま騎士団と冒険者ギルドの連携でボスであるデュラハンを討滅しダンジョンを消滅させる予定であったが、デュラハンダンジョンに付属している飛竜ダンジョンに余計な皮算用を始めた奴が現れた」
「……」
「黙るのも無理はない。まことに愚かとしか言いようのない行為だ。つい先日まで王都に危険を振りまいていた災厄を前にして、少しでも被害の補填に充てたいと言えば聞こえはいいが、滅多に手に入ることのないダンジョン産の竜種の素材をむざむざと手放すのが惜しいと言ってきおった」
そしてどうやら冒険者とは別口での注文が頭痛の種らしい。
「失礼ですが、その言い出しっぺが陣頭指揮をとって先陣を切ってダンジョン攻略に乗り出せば少しは頭が冷えるのでは?」
「そうしたいのはやまやまだが、私が今回の騒動で功を上げすぎてしまったのが問題でな。私なら被害を『最小限』にしてダンジョンボスの風竜を討滅できると王の前で提言されてしまった」
「……」
どうやら、その言い出しっぺさんは公爵閣下に失態を演じてほしいように見受けられる。
スタンピードを解決したことで王の覚えがめでたくなって、評価も上がっている。
それを面白く思っていない輩が、今回は手を組んで数の暴力である多数決で意見を押し通したと言ったところか。
わざわざ最小限と言うところを強調しているあたり宮中ではとんでもなくまどろっこしい会話が繰り広げられたのだろう。
「西の冒険者はもしかして・・・・・」
「ああ、私の足を引っ張るための妨害工作だ」
「面倒なことになっていますね」
そしてこの会話の内容から、嫌なことを想像して聞いてみたら案の定嫌なつながりを発見してしまった。
ついクローディアが面倒だと言わんばかりに呆れた目で公爵を見て、紅茶を飲んでいる。
これだから貴族はダメなんだと内心を隠そうともしない。
「ああ、正直に言えば被害を考えなければ攻略はできるだろう。だが、その被害を看過することもできん」
「そして公爵家としてのメンツもあり、後にもひけないということですか」
「……そういうことだ」
おそらく、この状況を作り上げたのはほかの公爵家三家だろうな。
というか、エーデルガルド家に喧嘩を売れるような家がそこしか思いつかない。
多数決というのは恐ろしいもので、それも力のある家が結託してこちらを陥れようとしているのだから質が悪い。
「国王陛下はこのことに関してどのように?」
「無理をせず最善を尽くせとおっしゃった。最悪、私がデュラハンを倒しただけでも問題ないようにするためのお言葉を頂いている」
「あの方はそういう方でしょう、ですが、今回はそれで妥協したら周囲の家がこれ幸いと吹聴して回るでしょう」
王様もそれを察して、そんな言葉を残したんだろうなぁ。
無理をせず最善を尽くせ、一見すれば矛盾しているような言葉だけど、王にとって最善は被害を最小限にすることが一番だと思っているとすれば矛盾していない。
だけど、残りの公爵家はその意味を別の意味として解釈することだろうな。
もし仮に、風竜を討伐せず、デュラハンだけを討伐してみせたらどうなるか。
考えるまでもない。
きっと色々と余計な尾ひれ背びれの付いた噂が王都どころか大陸中を飛び交うことだろう。
竜から逃げ出した公爵という噂があちこちから囁かれることだろう。
メンツを大事にする貴族、それも最上位の公爵家からすればこの噂は真実ではないが広がって面白くはない噂だ。
それを避けたい一心で俺を呼び出したわけか。
「お待たせしました。リベルタ様、こちらをご覧いただけますか」
さてさて、俺はどうするべきか。
最善を模索するとしますか。
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