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番外編① 兄と妹


※ブレディ視点です



 俺は、聖堂で祈りを捧げていた。手を組み、頭を垂れ、なるべく心を無にして、静かに時を過ごす。

 そんな柄ではないけれど、そうしなければ居られなかった。服の下に隠したロケットペンダントが、今日はやけに重く感じる。


「ブレディ。……もうすぐ、来るかな」


 少女の声が、沈黙の時間に終わりを告げる。

 顔を上げると、隣で同じように祈っていた少女――アメリアが、伺うようにこちらを見ていた。

 聖堂のステンドグラスから差し込む光は、もう真上からに近い位置へと移動している。


 俺は目を伏せて、頷くことしかできなかった。この気持ちを正確に言い表す言葉が見つからなかった。


 聖堂の外が、不意に騒がしくなる。アメリアが振り返った。俺はまだ、動き出せない。

 こういう時、本当にアメリアは強いと思う。きっと彼女なら、会いたい人と会うことに気後れしたりしない。


「失礼する」


 扉が開く音と共に、低く威圧感のある声が響く。続けて、何人かの足音と、車輪が回る微かな音が聞こえてきた。

 隣でアメリアが立ち上がり、微笑んだ気配がする。


「お、お邪魔します……」


 緊張で固くなったその声に、俺は息を呑んだ。年頃の少女らしい高い声。離ればなれになってから、一度だって忘れたことはない。

 アメリアがとんと俺の肩に触れた。それを合図にして、俺も彼女に習って立ち上がる。


 振り向いた先――真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、車輪付きの椅子に座った、人形のように可愛らしいお姫様。不安そうに眉をハの字にして、片手でもう片方の腕を抱くようにしている。


「……リア」


 震える声で名前を呼ぶ。

 お姫様は、花が咲くようにぱっと笑った。


「は、はい! お兄さま!」


 立ち止まったままの俺に対して、リアは懸命に椅子を漕いで、こちらに向かってきてくれる。

 アメリアが気付いて彼女に駆け寄ろうとしたけれど、それより早く、黒ずくめの魔法使いが背後から椅子を押し始めた。


「リオネル、どうもありがとう」


 魔法使いにお礼を言いながら、リアは俺の目の前までやって来た。

 別れた時よりもずっと美しく、姫君らしく成長していた。彼女の透けるように白い手に、自分の手を重ねる。


「……大きくなったね」


「もう、お兄さまったら。そんなの当たり前だわ」


 リアは口に手を当てて、くすくすと笑う。体は病弱なのに口調が明るく元気なのは、あの頃から変わらない。


「それにね、わたし、ここには仕事で来ているのよ?」


 小さな王女様の台詞に、俺は目を見開いた。


「……なんてね。わたしもずっと、お会いしたかった」


 リアの膝の上に、一冊の本が置かれている。


 ――これをよく読んで、素敵な淑女(レディ)になるんだよ。


 そう言って、裏表紙にリアへのメッセージを書いて、王宮を去る日に手渡したあの本だ。

 それに気付いて、何かが込み上げそうになった。衝動のままに、妹の金髪に触れ、撫でる。


「お兄さま!」

 

 リアは唇を尖らせた。昔はこうしたら喜んでいたのに。


「わたし、もう立派な淑女(レディ)よ。整えているのだし、軽々しく触ってはだめよ」


「ごめん。つい」


「まさか、アメリアさんにも同じようにしているんじゃないでしょうね?」


 リアに詰問され、俺はたじろぐ。

 ここでその話題を出されるのは非常に困る。すぐ近くにいる魔法使いの視線が痛すぎるから勘弁して欲しい。


「そんなことしないよ。……今は」


 目を泳がせた俺を見て、リアとアメリアが笑った。魔法使い――リオネルはちらりと俺に視線を向けたけど、何も言わずに、すぐにリアたちに視線を戻していた。





 

 * 






 リアーナ王女と、その護衛であるリオネルがこの教会を訪れたのは、教会の視察のためだ。こんな形で俺とリアを再会させようとする『誰かさん』のお節介には、正直感謝していた。

 

 俺とアメリアで、リアとリオネルを案内する。


 リオネルに今さら案内は不要だと思うのだが、名目上は『視察』なので、同行を拒否することはできない。


 お出かけにはしゃぐリアの後ろ、その椅子を無表情で押すリオネルを盗み見る。


 俺と彼の関係性は、正直よくわからない。

 立場という意味なら、元主従。といっても、あの事件で恨んでいる訳ではない。ただ俺が、アメリアを『リア』の代わりにしていた俺の弱さを誰にも暴かれたくなくて、彼のことをずっと避けていただけ。

 だから今更、どう接していいかわからない。


 リオネルも、決して俺と目を合わせようとはしなかった。


  


 一通り1階の設備を見て回った後、俺たちは中庭に出た。いつも通り子供たちが自由に駆け回り、遊んでいる。


「あ、お兄ちゃん!」


 ミーナが目ざとくこちらに――というか、リオネルに気付き、臆することなく近寄ってくる。その声を聞き付けて、他の子供たちまで次々と彼のところに集まってきた。


「あのね、今日ね!」


 子供たちに取り囲まれ、ひっきりなしに話しかけられても、リオネルは嫌な顔ひとつせず「そうか」などと言いながら話を聞いている。

 氷剣の魔法使い様と巷で恐れられる男は、意外なことに子供が嫌いではないらしい。


 子供たちに絡まれるリオネルを、微笑ましそうにアメリアが見つめている。

 

「もしかして……寂しいのかな」


 ぽつりと、彼女がそんなことを呟いた。誰にも聞こえないような、小さな声。その意味を考える前に――


「私ではなく、殿下に話しかけた方が有意義だ」


 などというリオネルの声が思考を遮ってきて、思わず笑いそうになった。あの真面目すぎる男は、子供にまでそんな調子なのか。


「え、でも……」


 子供たちはちらちらと、リアの方に目を向ける。リアはにこりと笑って手を振っているけど、立場の違いというものを、子供は敏感に感じ取る。

 リオネルの傍を離れようとしない子供たちを見て、リアが椅子を少しだけ前に進める。


「わたし、リアーナっていうの。あのね、わたしをみんなのお友達にしてもらえないかしら? お城からあまり出られないから、お友達がいないの」


 緊張を滲ませながらも、リアは精一杯の笑顔を浮かべてみせる。


「リアーナ様はね、私のお友達なんだよ」


 アメリアの援護もあり、子供たちがそろりそろりとリアに近付いていく。アメリアが子供たちを導くように、背中を押す。


「お姫様なのに、お友達になってくれるの……?」


「ええ、もちろんよ。今日はみんなで遊びましょう?」


 リアの言葉に、ミーナたちはぱっと顔を輝かせていた。

 一度受け入れてしまえば、子供たちの行動は早い。先ほどリオネルにしたのと同じようにリアを取り囲み、口々に話を始める。


「リアーナ様が困るから、お喋りは一人ずつにしようね」


 アメリアが苦笑いをしながら、子供たちのところに行ってなだめ始めた。

 リアを囲む輪の中に、アメリアが取り込まれる。ミーナに手をひっぱられて、アメリアはたたらを踏んでいた。リアがくすくすと笑った。アメリアが困っている。

 

 ふたりは楽しそうに、子供たちと遊んでいる。

 

 そんな平和な光景を、ひとりぼんやりと眺めていた俺は――


「……貴方は」


 唐突にリオネルに話しかけられて、硬直した。




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