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31、過去を奪う人


※ブレディ視点です



 俺たち3人は東棟の屋上にいた。


「殿下、こねーなあ」


 予想通り、最初に張り込みに根を上げたのはルパートだった。


 ルパートは朝から何度も何度もこの台詞を呟いている。彼の担当は今のところ、南の正門からイルゼの来訪を確認することだ。


 俺は太陽の位置を確認する。時刻はもうすぐ、正午を迎えるところだった。


「ちょっと、集中力無さすぎじゃない?」


 逆に、ロレッタはルパート以外には何の不満も漏らさず、黙々と中庭を見張り続けている。


「まあまあ。ルパートが集中できるんだったら、もっと成績いいはずだから。最初から期待してない」


 笑いながら言うと、ロレッタはそれもそうねと頷いた。


「ひっど! ブレディってさ、俺の扱い雑じゃない?」


 ルパートが手すりに身を預けながらぼやいた。


「そうかな? 俺は普通に接してるつもりだよ」


「事実なんだからしょうがないでしょ。諦めなさい」


 軽口で笑いあいながら、みんなでひたすら時を待つ。


(イルゼへの襲撃は、間違いなく起こる)


 俺はひとり、朗らかな空気の裏で思考を巡らせていた。


 元々イルゼは不安定な立場の王太女だ。彼女を廃して兄王子を呼び戻そうとする勢力など、掃いて捨てるほどいるだろう。

 そういう連中にとって、彼女が警備が厳重な王宮から出る瞬間は、またとないチャンスになりうる。


 学園という舞台上、実行犯は学生だろう。部外者がわざわざ入り込む利点は薄い。


(問題は……)


 ロレッタとルパートがまたあれこれと言い合いをしている。それを背景に、俺は屋上の手すりを掴み、身を乗り出すようにして周囲を観察した。


 東棟は貴族用に設備が整っていたり個室があったりするので、他の建物よりもフロアが多い。だから、学園内をよく見渡すことができた。


 今のところ学園は平穏そのもので、授業中ということもあって屋外に人の姿はない。

 

(暗殺者と違って学生は行動が読めない、ということだろうな)


 ロレッタとルパートを見る。


 暗殺者は、ロレッタのようにじっと耐えて、確実に害せる機会を待つ。何時間でも。


 だけど大半の学生は、ルパートのように長時間待つことができないだろう。おまけに彼らにとっては最初で最後のチャンス。焦って予想もつかないタイミングで事を起こす可能性もある。


(それに)


 俺は平民が授業を受けているであろう北棟を睨む。北棟にも屋上があるし、その隣にある旧校舎などは人気がない。


 人気のない場所。つまり、隠れて何かをするにはうってつけの場所ということだ。


(犯人が平民という可能性を、俺は捨てていない)


 だからこそ、リアを中庭に残した。

 リアなら必ず、イルゼを守ってくれると信じて――


「あ、ねえ!」


 ロレッタが声を上げ、中庭の一点を指差した。


「あれ、ハミル先生かな?」


 彼女が指差す先、ハミル先生と思わしきフードを被った人物が中庭をゆっくり歩いていた。


「うわー、あの人めちゃくちゃ不審者じゃん。見た目が」


「確かにね。研究室の苔なのに、何しに出てきたのかしら」


 ナチュラルにハミル先生を罵倒していることに、ふたりは気付いて……いないのだろう。俺は苦笑いを浮かべた。


「あ、下行っちゃったぞ」


 ハミル先生は東棟のすぐ傍にある木々の下に入り、姿が見えなくなった。ちょうどリアがいる辺りだろうか。


「なにしてるのかしら……」


 ロレッタが俺の真似をしてめいっぱい身を乗り出してみる。その後、黙って首を横に振った。見えなかったらしい。


「多分、先生は精霊と対話しに行ったんじゃないかな」


 彼が私用で部屋を出るときは大抵それだ。


 案の定、精霊たちが彼の呼び掛けに応えて下に集まっていったのを、俺は感じた。


 自分で言うのもなんだが、これができるのはかなり力量のある魔法使いだけ。ロレッタとルパートはその息吹を感じることはできないと思う。


 ロレッタと並んで見守っていると、しばらくしてハミル先生は何事もなかったかのように、中庭に戻ってきた。


「あ、出てきた。精霊と対話するって、想像もできないわね」


 ロレッタが言いながら、ゆっくりと遠ざかっていく先生を見下ろしていた。


「中庭さ、一応見に行く?」


 俺はルパートの提案を否定しようと口を開いた。だが、すぐに閉じる。


(なんだろう。胸がざわざわする……)


 胸の中で光が明滅しているような、そんな不思議な感覚だった。


 俺は魔法的な直感は信じることにしている。経験上、その方が自分に有利に働くことが多いからだ。

 このまま放置してはいけない。そんな気が、した。


「俺が行ってくる。何かあれば合図するから、降りてきてくれ」


 二人を残して、東棟の階段を駆け降りる。その間、想っていたのはリアのことばかりだった。


 東棟から飛び出し、中庭を眺める。彼女の姿はない。東棟のすぐ横にある垣根の裏を覗いた俺は、見覚えのある杖が転がっていることに気付いた。


「リアの……杖」


 息を呑んだ。


 彼女はこの局面で理由なく杖を放置したりしない。何かがあったのだと、すぐにわかった。


 胸のざわめきが大きくなり、ひどく苦しい。


 俺は自分の杖を振り、光を打ち上げて屋上のふたりに緊急事態を知らせる。


 リアの杖を拾い、ぎゅっと握りしめた。


(こんなことなら、リアをひとりにするんじゃなかった……!)


 酷く後悔した。せめてロレッタを同行させるべきだった。俺の責任だ。俺が、リアをひとりで待機させるように提案したから――


「ブレディ、何かあった?」


 先に屋上から降りてきたのはルパートだった。

 後から来たロレッタは、やや息が上がっている。


「……それ」


 ロレッタの顔色がさっと青ざめる。


「あいつの杖、だよな……なんだよ、何が起きてるんだよ! ハミル先生が関係してるのか?」


 ルパートが大声で騒ぐ。


「いや、先生は間違いなく精霊と話していたし、関係ない。リアはまだ、遠くには行っていないと思う」


 ハミル先生は確実にシロだ。ふたりに理由は説明できないけど、ひどく個人的な理由で、俺はそれを知っている。


 彼が来る前から杖が落ちていたのなら、先生は気付くだろう。リアに何かが起きたのは、恐らくその後。


「探さないと!」


 ロレッタが真っ先に中庭へと飛び出し、きょろきょろと周囲を見回す。俺とルパートもそれに続いた。


 その時ちょうど、南の正門が騒がしくなった。


 視線を向けると、門の外に白塗りの馬車が停まっているのが目に入ってきた。遠すぎて細部は確認できないが、平民が使うような代物ではないとすぐにわかる。


「あ、あれ王女さまの馬車じゃね?」


 ルパートが声をあげる。


 黒装束の誰かが、馬車の扉を開ける。ドレスの女性が、エスコートされて降りてきた。


 遠くからでもわかる、優雅な佇まい。エスコートされるのが当然のように、堂々とした態度。

 後ろに黒装束の王宮魔法使いや騎士を何人も連れ、物々しい雰囲気の一団。


 間違いない。


(イルゼ・ミラ・エヴァレット――)


 俺は心の中で、その名を呟く。胸がどうしようもなくざわついた。


 イルゼたちは出迎えをした先生たちと共に、学園内にゆっくりと入ってくる。


 その圧倒的な存在感に呑まれて目が離せなくなりそうで、頭を振ってイルゼの雰囲気を振り払う。


「ルパート、ロレッタ。アメリアを探すぞ」


 ふたりに声をかけて、自分を保つ。


「うん。今は、イルゼ様よりもアメリアが大事」


「だな」


 ルパートとロレッタが頷き合う。


 俺はもう一度、イルゼを見た。

 正確には、その隣にいる黒装束の魔法使い、リオネル・ティンバーを。


 リアの想い人。

 俺から過去を――リアを、奪う男。


 そう嫌悪しながらも、彼が本物の天才であり、イルゼの護衛としてこれ以上はない逸材だと理解している。


(イルゼのこと、頼む。……期待してるぞ)


 彼ならイルゼを守れると、そう確信していた。




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