鮒田という男
「探したぞ!!」
久しぶりの大学。ゼミの教授に挨拶して部屋を出たときのことだ。その男は待ち伏せしていたかのように現れた。
「……どちら様で?」
「ふははははっ! 夏休みでボケてしまったか? 我が親友にしてライバル、水野晴臣よっ!!」
「頼む。声のトーンを下げてくれ。めちゃくちゃ見られてる。あと何度も注意しているが、フルネームで呼ぶな」
通りすがりの女子学生2人組が目を剥いてこちらを見ている。突然、小太りの男が「ふははははっ!」なんて笑い方をしたのだ。仕方がない。
「女さんに見られようと関係ない! 俺はお前に用があるのだ!!」
「はぁ……何を言っても無駄かぁ」
この男は鮒田武。都内に幾つものビルを持つ鮒田不動産の跡取り息子にして、小太り。その尊大な態度から女性に嫌われがち。ゼミが一緒になった縁で話すようになったのだが、何故か親友にしてライバル認定されてしまって早数ヶ月経つ。
「み、晴臣! 夏休みはどうだった?」
えっ。なんだよその漠然とした問い。
「……それなりに充実していたかな」
「そうかっ!」
「……」
「……」
なんだこいつ。聞き返して欲しいのか? 仕方のない奴だ。
「鮒田はどうだった?」
「よくぞ聞いてくれた! これを見よ!」
そう言って鮒田は手の甲をこちらに突き出した。指には宝石のついたリングがある。
「えっ、婚約したのか!?」
「馬鹿者!! 俺が女さんなんかにうつつを抜かすような男に見えるか!?」
女性に相手されないだけだろ。
「これはっ! いま世間を騒がせている召喚石だっ!!」
なるほど。確かに薄ピンク色の石は点滅を繰り返している。模様もあるし召喚石だろう。
「おいっ! なんで驚かないんだ! 夏休みに苦労して手に入れたんだぞ!!」
「おぉ、凄いな」
「リアクションが薄い! ほら、もっとよく見てみろ! 見たいだろ?」
「……別に」
俺だって召喚石は毎日見ている。今更、リアクションを求められても困るのだ。
「ははん。分かったぞ! これが本物の召喚石か疑っているな?」
「いや、本物だと思うぞ」
「いーや、疑っている! 夏祭りのくじ引き屋台に向けるような視線だ!!」
「妙な例えで言い掛かりをつけてくるな」
「証拠を見せてやる! ついて来い!」
そこまで俺のリアクションが気に食わなかったのか。鮒田は強引に俺の腕を掴んで歩き始めた。





