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第六十五話『空飛ぶ城と手元の金貨』

「――あれが言っていた理由か」


「ええ、その通りです」


 ヴィクトリアに手を引かれるまま、都市の奥へと入り込んだ。


 より中心へ、より深くへ。人と雑多な街並みに溢れたこの都市は、どこか迷路のように思えた。迷宮の中に迷路とは全く笑えないが。それほど右に左にと道が曲がりくねっているのだ。ヴィクトリアは俺が足を滑らしそうになる度にくすりと笑みを浮かべて引っ張り上げてくれたが。何がそうも楽しいのか。


 そうしてようやく、開けた箇所に出た。大きな中央広場といった所か。よくある都市の作りだった。中央の広場から、幾つもの道が伸びている。通常はそこに王城や宮殿を作り上げるものだが。


 地上を見渡す限り、それは無かった。


 ――代わりに、空を見上げる。


 その王城は、空に浮かんでいた。巨大な質量は空を悠々と支配しながら、俺達を睥睨している。

 

「浮遊城。よく残ってたな」


 呟くように言う。俺の生前には、幾つか見た代物だ。文字通り、大地ではなく中空に根を下ろす城砦。固定された魔導礼式によって浮遊と時には移動すら可能にする大遺物。幾人もの魔導使いによって運用されるそれは、一国が持つにしろ分不相応なものだった。


 かつての時代、それこそ魔族共によって造り上げられ、そうして俺達の手によって失墜させられたもの。それがこんな場所で今も生き残っているとは。


 俺は驚愕よりも、むしろ見惚れる気分の方が強かった。


 敵に攻め寄せられる事を拒み、それでいて自らは中空から射撃や魔導によって迎撃を可能とする。城砦としての理想形だ。何処までも合理的。素晴らしい。


「攻め寄せられない理由はまぁ分かった。浮遊城を陥落させたいなら、それこそ魔導使いの軍隊を持ってこないとどうしようもない。しかし、数多くのギルドを集めたからといってどうにかなる話か?」


「さぁ、分かりません」


 分かりません。まさかの回答だ。権威の象徴たる四騎士がそれで良いのか。


 俺の視線に気づいたのか、ヴィクトリアは浮遊城から視線をずらして言う。


「そもそも、大遠征――我ら四騎士を束ねての遠征は、第六層に向け行われる予定でした。第七層を陥落させる予定はなかったでしょう。逆にどう思われます。あの城を墜とせると思いますか?」


 尤もな話だった。シヴィリィが第六層を踏破してから何日も経っていない。四騎士が出向いての大遠征をおこなう事は決まっていても、その対象が第七層というのは念頭になかったのだろう。

 

「我ら四騎士は、人類種にとっての最大戦力です。その自負と自覚がある。人類種が再び住む土地を追われ、魔物に食い荒らされぬように日々戦っています。迷宮にいられるのは一年の半分以下。大部分は地上に顕現した魔物の掃討です。だからこそ、迷宮に入れる時には成すべきを成さねばなりません。貴方の考えをお伺いしたい」


 おや、と思わず視線を向けた。ヴィクトリアはどうにも人間離れしたというか、奥底の知れない所があったが。本質はこういった部分なのだろうか。善良で、秩序を愛し、混沌を嫌う。


 ある意味、やりやすいと言えばやりやすい。こちらは腹を探り続ける必要がなくなる。


「まぁ――必ず大丈夫とは言えんがな。やりようはあるさ」


『……あんな大きなお城を?』


 シヴィリィの言葉に合わせて頷く。五百年前は魔族の連中やそれこそ竜族が、城から飛び立ってきやがったんだ。それを思えばまだマシだろう。見る限り竜がいるという様相ではない。


 それに浮遊城の相手は苦戦したからこそ、幾度も手段を検討してきた。


「人間、やろうと思えばやれるものさ。案外とな」


 まぁ。それにしたって準備は必要になってくるが。大淫婦ロマニア=バイロンとやらもどんな相手かは分かっていない。肩書からして、女であるのは確かなんだろうが。


「なぁ、ロマニアってのはどういう――」


 そう、ヴィクトリアの方を向いて口に出した瞬間だった。俺の背中側からかつりと音を鳴らすように。影が姿を伸ばしてくる。


 見覚えのあるような。いいやしかし、忘れてしまったような。そんな影。


「――彼女の名前を口ずさむなんて、命知らずにも程があるんじゃあないのかい? それもこんな広場で。馬鹿々々しい」


 酷く軽い響きなのに、やけに耳に残る声だった。そちらを振り向けば、軽く欠伸をしながら目元を緩める少女がいた。口元に何かを放り込みながら、じぃと緑色の瞳が俺を見ている。


 耳は天を突くように長く、それでいて鋭い。人間離れした鼻梁と眦の整い方は、彼女の種族を告げていた。エルフだ。


 髪の毛を短く纏めながら、彼女は小生意気そうな表情を作って言った。


「君らは余所者だから知らないんだろうけど。彼女は恐ろしい施政者だよ。名前を口に出すだけでも憚るべきさ」


「……ご親切にどうもレディ。気を付けよう。それでそんなに恐ろしい相手なのか? オレは何も知らなくてね」


「ん」


 エルフの少女はそう言って、手の平を差し出してきた。


 果て。何だこれは。首を傾げヴィクトリアの方を見ると、同じく首を傾げていた。


『エレク。お金よお金。情報を売ってるって事』


「金? エルフがか?」


 こう言っては何だが、俺が知っているエルフは金銭よりも魔導や魔導具(マジックアイテム)に拘泥する種族だったのだが。しかし目の前の少女はうんうんと頷きながら、思わず漏れ出た俺の言葉を肯定した。


「そのとぉり。何だってお金が大事だよ。エルフだってそこは変わりない。それにこの都市だと色々お金がかかるんだよねぇ馬鹿々々しい事に。君たちは外からの客人だろう? この都市は日に日に変わっていくからね。地元の案内役を雇った方がいいんじゃないのかい」


「なるほど、口が上手いな」


 実際ヴィクトリアも外部遠征から戻ったばかり。第七層に踏み入るのが久しぶりならば、情報源として第七層に住まう人類種を確保しておきたくはある。


 ヴィクトリアの方を見た。彼女は動揺しているような、一瞬言葉に詰まった様子を見せてから言う。


「……ええ。私も同感です。ここまで協力的な現地協力者は珍しい。今まで遭遇した事もありません」


「なら丁度良い。が、非常に言い出しづらい事がある」


「何です?」


 ゆっくりと頷いてから言った。


「金がない」


 いいや正確に言えば、シヴィリィの最低限の生活費を賄う分を差し引けば情報料を払うような余裕はない。どう足掻いてもこちらは属領民(ロアー)の身分だ。出せるものには限度というものがある。シヴィリィの体調を考えるだけでそれなりに精一杯だ。


「何だ、その程度の事ですか」


 だがヴィクトリアはあっさりと言って腰元につけたバックに手を入れ、布袋を取り出す。そこからあっさりと――銀貨や銅貨ではなく、金色に輝く貨幣を取り出してエルフの手の平に置いた。


 嘘だろお前。金貨なんて俺やシヴィリィは見た事ないぞ。


「おお。金貨かぁ。良いお客さんだね。馬鹿々々しいけどお金は何よりも大事さ。良いよ。二人の案内は私が預かろう。幾らでも聞いてよ」


 そりゃあエルフも笑顔になるだろうってものだ。パンに換算すれば幾つ買えるものか。


 俺が思わず眦をひくつかせていると、ヴィクトリアは袋からもう一枚金貨を取り出して言った。


「どうぞ。必要であれば使ってください」


「いらんわ!?」


『えっ!?』


 シヴィリィ。胸中でもそういう声を出すのはやめてくれ。ちょっと迷うだろう。


 しかし駄目だ。経済状況が厳しいのは確かだが、別に物乞いをやっているわけじゃあない。それに同等の立場ならまだ良いものの、今は肩を並べているだけでヴィクトリアとは天と地ほどの差がある。


 一方的に恵んでもらうような真似は好きじゃあない。時にそれは、人の尊厳を溶かしてしまう毒にもなる。人は自らの力で立ち上がるからこそ自尊心を持ちえるのだ。


 そう言って断ると、ぐいとヴィクトリアは俺の手を取ってから言った。


「ではこうしましょう。これは貸しという事に。大遠征ともなれば、物入りになるはずです。その際に貨幣がなかったから、という理由で彼女を、仲間を死なせてしまっても良いのですか?」


「……痛い所を突いてくるな」


「ええ。貴方には期待しているのです。色々な意味で。ですから、これは投資という事にしましょう。――返せなければ、投資に見合うだけのものは頂くつもりですよ」


 気になる言い方ではあるが、事実、物入りが続いているのは確かだ。属領民(ロアー)という身分で金貨は使いづらいが、ノーラやリカルダなら扱えるだろう。


 手の平の金貨を握りしめながら口を開く。


「じゃあ、有難く借り受けよう。いずれ返すさ。それで、そちらの案内人。名前は何て言うんだ」


「名前。変な事を聞くんだね」


 名前が無けりゃあ呼び辛いだろうに。


 エルフはくるりと踵を回して、緑の眼を開いてから言った。


「そうだねぇ。じゃあ……エルとでも呼んでよ。そうそう、エルが良いな」


 こいつ絶対偽名だろ。


 それをあからさまに匂わせながら、エルはつんと尖った耳を見せながら自慢げに薄い胸を張っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか高利貸に付け込まれたような気がする この立場の差のある中で金貨一枚の貸しはデカイ 絶対利子つくだろうし
[良い点] 「えっ!?」狂おしいほど可愛い
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