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第百一話『勧誘なのか求愛なのか』

 シヴィリィはアリナに両手を握りこまれたまま、困惑したように頬を歪める。


 一体今のはどういう意味だろうか、いいやそもそも、何の話をしていたのだっけ。


 そんなシヴィリィの思考を置き去りに、アリナは両手を固く握ったままシヴィリィにぐいと顔を近づけた。まるで獲物を前にした捕食者のようだった。


「どうだ! 良い話だと思うのだが! 貴君の身分の事なら気にするな。己が愛をもって何も言わせはしない!」


「ええと、ごめんなさい。何もかもよくわからないというか……」


 シヴィリィが金髪を揺らめかせて小首を傾げさせると、アリナが思わず唇を尖らせる。


「むぅ。嫌か? 己の母国たる魔国グレマールならば、広大な屋敷と使用人、いいや望むものを用意させよう。どうだ?」


「ま、待って待って!? 何、なんでそうなったの!?」


 ぐるりぐるりと紅蓮の瞳が回るほどの言葉の羅列に、シヴィリィは頭の中が上手く整理できない。


 人間、自分の埒外の話を放り投げられるとそうそう理解が及ばないものだ。特に今は戦役の最中のはずなのだが。


 しかしアリナは何を今さら、とでも言うように眼を輝かせながら言った。


「己は誤魔化しや遠回りな言葉は嫌いだ、率直に言おう。貴君の才能を買いたい。

 この迷宮で魔力を吸い上げられるその才能、それに第六層を踏破した功績とて赫奕たるものだ。ゆえに、縁を買っておきたいだけの事」


 その為に、縁組を行ってカーレリッジの家名を金髪紅眼のシヴィリィに与え囲い込みたいと、アリナは堂々と言っていた。


 アリナはあっさりと宣い、シヴィリィもまた事態を理解出来ていなかったが。これは通常ならば卒倒でもしそうになる提案だ。


 大騎士は元より、貴族ですらその家名は本来血族にしか与えられない。また彼らは婚姻関係ですら、可能な限り同族か縁が近しい貴族達と行う習性があった。


 それは家名の格を守るため、領地のためという理由も勿論あるが、最も大きいのは魔導の護持だ。


 大騎士や貴族達は、その純粋たる血統によって一家の魔導を守り続ける。外部の人間と婚姻関係を有するのは、自らが保有し続けてきた魔導を流出させるに等しいのだ。


 それに、同じ魔導を有した者らが血を重ねる事でその才能は更に深まる。その力をもって、大騎士と貴族は統治の正当性と武力を保っていた。もしも力を失ってしまえば、何時他の貴族に領地を奪われるか分かったものではない。


 けれどアリナは、外部どころか本来大騎士とは最も相いれない存在であるはずの、属領の人間を家内に囲い込もうとしている。カーレリッジの家名を与えてまで。


 有り得ない。あってはならない話だった。彼女の付き人であるカールマルクが聞けば卒倒して自ら首を吊るかもしれない。


 けれどアリナは、そんな常識を踏み越えて言う。


「どうだ? 俗物からの風評が気になるのなら、己が直接貴君と縁組をし妻としても構わない。貴君の才能は貴重だ。それを用いれる貴君の在り方もな。今後貴君が迷宮都市アルガガタルで行動したいにしても、己が盾となって支えよう」


「待って待って、ごめんなさいよくわからないんだけど!? その、ちょっと他の皆と相談しても……?」


 シヴィリィが頬を赤らめて動揺しつつ、声を胡乱にして言う。


 今までの人生で余りに縁がなさ過ぎた話に、彼女の対応力はあっさりと白旗を振った。


「ふぅむ。仕方がない。……しかし、良いか貴君。先に一つだけ言っておくぞ」


 アリナは兜を脱いでサイドテールを軽く整えながら口を開いた。


「貴君の才能を知れば、欲する者は他にも出てくるだろう。だがな――他の騎士や人間を選ぶくらいなら、己を選んでおけ。貴君が住むのなら、魔国グレマールが一番マシだ。とてもとてもマシだからな」


 兜を脱いでいた所為で、はっきりとアリナの表情がシヴィリィにも見えた。


 苦虫を嚙み潰したような、嫌なものを思い出したとでも言うような顔だった。シヴィリィを慮りつつ、どこか慎重な物言いでアリナは続ける。


「だが愛のない無理強いはせん。己はそれもまた、好む所ではないのでな。さて、前衛に合流を――」


 アリナが、そう言った所だった。


 前衛、先に前進を続けた『軍団』の制服を着た一員が、数名こちらへと駆けてくる。敗走した、という様子ではないが気焦ったように表情を歪ませている。


 アリナが思わず、兜をかぶりなおしてため息をつく。


 それは紛れもなく、何事かが前衛で起きた証だった。



 ◇◆◇◆



「ねぇ、リカルダ」


 相棒であるノーラの声掛けに、リカルダは軽く頷きながら応じた。彼らはシヴィリィと離れてからも、軍団の最前衛に位置している。


 最前衛こそ、危険ではあるが最も功績が得られやすい。それに彼らは、人間としては間違いなく上位の練達者だった。そう易々と死にはしない。


 しかしその最前衛も、今は停止し進行を止めていた。大通りの大部分を占拠し、今は広場に侵入しようかという頃合いだ。けれども誰一人として飛び出そうとしない。


 ノーラはククリナイフから魔物の血を落としながら、ぽつりと言った。


「落とせると思うかい、あれ?」


「難しい事を聞きますね。それを考えるのは、我々ではないとも思いますが――」


 傭兵時代からそうだ。城に攻め込むのか、それとも退却するのか、それを考えるのは指揮官の仕事。傭兵の考える事ではない。


 とはいえ、それが余りに無謀であれば戦線を離脱するのが傭兵のやり方でもある。指揮官の言う通りに動く事しかできない傭兵は、何時だって早死にするのだ。


 リカルダが顎に手をあてながら、それを見た。


「――私なら引きますね」


「いやいやいや、無理に決まってるでありましょう!?」


 リカルダの言葉を喰い取るように、ココノツが口を挟む。彼女が持つ槍には殆ど血がついていない。彼女らしく、魔物やエルフの襲撃を軽くいなし続けていたのかもしれなかった。


 眼前の光景に、ココノツは顔を大きく歪めて言う。


「……何事にも、限度があるでありますよ」


 ココノツの黒い瞳の視線の先に、それはあった。

 

 中空に浮かぶ雄々しい浮遊城。その下にある広場には、一見ただ鉄盾が並べられ簡易陣地が敷かれている程度に見える。その後ろではエルフの兵達が居並びこちらを射殺さんと弓を構えていた。


 これだけならば、まだ相応の被害が出るだけで済む。


 恐らく前衛の多くは死ぬだろう。しかし、先ほど木の杭で作られた陣地を炎の魔導で吹き飛ばしたように、複合魔導による攻勢をかければこの程度の陣地は突破出来る。無論、その後浮遊城をどう攻略するかという課題は残るものの、だ。


 だが、本質はそれではない。そんなものではなかった。

 

 ――広場全体の地面に書き込まれた魔導の紋章。それはここが、魔導陣地である事の証だ。


 魔導陣地とは、言わば迷宮と同様の異界に近しい。極めて高位の魔物か魔族が用いる手法で、人間世界では何百年も前に大騎士教によって廃絶に追い込まれた秘儀の一つだ。


 探索者や冒険者達が魔導陣地について持つ知識もそう多くはない。一つは、これを作った異界の主人があり、それを討滅すればこの異界は滅ぶこと。


 もう一つが――異界の主人を殺すなどというのは、事実上不可能に近しいという事だった。


 それは当然で、異界は主人の意のままになる空間だ。圧倒的に不利な空間に自ら入り込み、そうして高位の魔物を討伐するなど荒唐無稽にもほどがある。


 事実、そういった魔物の討伐例は現在に至るまでも極僅か。未だ地上には、そういった魔物が山脈や渓谷に根を張っている。


 その上、この異界、魔導陣地の作成者は――。


「言っただろう。俺は面倒ごとは嫌いなんだよ。攻めるなら攻める、引くなら引く。きっちり決めろよ。お互い、そっちの方が良いんじゃねぇのかい。末裔共」


 ――異界の主人、『無尽』のゲイルが、光弓を構えながら『軍団』に向けそう言い放っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シヴィリィましょうのおんな(コクリ) [一言] 敵も味方も強くてハラハラします 更新ありがとうございます
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