その99
「んぁ? ああ、子供作れない体なのよあたし。そんなお嫁さんが結婚式出れる訳ないじゃーんってね。だって収穫祭だし? 実りのお祭りだし? 子供だって実りじゃない?」
「軽すぎるよ!!!」
お、重すぎる話のはずなのに何なのよこの軽さは!!
次にラルフさんたちがギルドで相談をする日に早速事情を聞きに行ったのだが、あっさりと答えられてしまった。自分で聞くのはできそうに無かったから半泣きでシアさんに頼んだのに……
このあまりにもあっさり過ぎる答え方、ナナシさん本人は全く気にしてないんだろうか? 子供が作れないなんて相当に辛いことのはずだよね。うう、泣きそうだ……
「ま、そんな話はいいじゃねえか。おおそうだ、聞いてくれよ。コイツやっと凍らせる魔法使えるようになったんだぜ。やっぱ氷水に全身浸かるのは効くな、ありがとなメイドさん」
「いえいえ。実際その罰ゲー、修行風景を見れなかったのは残念ですが。エディさん、おめでとうございます」
「あ、うん、エディさんおめで、罰ゲーム!?」
「ああ……、そんな気はしてたよ……。やっぱり王族から見たら俺たち冒険者なんて遊び道具の一つに過ぎないんだよな……」
「ご、誤解しないで!! で、できるようになってよかったですね!!」
ああもう、何が何だか。
とりあえずエディさんが冒険者必須魔法の一つを無事修めたっていう事だね。よかったよかった。
「あはは。でもさ、冷やすのができなくなっちゃったんだよねー、凍らせるだけ。まあ、それは追々でいいかな」
「そうなんだ。多分壮絶なトラウマになっちゃったんだと思うよ……」
凍らせれることができれば後は調節だけだと思うしね、しっかり練習していけばすぐに使いこなせるようになると思う。
……?
「流される所だった!! な、ナナシさん、聞いちゃ駄目?」
「むう、誤魔化しきれなかったか、残念。シラユキちゃんには話し難いんだよねー」
子供に聞かせていい話じゃないって事かな……
うう……、気になるけど、大人しく退くしかないよね。
「直接的な原因まではお話にならなくて結構ですよ。姫様はただ、ラルフさんを愛しているのに何故告白する事ができなかったか、との理由をお知りになられたかっただけですから」
え? だからそれが理由なんじゃないの? 子供の作れない体だから言い出せなかったんじゃ……
いくらナナシさん本人が自分の体の事を気にしていなくても、ラルフさんが同じくそうとは限らない。私だったら絶対に、どんなにその人のことが好きでも、いや、好きだからこそ言い出せないと思う。
「あ、愛してる? は、恥ずかしー!! んふふ、別に告白できなかった訳じゃ無いんだよね、ただ自分の気持ちに気づいてないだけだったのよ」
「やめろよオイ、俺も恥ずかしいわ。愛してるとか……、くそっ、顔がニヤけちまう」
二人とも少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。
自分の気持ちに気づいてなかった? ラルフさんが好きだっていう気持ちかな。
私にはさっぱり分からないんだけど……。最近気づいて告白したっていう事?
「あ、あの、私に話せる範囲でいいですから、聞かせてもらってもいいですか? こ、子供が作れないって、その……、大変なことなんじゃないんですか?」
分からない……。ナナシさんとラルフさんが全然気にしているように見えないのが……、分からない。
「真面目なお話は苦手なんだけどな……。メイドさんは全部知ってるみたいだよね? どこまで話していいと思う?」
「ナナシさんにお任せします、と言いたいところですが、難しいですね……。先ほども言いましたように、原因をお話するのはやめておきましょう。私にも詳しい、直接的な原因までは分かりませんでしたが、恐らく冒険者になる前のお仕事のせいなのですよね?」
「うわ、よく調べてあるなあ……。あ、怒ってないから大丈夫だよ。お姫様に集る悪い虫の可能性も考えられるんだから、素性を調べ上げるのは当然だよね。子供が作れない体になった原因は、実はあたしにも分かんないんだ、それは今は置いとくよ? 冒険者になる前の仕事ってちょっと特殊と言うか、ありふれたものだったんだけど、うーん……、あたしが特殊だったのよ多分」
ナナシさんが冒険者になる前のお仕事? それで子供の作れない体に? ありふれた仕事みたいだけど、一体どんな……
ああ、ナナシさんが昔何をしてたかなんて聞いた事もなかったよ。てっきりエディさんみたいに成人してすぐ冒険者になったのかと思い込んじゃってた。冒険者の日常を聞くだけでも凄く楽しいから、それ以外の事は、食べ物の好みとか趣味くらいしか話してないや。ナナシさんと話してると、どうしてもそっち方面へ話が転がって行っちゃうっていうのもあったかな……
「その仕事の内容は話せないよ、ごめんねー。メイドさんも答えてくれないと思うから聞かないでね。シラユキちゃんには前に話したよね、あたしは捨て子だったって」
「は、はい……」
ナナシさんは、私の表情を見ながらゆっくりと続きを話し始めてくれた。
確か、名前が無いからナナシっていう名前になったんだったかな。初めて会った日に姓は貰い物って言ってたっけ。
「緊張しなくてもいいって、可愛いなあ……。簡単に説明しちゃうか、詳しく話そうとすると、あたし絶対口滑らせると思うしね。まあ、そこに拾われて、物心付く前から働かされてたんだけどね、その頃のあたしって、文字も読めない馬鹿だったのよ。言葉が話せるだけでさ、常識も無かった。誰も仕事の事以外教えてくれる人なんていなかったし、十五になるまでずっとそんな感じだったの。う……、メイドさん、どうしよっか? もうやめとく?」
「姫様……、お辛いのでしたら、ここまでにしましょう? 泣きながら聞くほどの話ではありませんから」
言葉が出ない。言葉は出ないが……、涙は出る。シアさんが優しく涙をハンカチで拭ってくれる。
今は何も考えちゃ駄目だ、続きを聞こう。
ブンブンと首を振り、シアさんの提案を断る。
「では、簡潔にお願いします。すみません、貴女も思い出したくない事なのでしょうが……」
「ん? いや、そうでもないよ? その仕事は好きだったからね。それはいっか、続けるよ? 十五の時にね、ある人に引き取られたの、その人があたしに姓をくれた人。冒険者だったんだけどねその人、父親みたいな感じだったかな。引き取られたその日から一般常識やら冒険者の知識やら、色々と叩き込まれてね。そのおかげで今のあたしがある訳なんだけど。端折りすぎたけどいいよね? それでさ、あたしって精神的にまだ子供なのかね、十歳くらい? あはは、シラユキちゃんより下かもだね。そんな訳で、人を好きになるなんていう感情がよく分かんなかったんだよね」
「なるほど、私は子供が作れない、という理由から言い出せなかったのではないかと思っていましたが、自分の心が、気持ちが理解できていなかったのですね……。お疲れ様でした、ナナシさん。まずは謝罪を、申し訳ありませんでした。」
「ごめんなさい、ナナシさん……。私……、うう……」
シアさんと一緒に、私も頭を下げて謝る。
いくらお友達でも、これは聞いちゃいけなかったね……
何度も思うことだけど、私は自分がどれだけ恵まれているか全然理解できてないんだよね。
「あはは、いいっていいって。あたし本人が気にして無いんだからさ、いいんじゃない? ま、でもさ、子供に聞かせる、特にシラユキちゃんみたいなお姫様に聞かせる話じゃなかったかもね」
世の中には幸せな人ばかりじゃない、ナナシさんが不幸だったとは言いたくは無いが、幸せな子供時代を過ごしてきたわけじゃない。「今」だから笑顔でいられてるんだ。
「あー、泣かないでくれよ。結婚の祝いに来てくれたんだろ? 何でこうなるんだよ……」
「お祝いする空気じゃなくなっちゃいましたよね……。ごめんなさい」
「この空気は辛い……。結婚を勧めた俺が悪いみたいだ……」
「エディさんが勧められたんですか? それはまた思い切ったことを……」
「そうしないと俺がナナシさんに狙われるんだって。俺から見たらこの二人恋人同士にしか見えなかったしさ、付き合ってないだけで絶対好き同士だって分かってたからあそこまで逃げてたんだよ」
エディさんから見たらやっぱりそうだったんだね。ナナシさんは、自分の気持ちが恋愛感情だっていうのが分からずにラルフさんに甘えてたのかな? Hも何回もしてたみたいだし……
一晩のお相手募集もそうか。ただ、その、気持ちいいことしてお金を貰える、くらいにしか思ってなかったのかもね……
「結局エディの童貞は食えなかったなナナシ。エディ、お前も結婚する前なら許したのに、もったいない事したなあ?」
「俺は俺でナナシさんくらいのいい女性見つけるよ!! い、いるかなあ……。くっそ、最近周りに美人が増えて、目が肥えて来ちゃったんじゃないか俺って……」
ナナシさんすっごく可愛いもんね、可愛いって年じゃないんだけどさ。他には姉様とシアさんとミランさんに……、リズさんも離れて見てたよね。何という美人ぞろい……。
「あたしくらいのならゴロゴロいるんじゃない? さすがにメイドさんクラスともなるとこの国に一人二人いるかどうかなんだけど……。ま、頑張んなさい、Eランクになったら独り立ちなんだし、そっからでも遅くないよ。今は一人前になることを優先しなきゃね」
Eランクで独り立ちなんだ? ああ、Eランクからやっと本来の意味で冒険者ギルドの一員になれるんだったね。
「が、頑張ってくださいね。早く独り立ちしないと、二人の熱い仲を見せ付けられる毎日が続いちゃいますからね」
この二人は兄様姉様みたいなラブラブ空間は作り出さないと思うけど、ナナシさんってそっち方面での遠慮は一切しなさそうだからね。
「夜営が既にやばいんだよ……。でも、焦らず頑張るよ、ありがとう、シラユキちゃん」
や、夜営!? わわわわわ、また想像しちゃうよ……
「お詫びと言っては何なのですが、一度診察を受けてみませんか? 初潮がまだ来ていないだけかもしれませんよね? 可能性は低いでしょうけど……」
「ああ、できたらそうしたいよな。でもそんな詳しい診察ができる医者なんているのか?」
初潮が来てない? え? ああ! そういう事なのか!!
「じゅ、獣人の人は分からないですけど、人間種族の場合は二十歳過ぎても来ない人も稀にいるらしいですよ。体が小さかったり、栄養が足らなくて体の成長が遅れている人には、そういう事があるらしいです。な、ナナシさんは小柄な人ですから、そうかもしれないですよね!」
シアさんの言う様に可能性は低いだろうけど……
「医師ではなく、姫様と以前お話した癒しの能力を持つ方ですよ。体の機能をを正常に戻す、という事もできるのではないかと」
「え? あ、マジで? 今さら生理とか来ても逆にめんどくさそうな……」
「うぉーい!! 子供作れるならそっちの方がいいじゃねえか!! つーか癒しの能力者かよ、すげえな。それじゃ、頼んでもいいかなメイドさん。コネ使うみたいで悪い気がするんだけど、こればっかりは俺たちじゃどうしようもないからさ」
「そうだよナナシさん。駄目元でも診てもらった方が絶対にいいって! やっぱ王族って凄いなホントに……」
癒しの魔法を使える能力者って、国が全部抱えちゃってるんだよね。ただの一般の冒険者夫婦が簡単に会えるような、そんな軽い役職には就いていなさそうだ。
「エディさんの仰るとおり、駄目元に近いかもしれません。私はただの一メイド、ウルギス様エネフェア様の許可が必要になるかとは思いますが、何とかして見せます、確約します。先ほどお詫び、と言ったでしょう? 今回ばかりは全力で協力致しますよ。貴方方の笑顔はイコール姫様の笑顔に繋がりますからね、遠慮し断ろうが無理矢理にでも診られてもらいますからね」
最後のは取って付けた様な理由だね。シアさんもラルフさんたちのことはいいお友達だって思ってるはずだし、照れが出ちゃったかな? ふふふ。
そういえば、シアさんが言うにはその人はもう人前には滅多に出てこない人だったね。昔、能力関係で何かあったのかもしれないね……。私の口添えでも難しいのかもしれない。
お姫様なんて言っても無力な物だよね、父様母様に我侭を言うくらいしか私にできる事はなさそうだ。癒しの能力なんて珍しい、も、の……?
「ああ!!!」
今気づいた! 思い出した!!
「うお! 何だ!? 珍しいなそんな大声」
「ひ、姫様? どうかなさいましたか? すみません、出過ぎた真似をしすぎましたでしょうか……」
「シラユキちゃん? やっぱ王族に頼っちゃうのは駄目かな……。シラユキちゃんってお父さんお母さん大好きなんだもんね。迷惑になっちゃうかー……」
「え? 俺たち死んだ!?」
四人が私の大声に盛大に勘違いしているが……、今はそれを訂正している余裕は私の頭には無い!
「ななななナナシさん、ちょっと立って、こっち、来て来て!!」
椅子から立ち上がり、ナナシさんを手招く。
あ、興奮で敬語忘れてた。ええい、今はそんな事はどうでもいい!
さっきから心臓がドキドキ言ってる。私にできること、やれること、あるじゃない!!!
「姫様? 一体何を……」
「な、何? い、行くけどさ、何なの? 手打ちにされる!?」
ナナシさんは席を立ち、恐る恐る私の隣へとやって来た。
手打ちって何?
「うふふふふ。ちょっと抱き付きますね」
返事を待たずに正面からナナシさんに抱き付く。あまりの嬉しさに変な笑いが出てしまっているが、気にしない。
む、ちょっと汗臭いよ? お風呂入ろうよ……
「うひゃー! 小さい! 柔らかい! いい匂い! 私女の子に興味なかったけど、シラユキちゃんなら全然イケるわ!! やばいわこれ、興奮してきた……」
両手でしっかりと抱き返してくれるナナシさん。
何か指がワキワキしてゆっくりと下に進んでるんだけど……
「変な事言わないでください!! あ、シアさん、倒れちゃったらごめんね?」
身の危険を感じる、さっさと済ませてしまおうか!
「!? 姫様! いけません!!」
シアさんの静止の言葉とほぼ同時に能力を発動する。
イメージは癒し! 身体機能の正常化!! 私の全魔力を注ぐイメージで!!
ナナシさんの体の中がどうなっているかなんて私には理解も想像もできないが……、私の、この能力なら、何も! 問題は!! ない!!!
どこか悪い所があるのなら……、全部治してしまえばいい!!!
続きます。
なんというハイテンションなシラユキ……




