その89
羽をフリフリさせながら、フォルベーは機嫌良くクッキーに齧り付いている。
い、今気づいちゃったよ……
完全に驚くタイミングを逃してしまった。今驚いたら、どれだけ長いノリツッコミだよ!? と逆に突っ込まれてしまいそうだ。
落ち着いてフォルベーを見直してみる。
ち、小さいな、背は20cmくらいか? 見た目は子供に見えるね、大人の容姿ではない。
私と同じ真っ白な髪を私と同じ様に膝下くらいまで伸ばしている。瞳の色もこれまた私と同じ青色だ。この世界で青色の瞳がハイエルフ以外にいるとは思わなかった。本にも載ってはいない、父様でも知らない事はあるんだね。世界は広いや。
服も私に似てるね、白いワンピース。何故か裸足だけど、空を飛んでの移動が基本なのかな? 多分必要ないんだろう。
私を小さくコンパクトにした様な容姿。違う所は耳の長さと……、くそう! 何でそんな小さいのに胸はあるのよ! もげろ!
背中の羽? 半透明で綺麗だね! 虫っぽくはない。先の尖った、薄い青色で細長い、氷みたいな形状だね、なんか硬そうだ。上下に全部で四本生えて、るのかな? 背中は見えない。上二本は斜め後ろ、上に向かって、下二本は対となる形だが、長さは半分くらいしかない。
なんか、アレだね。ロボットの背中に付いてる推進装置っぽい……
そんな事はどうでもいい! なんでそんなに胸があるかと……、じゃない!
落ち着け落ち着け、考えるな、後でもげばいいじゃないか……
「あん? どしたん? じーっと見つめて。惚れた? いやん」
いやんじゃないよ、か、軽いなあ。でも、話しやすくていいね。
くねっと体を捻って恥ずかしがるフォルベー。背中は見えた、羽は浮いている、直接生えているわけではないようだね。
「い、今さらだけどさ、フォルベーは妖精さんなの? ちっちゃいし、羽、生えてるし。あ、羽なのかなそれは」
「あー、んー……、どうだろ? 多分そうなんじゃないの? アタシはアタシだよ。自分の種族なんてどうでもいいし? 妖精、なんてモンは人が勝手にそう呼んでるだけだからねえ……。コレ? なんだろねコレ」
ほうほう、そういう事ですか。他種族との交流がないと、自分の種族なんてどうでもよくなるんだね。私は私、か、いい言葉だ。
でももうちょっと自分自身に興味を持とうよ……。自分の体に付いてる物なんじゃないの?
「ふふ、分からないならいいや。それじゃ妖精って事にしちゃおうか。他に妖精のお友達はいるの? クッキー全部食べれそうにないし、持って、行けないか」
持って帰ってもらおうかなとも思ったけど、このサイズだと運んでいけるのは精々三、四枚かな? 重くて飛べなくなってしまいそうだ。
「友達? そりゃいるよ、その中でも私は一番の古株さあ。大体みんなあそこにいるね、花畑。あの巨乳、いや、爆乳の人が管理してるとこ。持って帰っても二枚三枚じゃ全然足りないねえ」
ああ、コーラスさんの花畑か。
ば、爆乳……、なんて羨ましい響きだ……。妖精にもやっぱり胸のある無しは大きい物なんだろうか?
「それじゃ、私が持って行くよ。急に行って大丈夫かな? みんな驚いたりしない? 普段は隠れてるんだよね?」
「どこまで優しいんだかこのお姫様は……。それじゃお願いしようかね。ああ、だいじょぶじょぶ、アタシと違ってみんなシャイだけど、シラユキなら問題ないさー」
私なら大丈夫、って言うのはよく分からないけど、フォルベーがこう言ってることだし、行ってみようか。
「それじゃあ一旦仕舞っちゃおうか、ちょっと待っててね」
テーブルに出してあった物をひょいひょいと影に詰め込む。便利な魔法だね。
フォルベーは特に驚く事も無く、にこにこしながら待っていた。
フォルベーを肩に乗せ、向かうはコーラスさんのお花畑。ここからそんなに距離は離れていない、お話しながらゆっくり歩いていこうか。
「妖精さんたちは普段どうしてるの? 隠れたままって言うのは辛いんじゃない?」
私にも、見えたのは本当に今日が初めてだし、家族も一切気づいてないという事は、多分国民全員が知らないんじゃないだろうか? それは言い過ぎか。
「隠れたままっていう訳じゃないよ? 誰がそんな引き篭もり生活するもんかって。人には見えないようにしてるだけさー」
「見えないように? 消えたりしてるの?」
「ふっふふー。秘密だ!」
「えー? いいじゃんいいじゃん。まあ、いいか」
「諦めるの早っ! もっと聞いてよ! 面白いなシラユキは……。アタシ見ても全然驚かないしさー。最初はね? 驚かして泣かして逃げたところで、クッキーを頂くって寸法だった訳よ。それがふっつーに話しちゃってまあ、拍子抜けだよ。ふふ、おかげでいい友達ができたからいいんだけーどねー」
なるほど、悪戯妖精だった訳か、危ないな。一人歩きがトラウマになるところだったよ……
「あの時はちょっと、気分的に参っちゃってたからね、驚く余裕が無かったと言うか何と言うか……。その後妖精さんだー、って気づいて驚いたよ」
「あららら、そいや、今日は珍しく一人だね。どうしちゃったん? 悪戯でもバレて、怒られて閉め出された?」
フォルベーと一緒にしないでよ。悪戯って言うのはバレないようにする物よ!
し、してないよ? しても兄様のプリンを食べるくらいだよ?
「んーん、ただのお散歩。一人で出歩く訓練と、一人なら妖精さんが見えるんじゃないかって、ちょっと前に話しててね、今日やっとそれを実行できたの。父様ったら、今日この辺り一帯を立ち入り禁止にまでしたんだよ? 大袈裟だと思わない?」
「ウルギスも昔はヤンチャ坊主だったのに、今じゃすっかり親馬鹿パパだねえ」
そうそう、父様って昔は怖い人だったらしいんだよね。……ん?
「父様の昔を知ってるって、フォルベー何歳なの?」
「知らにゃい。年なんて数える習慣が無いからさー、ウルギスが生まれるよりずっと、ずーっと前から生きてるよん」
す、凄い……
見た目子供なのにやっぱりとんでもない年齢みたいだね。
こんな機会は滅多に、と言うか、今後もう二度とないと思う。今のうちに聞けるだけ聞いておこう。
「お爺様お婆様も知ってたりするの? どんな人だったか分かる?」
「質問ばっかだね、さすが子供。うんうんいい事だねえ。でもね、シラユキ」
フォルベーは肩から飛び立ち、私の顔の前で止まる。
「答えだけ聞いて面白いかい? お姫様だし子供だから今は面白いんだろうけど……。これから自分が後何年生きると思ってるん?」
「え? あ、ご、ごめんなさい……」
今日できたばかりのお友達に質問攻めは駄目だよね、怒らせちゃったかな……
「オウフ!! ちょいちょいシラユキ! こんな程度で泣かないでよー。あー、お姫様だったか、しまったなー……、優しすぎるってのも考えモンだねえ……。アタシが言いたいのはさ、自分で答え見つけたほうが楽しい、っつー事よ、分かる?」
「ふぇ?」
自分で見つける? 答えを?
「なんだろこの子、守りたくなってくるわ……、こりゃウルギスのこと馬鹿にはできんねー。いい? 世間知らずのお姫様。今日初めて一人で歩いてみてさ、早速一つ自分で発見したじゃん? ホレホレ、アタシアタシ。実際はアタシが出てきたからなんだけどね? ま、んなこたぁどうだっていいじゃない? 一人で、外に出て、アタシ、妖精、知らない物、分からなかった物を一つ見つけたんだよ。簡単な事っしょ、分かんなきゃ分かる所行きゃいいの。成人したらさ、ウルギスみたいにこの森を飛び出して行っちゃえばいいじゃん? んでさ、ルルも、ネネも自分で見つけてみなよ。多分この大陸のどっかにはいるって、多分」
ルルとネネ、お爺様とお婆様の名前だ……
自分で探す? お爺様とお婆様を? それだけじゃないか、本を読んでみんなに質問するだけじゃなくて、自分でも確かめに行けっていう事か……
「でも、森の外は……、怖いよ。森の中だって一人は怖い。今はフォルベーがいてくれるからいいけど……、一人なら広場で泣いちゃってた」
あの時はもう泣く寸前だった。ホントにフォルベーが来てくれてよかったよ。
「バーカ!! くそう! だからこの子大好きなんだよ!!! だーれが一人で行けって言った? メイドさんでも、ウルギスでも連れてきゃいいじゃん」
「へ? あ、そうか!」
「前のお姫様、っと、ユーネちゃんか。あの子だって外行ってみたいーってギャーギャー騒いでたんよ? 一人で行きたいじゃなくて、もちろん連れて行けってね。一人で何でもできると思うなよー? ……んー、違うか。ね、シラユキ」
「な、何? どうしたのフォルベー?」
フォルベーは急に真剣な顔つきになって続ける。
「一人で全部やろうと思っちゃ駄目だよ。一生メイドさんにオンブ抱っこでもいいと思うよ? お姫様なんだからね。家族に遠慮なんてするもんじゃないよ? 多分無意識にしちゃってるんだと思うな」
「遠慮なんて……」
「はいはい私のターンはまだまだ続くのよー、話半分でもいいから聞いときなさいな。今シラユキ子供じゃん? もっと子供っぽく我侭言って、元気に外走り回って、転んで怪我して泣いて、家族に迷惑掛けてりゃいいのよ」
「あ、それはよく言われる」
「でしょ? みんな迷惑掛けて欲しいんだって。ま、度が過ぎるのもアレだと思うけどね? シラユキお姫様なんだぜ? もっと我侭に生きようぜー!!」
「わ、我侭って難しいんだよ……」
「それだけ恵まれてるって事にしときなさいって。……あー、何の話してたんだっけ? ま、いっか。花畑行こう! そろそろ着くよー!」
何というフリーダムな人だ……。自分の言いたい事だけ言って終わらせてしまった。しかも多分、自分が何言ったかもう完全に覚えてないよ。結構大事な事を教えてくれた気もするんだけどな……
私なりに解釈すると、答えは自分で見つけろっていう事かな。子供のうちも、大人になっても、家族に迷惑掛けてもいいから、自分で見て自分で感じて、それで自分なりの答えを出せって?
さすがに実際世界中を見てきているだけあるね。
でもなー、私にはなー、難しいなー……
「ま、後百年も生きりゃ、考えも変わるんじゃない? 一人で世界中旅できるような、ふっとい神経の高飛車お姫様になってる可能性だって……、無いわ」
「あはは、それは無さそうだねー。でも、うん、今はいいか。フォルベー、ありがとね。まだまだ質問するけど、適当にはぐらかせて答えてもいいよ」
「質問はしちゃう訳ね。さっきはああ言ったけど、それもいいと思うよ? シラユキのやりたいようにやればいいのさー」
フォルベーは私の周りをくるくると飛び回りながら楽しそうに、とても楽しそうに笑っている。
さてと、ここまでにしようか。花畑まで行ってもしょうがないよね。
私は立ち止まって、フォルベーに話しかける。
「それじゃ、最後の質問いい?」
「ん、いいわよ。まったくこの子は……、何で気づいちゃうのかしら」
「ごめんね? 理解が早くってさ。えとね、妖精さんって、いないの?」
「うん。ごめんねシラユキ、いないの。夢、壊しちゃった?」
「ううん、大丈夫だよ。これも私が見つけた一つの答えになるのかな」
「そうかもね? 答えたのは私だけれども、その答えを導き出したのは、シラユキ、あなただからね」
「完全な答えを貰っちゃうって、ちょっと悲しい事なんだね。思ったよりショックが大きいや……」
「そうよ。答えを貰ってしまったらそこまで、もうその先は無いわ。ああ……、答えない方がよかったかしら……」
「あはは、いいよいいよ。妖精さんを信じてるほど子供じゃないよ。でも、ちょっと残念な気もするね」
「でしょ? 私が言いたいのはそういう事だったの。分かってくれたかしら?」
「うん! ありがとう!! あ、あのー、もう一つだけいいかな? これは絶対に答えが出ないから」
「謎は謎のまま、っていうのもいいものよ? そうね、質問にもよるわね、言うだけ言ってみなさい」
「うん、あのね、今日はどうして来てくれたの? 悪戯のためなんかじゃないよね。最後に、それだけ、教えて欲しいな」
「あら、そんな事? んー、どうしようかしら。あ、先に私の質問にも答えてもらっていい? その後なら答えてあげちゃう」
「いいよ? 私に答えられるのかな……」
「シラユキにしか答えられないから大丈夫よ。ねえ、シラユキ、いつ気づいたの?」
「え? あー、最初に怪しいなって思ったのは名前を聞いたとき、かな。だって、そのままだよ? 口調もバラバラで何か変だったしさ」
「ば、バレバレだった訳ね。あー、恥ずかし。私の答えはね、シラユキが一人で泣きそうだったのが我慢できなかったから、でいい?」
「えー? そう言うの、えこひいきって言わない? 大丈夫なの? 立場上まずいんじゃないのかな……」
「いいんじゃないの? 何か罰がある訳でもないんだし、ね? でも、次はもう無いから安心しなさい。これでもう二度と逢う事は無いわ」
「うう……、そう言われちゃうと寂しいよ……」
「いつでも見てるからね? 嘘だけど。今日はたまたま、偶然よ」
「たまたまだったの!? まったく、ホントにらしくないんだから!!」
「ふふふ、ごめんなさい。さ、てと、そろそろ行くわね? シラユキも早く帰ったほうがいいわよ」
「待って待って! ええと、今日の事も、そうだけど、あの、ありがとうございました!!」
「どういたしまして。それじゃね、バイバイ。私の大切な、可愛い可愛いシラユキ……」
「うん! また、じゃないや。さよならもやだな……、おっと、消えちゃうよ。……いいや! ありがとう!!!」
ユーフォルビア……、一体何者なんだ……
期待を大きく裏切る展開だったかもしれませんね。




