その320
新しいお話に入りますが……、今回はちょっと短めです。
それではまた後書きで。
女神様襲来事件から一週間くらい経ったある日の朝、のほほんと朝食後の休憩をしながら、今日は誰と何をして過ごそうかなー、などと考えていたら母様から呼び出しを受けてしまった。何の用件かは迎えに来たクレアさんは知らないらしい。いや、聞いてはいるけれど話せないと言った風に見えた。
母様に呼ばれてしまったのなら、例えショコラさんの膝の上で甘え中でも、ウルリカさんの尻尾をモフり中だろうとも即座に出向かなければなるまい。まあ、今日はそのどちらも遊びに来ていないんだけどね。
そんな訳で今私は執務室、母様の膝の上で幸せを満喫中である。私を呼んだのは母様なのだから、お仕事の邪魔とかは考えずに思う存分甘えさせてもらおうではないか。
とりあえず体を横向きにし、ぎゅっと抱きついてスリスリと頬擦りをさせてもらう。幸せ!
「ふふふ、可愛い……。もっと毎日でも甘えに来てもいいのに」
頭を撫で、空いたもう片方の手の指先で頬をくすぐってくる母様。どうやら私が甘えに来ないのを不満? 不思議? に思っていたらしい。
確かにあのお話の日から、大人の立ち振る舞いをしようという考えは心の片隅に追いやったのだけど、それとこれとはやはり別問題なのだ。母様のお仕事の邪魔はできるだけしたくないからね。
それに、いつも通りでいいと言ってくれたのは他ならぬ母様ではないか、まったくもう。
「母様は私が来るとお仕事投げ出しちゃうよね。そうなるとリリアナさんに毎日怒られちゃうよ?」
「うっ、それは本当に本気で嫌だわ……。リリーかカイナが女王を代わってくれれば全部丸く収まるのにね。ねえ? シラユキ」
収まらないと思うなー、と思いつつも言わない私。誤魔化しも兼ねてランキング1位のおっぱいに顔を埋めてしまおう。幸せすぎる。
「ああ、可愛らしすぎます姫様……。私ももっと姫様を甘やかして差し上げられたら……」
「またこれだよまったく。さ、シラユキが可愛いのは分かるけどさっさと本題に入りなさいって」
リリアナさんが呆れた風にそう急かす。でも怒っているような声色ではなく、反対に楽しそう。カイナさんはさっきの母様の言葉が聞こえていたのかいないのか、会話に参加してこないので心の内は分からない。
ちなみにクレアさんは完全無言状態なので、今どういう表情をしているかは分からな……、多分いつもの無表情ですね、はい。
「もう少しくらい甘えさせてあげてもいいじゃないの。リリーはお仕事の時間内は本当に厳しいんだからもう……」
……むむむ?
「本題?」
体を少しだけ離し、見上げるようにして母様に聞く。
「ええ、少しシラユキから聞いておかなければいけない事があってね? まあ、その答えはもう分かりきっているのだけれど一応、ね」
ほほう、私に聞きたい事とな。なんだろう? 答えは分かりきっているというのに、それでもあえて訊ねなければならないくらい重要な事なんだろうか?
「昨日、シラユキは何をして遊んでたかしら?」
「え? 昨日?」
全然重要でも何でもなかったぜ! でも漠然と何をしていたかと聞かれても困っちゃうな……。うーん? 朝起きて、朝ご飯を食べて……、ん? 遊んで?
ああ、昨日は大体何をして時間を潰していたかとかそんな感じの質問ね、なるほど理解した。それならば……
「昨日はメアさんと一緒に本を読んでたよー」
実際はほかのメイドさんズやマリーさん、兄様や姉様もたまに様子を見に来ていたりもしたけれど、名前を出すのはずっと一緒だったメアさんだけでいいだろう。
そして読んでいた本はよくある恋愛もの。冒険者と町娘の恋のお話。甘酸っぱいわ。
「それじゃ、一昨日は?」
ふに、と私の右頬を軽く摘みながら聞いてくる母様。さっきの答えに特に反応を返さなかったところを見るに、ただの確認みたいなものなんだろう。
「フランさんと一緒に本を読んでたよー」
一昨日も昨日と同じで代表者がフランさんというだけ。まあ、そこまで細かく答える必要はないと思う。それと、読んでいた本はお菓子などのレシピが書かれている所謂料理本。読書よりもフランさんとのお話がメインだったかもしれないが、それも言わずにおくとしよう。
「その前は?」
にっこりと微笑みながら続きを促してくる母様。ついでに左頬も摘まれてしまった。うにうに。
ええい、ほっぺを摘まれるのも幸せだけど、母様は一体何が聞きたいというんだ! ええと、三日前は確か……
「うにゅにゅ、にゅん、シアさんと一緒に本を読んでたよー。……はっ!?」
き、気付いてしまった! 理解してしまった!! 母様が何を言わんとしているのかを……。
ちなみにシアさんと読んだ本は、例のシアさんお薦めの作者さんが書いた内の一冊。シリーズ初期の頃のものらしくいやらしい描写はまだ控えめだったのだが、また知る必要もない変な知識が増えてしまった。お話的には普通に面白いのが本当に勿体無い。
「ええ、そうね、私もそう聞いているわ。ふふふ、頭のいいシラユキのことだもの、お母様の言いたい事は何か、分かるわよね?」
優しい笑顔はそのまま、しかし何とも言えない重圧が圧し掛かってくる……!!
ひい! 久しぶりに大ピンチ!!
言われてみれば一週間近くお出かけしていない気がする。思い返してみても、精々家の前の広場にいるルシアとクラリスをモフりに行ったくらいか。外出したとはとても言えない距離だね。
ふむ、これはあれかな、また運動不足になってたかな? こんな注意をされるのは本当に久しぶりな気がするよ。
め、メイドさんズが誰も何も言ってこなかったのが原因じゃないかなと私は思います! と責任転嫁しても逃げられない! 逃げにくい!! どうにかしてこの危機を脱さねば……。
考えろ、考えるんだ。誰かのせいにするでもなく、それでさらに今この状況から逃げられる最善の手……、あ、珍しくあっさり閃いた!
「きょ、今日は母様も一緒に読みたい、とか?」
さすがに苦しいかな……?
「あらいいわねそれ、そうしましょうか? ふふ、どんな本が読みたい? 絵本?」
「……えっ? あ、絵本なんてもう読まないよー。たまに変わったのがあると読みたくなるけどね」
さっきまでのじわじわと重く圧し掛かってきていた圧迫感はどこへやら、今度は上機嫌で楽しげな空気を振りまきだす母様。
冗談半分で打った手がまさかの大当たり! 本当にまさかの事すぎて反応を返すのが遅れてしまった。
なんという手のひら返し。これはお仕事をサボって私を構えるのが相当嬉しいんだと見た。ちょっと照れちゃうね。
「私はシラユキと違ってそんなに読書が好きという訳でもないから……。まあ、バレンシアに聞けばい」
「エネフェア」
「うっ……」
リリアナさんからの呼び声、そのたった一言だけで母様は笑顔のまま固まってしまった。
母様は本当にリリアナさんに怒られるのが苦手なんだなあ、としみじみ思わされてしまう。
原因は私なんですけどね! ……ごめんね母様……。
「まったく……。まあ、これまで以上に甘やかすと決めたエネフェアには最初から無理な話だったかね。それじゃ私が代わりに言うけど、シラユキ?」
「はい!」
ひゃあ! 怒られるー!! リリアナさんは私には激甘だから怖くないけどね。ふふ。
「今日は外で遊んできな。グリーとノエルを連れて適当にどこかへ、昼はお弁当を用意してあるからそれを食べて後は……、ま、おやつの時間くらいまでに帰って来ればいいから。子供は外で元気に遊ぶもんだよ」
ほう? ほうほう! グリニョンさんとノエルさんと一緒に森の散策、と言うかお散歩であるか。何それ超面白楽しそう。
「はーい!」
「ふふ、いい返事いい返事。エネフェアもこれくらい素直に言う事聞いてくれるといいんだけどねえ……」
「そう虐めないで頂戴。だってシラユキは遊びに行くんでしょう? 私はお仕事だもの、それは文句の一つも言いたくなってしまうわ」
「え、エネフェア様? それは反対と言いますか、何か違うような気がします……」
「カイナもそう言って差し上げるな。リリアナさんは厳しい方だからな……。それでは私はグリフィルデとノエリア、バレンシアも呼んで参ります。姫様はそれまでエネフェア様に甘えてお待ちください」
「うん、ありがとねクレアさん」
「ゆっくりでいいわよ、ゆっくりで」
「この子はもう……。ふふ、それくらいは許してやるかね」
さてさて、急遽決まったお出かけだけど、どこへ何をしに向かったものかな……。グリニョンさんお勧めの散歩コースでも案内してもらおうか? でも、獣道とか木の上だとか、道なき道に連れて行かれそう!
ノエルさんは多分平気だろうけど私について行けるかなー。シアさんにお願いして動きやすいお出かけ服にしてもらわなければね! ふふふ、楽しみ楽しみだ。
続きます!
前回から数日しか経過していませんが新しいお話、『五十歳以上編』の始まりです。今回は導入部分の様な物で短いです。
シラユキが子供らしく遊び回る話になると……、つまりいつも通りですね。




