その316
私を抱き上げ、さっさかと急ぎ足で執務室へ向かうクレアさん。表情はいつもの無表情だが、焦っているとはっきり感じ取る事ができる。
いつものクレアさんなら役得とばかりに抱き寄せて頬擦りしてきたりするもんね。いや、それだけが理由じゃないんだけど。
まあいい、余計な質問をして足を止めてしまうのはやめておこう、とさっき談話室を出る時に考えたばかり。なので少しお客様の正体を自分なりに予想してみようではないか。
ヒントは二つ。まずは私目当てのお客様だという事と、メイドさんズを自室待機させているという事のたった二つのみ。……いや、クレアさんが焦っている事も入れれば一応三つになる。
この三つから導き出される人物とは……。ええと、まあ、シアさんじゃあるまいしそんな簡単に分かる訳もないよね! あはは。
私の交友関係は森の中とリーフサイドだけだもんね……。あとはマリーさんとキャンキャンさんと冒険者のお友達の人たちだけ。私の知っている人ではないだろうと思う。
気にはなるけどそれもこの後すぐに判明する事、そこまで気にしたり深く考えたりする事でもないかな……。
「あ、来た来た。ご苦労さんクレア。シラユキは疲れてないかい? 今日は町まで出掛けていたみたいだし。体力無いからねえこの子」
母様の執務室前で待っていたのはリリアナさん一人。カイナさんはここから見える範囲には見当たらないのでもう自分の部屋に戻っているんだろう。
「は、それが少しお疲れの様でして……。姫様、降ろします」
「うん、ありがとー。でもそこまで疲れたーって程でもないよ? ちょっと長めにお散歩したくらいかな」
抱き上げた時はやや勢いよくだったのだが、降ろす時はまるで壊れ物でも扱うかの様に丁寧に降ろしてくれた。焦りの気持ちも治まってきたのかもしれない。
「お昼寝前とかあの人もなんとも間の悪い時に見えたもんだねえ……。ま、今更何を言ったところでどうにもなりはしないんだし気にしたって仕方が無いかね」
うんうん、ちょっと疲れてるくらいだからお客様の前ではしたない真似なんて……、うん? リリアナさんはお客様が誰か知っているみたいな口ぶりだね。でもこの言い方からするとやっぱりどこかの偉い人なのかも。
「はい。では姫様、その、お客様は既に中でお待ちです。もし何かありましたらすぐに私をお呼びください。……いえ、今回ばかりは私程度ではどうしようも……。ここはやはり父様と母様、それとコーラス様にもお力添えをお願いしておくべきでしょうか」
「なにそれこわい」
せ、戦争ができちゃいそうなメンバーなんですけど!
「要らない要らないそんな大袈裟な。何も起こりゃしないよ、安心して待ってなさいって」
「し、しかし!」
理由は分からないがクレアさんはとにかく心配? しているらしい。でもリリアナさんは完全自然体で余裕そうだ。
問題のお客様は目の前の扉一枚向こうで待っている、のだけれど、少し怖くなってきてしまったじゃないか……。謎も深まる一方だよ。
「はあ、まったく心配性だねえこの子は……。あののんびり夫婦の子供が一体誰に似たんだか。それじゃシラユキ、これ以上お待たせするのも悪いからとにかく中に入んなさい。あ、ウルギスとエネフェアも、ルーディンもユーネも中にいるからね」
「父様も? うん!」
母様だけではなく父様も、さらには兄様と姉様も一緒なのか。それならもう本当に何一つ心配する必要はないね。あとは私がお客様の前で何かやらかしたりしなければいいだけの話だよ。……まさかクレアさんはそれが心配なんじゃないだろうな!?
クレアさんから、どうかお気をつけて……! と不安になる一言を頂戴した後、お客様と家族みんなが待っているらしい執務室の中へと足を踏み入れる。
「ええっと……、あれ?」
後ろでドアが閉じられる音を聞きながら、まずは部屋の中を右、左、と目で流してみたのだが……?
「う? お客様は?」
正面奥の執務机に父様と母様、その手前にある向かい合わせの形で置かれている一対のソファーの辺りに兄様と姉様が確認できた。
しかし……、既に待っている筈のお客様がどこにも、室内には影も形も見当たらなかった。
まさかもう帰っちゃったとか? 私のお客様なんだからそれは無いか……。机の下に隠れているとか!? それはもっと無いか……。
むう、何がなんだか訳が分からないよ……。それと、父様たちが微妙な表情、苦笑いっぽい顔をしているのも気になるところではあるね。何故かみんな椅子に座らずに立ったままだし。
ここでキョロキョロしていても何も起こりそうも無い。ならばこちらからアクションを仕掛けてみるしかないか。
「ねえ母様、お客様は」
「つーかまえたっ!!」
「わぅ! また捕まった!?」
え? え? 後ろ!? なになに誰誰どこから!? ゆゆ、ゆ、油断してたー!!
メイドさんズのときとは違い抱き上げられる事はなかったが、ぎゅっと後ろから抱きしめられてしまったので身動きが取れなくなってしまった。
きょ、今日は本当によく捕まる日だなあ……。しかし、何と言うか……、この声この気配、そして背中に感じるこの膨らみは確定的に明らかに……。
まったくもう、多分さっきのメイドさんズとのやり取りを覗き見てたなー!
「ふふふ、こうして直接会うのは久しぶりかしらね? やっぱり生のシラユキは一段と可愛らしいわー」
そう言いながら背後から頬擦り攻撃を仕掛けまくってくる、ええと……、お客様。
「ちょっと前に一緒にゲームして遊んだばかりじゃない。今日はどうしたの? こっちに遊びに来てくれたの?」
「あら? もう落ち着いちゃった? もう少し驚いてくれたっていいじゃないの。でも可愛いから全部許しちゃう!!」
パッと一瞬拘束を解き、今度は私を後ろに向かせて正面から抱きついてくる、その……、お客様。
捕まって驚きはしたが焦りもせず、落ち着き払っている私を見て可愛がりの方向を変えたみたいだ。
「むう、おっぱい苦しい。父様と母様の前だとちょっと恥ずかしいよー」
そうは言いながらも振り解きはしない私。やっぱり幸せだからね。
「あーんもう! 恥ずかしがるシラユキも可愛いんだから!! でも放してあーげないっ。ふふふ」
「いつも思う事だけどテンション高いよ……。それと、ソレは目に悪いからやめてほしいなー」
「えー? 毎回シラユキがらしくないらしくないって言ってたからそれっぽくしてあげたんじゃない。でもそんな我侭なところも可愛いわ!」
その本気モード? って、ちょっと目を逸らしたり瞬きするだけで髪の毛の色とか瞳の色とか服の色とか、全体の色調がころころ変わっちゃうから目に悪いんだよ。もう! キラキラしすぎ!
ふうむ。このままスリスリと頬擦りやら、おっぱい押し付けやらされるがままでも幸せだから文句は無いんだけど、結局この人が何の目的で私に会いに来てくれたのか、それをまずはっきりとさせておこうかな。
「話を戻すけど、今日は何かあったの? 女神様」
「うん? うふふ、ちょっとね? シラユキとそこの家族四人とお話がしたくてね? ふふふふふ。でもシラユキ可愛さに何しに来たのか少し忘れちゃってたわ。シラユキが可愛すぎるのが悪いのよー」
「うにゅにゅにゅ……」
本題に入ろうとせず今度は頬グニを始めてしまったお客様、改め女神様。
「なんでアイツあんな落ち着いて可愛がられてんだよ……。俺も触りてえ」
「お兄様! あ、今ちょっと前に遊んだばかりとか言ってなかった? 女神様と遊ぶって何してるの……」
「それも気になるけれど一体いつどうやってお会いしてるのかしら? でも、ふふ、女神様もシラユキ相手ではあんな風になってしまわれるのね。失礼だけど可笑しいわ」
「ああ、あの子の可愛さの前では例え女神と言えどもな。はは、親としては嬉しいが、さすがにこれは皆に自慢する訳にもいかんか。それは惜しいな」
むむむ! お祭りでみんなに自慢しまくるのは駄目だよ! ……別に駄目じゃないかも? 女神様は神様だけど私のお友達だもんねー。
……あ、神様は神様だったわ……。でも全然らしくない神様だからどっちでもいいかもね。それじゃ自慢演説は私が恥ずかしいからやめておいて貰う事にしよう。
続きます!
ちょっと短いですが一旦ここで切ってしまいます。
次回はなるべくもっと早めに投稿したいです。(早めに投稿するとは言ってない)




