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311/338

その311

おおおお久しぶりです。(震え声)



「いってて……、っつー……。まさかあの程度であそこまで怒るとはなあ……、右目をやっちまった時ぶりに命の危機を感じちまったわ。マジで死ぬかと」


「むむ? そんなに痛いの? それじゃ治しちゃおっか」


 さっきから自分の左頬を押さえて痛い痛いと言い続けているノエルさん。あまりにも痛そうにしているから私の能力で治してしまう事にした。


「え? あちょ、待ってくださ」


「はい終わりー」


 丁度よく膝の上に座らせてもらっていたので、ノエルさんが断るよりも早く右手を軽く当ててパッと能力を発動。そして即完治。これがホントの手当てだね、なんちゃって。


「はやっ! す、すんません、ありがとうございます。でもそんなホイホイ能力使ってるとまたバレンシアさんに薬草茶飲まされちまいますよ?」


「う、それはやだなー。それじゃ内緒にしててね? 絆創膏も暫くそのままでおねがーい」


 要はバレなければいいのだ、バレなければ。ふふふん。この程度なら魔力が減った気すらしないもんね。


「あっはは、分かりました了解っす! あー、シラユキ様は五十になってもやっぱ可愛いなあ……」


 背後から私を抱き寄せ抱きしめて、ウリウリと頬擦りをしまくってくるノエルさん。嬉しそうで楽しそうで、幸せそうだ。


 場所は談話室、今現在ノエルさんと二人きり。だからかノエルさんも人目を気にせず結構遠慮なく可愛がりにきている。

 どうしてこの状態になったのかと言うと……。



 ノエルさんたちメイドウエイトレスさん三人組は、ウエイトレスさんとしての能力はもう申し分ない、らしい。しかしメイドさんとしてはまだまだ見習い以前の問題状態だったのだ。

 そこで一ヶ月程度の短い期間だが、それぞれ順番に私の家にメイドさん修行に来る事になり、その一番目がノエルさんだった、という訳だ。

 勿論お店をお休みにしている訳でもメンバーを一人減らしたまま営業という事でもなく、こちらからも代わりに私のメイドさんを一人派遣している。今回は本人の希望もあってエレナさんが向かった訳なのだが……、大失敗をして一ヶ月でお店が潰れてしまわないか少し心配だ。


 次に今の状況、ノエルさんと二人きりになった経緯はもっと簡単。単純にメアさんとフランさんが席を外しているだけ、なのだけれど、シアさんだけは女性ノエルさんの顔に傷をつけるという大罪を犯してしまったのでちょっとした罰を受けてもらっているのだ。

 その罰が、今日一日私のお世話禁止、というシアさん的には中々に重い、言うなれば絶望でしかない物。


 まあ、これ見よがしに何度もしくしく嘘泣きされても反応に困ってしまうからおやつの時間くらいには許してあげるつもりだけどね。シアさんは我慢させると反動が物凄い人だしそれが怖いのもある。

 本来なら決して許されざる事なんだよ! としっかりと念を押して伝えなければなるまい。うむ。



「そういえば、今更だけどシアさんはどうしてそんなに怒ってたの? また何かやっちゃった?」


 いくらあまり好きじゃない人とはいっても、怪我をさせるなんて、しかも顔を傷つけるなんて事はしないと思うんだけどなー。

 ちなみにいきなり斬りつけられた訳ではなく、シアさんとキャロルさんの朝の運動、修行? に参加した結果らしい。


「やっちゃったって言えば……、はい、やっちまいましたね。こっちの全力の攻撃を何でもない様にひょいひょい避けるもんだからついカッとなっちまって、ちょっと隙を作ってやろうかと思ってあの短いスカートを狙ったんですよ。そうしたら軽い殺気の後ナイフが目の前に、って訳です。一瞬、これは死んだ! って思いましたね」


「なにそれ、スカートめくり? それくらいで怪我させるなんてシアさんひどい!」


 私がめくろうものなら大喜びするくせに! これは後で改めて厳重注意しなければいけないかな。

 しかし、やっぱりシアさんはノエルさんのことが単純に嫌いなのかなあ……。私の大好きなメイドさん同士、できたら仲良くしてもらいたいんだけどね。


「いやいやそれが、バレンシアさんもまさか当たるとは思ってなかったみたいなんすよ。とばっちりで巻き添え受けたキャロルの奴はちゃんと避けきってましたから、多分冷やりとさせてやろうとかその辺り程度の考えだったんじゃないっすかね」


「そうなの? それでも刃物を投げてる時点で充分やりすぎ感があるけど……」


 ノエルさんは元が付いちゃうけど『衝撃』の二つ名で呼ばれるくらいの冒険者、だからかな? もう今はメイドさんでブランクがあるんだからもっと手加減してあげないと!


「そうみたいっすよ。しかしまあ、これくらい、あ、治してもらっておいてなんなんすけどこれくらいの傷はどうって事もないんすけどねえ」


「痛い痛い言ってたくせにー。けど?」


「あはは、やっぱ痛いもんは痛いんすよ。つい声が、っと、えっとですね、どうやらバレンシアさんに失望されちまったっぽいんすよね」


「失望? あー、ふざけすぎちゃったからかな」


 朝の運動って言っても基本は鍛錬のためだもんね。シアさんはそういうところ真面目だからなー。


「それもあるかもしんないすけどその後、何て言えばいいか……、ああ、コイツはこの程度も避けきれないんだな、って目が言ってたんすよ。キャロルも引退して結構経つってのに鈍るどころか逆に強くなってやがって……。それも結構ショックでちょいと落ち込んでるって訳です」


 私の頭の上にあごを乗せ、ふう、と大きくひとつため息をつくノエルさん。地味に心にきているみたいだった。


 目が言ってた……? 養豚場のブタでもみるかのような冷たい目? かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね、ってかんじの!

 冗談は置いておいて、キャロルさんのライバルを張っておきながらその体たらくは何だ! とかそんな感想を持たれちゃったっていう事かな? 本当にそう思われたかどうかはまだ分からないけど、もしそうだとしたら厳しい評価だね。


「私は誰がどのくらい強いかっていうのはさっぱりだけど、ノエルさんも元Aランクだったんだしキャロルさんともそこまで大きな差はないんじゃないの?」


「え? あ、いやまあ、同じAランクってもキャロルは別格だったっんすよ? アタシの目標みたいなモンでしたしねアイツは。それでもお互い本気を出されなければいい勝負ができるくらいだったのに、それが今じゃ手も足も出ないくらいで……。どこでそんな差が付いちまったのやら」


 ほほう目標とな? キャロルさんはAランクで一番強かったんだったよね確か。そこからさらに強くなってるっていうこと? それってやっぱり……。


「多分毎朝の、シアさんが添い寝当番の時はお休みになるけど、毎朝の運動のせいなんじゃないかな。今日ノエルさんも参加したんだよね? 私はそれくらいしか思いつかないや」


「それしかないっすよね。独り立ちしたのに引退してまた弟子に戻ったって事っすか。ってかアイツってメイドとしてもちゃんとやれてますよね? もう背と胸くらいでしか勝てないじゃないっすか……」


 充分じゃないか! どちらかと言えば完全勝利じゃないか!! というツッコミは入れないでおこう。超入れたいけど!


「それならまたキャロルさんを目標にして修行してみるとかどうかな。あー、お店に戻ったらそれも無理そうだねー」


「っすよねえ……。もう店辞めちまおうかなあ……」


 あはは。ジニーさんにはもう充分恩は返したと思うしそれもありかもしれないけどね。万年従業員不足の『踊る妖精』はそう簡単には辞められないと思うなー。きっとあの手この手で阻止されるのがオチだと思うよ。

 今更だけど、それなら今後ウエイトレスさんの追加は一体どういう方法を取るつもりなんだろうね? 本物の私のメイドさんが働いてるお店っていうのがウリのひとつでもある事だし。


 いやいや、それよりもそれ以前に……


「ねえノエルさん、ちょっと気になったんだけど、メイドさんは強くないといけないの? じゃないや、ノエルさんは強くなりたいの? もう冒険者じゃなくてメイドさんなのに」


「えっ? あ、いやっ。そ、っすよね……。ん?」


 シアさんとキャロルさんと、あとクレアさんの三人が強すぎるっていうだけで、あとのみんなは極々普通のメイドさんだもんね。……ソフィーさんも除外します。

 私的にはメイドさんに強さなんて不要だと思うなー、と……、うん?


 ノエルさんは私の問いかけに微妙な反応を返し、少し黙り込んだと思ったら私を持ち上げながら椅子から立ち上がった。


「ちょいとすんません、今降ろしますね」


「あ、うん。どうしたの?」


 そしてそのまま私を椅子に座らせてから一歩後ろに下がり、改めて向き合うと……


「すみませんっした! んで、ありがとうございます!!」


「ええ!?」


 頭を勢いよく下げて謝られ、さらにお礼まで言われてしまった。なにそれこわい。


「いやー、今の今までシラユキ様は見た目どおりの無茶苦茶可愛い子供だと思ってましたよ。マジですんません」


 それは謝って当然だと思うな! いきなり何を言い出すんですかねえ……。


 顔を上げたノエルさんは何かを吹っ切ったかのような、スッキリとしたいい笑顔を見せている。言われた私は結構もやもやしているが!


「要はアタシ自身が何をやりたいのか、何になりたいのか? って事っすよね? 今のままどっち付かずでフラフラしてたら、キャロルの奴に勝つどころかアイツの近くまでたどり着けるかも分からないっすもんねえ……。さすがシラユキ様っす! 目が覚めた気がしますよ!」


「え? あー、うん。……う?」


 私そんな諭すような事言ったっけ? 言ってないよね? ……私のログには何も無いな。うん、言ってない。

 まあいいか、子供子供言われなくなるかもしれないんだしそう思わせておこうじゃないか。折角スッキリした顔してるんだから水をさす様な事はしちゃ駄目だよね。うんうん。


 ……ちょっと待てよ? でもこれで冒険者に戻りたいなんて言われたら……!?

 ままままこれはまずい!! もしそうだとしたら私の大切なメイドさんが一人減ってしまうではないか!! でもノエルさんがそう望むなら応援してあげたい気持ちもあるんだよねー。複雑。


「ふう。うっし! なんか急にやる気が沸いてきちまいましたね。アタシのやりたい事、なりたい物かあ……。何がいいっすかね?」


「それを私に聞くの!?」


「あはは、すんまっせん。ははっ」


 つい突っ込んじゃったじゃないか! まったくもう、ノエルさんはやっぱりほかのメイドさんと違った方向で面白い人だなー。ふふふ。


「それならぼ、冒険者は? Sランクを目指すとか」


「冒険者っすか? 実はもうどうでもいいんすよね。冒険者はキャロルが上にいたからやってただけなんすよ」


「あ、そうなんだ?」


 それならば安心安心。実は自分で聞いてて内心ドキドキものだったのは秘密にしておこう。

 そういえばキャロルさんが目標とかさっき言ってたような……。ああ、つまりはそういう事だったんだね。


「それにもうシラユキ様から離れるっていう考えはアタシには無いんすよね。ああ、アタシだけじゃなくてタチアナもミーネもそうっすよ?」


「え? そ、そうなんだ……? ふふふ、嬉しいなー」


 なになに? 嬉しい事言ってくれちゃってもう! まあ、タチアナさんはそうだろうって気は薄々じゃなくてはっきりと感じてたけどね。


「うおっ、かっわいいなあもう……。あ、また膝ん上乗せますね。揉んでください揉んでください」


「うん! 揉まないけどね!」


「えー、揉んでくださいよう」


 ノエルさんはなんでそんなに私におっぱいを揉まれるのが好きなんだ! ……二人っきりだし少しくらいならいいかな?



「とりあえずは今までどおりウエイトレスさんを続けながら、たまにこうやってメイドさんの修行に来るのがいいんじゃないかなって私は思うよ。まずは一人前のメイドさんになってみるとかどう?」


 個人的には既に文句なしの素敵メイドさんなんだけどね。


「気の持ちようってヤツっすか? 確かに仕事でも目標があると無いとじゃ全然覚えが違いますもんね。どっちに進むにもまずは一歩目が肝心、と。ふむふむ。なんか冒険者始めた頃に誰かから似た様な事言われた気がするっすね。んじゃま一先ずキャロルくらいのメイドを目標として、あ、どうせなら目標はでっかくシラユキ様のお付を目指すのもいいっすね!」


「その意気その意気ー。でもシアさんに聞かれたら何されるか分からないから気をつけてね! 笑ったり泣いたりできなくされちゃうかも? ふふふ」


「マジっすか!? そりゃ気をつけないといけないっすね! あっははは!」


 ふふふ、あはは、と笑い合う私たち。どうしてこうなったかは全く分からないけど、ノエルさんも笑顔でやる気に溢れているみたいだし深くは考えない! 気にしない!







続かなさそうなお話ですが続くかもしれません。

次回は一週間以内を目指せたらいいなーと思っています。



今回はちょっと急ぎ目で投稿したので、見直しが足りずに誤字が多い可能性があります。すみません。

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