その307
「もう! ただ着替えるだけなのに時間掛けすぎ! 早く行くよー!」
「はい姫様。ふふふ」
さっと着替えて出発するつもりだったのだが、シアさんの変な拘りのせいで思ったより時間が掛かってしまった。私の服装について妥協するという考えは一切ないらしい。
ちなみにその服装とは、いつもの冬服にフード付きのコートの様な、どちらかと言うとケープに近い様なそんな変わった上着を羽織っている。
ケープ部分は長めでお尻の辺りまであり、前を留めれば胸元までしっかりと覆ってくれる。おまけに真っ白いフードにはぴょこんと可愛い猫耳が付いていた。
さらに両手にはもこもことした猫の手手袋を装着。言うなれば半きぐるみ、半フルアーマー状態である。半分なのにフルアーマーとはこれ如何に。
まあいい。防寒と変装を兼ねた素晴らしい仕事だと関心はするがどこもおかしくはないからね。遅れた分は少し急いで走れば充分取り戻せるだろう。
「お、やっと来たか二人とも。よーし、そんじゃ行こかー!」
「あれ? エレナさん? ……なんで?」
あらあらうふふ、とまだまだ上機嫌に微笑むシアさんを引っ張りながら玄関から外に出ると、そこにはやる気全開なエレナさんが待ち構えていた。今の言葉からするとエレナさんも一緒について来るみたいだが……、一体どうして?
「なんでって、やっぱ気になるじゃん? 姫のことだから次にルー兄たちがどっか行くときに前教えた通りにするだろうって思ってさ。という訳であたしもついてくよ。嫌って言ってもついてくよ」
「う、うん、それはいいけど……、なんでメイド服じゃないの!?」
「そっちの事かい。姫メイドさん好きすぎっしょ……。んなもんメイド服なんて目立つからに決まってんじゃん」
今日のエレナさんはメイド服ではなく私服のスカート姿。さらに髪型もいつものポニーテールを下ろしてしまっていておとなし目なインドアモード。エレナさんからメイドさん要素を抜いたらただの可愛いお姉さんになってしまうではないか!
別にそれの何が悪いっていう訳でもないんだけど、ここにメイド服なままのシアさんがいるんですがねえ……。
一応変装しようよって言ったら眼鏡だけは掛けてくれたけど無意味すぎるわ。シアさんは私服なんて持ってないみたいだからしょうがない、どうせツッコミを入れても喜ばれて終わりだよ。
「んじゃバレンシア、背中に乗っけてって」
自分より少しだけだが背が低いシアさんにオンブをせがむエレナさん。高速移動の魔法はまだまだ練習中なので仕方がないとはいえ、相変わらずなんという自由さだ。
ただでさえ着替えに時間を取られすぎちゃってるっていうのにさらに一悶着起こそうと言うのかエレナさんは! シアさんがはいどうぞとすんなりとお願いを聞いてくれる訳が……。
「ふむ……。まあいいでしょう、どうぞ」
「えっ?」「えっ?」
「えっ」
自分でお願いしておきながら驚くエレナさん、とついでに私。そしてそんな反応が返ってくるとは思わなかったシアさん。三人で顔を見合わせて固まってしまった。なにそれこわい。
「な、なんでこんなにすんなりと……。あ! このバレンシア偽物なんじゃないの!?」
「何を馬鹿な失礼な、なんなのですか一体……。姫様までそんなに可愛らしく驚かれて。ふふ、本当に可愛らしいです」
「あ、うん、ご、ごめんね? い、行こ行こ! 早く町まで行ってルー兄様たちを探さないと!」
と、とりあえず今は深く考えないようにして出発してしまおう。早くもこの話題は終了ですね。
シアさんがエレナさんに対してこんなに友好的に接するとは驚いた。エレナさんが野良メイドさん化してからは呼び方もさん付けに戻っちゃったし、冷たいとまではいかなくてもあんまり仲良さそうに見えなかったのになんでだろう? ふっしぎ!
実はエレナさんはエレナさんでシアさんのことをお姉さんみたいに見てるんだよね。もしかしてシアさんは妹系の人に弱いのではないだろうか……!!
たたっと勢いよく地面を蹴り走り、ひょいひょーいと身軽に段差を飛び越え森を駆け抜け、いつもより少し早い時間でリーフサイドに到着。もうかなり急いでも木にぶつかるなんて事は滅多にありません!
いやはや、我ながらよくぞここまで慣れたものだね。さーて、ルー兄様とユー姉様は一体どこで何をしているのか……。ワクワクドキドキだ。
「はひー! バレンシアはバレンシアだからともかくとして、姫も速すぎ! たった五十歳くらいでそんな魔法簡単に使えていいと思ってんの?」
「う? 駄目なの?」
「いや? 別に? 何となくノリで言ってみただけだけど?」
「なにそれ。ふふふ」
シアさんの背に文字通り揺られまくってややグロッキーなエレナさんから意味不明な言い掛かりを付けられてしまった。和むわ。
ここまで運んでもらってお礼の一言も無いが、シアさんも嫌な顔を見せるどころか機嫌が良いまま、今の私たちのやり取りを見て笑顔を見せているくらいだ。今日は本当にどうしてしまったんだ……。
「ふう。んで、ルー兄とユー姉はどこに行ってんの? なんかジロジロ見られてる気がするからさっさと移動しよ」
ジロジロと? ああ、エレナさん今日はインドアモードだもんね。パッと見は物静かな大人のお姉さんっぽく見えるから注目を集めちゃってるんじゃないかな? あの美人エルフは一体誰なんだ!? 的な。
ふむむ、私のメイドさん、じゃないけど、私の大好きなお姉さんが変な目で見られるのは何となく嫌な気分だね。言うとおり早く移動するとしようじゃないか。
「うん、そうしよっか。それじゃシアさん、ルー兄様たちの所まで案内してー」
「は、あ、あの、姫様? 私もお二人の居場所までは把握していないのですが……。何分急なお申し出でしたもので下調べもできず、申し訳ありません」
あとの事はシアさんに全てお任せ、と丸投げしてみたが残念、シアさんも二人の居場所は知らないみたいだった。
「えっ? そ、そうだよね……。うーん、どうしよう……」
まさかシアさんのメイドさん情報網に引っ掛かっていないとは! 折角急いでここまでやって来たのに次の行き先が不明なままでは意味がない。現在進行形で寒い目に遭っているだけ損じゃないか……。ぐぬぬ。
「どうしようって……、まあ、地道に探すか他の誰かに聞くしかないんじゃないの? 二人とも目立つし誰か知ってんでしょ。こんな所で考えててもしょうがないって、ほら手、行くよ」
「あ、うん。はーい」
私の右手を掴んで歩き出すエレナさん。シアさんも笑顔でそれに続く。
ううむ、エレナさんも自由さこそは抜けきっていないけど随分大人しくなった、と言うか落ち着いちゃったね。こうやって一緒に歩くときに手を繋いでくれるのも嬉しいけど、何となくちょっと寂しい様な複雑な気分。
「とりあえずは……、と、お? あの人に聞いてみよっか。二人ともここで待ってて」
「え? あ、もう行っちゃった」
私たちの返事も待たずにエレナさんが向かった先は、兄様が町に来ると必ず買っているという串焼きの露店。
店主さんは急に美人エルフに話しかけられて驚いてしまったみたいだが、しかし男の人なので満更でもない様子でにこやかに応対している。これは期待できそうだ。
「自分の興味ある物に対しての行動は早いですね。まあ、大人しく待つとしましょうか」
「うん、そうだねー」
エレナさんが離れると、自然と私の左隣へ立ち手を繋いでくるシアさん。
今更だけど猫の手手袋は手を繋ぐ時には少し邪魔に感じる。失敗だったかもしれない。
シアさんに聞いてこいとか言うと思ってたのにまさか率先して自分から動くとは……。やはり野良メイドさん生活のおかげか少し、んー、なんて言うんだろう? 大人? になっちゃったのかな?
「お待たせ、なんか知んないけどコレ貰っちゃったよ。いやいやさすがあたし、催促した訳でもないのに向こうから差し出してくるとは、自分の魅力が怖いわ」
数言言葉を交わして戻って来たエレナさんの手には三本の串焼きが。美人はお得とはよく言ったものだね。
「おかえりなさーい。それで、ルー兄様たちのいる場所は分かったの?」
「ん? ……あ、も、もっかい行ってくるわ!」
「肝心な事を聞かず終いでどうするのですかまったく……」
あはは。エレナさんは是非そのままのエレナさんでいてください。
串焼き屋の店主さんからの情報では、兄様たちは冒険者ギルドに向かったらしいとのこと。姉様も一緒なのに冒険者ギルド? とまた怪しい気配が増大してきた。間違いなくデートではないだろう。
ここまでに少なからず時間を消費してしまっているので、善は急げとばかりに早速冒険者ギルドへ向かう事にした。エレナさんは串焼きに齧りついているのでシアさんと手を繋いでだ。
食べながら歩くなんてなんてお行儀の悪い……。私もやってみたいです!
串焼きを食べてご満悦状態のエレナさんからは特に邪魔や足止めをされる事もなく、あっさりと無事に目的地前へ到着。串焼き屋さんには情報提供とともにこれについても感謝をしなければいけないね。
さて、通い慣れた冒険者ギルドだけどまずはどうしたものかな。とりあえずは中に二人がいるかの確認からか……。
「か、隠れて中の様子を伺うよ! 二人とも静かにね!」
「畏まりました。ふふ、なんて可愛らしい」
「お、何? 覗き? 了解りょうかーい」
何故か笑顔の二人から了承を得たところで、珍しく私が先頭に立って入口の手前までじわりじわりと進んで行く。
「私とシアさんは左から覗くからエレナさんは右からね。いるとしたら多分奥のいつものテーブルだと思うよ」
こくり、とまたもや何故か笑顔で頷く二人。私は緊張で胸がドキドキしているというのになんでそんなに楽しそうなんだ……。
ここでふと気付いたのだが、通行人の皆さんの目には今の私たちの姿は一体どう映っているんだろうか?
入り口の左右からギルド内の様子を覗き伺うエルフが三人、しかもその内の二人はお姫様とメイドさん。いや、私は変装しているから普通の子供に見えているとすると……、どう見ても不審者で怪しさ大爆発です。本当にありがとうございます。
変装していて本当に良かった! 変な噂が立って町に遊びに来られなくなってしまうところだったよ……。
安心して緊張も少し和らいだが、油断して見つかる訳にはいかないので気を引き締め、三人で慎重に中の様子を覗き見てみる。
兄様と姉様はいるかな……? あ!
「いた!!」
「しっ! 静かにって言った姫が大声出してどうすんのよ」
「あう、ごめんなさーい。でもルー兄様たち、いたね」
エレナさんには小声で怒られ、シアさんにはにんまりといい笑顔で笑われてしまった。ぐぬう。
どうやら中の二人には気付かれなかったようだ。ギルド内には他にも何グループかの冒険者の人たちが談笑しているので奥にいる二人の所までは声が届かなかったんだろう。
ふう、失敗失敗。今のはただ運が良かっただけだから次はもっと気を付けないといけないね。どれどれ……?
シアさんとエレナさんの二人に頷いて見せて合図とし、今度はもっと落ち着いて覗き直してみると兄様と姉様の他にももう一人、多分人間種族の男の人が同じテーブルに着いているのが確認できた。
しかしここからではさすがに会話の内容まで伺い知る事ができない。三人の表情から暗いお話でないのだけは何となく分かるが……。
「ふむ、ルー兄はあいつ、誰だか知らないけどあの男の人に会うためにちょくちょく出て来てた訳なんだ? まあ、今日たまたまって可能性もあるけど」
「なのかな? 私も知らない人だねー。でも見覚えがあるような気がするんだけど……」
見覚えと言うか実際に会った事があるような……? あれはどこだったか……なっ!? ああー!! 思い出した! ここだよ! 冒険者ギルド前で会ったあの無表情で気味の悪い男の人だ! にこやかに話してるから全然気付けなかったわ……。
はー、何も解決してないどころか謎は深まる一方なんだけど何故かすっきりとしたいい気分。もう今日は帰っちゃってもいいんじゃないかな?
「シアさんエレナさ、あれ? エレナさんは?」
これからどうしようか? と二人に相談しようとしたらいつの間にかエレナさんの姿が見当たらない。飽きてどこかへ行ってしまったんだろうか……。
「ええと、あちらに」
「う? ……まさか!?」
あちら、とシアさんの向けた手の先を辿ってみると、案の定そこは冒険者ギルドの中で、
――こぅらルー兄!! 可愛い妹を寂しがらせてこんな所で何やってんの!! ユー姉も!
――うおっ!? っと、なんだエレナか……。ん? シラユキがどうかしたのか!?
――もしかしてあの子、私たちがいないからって寂しくて泣いてるの!? お兄様! すぐに帰らないと!
そして丁度よくエレナさんが三人に突撃したところだった……!!
う、うわあ、何やってるんですかエレナさん……。自由すぎるにも程があるでしょう!?
よ、よし! もうこうなったらちょっと怖いけど私たちも突撃しちゃおう! 行くよシアさん! 冒険者ギルドにのりこめー!!
続きます。
また少し時間が掛かってしまいました。
次回こそ一週間以内の投稿を目指したいです。




