その303
「マリーさーん、キャンキャンさーん、それとルシアとクラリスも。何してるの?」
毎朝のお手紙仕事の時間が終わり、そろそろジニーさんがやって来るかもしれない、と家の前の広場まで迎えに出て待つ事にしたのだが、そこでテーブルを用意し椅子に腰掛けている二人と地面に寝そべっている二匹と遭遇した。ルシアとクラリスはぐでんと寝転がり、全く野性味が感じられないのが面白い。
ちなみにお供はシアさんではなくカイナさんだったりするが、特に大きな理由がある訳でもないので詳しくは語らないでおく。
「あらシラユキ様、今朝のお仕事はもう終えられたんですの? お疲れ様です。本当にご立派ですわ……!!」
「本当にですよね、まだ五十歳にもなられていないのに。あ、私たちは日光浴をしながらお茶を楽しんでいたところです。今日は日差しが暖かくて気持ちがいいですよ」
マリーさんにいつもの様に感動され、キャンキャンさんにもいつものように感心される。二人とも椅子から立ち上がってしまったので少し邪魔をしてしまった気分だ。
なるほどなるほど、言われてみればぽかぽかと暖かくて気持ちがいいね。もう季節は秋も終わりで冬の足音が聞こえてきそうな頃合いだからこういうのはありがたくて嬉しい。冬の足音っていうのも具体的に何を指しているのかはさっぱりだけどね!
それと、二人の気持ちに水を差すようだから言わなかったけど、実は今朝のお手紙仕事はお休みしちゃったんだよね。
昨日は遅くまでシアさんと色々お話してたものだからちょっと寝不足気味で、いざお手紙仕事を始めようと思ったらカイナさんの膝の上でそのまま一時間、文字通りぐっすりとお休みしてしまっていたのでした。いやはやお恥ずかしい。
そしてその結果、お手紙の返事は全部シアさんが書いてしまったというとても恐ろしい事態に……!! 忘れよう、それが一番だよ……。お手紙をくれたみんな、ホントにごめんねー!
(しらゆきしらゆきー、こっちきてこっちー。あったかいよー)
(はやくはやくー! しらゆきもなでてなでてー!)
地面に寝そべりながらもブンブンと音が聞こえてきそうな程に尻尾を振りまくる二匹。土埃が上がってしまってもうお茶は楽しめないだろう。こちらも合わせてごめんなさい。
「ああもう、さっきまで半分寝ていたのにシラユキ様がお越しになられた途端に……。こーら、二匹とも尻尾振りは控えなさい! シラユキ様に土をかけでもしたら来年からはもう連れて来ませんわよ!」
(えー)(えー!)
不満たらたらだけどきちんと言うことを聞く偉い二匹。
今のはマリーさんの言うことだからなのか、それとも森に遊びに来られなくなるのが嫌で渋々従ったのか……、深く考えないようにしよう。
「あはは、それくらい気にしないから大丈夫。犬が尻尾を振るのは嬉しいっていう気持ちの表れだから無理に止めない方がいいと思うよ」
見ていて面白いし、あと二匹が来なくなるのは私的にも悲しいからね!
「は、はい、申し訳ありません……。シラユキ様の寛大なお心に感謝するんですのよ二匹とも!」
(わーい)(わーい!)
二匹とも喜んでまた尻尾フリフリ、いや、ブンブンを再開する。可愛い。
寝そべるルシアの頭をグリグリと、寝転がるクラリスのお腹をナデナデと存分にモフり楽しませてもらう。
ウルリカさんに比べると少し固い毛質だがそんな事は全く気にならないモフモフさだ。いや、あのモフモフさ世界一位のウルリカさんの尻尾と比べてしまうのがそもそもの間違いか。これは失礼しました。
二匹とも日光浴をしていたから凄く温かくて気持ちがいい。ソファーにして一緒に寝たいところだけどさすがにはしたないので我慢しなければ。ぐぬぬ。
しかし、ルシアは男の子なのに少し大人しめで、逆にクラリスは女の子なのに元気いっぱいだね。これは声を聞く事ができる私だからそう思ってしまうだけかな? もっとみんな、せめてマリーさんとキャンキャンさんだけでもお話できるようになれるといいんだけどねー。
「ふふ、微笑ましい光景ですよね。お嬢様もこちらに来ると毎日生き生きと楽しそうに羽根を伸ばせていますから私も嬉しいです。まだまだ遊びたい年頃ですからねー」
「マリーさんはフェアフィールドでは堅苦しい思いをされていたりするんですか? もういっそこちらで暮らしてしまえば姫様もお喜びになられるんですけど……。それも難しいですよね」
「アリア様が一緒に来られませんから難しいと言うより殆ど無理ですね。お嬢様はもう成人されてますけどお母様と離されてしまうのは耐えられないと思いますし」
頬をゆるめて私たちを見守っていた保護者二人が何やら興味深い話を始めている。
マリーさんもやっぱりお母さん大好きであるか、私も母様が世界で一番大好きです。
複雑な家庭事情でお父さんとは一緒に暮らしてないみたいだけど、私が父様と一緒に暮らせなくなったら毎日大泣きしてみんなを困らせちゃうだろうね……。マリーさんは強いなー、憧れちゃうなー。
「アリアさんは、マリーさんのお母さんは森に遊びに来たりしないの? 来れないの? 私は会ってみたいと思うんだけど」
そういえば母様はアリアさんが苦手なんだったっけ? 一度ちゃんと会って挨拶したいんだけどね。カルディナさんの妹さんだからきっともの凄い美人なんだろうなー。マリーさんを見てるとおっぱいのサイズは期待できな、こほん、何でもありません。
「はい、お母様は意識せずエネフェア様をお困りにならせてしまうらしくて残念ながらそうなんですの。ふふ、お母様がそのお言葉を聞けば涙を流して喜びますわ。ありがとうございます」
「そうなんだ? 母様は確か疲れさせられるって言ってたね。どういう意味なんだろ……」
「それでも直接お会いする事は叶わなくとも精霊通信ではお話をしてくださるんですから、エネフェア様は本当にお優しくて立派なお方ですわ……」
「え? うん。うーん……?」
なんでそうなるかなあ。母様が優しいのは確かな事だけど、それってこっちに来るなって言ってるようなものだよね? カルディナさんとクレアさんも結構近い考え方をするし、これもフェアフィールド家の独特な考え方なのかもしれないね。
(む)(む!)
ルシアとクラシスが急に頭を起こしてある一点、広場の先に続く道を見つめる。
「う? どうし、あ、ジニーさんだ」
「え? あら、本当ですわね。……フフ」
私もそちらに視線を移すと、ゆったりとこちらに向かって歩くジニーさんとヘルミーネさんの姿が確認できた。二人の匂いか気配を感じ取ったんだろうか? 凄い。
「ジニーさんヘルミーネさんこんにちわー!」
「はーい、シラユキちゃんマリーちゃんこんにちわあ!!!」
(じにーだじにーだ! くるなくるなー!)
(じにーだじにーだ!! かえれかえれー!!)
充分に近づいて挨拶をしようとしたところで急に二匹がガウガウバウバウ吠え始めた。なんという逆歓迎っぷり。私も少し驚いてしまったのは内緒。
「ちょ、うるさっ。なんでこの子たち吠えてるの!? お姉さんちょっと嫌われすぎじゃないかなー!!」
「二匹ともその意気ですわ! そのまま追い返してしまいなさい!」
(かえれかえれー!)(かえれかえれー!!)
「マリーちゃんの指図!?」
「ええ、まさかこんなに上手くいくとは……。すみませんジニーさん」
マリーさんのドヤ顔っぷりを謝るキャンキャンさん。注意や止めなかったりしなかったところを見るとそんなに悪く思ってる訳でもなさそうだ。
ああ、日光浴ついでにジニーさんを追い返そうと待ち構えてたのか。なるほどねー、あはは……。
「シラユキ様ごきげんよう。タチアナには悪いとは思うのですが無理を言ってついて来てしまいました。フフ、フフフ……。付いた早々に面白いものを拝見させて頂きありがとうございます」
「あ、うん、いらっしゃーい。四人で来てくれてもよかったのに」
そしてきゃいきゃい騒ぐ二人と二匹を軽く素通りして私の元へ挨拶をしに来るマイペースなヘルミーネさん。今日も怪しい微笑みが似合ってます。
「では中へ戻りましょうか。私はバレンシアを呼んできますから姫様のことはお願いしますね。談話室にお連れしてもらうだけで充分ですから。姫様、寂しいですけれど私はこれで……」
「うん、またあとでねー」
「はい、お任せください」
カイナさんは私をぎゅうっと強めに抱きしめてから思い切り唇にキスをした後、涙目で名残惜しそうに体を離すと何度も振り返りながら家の中へ戻って行った。
お昼ご飯までの間だからほんの一、二時間程度の別れなんですけどね! シアさん並に大袈裟なんだからまったくもう……。
「お手をどうぞ。シラユキ様は、その、いつも思うのですが唇にキスをされても抵抗は無いのですか? タチアナにも何度もされていましたよね」
「もう慣れちゃったからねー。父様とルー兄様にされるとちょっと恥ずかしいけど……、やっぱり嬉しい気持ちの方が大きいかも。ヘルミーネさんもしたかったらしてきてもいいんだよ?」
「可愛らしい……。ええと……、機会があればその時には。ありがとうございます」
ヘルミーネさんもノエルさんと同じで、気になった事はすぐに質問してきてくれるのがいいね。タチアナさんはそっち方面ではまだ控えめだけど。
最近はもうあんまり深く考えてなかったけど、やっぱり唇にキスをするのはちょっとやり過ぎなのかな? でも今更やめられても何となく物足りない感が……。まあ、女性同士ならいいんじゃないかな? 一般論でね。
それに父様と兄様以外の男の人とはしないから問題はないと思うよ。お祭りの時とかにほっぺにムチュっとされる事はたまーにあるけど、それも恥ずかしいだけで嫌ではないね。みんな大好きな家族だもんね。ふふふ。
「それじゃ行こっか。三人とも中に戻るよー? ルシアとクラリスはあんまり吠えちゃ駄目だからねー」
(はーい)(はーい!)
「ああ、シラユキ様の一言であっさり……。お騒がせして申し訳ありませんわ。ふふ」
「シラユキちゃんありがとねー!! あまりの嫌われっぷりにお姉ちゃん本気でへこみそう!!」
「お嬢様も嫌っているという訳でもなさそうなんですけどねー。今度お二人でじっくりと話し合ってくださいな」
「お断りですわ!!」
「嫌ってる! 嫌われてる!! お姉ちゃん泣いちゃうー!!」
続きます。
おかしい……、ほんの数行程度で終わる予定だったのに何故か一話丸々になってしまった。どうしてこうなった!




