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298/338

その298

「ふう、一年なんて本当にあっという間ね……。さて、挨拶なんてパッと終わらせて、今年も皆精一杯遊び楽しんで、祝い喜んで、働き稼いで充実した一週間を過ごして頂戴ね。それじゃ、秋のお祭りの始まりよ!」


 母様の開始宣言に応え、広場の熱気が一気に膨れ上がる。あまりの煩さに私も母様も耳を押さえてしまう程だ。

 ある程度広場から人が減らないと移動もままならないので、とりあえずは壇上から降りずに椅子に座り直した母様の膝の上に座らせてもらう。


 広場の中央に作られた櫓の様な特設ステージからこの大騒ぎを軽く見回してみる。

 冬の冒険者広場とは違って出店の数はそれほどでもない、が、とにかく集まった人々が騒ぎに騒いでいる。老いも若きも男も女もとはまさにこの事、種族も本当に様々だ。


 騒ぎの主な原因はお酒だろう。広場にある出店の殆どがお酒とおつまみ関係の物なのだからそれも当然か。父様と兄様も明日以降はここに入り浸る事になるだろう。うんうん。


「毎年挨拶に駆り出されるのは面倒なのだけど、この騒ぎを見るのが楽しみなのも確かなのよね……。ふふふ、シラユキ? 皆見てるわよ、手でも振ってあげたらどう?」


 騒ぐ人々を眺めて微笑み、私を撫でて幸せそうにしていた母様から毎年恒例の提案が降ってきた。


「えー。ちょっと恥ずかしいけど……、うん」


 母様プラス私に注がれる視線の数は凄まじい。まあ、主な原因は母様が美人すぎるせいで私はおまけみたいな物なんだろうけどね……。と思いながら笑顔で軽く手を振る。


 その結果は……、言うなればそう、大爆発か。

 もう怒号としか言えない程の歓声がそこら中から上がりまくってさあ大変。音の振動が体にあたり、ビリビリと震えを感じる錯覚すら受けてしまう。

 いっその事もう耳を塞いでしまいたいとさえ思ってしまうが、それはぐっと我慢してさらに多方向に向けても手を振って見せる。さすがに後方まではカバーしきれないけどある程度満遍なくだ。


 ふふふ。こうしてると私もお姫様だー、って改めて自覚できちゃうね。一般的なお姫様がこうして町のお祭りに顔を出したりするのか? という疑問は一先ず置いておくとして……。

 しかし聞こえてくる声の殆どが、可愛い、なのはもうどうしようもないのか……。涙まで流して手を振り返してくれる信心深い(?)人もいるにはいるけど、大抵の人の反応は何と言うか、動物園で可愛い生き物につい手を振ってしまうあれに近い気がする。ぐぬぬ……。




 広場から人が減り始め、それなりに移動しやすくなったところでやっと壇上から降りられた。そして母様と手を繋いでゆっくりとジニーさんのお店に向かって歩き出す。勿論カイナさんとクレアさんも一緒にだ。

 降りてすぐに周りを囲まれてしまうけれど、みんな空気を読んでくれているのか一定の距離を保ってくれている。こういった心遣いはありがたいね。


 露店がびっしり立ち並んでいる大通りをゆっくりと、本当にゆっくりと進んで行く。母様と二人で覗きに行くとパニックになってしまいかねないのでお買い物は三日目までの我慢なんだけど。

 三日目は広場で結婚式があるから大通りの人も多少は減る。そこを狙って姉様とメイドさんズやお友達のみんなと巡り歩くのだ! 楽しみ楽しみだ。


 そういえばジニーさんのお店、『踊る妖精』の宣伝は結局する事ができなかった。私を宣伝塔みたいに使うとハーヴィーさんの怒りが有頂天になってしまうのがその理由。

 私としてはそれくらいどうと言うことでもないんだけど、初日からあまりにも大勢の人が詰めかけても対応に困ってしまうだろうし、とりあえずこの件は保留という事にしておいた。


 まあ、女王様とお姫様が来客したっていうのが一番の宣伝になりそうだから忘れてしまってもいいかもだけどね。あっさり潰れちゃってあの三人が戻ってくる事を期待している訳ではありません。


「あら? あれは確か……」


「う? どうしたの母様?」


 急に母様が立ち止まった。何かと思って顔を上げてみると前方を見て少し首を傾げている。


 私も一応前を見てみるけれど……、何も見えない! 見えにくい!! 正確に言うなら人だかりしか見えない、かな。こうして周りを囲まれてしまうと私の目線からは本当に人の背中や手足くらいしか見えないんだよね。シアさんとキャロルさんが見つけられないのもこれが原因かも?

 でもそのおかげで三日目の露店巡りの時、初日にはあったあれが売り切れてるー! とか、気になってた露店が無くなってるー! なんて事にならないからいいんだけどさ……。


「ええと、前にね……、と、まあ、進めば嫌でも分かる事だしいいかしらね。ふふ。さ、もう目の前だから早く行きましょ」


「むう、気になるぅ。でも、うん、行こっか。ふふふ、楽しみだねー」


 手を引く母様の腕に抱きつくようにしてまた歩き出す。母様と町を歩けるなんて滅多にない事だから、そんな疑問は頭の隅に追いやって今は今を楽しもうではないか。


「ひ、姫様可愛らしすぎます……。あ、あの、私が抱き上げて差し上げますからそれで」


「やめろカイナ! 姫様に恥をかかせるつもりか!」


「うう、そんなつもりは……。姫様ぁ……」


 ああ、ちょっと控えめな声だけど怒られてる怒られてる。今日は朝のお手紙仕事がなかったから私分が枯渇してしまっているのか……。そうならないために昨日あんなに甘えてあげたのにね。おかしいね。そんな事を普通に考えてしまう自分が一番おかしいね……。

 カイナさんは帰ってからまたお話しようねー。今日は母様もお仕事がお休みだから帰ってもずっと一緒にいられるもんね。ふふふ。



 私たちの進む方向の人だかりが綺麗に左右に分かれていく、気分はまるで牧羊犬だ。歩いた感覚だとそろそろお店に到着するかな? と考えたところで丁度よく人垣が開けた。

 私の勘も中々のものだと視線を前方に移すと、全く予想すらしていなかったものが目に飛び込んできた。


「あ! ルシアとクラリスだー!」


 『踊る妖精』の前にはなんと、超が付くほどの巨大な銀色の狼犬、ルシアとクラリスと、その二匹が引いている豪華な馬車が鎮座していた。さらには……


「え!? あ! シラユキ様にエネフェア様! とちょ、ちょっと二匹ふたりとも鎮まりなさい! ああもう!!」


「クレア様とカイナさんもいらっしゃってますよお嬢様。こんにちは皆さん、お嬢様が毎度お騒がせしてしまってすみません」


 私の声に反応して大暴れ、とまではいかないけど、馬車がガッタンガッタンと揺れてしまうほど大喜びしている二匹を何とか押さえつけようとしているマリーさんと、その様子を微笑ましそうに見ているキャンキャンさんの姿もあった。キャンキャンさんは見ているだけで手伝う気は一切なさそうだ……。


「マリーさんキャンキャンさんこんにちわー! ルシアとクラリスも一年ぶりくらいだねー。元気にしてた?」


「ご覧の通り元気すぎて困るくらいですわ!! こら! お二人の前で暴れない!!」


 言葉強く叱りつけるマリーさんだったのだが、その叱られている二匹はそんな事はどこ吹く風で尻尾をフリフリと大喜びを続けている。


 ああ、うん、なんかごめんね……。体のサイズ差的に押さえつけて大人しくさせるのはさすがに無理があると思うよマリーさん……。



 この二匹、ルシアとクラリスは実は犬ではなくれっきとした魔物だったりする。尻尾までを入れると優に2mを超える巨大サイズなので誰が見ても一目でそうと分かると思うけど。

 魔物と聞くと危険だと思われるかもしれないけれど、小さな子犬の頃からマリーさんの家で家族同然に育てられてきているので危険性は皆無なのだ。飼い主であるマリーさんやその家族に危険が及びでもしない限りはただの大きな犬という認識で問題はない。

 年は確か、マリーさんの家に迎えられたのがリリアナさんの声が治った頃だから……、そろそろ十歳になる。ちなみにルシアがオスでクラリスがメスだ。



「ふふ、相変わらず元気で可愛いわねマリーは。ほらシラユキ、手伝ってあげなさい」


「うん。ルシアー、クラリスー、マリーさんを困らせたら駄目だよー」


(はーい!)(はーい)


 私の言葉に素直に返事を返してお座りをする二匹。しかし視線は完全に私をロックしたままで尻尾を全力で振り続けている。今にもまた暴れ出しそうだ。


「あ、ありがとうございますシラユキ様。まったく、いつもはちゃんと言うことを聞くのにどうしてシラユキ様を前にするとこうなってしまうんですの……」


「それでもシラユキ様のお言葉には二匹ふたりとも素直に従うんですよね、本当に不思議です。まあ、シラユキ様だからの一言で説明はついてしまいますよね」


(まりーはすきー。きゃんきゃんもすきー)


(でもしらゆきはもっとすきー!)


 ……だってさ。ええい、二匹ふたりとも可愛い! でも大きすぎる! ウルリカさんの狐形態はさらにもう一回り大きいんだけどね。



 とても可愛い事を言ってくれる二匹だが、その声はマリーさんたちは勿論母様にだって聞こえていない。これはもう完全に忘れていた私のもう一つの能力、翻訳機能の効果だ。

 初めて気付いた、と言うか思い出したのはウルリカさんの変身を見せてもらった時の事。変身した後の狐姿のウルリカさんと普通に会話をしていたら、珍しくシアさんにツッコミを入れられたのだった。

 それならどうして結構賢い筈のタイチョーとはお話ができないのか! と女神様に聞いてみたところ、タイチョーとこの二匹では賢さの方向性が違うらしい。正直その言葉の意味はよく分からなかったが一応納得しておいた。

 ちなみにこれについては私とシアさんとウルリカさんの三人だけの秘密だったりもする。動物と普通に話していたら間違いなく変な目で見られてしまうだろうから仕方がないね。


 とりあえずウルリカさんとはまた違ったモフモフさを持つ二匹を撫でに撫でまくる。私もフンフンと匂いを嗅がれまくったり大きな顔を擦り付けられたりとお返しはされているが、舐める事だけは二匹ともしてこない。

 一度思いっきりべろろーんと舐められた事はあるにはあるのだけれど、その結果シアさんの怒りが有頂天になりかけてしまったのがトラウマになってしまっているんだろう。


 無言のシアさんに睨まれ、尻尾を丸めてその巨体を震わせる二匹はかわいそうで可愛かったね。

 2m級の大型の獣二体を一睨みで怯えさせるメイドさんとは一体……。マジ震えてきやがった……、怖いです。



「シラユキちゃんもエネフェア様も早く入って来てー! 二人が入って来ないとお店が開けられないでしょ! それとマリーちゃんはさっさとこの大きな馬車をどける! 営業妨害よ!!」


「う……? あ、ジニーさんだ。ごめんなさーい、普通に忘れちゃってた」


「あら? わ、私もシラユキの可愛さに忘れてしまっていたわ……。ごめんなさいね」


「は、はい! キャンキャンお願いね、私はお二人と先に中に入って待ってるから」


「ずるいですよお嬢様! すぐに戻って来ますから注文するのは待っててくださいね」


「お二人に何てことを! ももも申し訳ありません!!」


「そんなの気にしなくてもいいのにー。それじゃ二匹ふたりともまた後でねー。大人しく待ってるんだよ?」


(はーい!)(はーい)


 最初は怖かったけど今はただただ可愛い! いいなー、大型犬は凄いなー、憧れちゃうなー。




 ……あれ?


 ぷんぷんと怒るジニーさんから視線を少しずらしてお店を見てみると、あの窓とはとても言えない大きなガラスの壁がそっくりそのまま残っていた。店内のテーブルもはっきりと確認できる。


 お店の改装……、終わってなくない?







続きます!

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