その282
「いやいやいや、どこからどう見てもバレンシアさんじゃないすか……。姉御、なんでバレンシアさんがここに……、ってなんで姉御は正座してるんすか?」
姉御? あ、ジニーさんのことね。
ふむ、この人はジニーさんの妹分(?)で、さらにシアさんの昔のお友達だったりするのかな? そうなると多分冒険者だよね。何となく、こう、部下とか手下とか、そんな下っ端的な言動が気になるけど……。
「私のことは気にしないでー! と、このメイドさんはね、実はね? ふふふ、なんとシアちゃんのお姉さんなんだー!! だからそっくりな訳なの!」
「そ、そうなんすか? そんな人がいるなんて今初めて聞いたんすけど……。いやあ、ホントそっくりっすね!」
あはは、さすがにそんな言い訳を、え? 信じちゃうんだ!? そ、それはちょっと……、もう少し疑って掛かった方がいいんじゃないかなって私は思うよ!
「初めまして、私はどこにでもいる様なありきたりなメイドですのでどうかお構いなく……」
なるほど、シアさんも落ち着きを取り戻したところを見ると、この人はこういう人なんだね! 人を疑う事を知らない純粋さと言うか、考えが足りない愚直な性格と言うか……、今のはさすがに失礼な考えだったかも。反省反省。
さて、このお姉さんがシアさんを見て呆けてしまっている内に観察をさせてもらっちゃおうかな。……私ってそんなに存在感が薄いのかなあ……。くすん。
まずはこちらの元気な人、シアさんのお知り合いかお友達らしきお姉さんから。
背は結構高めで160cm以上は軽くありそう。薄い桃色の髪を背中くらいまで伸ばしてるね。ピンク髪なんて初めて見たよ。瞳の色は濃い緑、ちょっと目付きが悪くて怖い印象を受けてしまうけど、多分いい人なんだろうなあ……。もう秋だというのに露出が多めで、健康そうな日焼けした両腕、お腹、両太腿が眩しいです。
話し方からすると結構若い人なんじゃないかな。さっきのやり取りから、多分シアさんより年下だろうっていうのは何となく分かるよね。
「あー、お姉さんならバレンシアさんが今どこにいるか知らないっすか?」
「いいえ、存じておりません」
そして気になるのは薄着で目立ちまくっているその大きな胸……、ではなく、右目を隠すようにして幾重にも巻かれた包帯。いや、あの胸もちょっと触らせてほしいから気にはなってるんだけどね、それは一旦置いておいて……。あくまで一旦です。
もしかしたら右目が無かったり見えなかったりするのかもしれない。そうなると私に治しきれるか不安だね……。シアさんのお友達なら何とかしてあげたいと思うんだけどなー。
「そっすかー……。なら姉御はどうすか? あれから連絡があったりとか、目撃情報とか上がってきたりしてないっすかね?」
「ううん? ぜーんぜん! 大丈夫大丈夫、シアちゃんなら例えどんな所で何があったとしても心配要らないから。ね? シアちゃん?」
「はい。……あ」
「やっぱりバレンシアさんなんじゃないっすか!! なんすかそのわざとらしいついウッカリ返事しちゃった的な顔は!!」
「ちい、もう少しで上手く騙し通せるところだったものを……」
「そんなんで騙される奴がいる訳ないじゃないっすか!! はあ……、無事だったんならもうそれでいいっすよ……」
あ、危ない! 思いっきり吹き出すところだった!! まったくもう、この仲良し意地悪コンビめ……。
ピンク髪のお姉さんもやっぱり完全に信じてた訳じゃないんだね。まあ、昔からのお友達なら考えなくても当たり前か……。あ、よく見るとタチアナさんも笑いを堪えてるっぽい。ふふふ、私も楽しめたし許してあげようじゃないか。
この人はどうやらツッコミもできる万能型選手みたいだし、早く自己紹介してお話したいなー。優しい人だったら膝に座らせてもらって、あの素晴らしいクッションのもたれ心地を確かめさせてもらいたいなー。
「……あん? ああお前か。なんだよ?」
むむむ、何かあったかな?
ピンク髪のお姉さんの声にそちらへ顔を戻してみると、もう一人の候補の人に腕を掴まれて軽く引っ張られていた。ちなみにこちらのお姉さんの髪色も珍しく、ソニアさんと同じ黒色だ。
黒髪のお姉さんは無言で前を、私の方を見ろと何度か顎で促し、また元の位置に戻って頭を下げてしまった。自分がここに何をしに来たのか思い出せ、と言いたかったんだろう。
「なんだってんだよ……、あ」
訝しげに、でも指示されたとおり素直に私の方を見るピンクさん(仮名)。
そして私と目が合い、ハッとした顔を見せる。やっと私の存在と自分がここへ来た目的を思い出してくれたようだ。
しかしピンクさんは挨拶や自己紹介を始めるでもなく、ゆっくりとした動作でその場に正座をしてしまった。
な、なに? 想像はつくけど思い直して、や、やめてほしいな……?
「すっ、すみませんっしたあああ!!!」
バンッと、自分の大声にも負けないくらいの音を立てて土下座をするピンクさん。額をぶつけてしまったんじゃないだろうか?
な、なんという綺麗な土下座!! 潔い!! じゃなくてやーめーてー!! 綺麗なピンク髪が汚れちゃう!
「あ、あの! 気にしてませんから頭を上げてください! 入ってすぐにシアさんが目に入って、意識がそっちに向いちゃったんですよね? 行方不明だった人がいきなり目の前にいたんですから誰だって驚きますよ」
くう。エルフだから敬語なしでもいいかなーなんて思ってたのに、こんなに真っ直ぐに謝られるとそうもいかなくなってしまうじゃないか……。ぐぬぬ、後で甘えにくくなるー!!
「ほ、ホントにすみません!! あんまりにも小さくて……、あ、いやっ、違うんす!」
がーん!! 折角フォローしたのに、人が気にしてる事をはっきりと言ってくれちゃってー!!
「くっ、ふふっ、し、失礼……。ふう、とりあえず貴女はそのまま正座していなさい。ええと、まずはもう一人の方から自己紹介をお願いしましょうか。宜しいですか? 姫様」
「あ、うん。笑わないでよシアさん……」
ピンクさんは一応頭を上げてくれたけど、その表情は明らかに暗くなってしまっていた。もう一人の自己紹介の間に立ち直ってくれるといいのだけれど。
この程度はそれこそ毎日のように言われ慣れているので怒ったりはしないが、まあ、少しの間反省してもらおうと思う。……本当に怒ってませんよ? 私を怒らせたら大したもんだよ。うん。
さて、それじゃ黒髪のお姉さんから自己紹介をしてもらおうかな。何となく礼儀正しそうな、クレアさんと同じタイプの真面目っぽい人な予感がするよ。……口元が笑ってる、いや、ニヤついているように見えるのが少し気になるけどね。
「お初にお目にかかります、私、名をヘルミーネ・トゥーラと申す者です。この手が原因で現役を退く事になりましたが元冒険者で、特技は呪いを取り入れた毒物の調合です……。フフ、こんな有様ではその特技も披露する事は叶わないでしょうから、でした、と申し上げるべきでしたか。フフフ……、失礼」
なにそれこわい。
顔を上げ、少し短い自己紹介を終えたヘルミーネさんは、自分の右腕を撫でながら何故かクスクスと小さく微笑んでいる。しかし目は笑っていない。
こんな有様、と撫で続けているその右腕は、手の甲から肘の辺りまで完全に包帯で隠されてしまっていてどれ程の傷があるのかは分からないが、その巻いてある範囲の広さから相当なものだという事だけは分かる。調合ができなくなったところから指先が完全に麻痺してしまっているのかもしれない。
そうなるとこちらもまた私に治せるのかどうか不安になるね。しかし……、なんでそこで怪しく笑うの!? ヘルミーネさんはこういう人だったのか……、予想は大外れすぎたよ。
そう言えば、本人の怪しさに軽くスルーしてしまったけれど、調合ギルドの所属じゃなくて元冒険者なのか。……毒物というのは聞かなかった事にしておこう。
ヘルミーネさんも身長は160cmくらいで、ピンクさんよりほんの少し低いかな? 程度の差しかない。羨ましい。そして胸もほぼ同じ特大サイズ。妬ましい。
ソニアさんと同じ真っ黒な髪と瞳。でも目はジト目っぽいと言うか卑屈っぽいと言うか……、あんまり生気を感じられない。ロレーナさんも黒い瞳で死んだ目をしているし、調合関係の人はみんなこうなってしまうのだろうか!? 二人とも凄く美人なのに勿体無い……。
黒い髪に黒い瞳、さらには服装まで黒系統で統一されている。全体的にフリル多めで所謂ゴスロリに近く、所々に白い装飾が目立っている。中でも一番目立つのは髪を纏めている大きな白いリボンで、ポニーテールがとてもよく似合っていて可愛らしい印象を受ける……、が、半分死んだ様な目と不適に笑う口元がその全てを台無しにしてしまっている。
何と言うか……、とても残念な美人さんだ。お友達になれるといいんだけど……。
「あ、ありがとうヘルミーネさん、ちょっと待っててくださいね。あの、続けてお願いします」
ヘルミーネさんにお礼を言ってから、正座をし続けているピンクさんにも自己紹介をお願いする。心の中でだけなのだが、いい加減ピンクさんは呼び辛い。
とても反応を返し辛い人なので、正座して反省しているところを悪いけど無理矢理こっちに参加してもらいます! 何となくだけどシアさんはこういう人好きそうだなー。
「はい! アタシはノエリア・アルベニス、Aランクの冒険者です!!」
「Aランク!? 凄い!」
はー……、多分冒険者だろうとは思ってたけどまさかAランクとは。やっぱりシアさんのお友達って凄い人揃いだね。でもAランクの冒険者からからメイド喫茶のウェイトレスさんに転職って、本当にそれでいいの?
「いやちがっ、元冒険者でしたすみません! あー……、えーと……、ちょっと前に右目をやっちまってこのざまです。でも体を動かす分には全く問題無いんす! ジニーの姉御には冒険者に成り立ての頃からずっとお世話になりっぱなしで、この機にどうにかその恩に報いたいと思ってるんです。どうかお願いします! 雇ってやってください!!!」
ふむふむなるほど、二人揃って元なのね。片手と片目がきかないとなると仕方の無い事なのかな……。
折角頭を上げてもらったのに、ノエリアさんはまた土下座の体勢になってしまった。やはり真っ直ぐな性格の人みたいだ。勿論いい意味でね。
さってと、お願いしますと言われてもねー、どうしよっかなー? 私の中では雇う雇わないのところはもう通り過ぎちゃってるんだよね。採用前提で色々お話がしたかっただけなのになー。そのための自己紹介のつもりだったのに真面目にお願いされちゃったよ。
まあ、色々と気になっているところを少し突っ込んで聞いてみるのもありかな? でもその前にですね……。フフフ。
「ええと、ノエリアさん。とりあえず頭を上げて、正座もやめて立ってもらってもいいですか?」
「は、はい! 分かりましたすんません!!」
まずは土下座したままだったノエリアさんに立ってもらう。王族とは言っても子供の言葉なのに、意外と素直に動いてくれてありがたいね。
次は……、あれだね。やっぱりエルフ相手なら普通にお喋りしたいよね。
「シアさんシアさん。言葉、崩しちゃってもいいかな? それともお姫様っぽくしておいた方がいい?」
シアさんの右手を軽く引いて、やや声を落として聞いてみる。この静かな部屋でさらにほんの1、2m程度の距離なので、二人にもしっかりと聞こえてしまっていると思うけど……。
「ええ、もう暫くは……、と申し上げたいところなのですが、ふふ、姫様のお好きなようにしてくださって構わないのですよ?」
シアさんはとても優しそうな、いや、優しい笑顔でそう言ってくれた。
よし! それじゃ堅苦しいのはここまでにしちゃおう!
「ありがとシアさん! ふふふふ。ミランさーん! ショコラさん呼んで来てー!」
「ふあ!? あ、はい!!」
また驚かせちゃったかな? ごめんね!
ドアの外にいたミランさんは仕方がないが、今度は中の二人に驚かれる事はなかった。シアさんもジニーさんも私が何をしようとしているのか既に把握済みなんだろう。
「シアさんはテーブルをもう一つと、あと足りない分の椅子も用意してもらってもいい?」
「申し訳ありません、まだ私は姫様のお側を離れる訳には……。ジニーさん、お願いしますね」
むう、大丈夫だと思うのになー。シアさんは心配しすぎ! まあ、そう言うだろうとは思ってたけどね。
「えー、お姉さんギルド長さんなんだけどなー? ふっふふ! それじゃノエルちゃんとミーちゃんも手伝ってー!!」
ミーちゃん!? あ、ヘルミーネさんのことか! いいね、一気に親近感がわいてきちゃったよ。ふふふ。
「な、何をっすか? アタシらはまだシラユキ様から姉御の店で働く許可を頂かないと……。いや、まあ、無茶な願いだってのは分かってるんすけど、もうちょっとくらい時間をくれたっていいじゃないっすか」
「テーブルと椅子の追加……? なるほど。フフフ、ノエリア? これは恐らく私と貴女の接客能力を測るための試験と見たわ。無理に願いを申し出るよりは持てる能力を示すべきでしょう? そうすれば自ずと道は開かれるというものよ。だから貴女は考えが浅いといつも言われるのよ」
「昨日初めて会ったお前がアタシの何を知ってるっつーんだよ!? 合ってるのがまた怖えよ! ……あ、と、騒いじまってすみません。今から何を始めるんすか?」
「う? あ、お腹空いたからお昼にしようかなーって思って……。ここに来る前にケーキとパイをいっぱい買ってきてあるから、みんなで食べようねー」
「ああなるほど、それでテーブルと椅子の追加が必要なんすね。力仕事なら得意なんでアタシに任せてください! ……こっちは全然違えじゃねえかオイ」
「……な、何事も文面どおりに受け取ってはいけないと言うでしょう。物事の裏、真の意味を」
「姫様のお言葉に裏があると? 中々言いますね貴女は……」
「ごめんなさい!!」
普通に謝った!!? え? ヘルミーネさんってどういう人なの!? あ、タチアナさんずっと空気にさせちゃってごめんね!
タチアナが完全空気に……!!
続きます。
次回も早いうちに、と思っているのですが、またいつもと同じくらい間が空いてしまうかもしれません。




