その278
朝のお手紙仕事が滞りなく終わり、カイナさんは母様の所へと戻って行った。後はメアさんとフランさんが帰って来るのをを待ちながら、シアさんと二人でゆったり休憩をする時間だ。残り十分二十分程度の短い時間だが……、チャンスは今しかない!
何のチャンスかと言うと、キャロルさんにそれとなく今欲しい物やしてほしい事、まあ、簡単に言うと何か希望する事はないかと訊ねるチャンスだね。
私がキャロルさんを特別扱い(?)しようとすると、いつも決まって邪魔が入る。メイドさんズは勿論母様たちですら、私たちには何も聞いてくれないんだー? とさりげなく私と、何故かキャロルさんにもチクチクと攻撃し始めてしまうからもう大変。
母様がいる場合はどうしても母様優先になってしまうし、他のメイドさんズがいる場合もキャロルさんは遠慮してしまうのが困りものだね。キャロルさんは本当に大人だなー……。
それじゃあキャロルさんと二人きりの状態を作ればいいのではないか? と考えてそう動こうとすると、何故かそれをどこからか察知されて毎回阻止されてしまうのだ。勿論シアさんに。多分、少し前にキャロルさんと自分の部屋で二人きりになった時、何か不満や困っている事はないかと聞いてしまったのが原因なんだろうと思う。あの後じっくりたっぷりねっとりとお仕置きをされまくったらしい。ガクブル。
こうしてじっくり思い返してみると、キャロルさんって実はみんなに苛められてるんじゃね!? と勘違いしてしまいそうだ……。見た目が凄く可愛いからついつい意地悪しちゃったりからかったりしちゃうんだろうと思うけどね。色んな意味で人気者なんだよきっと。うんうん。
さて、与えられた時間は僅か、ちょっと不遇(?)な扱いを受けているキャロルさんのためにも早速行動に移らなければ!
「……姫様? どちらへ行かれるのですか?」
椅子から立ち上がり、歩き出そうとしたところでシアさんに呼び止められてしまった。
ここで長々と説明するのは時間のロス、それ以前に詳しく説明しようものなら間違いなく邪魔されるだろう。しかし無視をするとそれはそれで大変な事になりそうなので、肝心なところは伏せて目的地のみを話しておこうじゃないか。今日の私は冴えてるわ。
「ちょっとそこまで、廊下に出るだけだからシアさんはそこで待っててもいいよー」
私の手を取ろうとするシアさんを軽く制止しながら、少し早足でドアへ向かって歩みを進める。実際廊下に顔を出す程度のつもりだったのでシアさんを邪魔に思っての言葉ではない。……が。
「廊下まで、ですか? 一体何をされるおつもりで……、はっ!? 姫様は私のことを疎ましくお思いなのですね……。しくしくでございます」
両手で顔を覆い、わざとらしくさめざめと泣くフリをしながらも私の隣から離れないシアさん。前は見えないだろうに器用な人だ。
「シアさんそれ好きだよね……。ホントにそこの廊下に出るだけだから大丈夫だよ、もう! ついて来ても何もないんだからね」
「ふふふ、はい、ありがとうございます。ですが、これは特に好きという訳ではありませんよ」
「事ある度にやってるくせにー。ふふふ」
よし、シアさんの機嫌は悪くはない。むしろかなりいい方なんじゃないだろうか? これならキャロルさんとのお話の間大人しくしていてもらうというお願いも聞いてもらえそうだ。最悪命令しなければならないかと思っていただけに安心だね。
「キャロルさんキャロルさーん! 談話室に来てー!!」
廊下に出てすぐ、ちょっとはしたないかもしれないけど大きめの声でキャロルさんを呼ぶ。これですぐに飛んで来てくれるだろう。
「キャロに何かご用でしたか。私に命じてくだされば後で用件を伝えておいたのですが」
「ううん、キャロルさんに直接お話したい事があったから。それじゃ中に戻ろ」
はい、とにこやかに返事をしながら私の手を取るシアさん。
席に戻るだけなんだけどな……。断る理由もないし、嘘泣きじゃなくて本気で泣かれても困るからまあいいか。しかしこれは、勝ったね! キャロルさんの名前を出してもシアさんが変に拗ねたり嫉妬したりしない。……これだけ聞くとどこの子供だ! って言われそうだね……。
「お待たせしました! またシア姉様が何かやらかしてしまいました?」
「どこをどう見ればそう見えるのですか、失礼な」
キャロルさんは、私が椅子に座るのとほぼ同時に談話室に飛び込んで来た。時間にして一分も掛かっていない。素晴らしい反応速度だと関心はするがどこもおかしくはないね。
「全然待ってないしシアさんがまた変な事を言い出した訳でもないよ。ちょっとキャロルさんとお話がしたくて……。お仕事の途中なのにごめんね」
「いえいえ! ソフィーティアはあれでも結構役に立ちますから気になさらないでください。それで、私にお話ですか?」
私とお話するというだけなのに笑顔を見せてくれるキャロルさん。嬉しくも恥ずかしい、くすぐったい感覚だ。
ふむふむ? ソフィーさんはもう文句無しのメイドさんであるか……。これはそろそろキャロルさんを教育係から外してもいい頃合かな? でもキャロルさんというセクハラし放題の先輩、あえて言うなら手綱の持ち主から離してしまってもいいんだろうか? とも思ってしまうね。まあ、これはリリアナさんかシアさんの判断に任せる事か。
と、時間が限られてるんだった! 急がねば……。
「シアさんは少し静かにしててねー。ええとね」
「は、はい。……キャロ、後で覚えていなさい」
「なんでですか! くう、また後でお仕置きかあ……。あ、遮ってしまってすみません」
キャロルさんをギロリと一睨みしてから一歩後ろに下がるシアさん。キャロルさんも笑顔のままだが、なんとなく気落ちしてしまった様な気がする。
「え? あ、ううん? ……あれ?」
こ、これってまさか……? 理不尽な目にばかり遭っているキャロルさんを私がフォローしようとすると、シアさんに嫉妬されて理不尽なお仕置きを受けてしまう? な、なにこの卵が先か鶏が先かの状況。
いや違うな、卵が先でも鶏が先でもない。これはつまり……、シアさんが原因のただの悪循環ではないか!
どうやら私はとんでもない思い違いをしていたみたいだ。キャロルさんを労わる事だけを考えてその大本の原因となる人物がいる事に気付かなかったとは……、なんたる不覚! キャロルさんもお仕置き自体はそこまで嫌っていう訳でもないらしいんだけど、それはそれ、これはこれだからね!
まあ、だからと言って今すぐ何かできる訳じゃないんだけどねー。今回はその場しのぎの応急措置かもしれないが、当初の目的どおりにキャロルさんの希望を聞くとしようじゃないか。……王宮だけに。
「そ、それじゃえーと……、ちょっと前にも聞いたよね? 何か困ってる事とか、悩んでる事とかある? 例えば誰かから理不尽なお仕置きを受けていて大変だーとか。だ、誰とは言わないけどね!」
いきなり欲しい物なんて聞いても怪しまれてしまいそうなので、まずは軽く前提条件となる事柄から話してみよう。……何かシアさんからジリジリとした視線が送られてきているような気配がする。き、気のせいだよね? 怖いから確かめません!
「ええ!? あ、ああ、ジニーさんが館に通い始めた頃のあのお話の続きですか……。あれは半分冗談みたいな物ですからお気になさら、あ! す、すみません!! もしかしてそのせいで悩まれてしまってました?」
な、なんですって? 冗談半分?
「え? 冗談だったの? シアさんが何かに付けて嫉妬してきて困ってるっていうの」
「ほう、キャロがそんな事を……。と、私は口を挟みませんのでご遠慮なく続きをどうぞ」
「ひい! し、シラユキ様! 話を変えませんか!?」
く、くう、今のは失言であった。わざとじゃないんだよわざとじゃ……。
ええと、次の話題次の話題、っと。
「そ、それならシアさんのお仕置きは本当に嫌じゃないの? 私が知ってる範囲だけでも結構理不尽な目に遭ってると思うんだけど……」
「あんまり変わってない……!! え、ええとですね、シア姉様も私も言葉ではお仕置きと言ってますけど、あの程度くらいならただのスキンシップみたいなもので……、その……、シア姉様と触れ合えるのは本当に嬉しくてですね……。ああ、何言ってんだろ私……」
キャロルさんは恥ずかしそうに頬を染め、顔を少し逸らしてしまった。可愛い。
「や、やめなさい恥ずかしい……。まったく、四百も近いというのにどこの子供ですか」
シアさんも恥ずかしそうだ。赤くなってまではいないけど可愛い。
「なんかごめんね……。でも他にもまだあるよね? ソフィーさんの教育係を押し付けられちゃったりそのせいで日常的にセクハラされてたり、あ、そういえばこの前なんておやつ抜きにされちゃってたよね? キャロルさんはもっと不満……? があったら言ってもいいと思うよ。シアさんの言う事だからって無理に全部そのとおりにしなくたっていいんだからね!」
そう、これだよこれ! もう自分でも何が言いたいのか分からなくなっちゃってたけど、大好きな人の言葉でも嫌なら嫌って言っていいんだよ! シアさんだってちゃんと話せば分かってくれるだろうし、そのくらいの事でキャロルさんを嫌いになったりする訳がないもんね。……多分。
「姫様……、キャロ如きになんてお優しい……」
「本当にお優しい方と言うか、他人の目線になって考える事のできる立派な方ですよね……。あとさりげなく如きを付けるのはやめてくださいね、シア姉様」
シアさんと、それにキャロルさんからも生温かい、慈しむような視線を向けられてしまった。
ど、どういう事なの……。今は私じゃなくてキャロルさんについてのお話であってですね? だから二人ともその目はやめてくださいませんかねえ……。ぐぬぬ。
「む、むう。ホントに嫌だったりしない? キャロルさんってソフィーさんのことあんまり好きじゃなかったし……」
「シラユキ様可愛いなあ……。別に嫌ってる訳じゃありませんよ? 先輩風を吹かすのも結構楽しいモンですし。そもそも私ってそんな、嫌いな奴と一緒に仕事、はともかく、笑い合って話したりできる程人が出来てませんから。って事はシラユキ様から見ると、私ってそんな出来た大人に見えてるって事かな? ふふふ」
どうしてか分からないけど、何やら嬉しそうにしているキャロルさん。
ああ、うん、それは確かに? ライスさんには完全に敵意満々だもんね。でもキャロルさんは凄くしっかりしてて、結構な苦労も乗り越えてきてる立派な大人の人だと思うんだけどなー。
「はいはい、調子に乗らない。姫様? キャロは姫様の前では年上ぶっているだけなのですよ? 自分より年上の私には嫌と言うほど甘えてきたり、不平不満や文句も普通にぶつけてきますからね。実際のところ私には見た目通りの子供にしか思えません。まあ、私から見れば、の話なので、まだ成人もされていない姫様からご覧になられると……、やはりそれなりの大人に見えてしまっているのかもしれませんが、ね」
「う? あ……、うん?」
「や、やめてくださいよシア姉様……。でもなんか、シア姉様かなり機嫌いい?」
この話の流れでシアさんの機嫌が悪くならないのも気にはなるけど、本当になんでか嬉しそうだなキャロルさん……。なんでだろ?
ちょっと頭の整理が追い付かないけど、とりあえずキャロルさんは現状にそこまでの不満はない、っていう事だよね? あったとしても私みたいな子供に聞かせないようにしているだけで、ちゃんとシアさんとそういうお話はしてるみたいだから安心かな。なるほどなるほど。やっぱりキャロルさんは出来た大人の人なんじゃないか。うん。
私の考えすぎ、気の回しすぎだったのかなあ……? シアさんが理不尽すぎるのが勘違い(?)の原因だと思うな! 私は!
「それにしても……、ふっ、ふふふ、おやつを取られたからってそんな大袈裟に不満に思ったりしませんよ? ……くふっ。すっ、すみません!」
「えっ? ええ!?」
機嫌がいいとかじゃなくて普通に笑われた!?
「失礼ですよキャロ、これはきつい仕置きが必要ですか……。ふふ」
「シア姉様だって笑ってるじゃないですか……。ああー! シラユキ様ってほんっとに可愛いらしいですよね!」
「何を当たり前の事をと言いたいところですが、まったく本当にですね……」
な、なにこの流れは! もうさっきのお話は終わりなの? そんな事よりも……、おやつ抜きは立派な大人でも普通に辛いと思います!!
「姫お待たせー、ってキャロル? もしかして話の邪魔しちゃった?」
「いや? 丁度今終わったとこだから大丈夫よ。あ、それより聞いてよ二人とも、さっきのシラユキ様がホントに可愛くってさ」
「なになに? シラユキがまた何か可愛い事言ってた? 何て何て?」
「やめて!! きゃ、キャロルさんはシアさんからお仕置きね! プレゼントあげようかなって思ってたのにー!!」
「畏まりました。キャロ、覚悟しておきなさい」
「そんな! あ、今日の私の分のおやつを差し上げますからどうかお許しを!」
「反省の色が見られなーい!!」
ま、まあでも? くれると言うのなら素直に貰ってあげようではないか。それとは全く、決して関係が無いけれどお仕置きを免除してあげる事もやぶさかではないね。
ふふふ、今日のおやつは何かなー?
今気付いたのですが、前回の投稿日で一話投稿から丁度二年でしたね。長っ!
自分でも驚きです。




