その275
月日は流れ……と言うほど流れていないけど今は夏真っ盛りの夏の二月。そして今年の夏の二月は急遽夏休みが設けられる事になった。夏休みと言っても例のお手紙仕事が無くなるだけなのだが……。
最近は毎日の様に出張お悩み相談に出かけていたので、日焼けや熱中症になってはいけない、この一年で一番暑い一ヶ月間の間だけお休みにしたらどうだとみんなから勧められてしまったのだ。相変わらず過保護だなとも思ったのだけど、心配からくる言葉はやはり無碍にはできなかった。
ちなみに私の分のお仕事だけではなく母様に手紙が届けられる事自体一時的に中止になったので、母様が大喜びしてリリアナさんに呆れられて怒られてしまった。
まあ、お手紙仕事が無くなったからと言って私のする事に変わりはない。兄様姉様やメイドさんズに甘え、森のみんなと遊び、たまに町に出かけるくらいだ。
でも今年の夏は例年とは違って少々変わった毎日を過ごしている。それは新しいお友達、ジニーさんが毎日の様に遊びにやって来ているのだ。
「シラユキちゃんシラユキちゃーん! 川行こ! 川!! 泳ご! 魚釣ろ! 自分で釣った魚は凄く美味しく感じるんだから!!」
か、川遊びであるか……。ふむ、私も川遊びは結構好きな方なんだけどね、未だに泳げるようになってないのがちょっと悩みものなんだよね……。兄様とシアさんが教えてくれてはいるんだけど、なんでか全然上手くいかないんだよねー。
まあいいや、この暑い季節じゃないと川遊びなんてできないもんね。それに釣りはまだやった事がないから興味があるのも確か、断る理由はないね。
「今年も姫様の水着を新調して用意しております。ふむ、理性を失わないように心掛けねばなりませんね」
「シアさんはお留守番ね! キャロルさん一緒に行こー?」
「じょ、冗談です! どうかお許しを……」
「理不尽にお仕置きされるから、こういう時に私の名前はあんまり出さないでほしいなあ……」
そして大いに楽しんだ帰宅後……。
「だるい……。水から上がるとなんでこんなにだるくなるの……。シアちゃんマッサージおねがーい!」
「はいはい、お帰りはあちらですよ」
「ああん! シラユキちゃんまたねー!!」
「ま、またねー。私もちょっと疲れちゃったかなー」
「では姫様には私が全身マッサージをして差し上げます。ふふふ」
「きゃ、きゃー!!」
ジニーさんは毎朝その日一日分のお仕事を終わらせてから私の家に遊びに来て、夕方頃まで遊びに遊んでから冒険者ギルドに戻って、朝にはできないお仕事や当日増えた用件などを片付けているらしい。つまり今からお仕事なのにあんなにお疲れで大丈夫なんだろうか……。ショコラさんの活躍に期待したい。
「シラユキちゃんシラユキちゃーん! 虫捕まえに行こ! 虫!! あのギャンギャンうるさい虫を一網打尽にしちゃおー!!」
む、虫取りであるか……。虫は全くと言っていい程興味ないなあ。少し前に聞いたジュモクグモとかいうクモはちょっと気になってるけど、それくらいだね。
しかしセミみたいにうるさく鳴くあの虫は駆逐してしまってもいいかもしれない、断る理由はあんまりないね。
「虫? 何食べるん?」
「食べないから! 捕まえるだけだから!」
「捕まえるだけで結局逃がすなら意味ないじゃん。殺すか食べないと」
「た、確かに! 殺しちゃうのはなんか嫌だから、え、ええと、どこか離れた所に纏めて逃がしちゃおうよ」
そんな事を言っていたら全員からニヤニヤされてしまった。なんだと言うんだまったく……。
そして取りに取りまくって楽しんだ帰宅後……。
「グリニョンさん? 食べてないよね? ね?」
「うん? お弁当もあったし食べてないって」
「それならいいんだけど……」
捕まえた虫はジニーさんとグリニョンさんが森の入り口の辺りへ適当に放してきてくれるらしい。でも角が二本のカブト虫(?)と顎が一本しかないクワガタ(?)はジニーさんが自分の部屋で飼う事にしたみたいだった。よく分からないけどきっと珍しいんだろう。
……う? 何食べてるのグリニョンさ……ん!? い、今のはカブト……、い、いえ! 見間違いだわ! きっとココナッツのスジか何かよ……。
「そういえば、ちょっと前にシラユキちゃんに見せてあげようと思って大きなクモを捕まえて来たんだけど、館の入り口辺りで逃げられちゃったんだよねー」
「犯人発見! 母様の所へ連行!」
「何が!? なんで!?」
「シラユキちゃんシラユキちゃーん!! ほらこれ、スイカ! スイカ食べよ!! それで種をどっちが遠くまで飛ばせるか勝負!! あ、ナスもトマトもあるよ!! でもキュウリは嫌いだからとって来なかったから安心してね!」
ほほう! スイカであるか! スイカは私も大好きだねー。でも種はメイドさんズが全部取っちゃってくれるから私は参加できそうにないや、ざーんねん。
しかしジニーさんめ、好き嫌いはいけないと思うな! 農家の人に感謝して何でも食べないとね! まあ、食べないのに採って来るよりははるかにいいかな。
ここで私がスイカ割りをしようと提案したのだけれど忘れていた、この世界にスイカ割りなんていう遊びは存在しなかったのだ。発覚当事驚きながらも説明をすると、ちゃんと食べるとは言っても食べ物で遊ぶのは駄目だよ、とやんわりとお叱りを受けてしまったのを覚えている。
という訳で今回はスイカの代わりに目隠し状態で私を探すゲームへと変更されてしまったのだった。どうしてそうなった!
ちなみにシアさんとキャロルさんとグリニョンさんは、どれだけ回してもふらつく事もなく、一直線に私の元にやって来てしまったので何の面白みもありませんでした。ジニーさんはあっちへ行ったりこっちで転がったり、種飛ばしの的にされたりと大いに楽しませてくれたけどね。ふふふ。
そしてたっぷり遊んでたっぷり食べたその後……。
「姫様、父様と母様の畑が荒らされていたとの報告が上がってきたのですが……」
「ええ!? ドミニクさんとカルディナさんに怪我は!?」
「そ、そちらは特には。なんとお優しい方なんだ姫様は……、と、申し訳ありません。被害は姫様に差し上げる筈だったというスイカと、後はナスとトマトがいくつかのみです。楽しみにされていたところを本当に申し訳ないと近々お詫びに、という名目で姫様を可愛がりに来るそうです。こんな両親で申し訳ありません」
「あはは……。スイカは丁度今日ジニーさんから大きなのを貰ったから……、ナスとトマトも? じじじ、ジニーさん?」
「ななななな何かなシラユキちゃん!? あ! お姉ちゃんそそそろそろ帰るね!!」
「犯人発見! クレアさん捕まえて!」
「は、はい!! 貴様が犯人か……」
「で、出来心なの! 助けてー!!」
悪は去った! いやー、まさか盗んできたものだとは思わなかったよ……。ジニーさんも私に持って来てくれるのなら一言断ってからにすればいいのにね、まったくもう。
実際のところ野菜泥棒は本当によくある事なので、ドミニクさんもカルディナさんも全く気にしていないらしい。ただ私の喜ぶ顔を見るためにと楽しみに育てていた一番大きなスイカを盗られちゃったのはさすがにショックだったそうだが、私が美味しく食べた事を聞くと二人とも喜んでくれたのでこれ以上追求はしないでおこう。
ちなみにグリニョンさんがメイドさんになってからは野菜を盗られる回数が極端に減ったとかなんとか。な、なんでだろうねー、不思議だねー。
「シラユキちゃんシラユキちゃ……? なんでガトーちゃんがいるの!?」
「それはこっちのセリフだ!! なんだ? また逃げ出して来たんじゃないだろうなお前は……」
「ちゃ、ちゃんと朝のお仕事は終わらせてますー! ここに来たのは……、あ、アレよ、アレ!!」
「どれだ! 私が休みの日はお前がギルドに居らんといかんだろうが……。ほら、とっとと帰れ」
「ずるいずるーい! 私もシラユキちゃんをお膝に乗せてあげたいのにー!!」
「ここのところ毎日遊びに来ている奴の言えた事か! 暫くシラユキから遠ざけてたのを悪いと思って甘くしてやってたらこれだ、考えを改めなければならんな」
「か、帰りますー! ギルドで待機してますー!! うわーん! ガトーちゃんの分のおやつも食べてやるー!!」
「待て!! ああ、クソッ、何て奴だ……」
う、うわーんって……、ジニーさん面白いなあ……。
ふむ、どうやらジニーさんが毎日遊びに来れていたのはショコラさんが代わりにギルドで待機してくれていたからみたいだね。ショコラさんもちょっとした負い目を感じてたのかな?
ジニーさん本人がいなければどうにもならない問題以外はショコラさんが代理でも大丈夫なんだろうね。やっぱりショコラさんは凄いなー、憧れちゃうなー。
あとで聞いた話によると、緊急時には精霊通信でお互いを呼び出す事ができるらしい。ジニーさんとショコラさんの持っている通信用の水晶は、その二つ以外はどこにも繋がらないという特別な物なんだそうだ。やっぱりギルド長さんともなるとそういう貴重な品を使う事ができるんだね。
「シアちゃんシアちゃーん! 氷削って! 氷!! かき氷食べたーい!!」
「私も食べたーい!」
やはり夏と言えばかき氷でしょう! それもイチゴシロップの!! 久しぶりにシアさんのナイフ捌きを拝ませてもらうとしようじゃないか!
「ふふ、畏まりました姫様。しかし、大変可愛らしいのですがジニーさんの真似などしてはいけませんよ?」
「あう、ごめんなさーい」
別に真似したつもりはないんだけどね、毎日ジニーさんと遊んでたおかげで少し伝染っちゃったのかもしれないね。ふふふ。
そして寒くなってしまうくらいお腹いっぱいかき氷を食べてしまった結果。あ、勿論私のことではありません。
「ううう、お腹痛いぃ……。シラユキちゃん摩ってー」
「温かい紅茶でも飲んで横になっててください。まったく、子供ですか……。ふふ」
きっと子供の心を残したまま大人になったんだね!
「シア姉様が優しい……。やっぱりアイツむかつくわ」
「でもここ最近のシアはずっと機嫌がいいよね。いい事だと思うよ?」
「なんか表情が少し柔らかくなったんじゃない? 私ら以外の前でも。まあ、一時的なものだと思うけどね……」
そんな騒がしくも楽しい毎日はあっという間に過ぎて行き……、今日は夏の二月の三十日、夏休み最終日だ。いつもの様に遊びに遊んで、そろそろジニーさんが帰る時間となった頃……。
「シラユキちゃんはまた明日からお仕事再会? あのお手紙の」
「うん、そうだよー。でもジニーさんが来る頃には終わってると思うから大丈夫だよ」
「そうなんだー? ふんふんなるほど。ありがとねシラユキちゃん! それじゃ皆、まったねー!!」
ブンブンと元気よく手を振りながら部屋から出て行くジニーさん。また手を壁にぶつけそうで怖い。私もメイドさんズも笑顔で手を振ってお見送りだ。
ジニーさんはまた明日も遊びに来てくれるのかな? この一ヶ月本当に毎日の様に遊びに来てくれてたもんね。
そのせいって言うと悪い気もしちゃうけど、反対にショコラさんとミランさんは殆ど来れなかったんだよね。まあ、私が会いに行けば済む事なんだけど……。こういう事って中々上手くいかないものだねー。
夏と言えば、海にスイカにかき氷。花火はちょっとした理由で出しませんでした。
次回はまた一週間以内には投稿できると思います。




