その272
シアさんの言う時間稼ぎとやら、恐らく豪華な晩御飯の用意が終わるまで自分の部屋でキャロルさんとのんびりお喋りをして過ごす。もうお仕置きされる事が確定してしまったキャロルさんは開き直って全力で私を可愛がりにきている。ちょっと申し訳なくもあるけど嬉しい事だね。
ついでに、毎日お仕事大変だよねー、と現状の扱いに不満が無いかどうかそれとなく遠回しに聞いてみたのだが、そこはさすがに元冒険者なだけあって体力面ではまったく問題はないらしい。それはつまり、精神面では色々と疲れさせられる事が多くあるという訳だ。
ここでさらに、シアさんには内緒にしておくから! と、愚痴の様なものも聞きだしてみると、一番はやっぱり父様と母様の前での緊張……ではなく、今日みたいに私がちょっとキャロルさんと仲良くしてるとすぐにシアさんに嫉妬されるのが困りものなんだそうだ。なんという理不尽すぎるメイドさんなんだシアさんは……。キャロルさん本人も嫌がっている訳ではないので心に留めておく程度で覚えておこう。
そして二番目は最近メイドさんズ入りしたソフィーさんについて。ソフィーさんは礼儀正しく優しい人で、さらに家事全般は割と得意な方なのでメイドさんのお仕事関係で教える事は殆ど無いみたいなのだけれど、まあ何と言うか、人としてツッコミ所が多すぎて大変らしい。キャロルさんもノリで下ネタを言う事はあっても基本は真面目な人で、それがネタではなく基本になってしまっている人とはどうしても合わないんだろう。……誰だって合わないと思うけどね。キャロルさんもメアさんとフランさんみたいに軽く流してしまえばいいのに……。
あ、ちなみにキャロルさん以上に大真面目なクレアさんの対応は、基本的に完全無視かスルーのどちらか。たまに我慢できなくなって怒鳴っちゃったりもしてるみたいだけど、私の前だと自重しているのか実際そんな場面を見た事はない。
まあ、私にはソフィーさんの性格をどうにかできるともしようとも思わないので、二人には頑張ってと応援する以外できる事はないだろうね。うんうん。後はこうやって可愛がられる事によって疲れた心を癒してあげられるくらいかな? これが役得という物か……。ふふふ。
その後もキャロルさんにたっぷり甘えていると、シアさんではなくソフィーさんが準備が整いましたよと告げに来た。時間的にいつものお夕飯より少し早いくらいか。
多分シアさんはジニーさんを呼びに行っているんだろうと思う。この家の中でジニーさんのことをよく知っているのはシアさんと父様、後はリリアナさんくらいしかいないだろうからね。
「お疲れソフィーティア。アイツ何か変な事喚いて騒いでたりしなかった? むしろアンタがおかしな事してなかったでしょうね」
「なにそれこわい」
迎えに来たのがシアさんじゃなかったからと少し不機嫌なキャロルさん。さすがシアさんのお弟子さんなだけある理不尽さだ。
「おかしな事……、いいえ? ジニーさんはお部屋に入られてすぐベッドに横になって眠ってしまいましたから。起こしてしまうのも悪いですし、私からも特にこれと言った事は何もしていませんよ?」
ソフィーさんはスラスラと淀みなく答える。その言葉には一片の嘘も無いみたいだった。
ふむふむ、ジニーさんはお昼寝しちゃってて、ソフィーさん的には特に手出ししていない、という事は……、寝ている隙におっぱいを鷲掴みにしたりお尻を撫でたりはしていた、っていう意味だね。私も慣れたもんだ……。まあ、その程度のセクハラならキャロルさんも毎日されている範囲だろうし、突っ込んで聞くような事はしないでおくとしようじゃないか。
しかしジニーさんは連行されてすぐにお昼寝か……、中々に太い神経をお持ちのようで。ふふふ。やっぱり長い時間離れていても森の住人らしい行動だね。
「ではシラユキ様、参りましょうか」
「あ、うん」
お手をどうぞ、と左手を差し出してきたソフィーさんだったが、
「アンタは前を歩く! シラユキ様をエスコートするのは私!」
「あん」
私が手を伸ばす前にキャロルさんにその手をぱしんと軽く叩かれて阻止されてしまった。
「さ、シラユキ様、皆様もうお待ちかもしれませんし急ぎましょうか」
「うん! あんまり叩いたりちゃ駄目だよ?」
「す、すみません。でも大丈夫ですよ、ほら」
ほら、とキャロルさんの指差す方向、ソフィーさんへと視線を向けると……、笑顔で叩かれた手を摩りながら嬉しそうにしていた。
ああ、キャロルさんみたいな可愛いメイドさんに叩かれたのが嬉しかったんだね……。私の慣れもまだその程度という事か……! 精進せねばなるまい。
ダイニングに着くとやはりもうみんな揃っていた。
父様と母様、それと兄様と姉様は既に自分の席に。今日の主賓であるジニーさんは……、何故か床に正座させられていた。本当に何故だ。リリアナさんが後ろから両肩をがっちりと捕まえて逃げられないようにしている。
そんな気になる二人の表情を見てみると、ジニーさんは目を泳がせて落ち着きがなく、反面リリアナさんはにっこりといい笑顔。ジニーさんはリリアナさんの前で何かやらかしてしまったんだろうか? リリアナさんは私とグリニョンさんには甘いけど、もう立派な大人と判断した人に対しては情け容赦の無いお人だからね……。
ここでエスコート役はシアさんと交代、キャロルさんは他のメイドさんズのお手伝いへ行ってしまった。
満面の、とまではいかないけれど、リリアナさんに負けず劣らずとても機嫌が良さそうな笑顔のシアさんに手を引かれ、私も自分の椅子に座る。
ううむ、美味しそうな料理の数々も気になるけど、まずは一番気になっているところから攻めてみようか。
「シアさんシアさん? なんでジニーさんは正座させられてるの?」
「シラユキちゃんたーすけてー!! なんでリリアナさんが住み込みメイドさんに戻ってるって誰も教えてくれなかったのー!!」
あ、年上の人にはちゃんとさん付けなんだね、じゃなくて。
「ジニーさんちょっと待っててねー」
いやーん! とまた可愛らしい悲鳴を上げるジニーさんだったが、とりあえず情報収集を優先します。ごめんね。
「聞かれなかったからですね、と、すみません。実は私にも何が何やらと言ったところでありまして……。今の言い分から察するに、恐らくジニーさんはリリアナさんにお会いしたくなかったのではないかと思われます」
リリアナさんに会いたくなかったって……、ああ! そういえば苦手な人がいるとか言ってたっけ?
「シアちゃんの嘘つきー! 今日はリリアナさん来ないって言ってたじゃないのーぅ!!」
「なんですか失礼な、まったく人聞きの悪い……。リリアナさんは館にお住まいなのですから、来るのかではなく居るのかと問うべきでしたでしょう? 私は何一つ嘘など吐いてはいませんよ」
「何その屁理屈! シアちゃんひどい! いーじわるぅーい!!」
なーるほどね。今日はリリアナさんが家にいないと思って遊びに来たんだ? しかし失礼な! リリアナさんはとっても優しいいい人なのに、みんな怖いとか苦手とか勝手な事を言ってくれちゃってー! 真に遺憾である。
「くくっ……。ああ、いかんいかん、つい見入ってしまっていたな。早く座れジヌディーヌ、折角のお前のための料理が冷めてしまうだろう。バレンシアも普段からそれくらい気軽に話に入ってきてもいいんだぞ?」
静観、と言うかニヤニヤしながら私たちのやり取りを眺めていた父様が話に割って入ってきた。確かに冷めてしまっては美味しさも半減なので大人しくするとしよう。
シアさんは少し照れ気味に、失礼しました、と一言だけ言って黙ってしまう。でも今の感じなら多少は話に加わってきてもらえそうな雰囲気だ。
どうやらジニーさんが正座させられていた時間は短かったようで、リリアナさんの拘束から解放されると普通の足取りで用意されていた席へと向かい、座る。
「俺もなんだかよく分からんけど、まずは飯だな」
「ふふ、そうねお兄様。お話は食べながらでも食べた後でもできるしね。それじゃお母様」
「ええ、頂きましょうか。まったく、ウルとリリーだけ詳しく分かってるみたいでずるいわ」
蚊帳の外状態で少し拗ねてしまっているような母様の言葉を皮切りに、早速みんな思い思いに料理に手を伸ばし始める。私は相変わらずシアさんに完全にお任せだけどね。
まずは、森の住人の一人とは言っても七百年以上外で暮らしてきたジニーさんの軽い自己紹介に始まり、森の近況、周辺の町々についてと話は流れていく。
父様と母様にも独自の情報網があるので、事件と呼べるくらいの出来事の情報は逐一入って来ている。でもジニーさんに集まる様々な種族の冒険者視点の情報はまた違った物で、中々参考になったりとありがたいらしい。
勿論私に聞かれても問題のない範囲でのお話なのだろうけど、今の私の興味は美味しい料理の方に向いてしまっているので右から左へと流れていってしまっている。兄様と姉様もきっと同じだろう。
「やっぱり報告書に目を通すよりこうして直接お話を聞く方が色々といいわよね。ねえジニー? これからは一つの季節に一度くらいは顔を出しに来ない? シラユキも喜ぶと思うし、ね?」
はい、大喜びで大歓迎します! でも四ヶ月に一回とか少なすぎるんじゃないかなー。
「来たい来たい! 毎日でも! えーとね、でもねー……」
「チラチラ人の顔色伺ってないで言いたい事があるならはっきりと言う!」
「きゃあ!! リリアナさんが怖いんですぅ!!」
「またはっきりと言い切ったねこの子は……」
「うひゃう! ちゃんと正直に言ったのに怒られた! 理不尽ー!!」
なにこれ面白い。リリアナさんのどこが怖いんだろうね、まったく。……母様とシアさんもちょっとビクビクしちゃっててさらに面白い。ふふふ。
「リリアナはソイツのことはよく知ってんだな。俺は冒険者ギルドのギルド長だって事は知ってたんだが」
「お兄様は一人で会った事があるんだったわよね、ずるいわ。こんなに面白い人ならもっと早く紹介してくれてもよかったじゃない」
兄様は多分、ジニーさんのおっぱいが普通サイズだから半分忘れちゃってたんだと思うよ……。
「グリフィルデより少し下くらいの年だからな、自然と近くなるというものだ。それ以前にジヌディーヌは父上によく懐いていてな」
「ひい! やめて!! 子供の頃の話とかやーめてー!! せ、せめて三人の前ではやめてええええ!!」
「ジニーうっさい」
あ、グリニョンさー既にいない!? 多分空いたお皿とかを下げに来てたんだろうと思うけど、グリニョンさんは常に気配を殺して動いてるのが困りものだよ。声に気付いて振り返るともう移動済みとかざらにあるからビックリさせられてしまう。
さーて、お腹もいっぱいになったしそろそろ私もこの楽しそうなお話に参加するとしようかな。ふふ。
「ジニーさんはどうして急に家に遊びに来てくれたの? 今日までずっと手を振り合うだけだったのに」
「あ、シラユキちゃん食べ終わった? お食事中は静かにしてていい子だねー」
いえ、私は食べるのが遅いからお喋りしてるといつまで経っても食べ終わらないからでありましてね。と、まあ、これは言わないでおこうか。
「そういやそうだよな? ギルド長の交代ってシラユキがライナーに泣かされたあの後の事だから……、ざっと三十年くらいか。バレンシアに止められてたにしてもその間随分と素直に従ってたもんだよな。俺にはそんな口約束次の日には忘れる奴に見えるんだが」
「森の家族だからって正直に言いすぎだよ! ねー? ユー姉様ー?」
「え? あ、うん、そ、そうね……。ふふ、シラユキ怒っちゃってかーわいい。ねえシア? シラユキをこっちに連れて来てもらえる?」
「はい、畏まりました」
シアさんは私を優しく抱き上げると姉様の席の方へゆっくりと歩いて近付き、姉様の膝の上に丁寧に降ろしてくれた。
姉様は軽く一言だけ、ありがと、とお礼を言い、シアさんは左隣にそのまま待機する。
姉様もそう思ってたなー! でも私も同じ様な事を思っていたのでこれ以上追求するのはやめてあげようじゃないか。
しかし、この程度目と鼻の先のたった数歩の距離なんだから態々抱き上げられなくても自分で歩けるのにねー。シアさんに抱き上げられるのも姉様の膝の上も大好きで幸せだから何も言わないけどね!
「甘えるシラユキちゃんもお姉ちゃんなユーネちゃんもかわかわ!! 私のお膝にも乗ってー!!」
「後でねー。今はユー姉様がいいな」
「シラユキ可愛いわ!」「ぃやったー!!」
「ホントに母さんより年上でギルド長なんて立場の奴なのかコイツ……」
だから兄様は正直に言いすぎです! 確かにユー姉様と同じくらいの精神年齢に見えちゃうけどね。
「まあ、ジニーさんは普段はこの通りどうしようもないくらい鬱陶しい方なのですが、いざやる気を出されれば本当に有能すぎる程の方なので……。それで上手くバランスが取れているのではないでしょうか?」
ここでシアさんが褒めているのか貶しているのかよく分からないフォローを入れる。疑問系なので本人もはっきりと擁護している訳ではないんだろうと思う。
「そうよねえ……。ギルドから送られてくる報告の書類はきちんと見やすく纏まっているし、私もこうして改めて会ってみるとやっぱりギルド長なんて名ばかりで仕事は全部他の職員に任せちゃってるんじゃないかって思ってしまうわね。まあ、ショコラが散々愚痴っているのは納得したわ」
「母様も正直!」
「エネフェアもあまり他人の事は言えないと思うけどねえ? 自分こそカイナの愚痴の多さの理由を考えなさいな」
「うっ。薮蛇だったわ……」
さらにリリアナさんまでも会話に加わってきてくれた。怒っている訳ではなくやんわりと注意する程度なのはお食事時だからかな。
母様はカイナさんにお仕事を丸投げしちゃうけど、ジニーさんはショコラさんに怒られながらもちゃんと自分で片付けるんだよね。組織の大きさの差はあっても同じくトップの二人、これは母様の方が駄目な代表者に見えてきちゃうぞ……。
「それで、だ、いい加減シラユキの問いに答えてやったらどうだ。俺も帰って来たばかりで何も知らされてないからな」
私の問い? なんだっけ?
「ふふ、お忘れですか? ジニーさんが何を目的として姫様に近付き、図々しくも館への招待を強請ってきたか、との件についてですよ」
シアさんが腰を屈め、少し小さめの声で教えてくれる、が!
「大体合ってるけど人聞きが悪い言い方に変えないで!」
「こーらシラユキ、可愛いけどお客様の前であんまり大きな声出さないの。ジニーは森の住人だからいいかもだけどね?」
「あう。ごめんなさーい」
くそう、シアさんめ……、姉様に怒られてしまったじゃないか。実際のところ姉様は全然怒ってないし、こういう軽い注意を受けるのは嬉しかったりもするんだけどね。
「かかかかーわいい!! 今の、あう、っていうのもう一回やって? あうって……、ご、ごめんね、お姉ちゃんちょっと調子に乗っちゃっただけだからね。ええとね、丁度よかったから、かな?」
テンション高めに変なお願いをしてきたジニーさんだったが、リリアナさんの一睨みで大人しくなってしまった。ついでにシアさんも。
「丁度よかったから? 何が?」
「ふふふ、ひーみつ! シラユキちゃんの前だとちょっとねー、言えないかもねー。ルーちゃんとユーネちゃんにもまだ早いかなー?」
「ルーちゃんはやめろマジで。シラユキとユーネは、まあ、分かるけど、俺はもう二百いってるんだぜ? それでもか?」
「それでもね! ふふふふーん」
「なにそれ気になるぅー。ねー? ユー姉様ー?」
「気になるわよね。ねー? シラユキー?」
「なんだ二人とも可愛いな。ま、俺はそこまで気になるって訳じゃないからいいけどな。ほらシラユキ、次は俺ん所に来い来い」
「はーい!」
その後も気になる気になると姉様と二人で畳み掛けてみたが、そこはやはり千年近くも生きている大人のジニーさん、のらりくらりと上手くかわされてしまった。私も姉様も冗談半分だったので悔しくもなんともないんだけどね。本当ですよ?
デザートも食べ終わって続きは談話室で話そうか、となったのだけど、ジニーさんは父様と何やら大人のお話があるとかで、それが終わり次第参加するらしい。
それはつまり、父様との相談事(?)が本来の目的だったという事なのか? でもそのお話の内容も、それ一つが目的の全てだとかは一切分からないんだけどね。
シアさんとの関係やリリアナさんを苦手としている事などなど、まだまだ聞きたい事は沢山あるのに疑問が増えるばかりだよまったく!
続きます。




