その265
「姫様、出発前に一つお願いをさせて頂きたいのですが……」
「うん? お願い?」
フランさんからお弁当を受け取り出発準備は完了、早速お仕事先へ向かおうか、となったところでシアさんがこう切り出してきた。その表情は真剣そのものだ。
ふむ、シアさんの言いたい事は何となく分かるかな。多分依頼者さんからお悩みを聞いて、それが私の能力で解決できそうでも何の相談も無しにいきなり行動に出るなって言いたいんだろうと思う。
まったく、心配性で過保護なところはずっと変わらないねシアさんは。私だってちゃんと少しずつは成長してるんだからもうちょっとくらい信用してくれたっていいのになー。
まあ、重度のお悩みを解決できると分かれば考える前に体が動いちゃうからしょうがないね。そのお言葉は素直に受け止めるとしようじゃないか。うんうん。
まだ何も言われていないのに一人で納得していると、シアさんはその場でくるりと体を半回転させて私に背を向け、両手で自分のお尻の辺りを軽く数回叩いてから……
「私のスカートもどうか捲り上げて頂けませんでしょうか!」
本当に真剣そうな声色で力強く言い切った。
「何言っちゃってるの!? それがお願いなの?」
その発想は無かっ、いや、少しはあった。
「はい、先程のグリニョンさんの姿を見てもう羨ましくて妬ましくて仕方がありませんでしたのでつい……。ふふ、申し訳ありません」
私の反応に満足したのか上機嫌で体の向きを正すシアさん。
冗談半分本気半分と言ったところだと思うけど……、シアさんのことだから本気の割合の方がはるかに多いんだろうと思う。なんという破廉恥なメイドさんだ。
「まったくもう……、グリニョンさんがちゃんとパンツを穿いてくれないからだよ? これからはちゃんと毎日穿くこと!」
そう、これもきっと全部グリニョンさんのせいだ! どうにかきちんとパンツを穿いてもらえるいい手はないものか……。
「え? 何? お弁当?」
「まだ出発してすらいないのに!!」
駄目だこの人たち……、早く何とかしないと……。
出発前こそごたごたしてしまったけれど、一度家の外に出てしまえばそれからは順調その物だった。
シアさんは私と手を繋いで歩けて超上機嫌で、グリニョンさんは一時的にでもメイドさん仕事から離れられて嬉しそうだ。今はメイドさん仕事どころか私たちからも離れてしまっているが。
グリニョンさんは散歩にはたまに付き合ってもらえるけど、外ではあんまりお話はしない、と言うかできなかったりする。
いつも気付いたらいなくなってたり、また気付いたらいつの間にか戻って来て一緒に歩いてたりと本当に自由すぎる人なのだ。それでも家にいる間は度々お仕事から抜け出して遊びに来てくれるから嬉しい。
グリニョンさんは極度の面倒くさがりやさんなんだけど、それでもリリアナさんの言う事はちゃんと聞くんだよね。文句はグチグチと言いまくっちゃってるけどやっとお母さんと普通にお喋りできる様になったんだからそれも当然かもね。
でもリリアナさんの言葉が治った直後のグリニョンさんの反応は、「うわ、母さんが普通に喋ってる。なんかキモイ」だったんだよね……。これはあまり考えないようにしておこう。
とりあえずはこれから先の事、向かう先で待っている今日のお仕事についてに頭を切り替えようじゃないか。
「ねえねえシアさん、リリアナさんから貰ったメモにはなんて書かれてたの? 私は今どこに向かってるのかも分からないんだけど」
三人でのお散歩が楽しすぎて頭を切り替えるまで全く疑問にも思わなかったよ……。方向的にはライスさんが住んでいる集落の辺りかな?
「はい、この先の……、まあ、場所は着けば分かるのでいいですか。ええとですね、何やらそこの集落でとある二人がくだらない件で諍いを起こしているらしいのですよ。毎日顔を合わせてはお互い嫌味等を言い合ったりと……。周辺住民は見ていて聞いていて鬱陶しくて仕方が無い様です。そこで姫様にはその二人から話をお聞きになられ、できましたらその可愛らしさで諍いを治めて頂きたい、とのことです」
歩きながらでもスラスラと淀みなく説明してくれるシアさん。
なるほど、喧嘩とまではいかないけどちょっと険悪になっちゃってるみたいだね。一体誰なん……ん? 今何かおかしい一言が混じっていたような……? ま、まあ、気のせいかな。
「ふーん。それでその諍いの原因は分かってるの? お話を聞くだけならできると思うけど、解決はやっぱりシアさん任せになっちゃうと思うなー」
私がやめてって言っても多分その場限りの事になっちゃいそうだからね。根本的な解決までは無理だと思うよ。
「ふふ、それで構わないのですよ。私は姫様の手足同然なのですから。私の行動でその案件が解決となったのならば、それはつまり姫様のご功績となる訳なのです」
空いている左手を胸に当て、胸を張りながら言うシアさん。ふふん、という声が聞こえてきそうだ。
「なんでそんな誇らしげなの……。でもシアさんがそう言うのならそういう事にしておこうかな。ふふ」
今日はいつもよりやけに機嫌がいいみたいだし、その気持ちに水を差すような事は言わないでおいてあげるとしようじゃないか。
「ちなみに、私のこれまでの、いえ、これからも含めた悪事も全て姫様のご責任になりますね」
「やっぱり却下します! シアさん何してきたの!? これからどんな悪事を働くつもりなの!?」
ふふふふふ、と意味深で邪悪な笑顔で誤魔化されてしまった。
くう! やはりシアさんはシアさんだったか……。目を離してる間に一体どんな恐ろしい悪事を、はっ!? まさか私専用の苺をこっそりつまみ食いするとかじゃないだろうな! それはいくら大好きなシアさんでも絶対に許さないよ!!
「シラユキはからかわれまくってるのになんでそんなにメイド好きなん? 普通は逆に嫌いになるもんなんじゃじゃないの?」
シアさんとキャッキャウフフとしていたら、いつの間にかすぐ隣に戻って来ていたグリニョンさんがやや呆れ気味に口を挟んできた。
「む。メイドさんみんなひどいからかい方はしてこないから大丈夫だよ。あ、あとみんながメイドさんじゃなくても大好きなんだからね!」
勿論グリニョンさんのことだって、もうお友達と言うより家族でメイドさんなんだから前よりさらに大好きになっちゃってるよ。
「はいはいごめんごめん。それでもバレンシアに懐くのは分かんないわ。バレンシアって性格悪いじゃん」
「し、失礼な……」
「シアさんは性格が悪いんじゃなくて、ちょっと意地悪なだけかなー。私に対しては優しいだけだからね」
「へー。ま、どうでもいいわ。お弁当まだ?」
「自分で振った話題なのに! お弁当はお仕事が終わってから!!」
「えー」
ええいもう、グリニョンさんは自由すぎるよ! 自由人はシアさん一人だけでも大変なのにー!!
フランさんの料理には弱いみたいだからそこを上手く考えて利用して、せめてパンツを穿かせられるようにはならなければなるまいね! 性格を含めた自由さは既に諦めています。そこがグリニョンさんの魅力だと思うしね。
そのままのんびりと何気ないやり取りを繰り返して進んでいると、見えてきたのは小屋と言うにはやや大きめの、でも家と言うには少し小さいそれなりの大きさの木造の建物。この建物はこの先の農場で使われている農具などの保管庫で、私がこの道を進んでもいい最終ラインの目印でもある。
この道をもう少し進んだ先には木の生えていない広々とした空間があって、そこでは近くの集落のみんなで野菜や果物の木を育てている。さらに奥には牛や鶏などの放牧をしている牧場スペースもあるので、私みたいな小さな子供には色々と危険なんだろうと思う。その内に一度くらいは見に行ってみたい。
まあ、どちらにせよ今は進めないから場所についてはそんなところで置いておいて、意識を建物の方へと戻す事にしよう。
そこに待っていたのは見慣れた男の人が二人、こちらに気が付くと笑顔で手を振って出迎えてくれた。
「おー。来たな、ちびっ子二人にバレンシア」
「ちびっ子!?」
まずこの開幕失礼なのがエンリクさん。背は兄様よりも低いけど年は確か三百歳くらいの筈。
「バレンシアがいるのに勇気あるなお前……。姫、バレンシア、それにグリフィルデ……、だったよな? 確か。悪いな三人とも、態々こんな所まで」
「まったくです」
そしてシアさんの一言に苦笑しているこちらはレミジオさん。エンリクさんより落ち着いていて大人に見えるが、実は最近二百になったばかり。本当にエルフは見た目から年齢が全く計れないから面白いね。
この二人はライスさんと同じ集落に住んでいて本当に仲のいい、言うなれば親友という間柄だった筈なんだけど……? ああ、この二人が依頼者で喧嘩をしている二人はまた別なのか。
「二人ともこんにちわー。えっと、喧嘩してるって言うか言い合いばかりしてる二人がいるって聞いてきたんだけど……」
早速だけど本題に入ってしまおう、もうグリニョンさんが完全に無言で明後日の方向を向いちゃってるし……。なんでグリニョンさんはお友達を増やそうとしたりしないんだろうね。
「ああ、俺たちだよそれ。別にギャーギャー叫んでいがみ合ってる訳じゃないんだし、皆大袈裟だよなあ」
「え?」
あれ? やっぱりこの二人で合ってたのか。確かに二人とも普通に笑顔で出迎えてくれてたし、どこからどう見ても仲が悪いなんて風には見えないよね。
これはつまり、また私の万年運動不足解消が主な目的だったのか……! これからはたまにこうやってお話を聞かされに行く事になりそうだね。面白そうだから別に悪い気はしないんだけど、一言そう言ってほし、あ、そう言えばリリアナさんがそんな事言ってた気がするわ。あはは……。
「そうそう、周りが大袈裟にしてるだけなんだよ。ただコイツと俺とで意見が食い違っちまって、どっちも一歩も譲らないからたまにちょっとした言い合いっぽくなるくらいだな。まあ、来てもらっておいて悪いけど姫が心配するような事は何もないから安心してくれ」
なーんだ、お仕事のつもりでやって来たのにちょっと拍子抜け。でもここは、よかった、喧嘩をしている二人はいないんだね……、と安心しておくところだね。それじゃお昼にはまだ早いし、もうちょっと散歩でも続けようかな?
「ま、姫に話を聞いてもらっても俺の主張が正しい事が証明されるだけだもんな? お前としちゃ都合が悪いもんなあ?」
「言ってろ。個人の趣味はそれぞれってモンだって毎回言ってるだろうが。俺はただお前の好みが大多数に当たるって決まってる訳じゃないって言いたいだけなんだ」
ほうほう、なるほど、意見の食い違い、何についてかは分からないけど好みの違いのお話だったんだ? それは確かに私が聞いてもどうしようもないなー。どっちの主張が正しいかなんてそれこそ全国民、いや、世界中の人から総計を取らないとね。
でも話を聞いたら私はエンリクさんの側に付いちゃいそうなのか……、答えは出せそうにないけど何の話なのか気になってきちゃったね。聞くだけ聞いてみるくらいしてみようか。
「ねえねえ、何の話なのか聞いてもいい? 一応二人を止めてってお願いされて来てるんだし」
ただの興味本位ですとは言えません。
「そうですね、恐らく本当にどうでもいい事なのでしょうが……。はあ……」
私の言葉を肯定しながらも、もの凄くつまらなさそうにしているシアさん。ため息までついてしまってなんて分かり易く正直な人なんだ……。
「ため息だよ……。簡単に言うとだな、俺が巨乳好きで」
「俺が小さめが好きっていうだけの話なんだ」
…………はい? おっぱいのサイズの話?
「はあ? まさか本当にそんなくだらない理由で姫様をこんな遠くまで呼び付けたのですか? ああ、分かりました死にたいのですね」
うわ! シアさんの機嫌が一気にマイナスまで下がった!! 一緒に歩いてるときはあんなに上機嫌だったのに……。マジ震えてきやがった……、怖いです。っと、冗談はここまで!
「シアさん落ち着いて! グリニョンさんも黙ってないで止めてーっていない!! どこ行っちゃったの!?」
一歩踏み出しかけたシアさんを抱きつくように止めてから首だけで後ろを振り返って見てみると、グリニョンさんの姿は影も形も無い。またいつの間にやらどこかへ行ってしまったみたいだった。
「こわっ。あ、姫、しっかり押さえててくれな? 俺たちマジで死んじゃうから」
「正確には呼びつけられたのは俺たちも同じなんだけどなあ。バレンシアにそんな道理が通じる筈もないか……」
余裕そうにしながらもいつでも逃げ出せる体勢を維持している二人。本気じゃないだろうにしても酷い言われ様だねシアさん……。
シアさんの機嫌は私が抱きついていたらみるみる内に回復したので最悪の事態に陥る事はなかった、が、またちょっとシアさんと森の住民との心の距離が開いてしまったような気がする。これではいけない。
母様やリリアナさんと相談して何か手を打たなければならない段階まできてしまっているのかもしれないね。うん。
ちなみにエンリクさんとレミジオさんの長々とした主義主張も聞いてみて、私は巨乳派のエンリクさんに賛同しかけたのだが……、またもやいつの間にやら戻って来ていたグリニョンさんの、そんな事を言う前にまずは恋人を作れ、の一言でばっさりと切り捨てられてしまった。ごもっともな意見です。
確かにこの問題は永遠に答えの出ない、本当に難しい問題だろうと思う。それこそどちらかが滅ぶまで戦い続けないといけないくらいの……。まあ、私は大きなおっぱいが大好きだけどねー。
二人の主義主張を含めると40000文字を越えてしまいそうなのでカットしました。(誇張)
次回もなんとか一週間以内を目指したいです。




